カテゴリー「ユーラシア横断通信」の18件の記事

2013年4月12日 (金)

№1933 竹ちゃんの帰国報告会

2013_0411_180355p4110002 私のブログでも何回か紹介したが、仲間の竹ちゃんが3月中旬に、42日間の東南アジア旅行から帰ってきた。永久幹事のYoda君が、少数の人数を集めて、ウチウチの帰国報告会をやるという。会場は、これもいつもの東大赤門前の【食堂もり川】だ。私にも声がかかった。

 この日は、竹ちゃんを含めいつものメンバー9名の参加者だった。6時過ぎに会場に着いたら、すでに宴会は盛り上がっていた。

 かつての同業者仲間だから、話題の中心はどうしても業界の話になる。私は6年も前に引退してので、今浦島のような話だ。そして、良い話など一つもない。どこが悪い、ここが絶不調という無責任な話だ。皆さんほとんど引退したから、気軽にこういう話も出来るのだよね。

2013_0411_182011p4110005 そしたら、私と同じ年のある仲間が4月1日に社長に就任したというのだ。よくぞ、こんな業界が悪いというのに引きうけたものだと、皆さん感心していた。私も憎まれ口を叩いて、「定年になるとこんなに楽しいのに、仕事にどっぷり漬かる人生なんて、なんて不幸なのだろう」と。この話はまだ公開されていないので、名前は秘しておく(とはいっても、分かる人は分かるのだろう)。

 業界仲間がたくさん私のブログを読んでいるので、ここでは話していけなかったのかしら…。

 さらに珍しく、本の話で盛り上がった。2~3日前に、朝日新聞の記事に【本屋大賞】の話が載っていた。今年の【本屋大賞】は『海賊とよばれた男』(講談社)が受賞した。出光佐三の話だそうだ。Sawahataさんの話しを聞いていたら、面白そうだ。さらに、昨年受賞した『舟を編む』(光文社)の話に飛んだ。そういえば、『舟を編む』の映画が、あす公開になる。

2013_0411_193849p4110007 面白かったのは、Haradaさんの話だ。いろいろ本の蘊蓄を傾けるのだが、肝心の名前が出てこない。何度も頭を抱えるのだが、結局は出ずじまいということが何回もあった。いや、これはボケではなく年相応と言うべきなのか。私もどんどん本を読んでは、片っ端から忘れていく。それで良いんですよ。

 こういう場での本の話は、私の読書計画の参考になる。Sawahataさんが、「最近読んだ本で『おどろきの中国』(講談社現代新書)は目から鱗だったな」と言っていた。そんなに面白いのなら、どうしても読まなくっちゃ。

 私が月に一度書いている【読書日誌】も読んでくれているようで、Takeちゃん(竹ちゃんとは別人)など「柳田邦男さんの本を読まなくっちゃ」と言っていた。酒飲みだけでなく、お互い刺激をし合うのは良いね。

2013_0411_203139p4110012_2 ところで、いつまでたっても今日の主題の【旅行報告会】は始まらない。もう9時で終わりだぜ、と言っていたらようやく竹ちゃんの旅行報告になった。それでも10分くらいのものだったかしら。今回の東南アジア旅行は、何といってもミャンマーが良かったらしい。特に、山の上で今にも落ちそうで落ちないゴールデンロックの感激について語ったのは印象に残った。

 彼は、来週から再度ネパール⇒ブータン⇒マナスル⇒アンコールワット旅行を、3週間ほどかけて回ってくるらしい。今回はスポンサーがいて、その人のガイドで行くという。何でも、ブータンは一日の滞在料が250ドルだというから、5日間滞在すると10万円以上かかる。その金もスポンサーから出るというから、良いね。

2013_0411_205257p4110016 ただ、ブータンにwi-fi環境があるのかどうかは知らない。しばらくは彼のブログを注目していたい。彼が帰ってきたら、報告会を兼ねて社長就任の祝いをしようと衆議一決した。永久幹事のYoda君は、早速メモをしていた。頼むよ!!!

 これだけじゃ飲みたりなかったらしく、近くの一杯飲み屋で2次会までやって帰って来た。

【4月11日の歩行記録】

6,159歩、4.28㎞、44分、202.9カロリー

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2013年3月15日 (金)

№1905 竹ちゃんの東南アジア旅行を追う

 わが友竹ちゃんが、東南アジア6カ国旅行に旅立ったのが2月9日である。この欄でも何度か取り上げているが、今日ヴェトナムのフエに入るらしい。先日も仲間と話し合ったのだが、彼の旅行は、羨望とともにわが仲間内の格好の話題である。

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 昨年のユーラシア旅行の時も、私は地図上で彼の足跡を追い続けた。昨年は緑色のマジックで追ったので、今回は赤いマジックで彼のトレイルを追っている。それにしても、彼のブログは写真が多く貼りついているので、観ているだけでも楽しい。

 彼のブログを読みながら、私の旅行も思い出す。今、彼が滞在するフエに私が旅行したのはいつだったのかしら?

 女房がどうしてもヴェトナムに行きたいというので、ハノイに入国し、ホーチミンまでの10日間ほどの旅行計画を立てた。直前になって、女房はキャンセルしたので、結局は私一人での旅行になった。

 キャンセルの理由は、その当時飼っていた愛犬が老衰でヨタヨタし、とても家を空けられる状況じゃなかった。しようがないと私一人で旅立った。何年前か確かめたら、息子が大学生だったというから、もう12~3年も前になる。

 その当時写真にあまり興味がなかったから、たくさん撮ったはずのあのベトナム旅行の写真を探してみたが、見つからない。どこかに隠れているのだろうが…。

 そして、竹ちゃんの【ホイアン滞在】(クリックすると彼のブログ記事に飛ぶ)の記事を懐かしく読んだ。

 私はハノイ滞在3日ほどのあと、夜行寝台列車でフエに向かった。夜11時出発の寝台列車は、翌朝10時にフエに着く予定だった。朝7時ころに目覚めて、列車の窓の外をみると、延々とお墓が続く光景が広がっていた。そう、この近辺はヴェトナム戦争の最激戦地区だったのだ。果たして何万人の人が、北と南の国境沿いで亡くなったのだろうか。

 フエの駅前で、駅前タクシーに勧められるままのホテルに泊まった。竹ちゃんは、タクシーやホテルでは、必ず値段交渉をしている。当時の私には、そんな知恵もなかった。そのホテルに3泊ほどしたのだが、そのホテルからホイアンを往復した。随分遠いと思ったのだが、竹ちゃんの記事を読むと、片道4時間かかるとあった。ということは、私は往復8時間かけてフエからホイアンに行ったのだ。

 ホイアンの街は【日本人町】として有名だが、私の記憶にあるのは、「あの街は暑かったな」ということだけだ。汗が出て、街を歩くのもままならなかった。そしてフエで買ったのは、女房に頼まれた黒いなんという事のない布だった。

 竹ちゃんのブログを読んでいると、遠い過去の記憶がよみがえってくるのが面白い。

 彼は、これからラオスに入って、来週にはもう帰国かな。またお土産話を伺うのを楽しみにしたい。

【3月14日の歩行記録】

3,202歩、2.23㎞、22分、105.5カロリー

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2013年2月17日 (日)

№1879 竹ちゃんの東南アジア旅行

 先日もご報告したが、昨年半年にわたってユーラシア横断旅行をした竹ちゃんが、今回は東南アジア旅行へと旅立った。42日間にわたり、マレーシア、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナム、ラオスと旅する計画のようだ。

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 今回も、その旅行記を彼のブログ【竹ちゃんのユーラシア横断】で報告している(下線をクリックすると、彼のブログが読めます)。彼のブログは写真が一杯で、ブログを読んでいると、さながら一緒に旅をした気分になれるの良い。

 どうやら今回は一人旅ではなく、仲間と二人で旅行しているようだ。

 それにしても彼は旅のエキスパートで、安い航空券を見つけて、安い宿を泊まり歩き、現地の人と一緒のレストランで食べている。なかなか誰にでも出来る事ではない。

 先日ある飲み会で、仲間が「あんな旅行して大丈夫なのかね。ベッドにはノミやダニもいるだろうし、不衛生だよね。身体を壊してしまわないか心配だ」と、感想を述べていた。

 これは行った人でないとわからないが、泊まるドミトリーは意外と清潔なようだ。「ドミトリーに泊まるのは、海外から格安で来る旅行者が大半で、不潔だという噂はすぐに伝わり、そんな宿には誰も泊まらなくなるよ」と、竹ちゃんは言っていた。

 最近、ミャンマーが注目を浴びている。日本からANAの直行便も飛ぶようになったらしい。値段は25~6万とのことだが、竹ちゃんは3万円以内でミャンマーの首都ヤンゴンに行っている。ほぼ10分の一の値段だ。

 彼の最近アップした写真で見ると、ヤンゴンは豊かだね。街を歩くとなんでもあるようだ。何と日本の寿司屋もあるという。なにも、わざわざヤンゴンにまで行って、日本の寿司屋に入ることもなかろうにと思うのだが、その寿司屋は意外と美味しかったと書いている。

 ただ、苦労するのは、ブログをアップするためのwi-fiスポットがなかなかない見つからない事らしい。とはいってもアップしているのだから、本当に世界は狭くなった。ぜひ、私もミャンマー旅行を企てたい。

 出発前に、彼から「時々コメントを入れてよ」とのメールが届いていた。前のユーラシア横断の時も、コメントを付した。今回もそのつもりでコメントを入れているのだが、なかなかアップできない。どういうことなのだろうか。

 皆さんも、時々このブログを訪問して、応援してやって下さい。

【2月16日の歩行記録】

4958歩、3.44㎞、163.1カロリー、34分

 

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2013年2月 7日 (木)

№1869 竹ちゃん、ユーラシア旅行の次は?

 先日、竹ちゃんから以下のようなメールがあった。「ご無沙汰しています。ユーラシア大陸横断旅行から早4ヵ月経ちましたが、どうも足が旅に出たがって困っています。
 前々から旅したかった「ビルマ」ミャンマーに2/9に出発して、東南アジアを六ヶ国ふらつて3/22に帰国する予定です。
 今回も下手な写真と文章ですが、ブログでお届けしたいと思っています。旅の途中に励ましやら、冷やかしなどコメントいただければ嬉しいです。
 違うタイトルでブログを発信しようとしましたが、上手くいきませんでしたので「竹ちゃんのユーラシア横断」にアクセスお願いします。

2013_0205_164959p2050015 そうかそうか、また旅に出るんだね。久し振りに竹ちゃんに会いたくなって、電話をした。そして、池袋で会うことにした。彼が指定した飲み屋は、池袋の大型電気店の上の飲み屋だった。へ~~、こんなところにも飲み屋があったんだ。

 乾杯の後に、彼の今回の日程を聞いた。羽田からマレーシアのクアラルンプールに飛び、そこからミャンマーのヤンゴンに入るのだそうだ。ミャンマーには2週間滞在。その後、タイからカンボジアのシェムリアップ、ヴェトナムの諸都市を巡り歩いて、ラオス経由での42日間の旅を楽しむという。

 彼は、昨年の3月から9月までの6ヶ月間、ユーラシア横断旅行をしたので、どこに行っても怖くないらしい。むしろ、自信みたいなものを身につけている。しかも、得意は格安旅行だ。一泊500円くらいの宿を泊まり歩く。そんな宿で不潔じゃないのか聞いてみたら、「ドミトリーはきれいなもので、何ら支障がない」といっていた。

 今回の旅は3月22日に帰ってくるが、また、4月中旬にはネパール・ブータン目指して旅をするという。「いつも行くのは格安航空の【エアーアジア航空】で、クアラルンプールまで燃油サーチャージ込みで2万円だよ」といっていた。アジアを旅するには、この航空会社を使わない手はないのだそうだ。

 格安旅行のエキスパートになった竹ちゃんに、いろいろ旅の秘訣を聞いた。現地では誰にでも話しかけて、すぐに友だちになることだ、言葉は関係ない。自分が伝えていとすることは、ボディランゲージで何とか伝わるものだそうだ。さらには、どこでも寝れて、食べ物の好き嫌いのないことが重要だと話していた。

 そういえば、昨年私たちがヴェトナム旅行した後に、彼は再度ホーチミン市を訪れて、コンチネンタルサイゴンホテルに泊まったのだそうだ。「この旅は、友だちと一緒にヴェトナムガイドの旅だった」そうだ。

 私は、彼が前回のユーラシア横断旅行で一番印象に残ったというコーカサス地方(グルジア・アゼルバイジャン・アルメニア)の旅行を夢見ている。秋ぐらいにはと彼に話した。「ぜひ行ってらっしゃい」と励まされた。

 私は、今回も再度、彼のアジア旅の側面支援をしたい。ユーラシア横断から帰国して以来中断していた、彼のブログ【竹ちゃんのユーラシア横断】を再開するのだそうだ。私の左側サイドバーにある【ブログの友だち】に、彼のブログを再度貼り付けた。

 私も、そのブログで彼の旅行の後追いをするつもりだが、ご興味のある方はときどき覗いてみて下さい。

 

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2012年11月30日 (金)

№1799 【ユーラシア横断】帰国報告会

Pb280002 わが仲間・竹ちゃんの【ユーラシア横断旅行】帰国報告会があった。会場は、これも仲間のMatsumuraさんが経営する上福岡の【グリーンスリーヴス】という店だ。この会は、竹ちゃんが旅立つ前に、帰国したらこの日に報告会をやろうと(クリックすると、その記事が読める)約束していたものだ。

 ついに、わが英雄竹ちゃんはユーラシア大陸横断を果たしたのだ。彼の報告によると、訪問国は14ヶ国に及び、179日間の渡航費込みの総費用は738,000円だったとのことだ。内訳は、交通費が約28万円、食事代が17万円、宿泊費が23万円、その他が6万円だったとのことだ。何と一日当たり4,123円で済んだことになる。

Pb280013 この日は、長々としたレポートを用意してくれた。あらためて読んでみると、この中でも一番印象に残った国は、アルメニア、グルジア、トルコ、スイスだったとのことだ。特に男どもが一番関心のある【女性の綺麗な国】は、何といってもアルメニアだという。

 外国旅行に行くと、誰もが心配になるのが言葉が通じるかどうかだ。ほとんど片言英語で通じたらしい。私の経験でもそうなのだが、自分がこうしたいという意思を表すと、日本語でも通じるのだ。皆さん、外国旅行すると言葉が通じないと心配するようだが、決してそんなことはない。

 この旅行中、彼はブログ更新をしていたのだが、中国以外のほとんどの国でwi-fiが繋がったらしい。まあ、電波の強弱はあるのだが。今回のベトナム・カンボジア旅行でも感じたのだが、本当に凄い時代になったものだ。そして、彼の話に同感したのだが、好奇心と情熱さえあれば誰でもこのような旅行は可能なのだと。

 ブログには書かなかったようだが、秘密のエピソードも話してくれた。「ローマのドミトリーでは、Hをしているカップルがいた。女性のよがり声には本当にまいったよ。」ブラジャーとパンティのまま寝ている女の子もいたらしい。結構派手な下着にタジタジだった、と面白そうに報告してくれた。

 この日の参加者は16人だったが、私は旅から帰った翌日の参加だった。皆さん私のブログを読んでいるようで、「あれ、シンさんまだ旅の途中じゃなかったの」と不思議そうに言っていた。「それにしてもすごい馬力だね」と変に感心された。

Pb280003 この日のために、Matsumuraさんは大変なご馳走を用意してくれていた。なんでも、おばあちゃんまで動員し、三重の重箱に煮物を作ってくれていた。お刺身、キンピラごぼう、こんにゃくの煮物、お新香等テーブルに乗りきらないぐらいだ。「こんなに料理を出して、この会費で良いの」と、皆さんが心配するぐらいのものだった。

 それぞれが近況報告をしたのだが、久し振りのお会いしたShigenoさんも参加してくれ、嬉しい再会であった。Matsumuraさんの奥さんも、顔を出してくれた。

Pb280009 ただ、大半の方がすでに定年退職をし、こういう会ででもなければ会うこともなくなった。一番若いYoda君が世話人を買って出てくれているのだが、彼はまだ30代とのことだ。彼が元気なうちはこの会が続くと思うと、嬉しい。

 そういえばだれかが言っていたが、棺桶に見送るまでこの会は続くのだと。さて誰が一番かな。まあ、この元気な姿を見ると、当分そういう現場には立ち会えそうにもないのだが…。

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2012年9月19日 (水)

№1,722 ユーラシア横断旅行から帰る

 わが友竹ちゃんが、ユーラシア横断旅行から無事に帰ってきた。おもえば、3月22日に日本を旅立ち、延々179日間の旅だった。この間、ブログを立ち上げ、毎日旅の記録を書き綴って、私のような追っかけを楽しませてくれた。

P9180013 私は、彼が旅立ったのを見て、世界地図を買った。そして、彼の旅の所在地に日付を書きいれていった。彼もブログで書くだろうが、私の地図で彼の足跡をたどってみたい。

 3月22日にタイのバンコクに降り立った彼は、その足でラオスに入った。ラオスは、ワットプー、サヴァナケット、首都ビエンチャンをたどり、ルアンバパーンに着いたのが3月31日だ。ラオス滞在は10日間だった。

P9180011 その後、中国の雲南省に入った。昆明、攀枝花(パンチーホワ)、香格里拉(シャングリラ)、成都と、中国にはやはり10日間ほど滞在した。現地の人とのやり取りで、ずいぶん不愉快な思いをしたようだし、チベットを目指したがかなわなかった。

 ネパールのカトマンズに着いたのが4月15日。竹ちゃんは山男だ。ネパールには何度も足を踏み入れたことがある。ポカラを通り、ヒマラヤの麓を若干トレッキングしたのかな。そしてインドに入ったのが4月30日だ。ということは、ネパールに半月ほど滞在したことになる。

 インドは、ブッタガヤ、パトナ、ヴァラナシィ、カジュラホール、アグラを経由してニューデリーの街に入った。インド滞在時に、私は何度か彼のブログにコメントを入れている。私も20年ほど前に、一人でインドの旅を楽しんだが、かの国は大変な地だったということを思い出す。若くて元気でないと、気が萎えてしまう。

 パキスタン、アフガニスタンは旅人にとっては旅を楽しめる地ではない。インドから飛行機でアルメニアのエレバンに着いたのが5月24日である。アゼルバイジャンに入らなかったのは、ここも物騒な国だったせいかしら。グルジアのトビリシに着いたのは5月31日だった。アルメニアとグルジアの記事には、あまり印象が残っていない。

 トルコに入ったのが6月4日である。黒海沿岸のトラブソンを通り、カッパドキアに向かった。カッパドキアの奇岩に興味を示したのも、記憶に新しい。そこから、地中海沿岸のアンタルヤ、フェティエ、イズミールとギリシアの古代都市を経巡り、イスタンブールに到着したのが6月22日だった。イスタンブールには一週間ほど滞在したのかな。私も世界を旅して、一番面白い街がイスタンブールだった。

 ギリシアのアテネを6月29日に通り、イタリアのナポリに入ったのが7月3日だ。イタリアは、ローマ(バチカン)を見学し、フィレンツェ、ピサを通りミラノには7月16日に入っている。残念ながら、私が一番印象に残ったイタリアの観光地、ヴェネツィアは見ていない。

 テントと自炊道具を買い、スイスに入ったのが7月20日とある。スイスではアルプスの麓にテントを張り、アイガーやマッターホルン、モンテ・ローザ等アルプスの名峰を心ゆくまで堪能していたね。それにしても、彼のブログを見ていると、よく酒を飲んでいた。こんな呑兵衛だったっけ?それと、どこに行ってもすぐに友だちが出来ている。彼は語学の天才か。

 外国旅行というと、よく言葉が通じないので怖いといわれる。そういう人に私が言うのは、「日本語さえできればどこに行っても困ることがないよ、意思を伝えたいというのなら、ボディランゲージで充分だ」と答える。竹ちゃんも、とても語学の天才だとは思えない。ほとんどは日本語で通したのではないだろうか。それで世界旅行が出来るのだ。まあ、若干英語が話せるなら、より便利だろうけど…。

P9180012 スペインのバルセロナに入ったのが8月22日だった。私も一度スペイン旅行をしたが、スペインは大きな国だったし、見るべき世界遺産がたくさんある。その中でも一番のお勧めが、サンティアゴ・デ・コンポステーラの日曜ミサだ。彼は、バルセロナはあまりにも大都会で、見るべきところがないといっていた。

 スペインは、バレンシア、マドリード、ヒホン、アルコーニャを通り、目的地サンティアゴ・デコンポステーラに到着したのが9月2日の日曜日だ。私のお勧めの日曜ミサに感激していたようだ。そのミサの写真が、彼のブログに載っていた。アレ、写真撮影禁止だったのじゃないかな。

 普通、観光ツアーで北スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラは入っていない。私は皆さんにいうのだが、ぜひ機会があったら日曜ミサを見てきてもらいたいものだ。

 最後の訪問地ポルトガルには9月3日に入った。ポルトの街で「甘い、甘い」と言いながらよくポルトワインを飲んでいたね。パターリャの修道院を見てリスボンに入ったのが9月8日である。ロカ岬で、ユーラシア大陸の西端から大西洋を望んで感激していた。

 そして、リスボンからイスタンブール経由で無事日本に帰りついたのが9月16日だった。竹ちゃん、本当にご苦労様でした。それにしても何事もなく、良く無事に帰って来たものだ。

 179日間で彼が使ったお金は738,105円となっている。一日当たりでは、交通費、食事、宿泊費込で4,123円と驚異的な安い費用だ。アジアでは一泊400~500円というホテルもあったね。6ヶ月間、一緒に旅を楽しませていただいてありがとう。

 ただ、このブログも、もう2~3回記事を書いて閉じるという。そんな事を言わずに、旅の思い出話、ブログに書ききれなかったことをこれからもたっぷり聞かせてもらいたい、とコメントを入れておいた。

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2012年6月24日 (日)

№1,635 旅の思い出―イスタンブール

 ユーラシア横断を目指して3月中旬に日本を旅立ったわが友竹ちゃんが、いよいよトルコのイスタンブールに到着したようだ。私のサイドバーに彼のブログを貼り付けているのだが、毎日そのブログを見るのが楽しみだ。そして、時々はコメントを入れている。

 私は、イスタンブールには二度行っている。一度目は1995年の神戸・淡路大震災の年で、二度目は2000年だったかな。誰でもそうなのだろうが、トルコ旅行をした人は、皆、かの国が大好きになる。彼のブログを読みながら、久し振りにイスタンブール旅行を思い出した。今日は、17年前の旅の思い出を話してみたい。

 一緒に旅をしたのは、仕事仲間のGyuちゃんだった。トルコ大好きという、これも仕事仲間だったKaiya女史にレクチャーを受けて旅立った。彼女には定宿も紹介していただいた。そのホテルに到着したら、フロントに呼び出され、「日本からFAXが届いていますよ」というのだ。誰だろうと読んでみると、Kaiyaさんから「旅の成功を祈ります」というメッセージだった。この配慮には感激した。

 泊まったホテルは、マルマラ海の目の前だった。ツインルームだったが、ベッドがぴったりくっついていた。お互いそんな趣味がなかったので、当然のようにベッドを離して寝ることにした。イスタンブールの市街地は、そのホテルから山を越えてすぐの所にあった。毎日、徒歩でその市街をフラフラ歩いた。

 中でも一番のお気に入りが、イスタンブールの最大のショッピングモール【グランド・バザール】だ。今では、この市場は世界遺産に登録されているようだ。毎日のように、このバザールに通った。市場の中は、何千という店が軒を並べている。それこそ、ありとあらゆるものを売っていた。

 Kaiya女史の紹介で、ある絨毯屋のおやじさんを訪ねた。グランドバザールに行ったらぜひ会ってみて下さい、といわれていたのだ。迷路の中を尋ね尋ね、やっとたどり着いた。絨毯屋のおやじさんは、女史の名前を出したら大歓迎してくれた。

 それからは、グランドバザールに行くたびに、そのおじさんを訪ねた。一日に2度も3度もいった。そのたびにチャイをご馳走になった。われわれは、別に絨毯が欲しいわけではなかった。そのおじさんも、絨毯を買うように強要することはなかった。

 世間話をし、トルコの話を聞かせていただいた。「一度自宅に遊びにいらっしゃい」とのお誘いで、彼の自宅にもお邪魔した。旅人が土地の人の自宅を訪ねるなど、めったにない機会だった。マンションの立派な部屋だったが、断水中とのことで、チャイをいただけなかったのが記憶に残っている。

 グランドバザールで、よく行ったのが入口にあった銀細工のアクセサリー屋だ。最初は冷やかしのつもりで声をかけたのだが、それが面白く、必ず立ち寄った。そして、値段交渉だ。私は買うつもりもないので、ベラボーに安い値段なら買うと言ってみた。銀の地金より安い値段だ。その銀細工屋は「トンデモナイ」という顔をしていた。そして、言い値より若干安くした。私は、更なるデスカウントを要求し、最終的には折り合って、買うことになった。銀細工など買うつもりもなかったのだが…。

 旅の楽しみは、なんといっても買い物だ。ただ、向こうの言い値で買うのは愚の骨頂である。えてして、日本人は値引き交渉するのをためらう。その結果、【日本人値段】として、とんでもない額を吹っかけられる。

 私は、外国で買物をするときには言い値の3分の一から交渉する。例えば向こうが1,000円と言った時は300円なら買う、という具合だ。値段交渉に応じない店では、買い物をしない。向こうも売りたいと思う時には、若干下げた値段をいってくる。この値段交渉は、現地の人たちとのコミュニケーションだと思って、私も楽しむ。言い値の半額で買えたら大成功。少なくとも、7掛け位で値段交渉が成立しないなら、諦めてしまう。この値段交渉が旅の楽しみなのだ。

 買い物の時、【自分がどうしても欲しい】という顔をしたら負けである。安くしないならいらないよ、という態度が必要だ。だから、こちらもとんでもない値段で交渉の駆け引きをする。売るつもりのない店は、鼻もひっかけない。

 イスタンブールはグランドバザールの思い出もあるが、なんといっても街歩きの発見がある。私たち日本では絶対見かけない光景に出合う。それは、皆、人を媒介にしている。特に、トルコは日本びいきの国だ。ある時、トルコ人になぜ日本が好きなのか聞いてみた。「トルコ人が日本を好きなのは、あのロシアをやっつけた国だから」という。どうやら、日露戦争を差しているようだ。

 ただ、街を歩くとやたらロシア人が目につく。黒海の向こうはロシアなのだ。ロシアにとって、トルコは手っとり早い海外旅行の相手国なのだろう。

 私は10数カ国の海外訪問をしているが、トルコが一番好きだ。今回も竹ちゃんに会うべくイスタンブール旅行を企画したが、どうも日程が合わなかった。いずれの日にか、またトルコを旅してみたい。

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2012年5月12日 (土)

№1,592 竹ちゃんにエールを

2012_0512_210443p5120015  竹ちゃんがユーラシア横断の旅に出て、早二ヶ月近くになる。その土地の写真と旅で起こった様々な出来事が載った彼のブログを読むのは、本当に楽しい。相変わらず、彼の旅を地図で追う日々が続いている。

 先日、ある所でバッタリNさんにお会いした。あるホームセンターに車を停めたら、隣の車から声がかかったのだ。誰かと顔をあげたらNさんだった。彼の言うには、「先日も仲間と会って話したら、話題は専らシンさんと竹ちゃんのブログだよ」といっていた。私のブログはさておき、竹ちゃんのブログが話題になっているのは嬉しい。

 彼にコメントを入れてあげたらどうかと提案したら、「コメントは仲間内しか受け付けないじゃないの」と、パソコンの大家にしては初心者的な反応だった。そんなことはないのだ。誰でも、彼の頁の下の【コメント】欄をクリックして、コメントを書き、暗証文字を入力したら、コメントが出来る。

 大勢の仲間が彼のブログを読んでいるはずなのに、気にいった記事があったら、意識的にコメントを入れているのは私ぐらいのようだ。ぜひ、エールを送るつもりで積極的にコメントを入れたらどうだろうか。何といっても、旅の楽しみは手紙である。コメントを入れることによって公開はされるが、構わないじゃないか。

 特に自分を特定されたくないと思う方は、本名ではなくニックネームでコメントを入れたらいい。ただし、竹ちゃんにはわかるようなニックネームを使ってもらいたいものだ。先日も竹ちゃんからのメールで、「【いなちゃん】という人からコメントが入ったが、シンさん誰かわかる?」と問い合わせてきた。残念ながら、私にも心当たりのない人だった。

 竹ちゃんは今インドにいるが、果たしてこれからどういう道筋をたどっていくのだろうか。先のNさんに、「もしかしたら、私も竹ちゃんとドッキングする突然の旅に出るかもしれない」と思いつきを言った。心当たりをしているのは、トルコのイスタンブールあたりかな。その事もNさんに言ったら、「トルコなんて物騒じゃないの」と危惧していた。いやいや、私はトルコに二度も行っていて、極めて安全な国だと力説しておいた。

 そういうつもりで安いチケットを探していたら、トルコ往復10万円というツアーチケットを見つけた。そんな無理なお金じゃないな。

 彼がトルコを通るには8月頃だろうから、ウ~~ム、暑そうだな。などと考えながら、彼のブログを読んでいるのは、極めて楽しいものだ。

 ぜひこの記事を読んだ方は、竹ちゃんを知ってる、知らないにかかわらず、エールのコメントをつけてただきたいものだ。彼のブログが2倍にも3倍にも楽しくなるはずだ。私の知り合いなら、【シンさんの友だち】と一言入れてくれると、了解するはずだ。

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2012年4月15日 (日)

№1,565 ジャガイモの下ごしらえ

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 今回那須に来た目的は、ジャガイモを植えつけることだ。前回那須訪問時に、ジャガイモの種イモを買っておいた。3種類のジャガイモで、男爵イモが5kg、キタアカリ5kg、メークイン2kgを買った。ジャガイモ用の肥料もついでに買っておいた。

 畑に行ってみたら、前回雑草をきれいに抜いておいたので、草一つ生えていなかった。ただ畝が低くなっており、小石が目立った。

 すでに4月中旬になり、例年に比べてもジャガイモ植え付けはだいぶ遅い。一昨年は3月中旬、昨年は4月上旬に植えた。ジャガイモの植え付け時期は、霜が降りなくなるころだ。本当に今年は寒かったので、植え付けが遅くなったのはやむをえない。埼玉の仲間に聞いたら、3月上旬にはすでに植えたとのことだ。

008 ジャガイモを植えるには、下準備が必要だ。種イモを分割し、切り口に灰をまぶした。【灰をまぶす】ことは、どのガイドブックにも書いていない。ただ、女房の母がジャガイモを植える時には必ずやる作業だという。どうやら、種イモを腐らせないためのおまじないのようだ。

 私もジャガイモを植える時には、必ず灰をまぶしている。向かいのOhno家には草木灰がたくさんあるので、バケツでいただいてきた。その灰を使うことにしよう。

 種イモを買ってきてもう一カ月、だいぶ芽が吹き出ていた。その新芽を生かすように、包丁で種イモを2分割にした。その切り口部分に灰をまぶした。

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 種イモの箱を開けてみたら、いずれの箱の種イモも大きかった。あまりにも大きなイモは3分割にした。数を数えてみたら、メークインは52個、キタアカリと男爵はいずれも78個あった。

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 この日は雨だ。明日の天気予報は晴れという。いよいよ明日植え付けをしたい。

竹ちゃんのユーラシア横断通信№10

二週間早くネパールに着きまた。

拉薩に入れなかった分、飛行機の窓からエベレスト、
名前は分かりませんが

山、山、そして山々を堪能しました。

ブログも更新出来るようになりましたので、

4月3日からの出来事を更新していきます。

4月15日18時53分受信

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2012年4月13日 (金)

№1,563 県活を飾る花壇

 相変わらず、いろいろな会合に出席のため、【埼玉県民活動総合センター】に通う日々が続く。この日も午後からの会合と思い、早めに自宅を出た。

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Img_7699  県活の入口と出口には、花壇が設けられている。わが園芸クラブが丹精をこめて管理しているものである。その花壇にいっせいに花が咲き揃っていた。こうたくさん並んでいると、パンジーも可愛いものだ。

Img_7700  さらにチューリップも満開だ。この花壇の前には、芝桜のピンクの花が咲いている。彩りもきれいだった。いつも活動する拠点の埼玉県民活動総合センターをきれいにしようという心遣いが伝わってくるというものだ。

 この花壇を管理しているわがクラスのSatohさんはじめ多くのクラブ員には頭が下がる。

Img_7696  県活の玄関には、桜の花も咲き揃っていた。ただ、いきがい大学の新入生を迎えるころには、葉桜になっているのはやむを得ないね。

Img_7690  われわれが昨年3月に卒業する時に植えた【卒業記念樹】のハナミズキは、まだ蕾が固いようだ。5月の連休ころには咲き揃うのだろうか。

 午後1時からの会議なので早めにきた。そして埼玉県民活動総合センターを見渡してみると、知り合いのSakuraiさんが司会の会議をやっているのを目にした。アレ、今日は彼らの期の総会なのかなと不思議に思いながら、いつもの読書室で本を読んでいた。わが畏友Nekoさんが、読書室で英語の勉強をしていた。

 お昼ご飯を食べにNekoさんと一緒にレストランに行ったら、会議を主宰していたSkuraiさんにバッタリ会った。「今日の会議はどうしたのよ」と訊かれてはじめて思い出したのだが、この日は、午前10時から重要な会議が開かれていたのをすっかり忘れていた。手帳にもこの会議のことを書いていたのだが、頭は午後1時からの会議に飛んでいたのだ。

 イヤ~~、申し訳なかった。もっとも、頼りになる山羊チャンが会議に出ているので心配はなかったのだが、それにしてもこういうことがあるんだね。これも老化の始まりなのか…。

竹ちゃんのユーラシア横断通信№9

明日、カトマンズに入国します。

成都はパンダの故郷、四川料理、諸葛亮のゆかりの地として有名です。

 この街はとてつもなく大きく、見どころを絞って行動しています。

 成都のチベット街を散策では、警官が銃を構えて厳重な警戒態勢をして

 いました。

 清朝時代の街並みを再現した「錦里」は、中国各地から訪れた観光客で溢れ

 ていました。

 成都駅から続く、大成市場は東京ドーム20以上の広さの問屋街で、洋服や靴が

 所狭しと並べられていて、それを何十個と買い求める人たちで混雑し、行きかう人と

 バイク・車で騒然としていました。

 カトマンズに入国しましたら、ブログで今までの事を更新していきます。 

シャワーを浴び、洗濯を終えてメールしています。
 
今日は、朝から晴れて気持ちのいい1日になりそうです。
受信4月14日午後12時09分

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