カテゴリー「浦和社会生活大学」の5件の記事

2013年12月 7日 (土)

№2173 城山三郎を読む

 新しいものを知りたいという飽くなき好奇心、定年後の最高の過ごし方だとつくづく思う。そして、いろいろと知れば知るほど、知らないことが多いのに呆然とする。人生は短い、この好奇心を満たす作業に日々没頭したい。

Dsc00079  この日は、【浦和社会生活大学】の授業があった。私が出席したのは一ヶ月ぶりだ。忙しさにかまけて、この学校は最近おざなりになり気味だ。先日も一緒に入学したOnちゃんから電話があり、「この日は落語の授業だ、出席しないのか」との問い合わせだった。私は別用があり、残念ながら出席できなかった。

 そして、この日は高橋敏夫先生(早稲田大学文学部大学院教授)の講義があり、参加してきた。この日の演題は、「城山三郎を読む」というものだった。私は城山作品をたくさん読んでいるような気になっていたが、この日の講義を聞いてあまり読んでいないことが分かった。

Dsc00081  城山三郎の文学的位置の話から始まった。城山は1927年(昭和2年)生まれで、「熱狂嫌い」「権威嫌い」「戦争嫌い」の人だったという。藤沢周平、吉村昭、結城昌治などと親しく交わっていたらしい。私は藤沢、吉村の本はよく読んでいるが、結城の本は読んでいない。いずれ、文学傾向として、私には好ましい作家の一人である。

 城山に特筆されるのは、「経済小説」の分野を開拓したことにあるそうだ。例をあげていたのは、『輸出』、『総会屋錦城』、『鼠 鈴木商店焼打ち事件』、『価格破壊』、『毎日が日曜日』等だ。残念ながら、私は『毎日が~』しか読んでいないな。『毎日が日曜日』は当時の流行語大賞にもなったという。1976年のことである。

 さらに城山の力を入れたのは、「評伝小説」だ。『辛酸 田中正造と足尾鉱毒事件』、『落日燃ゆ』、『雄気堂々 渋沢栄一の生涯』、『男子の本懐 浜口雄幸』、『もうきみには頼まない 石坂泰三の世界』等だ。城山のこのジャンルの本は読んだね。

 城山のもう一つのテーマは「戦争小説」だ。『大義の末』、『硫黄島に死す』、『指揮官たちの特攻』等だ。このジャンルも私の弱いところだ。あまり読んでいない。

 晩年の作になるが、容子夫人を書いた『そうか、もうきみはいないのか』のエセーが、城山の存分をよくあらわしているようだ。来年の課題として、この近辺から、もう一度城山を読んでみよう。幸い、自宅には「城山三郎伝記文学選(全6巻)」がある。

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2013年10月21日 (月)

№2126 論語と日中文化

 この日は、浦和社会生活大学の授業日だ。私は暇があると受講するというスタンスでこの大学に入学したつもりだったが、結局は全部の授業に出席している。律義というのかな、スケジュール表に予定が入っていると、それをこなす義務感を感じるのだ。

2013_1019_093911pa190002 授業の会場は、武蔵浦和駅前にあるコミュニティティセンターだ。駅の真ん前にある会場だったが、主催者によると、200人入る会場を探すのは、なかなか難しいらしい。新しい建物で、まだあまりよく知られていないとのことだ。それにしても、立派な会場だった。

2013_1019_093901pa190001 この日の授業は、元浦和高校の漢文の先生長島猛人さんの『論語と日中文化』という話だった。前回の授業は満員で立ち見で聞いたので、今回は早めにと、30分前に会場に着いた。たまたまOnちゃんと一緒になり、「アレ、この日は早いんだね」と冷やかされた。

 先生は、浦高のサッカー部顧問を長く務められたとのことで、導入はサッカーの話だった。60歳を超えるとのことだが、まだ現役でサッカーを続けていると話していた。道理で元気だと、一人納得した。

 『東京シニア自然大学』でも授業中はパソコンでノートをとっているが、この日もパソコンを持っていき、会場でパソコンを打っていた。受講者は年配が多く、さすが私のようにパソコンを持ち込む人はいなかったね。

 長島先生は教壇に立つこと長かったせいか、話は人を飽きさせない。時には冗談を交えての講義だったが、ノートをとってみてわかるのだが、残念ながら散漫な話で、あまり私の益になる話は聞けなかった。

 私は、『論語と日中文化』という題に興味を持って受講したのだが、レジュメはあったものの、題と講演は遠く離れていたように思う。残念だった。高年齢者が対象なので、先生は少し受講者をバカにしていなかったのか。私のような受講者もいたのだが…。

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2013年10月 6日 (日)

№2111 『天気予報のうらばなし』

 【浦和社会生活大学】第2回目の授業が、北浦和のカルタスホールであった。私はこの大学には軽い気持ちで入学したのだが、矢張りスケジュール表に書かれていると、どうしても参加してしまう。

2013_1005_132402pa050004 この日の授業というか講演は、NHKの夕方の天気キャスターとしても有名な平井信行さんだ。そういえば、先日も【東京シニア自然大学】で元NHKの天気キャスター、田代大輔さんのお話を伺ったばかりだ。ただ、先日の講義は「ことわざから見る天気予報」だったのに対し、この日の平井さんの話は実践的な天気予報の話だった。

2013_1005_132606pa050005 最初に自己紹介がされたが、彼は熊本県の八代市生まれで、今では春日部に住んでいて埼玉県人として長いらしい。自然と埼玉に愛着がわくようになった、と話していた。さすがNHKのキャスターらしく、お話は非常にゆっくりとし、シニアの参加者にも分かり易い話しぶりだった。

 この日お話したテーマは三つで、①最近の猛暑について、②新たに出される特別警報、③竜巻の被害について詳しく聞けた。

 それにしても、今年の夏は暑かった。埼玉でみると、35度以上の猛暑日は20日間と史上3番目だったし、30度以上の真夏日は63日、25度以上の熱帯夜は11日だったという。なぜ今年の夏は暑かったのか、天気図を示しながら、具体的な解説をしてくれた。

 それは、インド洋とペルー沖の海水温が低く、海水温の高かった東南アジアの空に大量の雲が発生し、東南アジアの海水温が高かったことに原因があったとのことだ。加えて、地球温暖化も影響しているらしい。ちなみに1900年から2000年まで、この100年間で地球の温度は1度上昇したらしい。

 彼が強調していたのは、「今や、暑さは最も大きな自然災害」ということだ。台風や風水害での死者は少ないが、熱中症で亡くなる方は1718人(2010年)と圧倒的に多い、しかも65歳以上の死亡者が8割だという。相当高齢者もいるこの日の出席者に注意を促していた。

 二つ目のテーマである【特別警報】だが、今年新設された警報である。基準は、50年に一度の風水害が予想される場合に発令される。今年は早速、京都・滋賀・福井に発令された。9月16日に襲来した台風18号の影響だった。テレビには、京都・嵐山の渡月橋の大水が映し出されていた。この大雨も何が原因だったのか、天気図を示しながら、詳しく教えてくれた。

 竜巻も今年は多かったね。これも、台風が遠くで発生した時に起こる積乱雲が原因のようだ。積乱雲の上空に親雲があり、乳房雲が見られたら竜巻の兆候だという。発生するのはほとんど海岸だが、地形の関係で関東地方は竜巻被害が多いらしい。9月2日の越谷周辺の竜巻も台風が原因だったし、9月18日の台風18号では熊谷周辺が被害にあった。

 非常に分かり易い、名講義だった。ちなみに、平井さんは「小学5年生のころから、NHKのお天気キャスターになるのが夢」だったらしい。小さい頃の夢が実現することなどまずないのだろうが、彼は幸運な一人だったね。

2013_1005_170225pa050007 それにしても、この日の授業も熱気満々だった。遅れて教室に入った私は、立ち見を強いられた。幸い、途中でOnちゃんの隣の席が空き、座ることが出来たのだが。そのOnちゃんに「お土産だよ」と渡されたのが美味しそうな葡萄だ。

 彼の妹さんが栃木のブドウ園の農家に嫁いでいるらしい。今年最後のブドウとのことだったが、ものすごく美味しかった。

【10月5日の歩行記録】8,564歩

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2013年9月22日 (日)

№2097 『フクシマ』に関する二つの講演会

2013_0921_130407p9210001 この日は、奇しくも『フクシマ』に関する二つの講演を聞いた。まずはじめは、午後1時半からの【浦和社会生活大学】の今期最初の授業だった。講師は、前双葉長町長の井戸川克隆さんだ。この日の会場は、北浦和にあるカルタスホールの大会議室だ。200人も入る大きな会場だったが、一杯で立ち見も出るほどだった。

 大学の主催者は、「はじめての授業だったので、予想以上の受講者です。皆さんには大変ご迷惑をおかけしますが、お詰め合わせの上、譲り合ってお座り下さい」と恐縮しきりだった。それにしても、この大学は予想以上の熱気だった。僚友Onちゃんの顔は見えなかった。欠席だったのかな。

2013_0921_132555p9210004 講師の井戸川さんは、テレビですでにお馴染だ。略歴紹介を聞くと、すでに双葉町の町長は降りたらしい。そういえば、一時リコール騒動があったようだったね。この日の講演は、【原発事故から学ぶ】という2時間におよぶ講演だった。それにしても、頭でわかっているのと、実際に話を聞いてみるのとは大違いだと感じたね。 

 案の定、井戸川さんのお話は、東京電力の無責任ぶりと嘘つき、政府をはじめ監督官庁の無作為ぶり、それに放射能被害を、現場にいなければ分からない口調で話していた。

 この前町長は、町の機能全体を埼玉県の騎西高校に移したことでも有名だ。彼は、チェルノブイリなども視察してきたらしいが、すごくショックなお話をしていた。

 原発事故以前は、放射能の基準値は1ベクレル以下だったのが、今では100ベクレル以下という。誰がその基準を決めたのか。チェルノブイリでは、今でも5ベクレル以上は危険数値とみなされているらしい。27年前に起こった事故だが、周辺のほとんどの子どもは放射線に感染していたという。子どもたちは、何らかの病気に罹っていたらしい。

 「はっきり言うが、福島は人の住める環境ではない。福島には住んではいけないし、福島のものは食べてはいけない。魚を食べるなど、トンデモナイことだ。その最大の被害者は子どもたちだ。安部首相が言う、福島原発の汚染水は完全にコントロールされている、というのは全くの嘘っぱちだ」というお話は、大変迫力をもって伝わってきた。

 しかし、ここまで言ってもいいのかなとヒヤヒヤした。実際、行政を動かした人でなければ言えない発言、と納得する面もあった。

2013_0921_184122p9210005 夜は、きむらゆういちさんと和合亮一さんの対談があるというので、新宿南口にある紀伊國屋サザンシアターに聞きに行ってきた。趣旨は、『はしるってなに』(芸術新聞社)という絵本の刊行記念のトークイベントだった。

 著者の略歴紹介があったが、きむらゆういちさんは600冊以上も本を出しているという大絵本作家だった。和合亮一さんは詩人でもあり、今でも、福島の高校の先生をしているようだ。

 会の初めに、和合亮一さん自身による『はしるってなに』の朗読があった。私は詩人の朗読を聞くのは初めてのことだったが、その素晴らしさに感動してしまった。一語一語がハラワタに沁みてくるような話し方だった。

 対談は、はじめにきむらゆういちさんがなぜ絵に出合ったのか、和合亮一さんがなぜ詩に出会ったのかをお互いに紹介していた。その話しぶりは、笑いを誘った。そして、この絵本が出来るまでのお二人の出会いについてだ。

 彼らがこの日会うのは、3回目だという。あるコーデネーターからの話で、この絵本を引き受けたらしい。趣旨は、2011年3月11日以降、津波の被害、福島原発事故も含めて、子どもたちに後世まで残す絵本を作る、というものだったようだ。絵本の制作過程を聞けて、これも大変面白かった。

 そして、途中で和合さんが作った『フクシマ』という詩の朗読にも、感動してしまった。和合さんが、福島を愛する気持ちがジ~~ンと伝わってきた。

 この日一日は、講演を二つも聞けて有意義な日だったね。

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2013年9月 8日 (日)

№2083 【浦和社会生活大学】に入学

 仲間のOnちゃんから、「こういう大学があるから一緒に入学しよう」と勧められたのが【浦和社会生活大学】である。とはいっても、申込締め切りが7月10日ととっくに切れているようだ。彼は、「ダイジョウブ大丈夫。私の顔で何とかなるよ」というのだ。まあ、それなら付き合うか。

 学費が年間6,000円というから、様子が分からないまま、入学することにした。そして、入学式当日に入学を申し込んだのは、われわれを含めて3人とのことだった。どうやら、Onちゃんの強引さが功を奏したようだ。

2013_0907_093623p9070002 朝10時に始まった入学式で、ようやくこの大学の様子が分かった。1975年開校したこの大学は、われわれは第39期入学生で、今まで38年間の実績があるようだ。何よりの特徴が、毎年6,000円を払っている限り、何年在学していても可というのだ。道理で、出席者の中でジジババが目立った。

 今年の新入生はわれわれ二人を含めて80名とのことだが、在校生176名が継続在学し、今年の学生総数は256名とのことだ。毎月2回、第一と第三土曜日に開校し、年間23回の授業がある。

 授業の内容は、時事問題、歴史の話、経済について、埼玉の地元を知る、国際情勢、医療問題と硬いものから、落語を聞く、小説を読む、楽しく歌いましょうというものまで多岐済々のようだ。

2013_0907_095816p9070005 この会を主催しているボランティア団体が【老後の幸せを守る会】で、歴史は埼玉全県で展開しているいきがい大学よりも長いというのだ。校長の鈴木孝次さんの話では、「自分は八代目の校長だが、在校生は60歳から95歳までと幅が広い。世代間を超えた交流が出来るのが、この学校の何よりの特徴だ」と語っていた。

 校長の挨拶に引き続き、サークル紹介があった。『歩こう会』、『コーラス部』、『写真部』、『カラオケ部』と4サークルがあるようだ。各サークルの部長のお話を聞くかがり、どうもあまり活発じゃないようだったね。

 最後に、住まいごとに12班に分かれ、班長・副班長を決めて入学式は無事終了した。

 私は結構忙しい。果たして23回のウチ何回の講座に出席できるのか、はなはだ心もとない気もするのだが、ま、Onちゃんの顔を立てて出来るだけ出席したい。

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