カテゴリー「交遊」の19件の記事

2012年10月29日 (月)

№1,762 行幸(みゆき)湖浮きウキフェスタ

Pa280001 幸手権現堂で開かれた【行幸湖浮きウキフェスタ】に参加してきた。このイベントは、幸手権現堂のそばにある行幸湖の水を浄化しながら、水に親しもうという趣旨のイベントだ。わが仲間のYagiちゃんが有力なヴォランティアで、仲間に呼びかけがあった。

 私の役割は、ゆるキャラの人形の中に入って、イベントにやってきた子どもたちと一緒に遊ぼうということのようだ。ウチのクラスには、ゆるキャラを研究したグループがいる。イベントのたびにゆるキャラの中に入り、様々なイベントを盛り上げている。話しに聞くと、人形の中は暑くて、汗びっしょりになり大変だという。まあ、一度は体験してみよう。

Pa280018 ところが、昨日はあんなに天気が良かったのに、この日は雨模様だった。会場に到着した時には、小雨が降り始めた。ゆるキャラ人形を雨に濡らすのは厳禁だという。残念ながら、ゆるキャラで練り歩くイベントは中止になった。近くの高校の演劇部によるチンドン屋イベントも、屋根の下で細々と行われているのは可哀そうだった。

 そこで、私はこの日行われた様々な催し見学をした。

Pa280008 この日のメインイベントの【浮島作り】は、少々の雨でも実行された。この浮き島作りは、間伐材と竹を組み合わせたいかだを作り、そのいかだの上に炭と植生植物を入れた袋を乗せて、湖に浮べようというものだ。この日は9基のいかだ作りをしていた。わが仲間も大勢参加していたのは頼もしかった。

Pa280015 このいかだの役割は、湖の水質浄化と魚や鳥の棲みかになるという一石二鳥の役割を果たすものだ。私は初めての参加だったが、もう10年も続けているイベントのようだ。わがYagiちゃんは、その中心的な役割を果たしているということだった。

 そのいかだ作りを見学していたら、どうも昔知り合いだったような顔がいる。「あら、Takakuさんじゃないの」と声をかけたら、「おやおや、なんでこんなところにいるの」との返答だった。彼はYagiちゃんと一緒に、このイベントの中心的な役割を担っていた。昔、同じ業界にいて、彼は東部支社長として活躍していた人だ。

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Pa280022 さて、いかだが出来上がり、行幸湖(みゆきこ)へ浮かべる行事だ。いかだを作った公園からこの湖までは約20mの高低差がある。階段を一気に滑らせる【進水式】があったが、勇壮なものだった。竹を並べた階段の上を滑らせるアイディアは、なかなか良かった。

 以前に作った浮島にはもう大きな草が生え、すでに鳥や魚の棲み家になっているらしい。この湖を見ると、本当に水はきれいだった。昔はアオコが繁殖して臭かった湖とのことだ。このイベントの成果が充分に出ているのではないか。

 ゆるキャライベントが中止になり、わがグループはやることがない。お弁当もご馳走になったことだし、ゴミ拾いの清掃クリーン作戦にだけは参加しよう。土手はきれいで、ほとんどゴミは落ちていなかった。そのうちに雨が本格振りになり、早々に帰ってきた。

 参加した皆さん、本当にご苦労様でした。

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2012年4月 2日 (月)

№1,552 縁は異なもの

 先日、仲間のSawaさんからメールが届いていた。彼は奥床しい(?)らしく、決してコメントはつけてくれないが、時々メールはいただく。そのメールの話が面白かったので、ここで紹介したい。

  ある飲み会で記事にSawaさんの写真を貼り付けたのであるが、それを目敏く見つけた読者がいたらしい。彼がSawaさんに、「なんだか、いろいろ活躍しているのですね…」という声を掛けてきたので、何を言っているのだろうと不思議に思ったらしい。そしたら、私のブログに彼の写真が載っていたというのだ。

 その方は、那須に老齢の身うちの夫婦が住んでいて、とてもその夫婦のことを心配しているのだそうだ。そして、那須の様子を知ろうと思い、那須に関連するブログを検索していたら、私のブログを探し当てたらしい。『偶然に知った《繭の里通信》が、那須の様子が少しでもわかるのでのぞいている内に、習慣になったそうです。そして取引先の私がいたなんて…、ウソのような話ですね!!!』。

 Sawaさんは、その方に私の素性を明かしたとのことで、昔の同業者だとわかったようだ。そして、Sawaさんからは『こういうような人も観ているのです。さらに磨きをかけて下さい』という励ましの結び言葉だった。

 そういえば、以前もこんなことがあった。私の毎月の【読書日誌】にコメントをつけてくれた友に、某社の常務からメールが入ったというのだ。「ブログのコメントである本のことを書いたようだが、それが面白いなら、こちらの本も読んでみて下さい」というものだったらしい。

 私は、その常務とは面識がない。ただ、その常務も密かな私のブログの読者だったのだろうか。そのコメントをつけた友が、「本当に、シンさんのブログは、いろんな人に読まれているんだね」と、改めて驚いていた。

 それにしても、毎日ブログ記事をアップしていると、このブログがものすごく自己増殖して広がっていっているのが分かる。私のブログのアクセス数が25万を突破したのだが、このところの毎日のアクセス数が尋常じゃない。前は、1日平均、150アクセス数を一つの目安にしていたのだが、このところは1日300アクセスを超えることも珍しくない。調べてみると、この一ヶ月の平均アクセス数は284だった。

 そりゃ芸能人のように1日何万アクセスということはないが、着実に伸びていっているというのが、読者数の輪が広がっていっていることに繋がっているのだろう。

 ただ、私の読者は奥床しいというのか引っ込み思案で、なかなかコメントを入れていただけないのには物足りなさを感じる。

 遠慮しないで、ぜひコメントをつけて下さいね。そこから広がる輪もありますから…。

竹ちゃんのユーラシア横断通信№3

おはようございます。
日本の時間から2時間引くとラオスの時間です。
ただ今、7時13分。
シンさんのブログ見ました。詳しく紹介いただき恐縮です。
地図を買い求めて、私と一緒に旅をしているつもりになって頂ければ、
こんな有難いことはありません。
本日は、ラオスの北部のウドムサイに向かいます。
4月2日午前9時17分

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2012年2月14日 (火)

№1,506 バレンタインチョコ

P2140002 今日は【バレンタインディ】である。私には一切かかわりがない、といいたいところであるが、宅急便でチョコが届いた。昔の同僚のHさんからだ。会社を退職してもう5年になるが、毎年、律義にお送りいただいている。

 このブログには、過去の記事を検索できる機能がある。【バレンタイン】で検索してみたが、引っかかる記事がなかった。ということは、この毎年の贈り物は秘して、記事にはしてこなかったのだ。もちろん、女房は承知していることではあるが…。

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 早速、一個いただいた。そして、昔一緒に仕事をした仲間を思い、口の中一杯に甘さが広がった。それにしても、義理であろうが何であろうが、このようにいただくのは嬉しいものだ。本当にありがたく、すぐメールでお礼状を出しておいた。

 【虚礼廃止】を叫ばれて久しいが、季節季節にこのようなちょっとした心遣いがあることは、良い習慣ではないだろうか。今年はもう来ないだろうな、と思いながらも心待ちにしているものがある。そして届いてみると、あぁ、私のことは忘れないでいてくれたのだ、とホッとする。

 もちろん、3月の【ホワイトディ】にはお返しをしている。最近では、那須のアウトレットで買う那須の特産物をお送りしているのだが、いただいたものの3倍くらいと心がけている。

 さて、今年は何を返そうか、この1ヶ月で考えてみよう。

 そういえば、孫娘も手作りのチョコレートを作ったようだ。渡されるのはいつのことになるのやら。

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2011年9月 8日 (木)

№1,341 縁は異なもの

 6月に行われた高校同窓会で、ある方にお会いした。その方の同業者で、私の大学時代の同級生が秋田にいるのではないのかと、その席で彼に確かめてみた。たしかTaguchi君といったはずだ。それらしい人がいますよ、というのが彼の答えだった。

 今月、秋田で同期会が行われるので帰郷する。あらためてその方に電話をして、Taguchi君の消息を訊ねた。それによると、彼はお婿さんでその会社に入り、そのまま社長に収まっているという。名前も変わっているというのだ。

 思い切って、秋田にいる彼に電話をしてみた。学生時代、彼とは親しく交わっていたわけではない。ただ、彼からは同じゼミに秋田から来た女性がいて、付き合っているという話は聞いた。一度紹介しましょう、とのことだったが紹介された覚えはない。

 電話に出た声は聞き覚えがなかった。何しろ40年も前の話なので、彼も私のことは覚えていなかった。当然といえば、当然の話だ。私は不良学生で、ほとんど授業は受けていなかったのだ。最近でこそ親しく付き合っているが、その大学時代の同期会名簿にも彼の名前はない。

 それでも、大学の同級生が秋田にいるというのは気になることだ。彼も覚えてはいなかったが、せっかく秋田に来るのなら会いたいという。「お前も秋田の人間なら、酒は飲むのだろうね」と確認された。そう、嫌いな方ではない。

 それなら、ということで一夜、一杯飲みながら逢う手はずを整えた。学生時代の仲間に電話をしてみたのだが、残念ながら彼を知っている人は少なかった。Yoichiro君が親しかったのではという人がいて、彼に電話をしてみた。そしたら香港にいる彼が捉まった。国際電話をしてまでも確認することではない、と早々に電話を切った。

 一昨年同級会をやった時の写真を携えて、彼に会いに行こう。

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2011年7月25日 (月)

№1,294 久し振りの再会

 田舎の出身者で作る会の埼玉支部会の会合があった。以前はしょっちゅう会っていて、やれ、お花見会やバーベキュー、旅行などを重ねていたが、このところ支部長のYamazakiさんが体調を崩していたとかで、会合も少なくなっていた。

P7240001 会場は、皆さんの最も都合の良い大宮の中華そば屋さんだ。いくら食べても飲んでも料金はたかがしれている。前回の会合で味をしめ、なんとなくこの会場に集まるようになった。メンバーは懐かしい6人である。

 この日お会いしたTaguchiさんは、10年ぶりくらいの再会であろうか。私よりも3年ほど先輩だが、10年たってもほとんど変わりがない。何年たっても、再会して田舎の話をすると時を忘れる。

 話題は、田舎にいた時代に何を食べたか、という話だ。

 「ワラビタタキはうまかったな」と誰かが言った。そういえば、ワラビタタキの味噌和えをご飯にかけて食べるのは秋田ぐらいの習慣だね。あんなに美味しいのに何で食べないのだろうか?ミズの根の赤い部分をたたいて、醤油に浸して食べるのも美味しかった。さらに、スギモタツというキノコだ。杉の木の古株にできるキノコで、真っ白だ。大根おろしの味噌汁に入れて食べると絶品だ。

 「そういえば、ボタコ(塩辛いシャケ)って知っている?」と私が訊ねた。秋田のスーパーで見かけたが、関東ではトンと見たことがない。お正月、トロロかけご飯を食べる時には必須アイテムだった。集まっている人のなかでは、知らないわけがなかった。

 Kaoruちゃんが、「そういえば、この前田舎に行ったときにウミヘビみたいなものを串に巻きつけて売っていたよ」と言っていた。私の親父さんの商売は魚屋なのでピンときた。「それはアナゴの串焼きでしょう」と答えた。なんでも、一本2000円もしていたそうだ。

 「いや、ハタハタは何にして食べても美味しかったね」という話になった。最近、再び秋田の海に戻って来たようだが、昔は海が盛り上がるほど大量に獲れたものだった。木箱一箱150円だったよ、という人がいた。いやいや、私が知っているのは最盛期一箱50円だった。箱代よりも安いことを覚えている。

 そのハタハタ、どうやって食べるのが一番美味しかっただろうか。鮨ハタハタ、デンガク、糠で漬けたもの、焼いて醤油をつけて食べる等どうやっても食べられた。魚屋のオンチャとしては、「なんといってもしょっつる鍋に、豆腐とねぎを入れ、獲れたてのハタハタをたっぷり入れた鍋が最高だったよ」というのには、皆さん納得していた。さらに、ブリコを生で食べるのも美味しかったね。

 食べ物の思い出は、あっという間に皆さんを郷愁に誘う。ひとしきり食べ物の話題になったが、それでも今回の地震には皆さん衝撃を受けたようだ。Taguchiさんが、「先日、田舎に帰ったついでに、知り合いのいる石巻に寄って来たよ」と報告をしていた。その時に撮った写真を公開していたが、矢張り、テレビで見ているのと実際に見るのではショックの度合いが違ったようだ。私も、先日ボランティアで行った多賀城の現地報告をした。

 どうしても、今年は会合になると行きつく先は地震の話である。Yamazakiさんが、「それにしても原発事故がなければ、まだ救いはあったのに…」という話に、一同同意をしていた。

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 次は那須に来て、素敵な温泉にとお誘いしたら、ぜひ行きたいという声がかかった。次回の会合は那須で温泉に入り、セシウムを浴びた牛肉をお腹いっぱい食べようと約束をして別れた。

 この会場は6人で3時間も飲み食いをして、10,000円でお釣りがきた。本当に安かった。

今日の一句

22、暑気払い むかししゃべりで 時忘れ

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2011年6月11日 (土)

№1,248 ある旧友への手紙

Iさん

Iさん、長年のお仕事ご苦労様でした。無事退職を迎えたとのこと、おめでとうございます。

Yさんからお話を伺いながら思ったのですが、本当にIさんは懐かしい人です。もうお会いしなくなって10年にもなるでしょうか。巷間では、N社様で働いていると聞いてはいたのですが、お会いする機会はありませんでした。

私は某社で約35年間勤続し、ひと足早く退職しています。

IさんがS社でわが社ににおいでいただいた時には、ほぼ毎日会っていました。そして、Iさんの生真面目な仕事ぶりと実直な人柄は、身近で毎日拝見させていただいておりました。Iさんの仕事ぶりを拝見しながら、“S社は、こういう人たちに支えられて、取引先に信頼を勝ち得ているんだな”とつくづく思いました。

今では、Iさんと一緒に仕事した仲間やIさんのサポートをした仲間も、ほとんど定年退職で、会社を退社してしまいました。

Iさんもわれわれの仲間入りするとのことで、私から一言【贐の言葉】を差し上げたいと思います。これは私の実感でもあります。

仕事を無事終えたら、次の人生が始まります。自分の人生が輝かしいもので終わるか、つまらない人生にしてしまうかは、これからの生き方をどのように送るかにかかっています。そういう意味では、人生の仕上げにおけるこれからの時間はものすごく大切です。自分の今まで生きてきた全精力を、これからの人生で出し切るつもりで生きてください。

大事なのは仲間です。仕事仲間とは違う、新たな仲間作りをお勧めします。ものすごく、今後の生き方に張りが出てきます。

そうはいっても、一休みが必要ですね。いつでも結構です、一度酒を酌み交わしたいものです。

いつまでもお元気で…。

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2011年4月16日 (土)

№1,191 すごい馬力の仲間

 【彩の国いきがい大学】を卒業して、卒業生の団体・校友会の仕事をしている。この付き合いの中で、また大勢の仲間ができた。そういう方々とは、今まで顔は見知っていても、親しくお話しする機会はなかった。

 中心で働いていただいているKozoさんという方がいる。同じ町に住んでいるのだが、今まではあいさつ程度で深く交わってはいない。その彼の行動力とバイタリティのすごさに、あらためて舌を巻くばかりだ。

 今回の《東日本大震災》の支援ができないか、仲間内でいろいろな相談を重ねている。そしたら、Kozoさんは、早速旧騎西高校の福島県双葉町の避難地を自転車で訪問してきたようだ。「風の強い日で、行きはよいよい帰りは辛いで大変だったよ」とのことだった。その場でボランティア登録をしてきたとのことだ。

 加須市役所の担当者から要請があり、その後、一日ボランティアをしてきた報告も聴いた。「自転車置き場の落ち葉の掃除から、支援物資の仕分け整理・配送までやってきたが、結構大変だった。皆さん不慣れで、現場は大混乱していて、誰が何をしたらいいのか適切に指示できる人間がいなかった」とのことだ。

 彼のてきぱきした行動で、支援物資の仕分けをしたのだがこれがまた大変だったらしい。どういう人が何を欲しているのか想像力を働かせる必要があるし、避難者の状況にあわせてキメの細かい物資仕分けは若いものじゃできないよ、と話していた。

 お昼休みも15分ほどしかとれなくて、朝から晩まで目いっぱい働いてきた、と快活な調子で話していた。

 まあ、これだけで終わるのなら、意欲さえあればだれでもできるだろう。Kozoさんはその上で、自分に何ができるのか一生懸命考えたようだ。そして出した結論が、「傾聴ボランティアの資格をとろう」ということだった。なんでもその資格をとるのには10万円ほどかかるという。

 お金を払いこんで、講座に通い始めたようだ。そして4月いっぱいで、【傾聴ボランティア】の資格をとるべく講座通いに頑張っている。いや~~、恐れ入りました。私もバイタリティの塊と思っていましたが、Kozoさんには脱帽です。

 その彼が言うのに、「おい、元気なもの同士で誘い合って、被災地の後片付けにでも行こうぜ」との提案だ。もちろん、私は大賛成だ、ぜひ行こうよとお互いに誓い合った。それにしても、すごい人だ。

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2011年4月15日 (金)

№1,190 退職後の様々な生き方

 元会社の同僚Hadaっちゃんから、久々に電話があった。昔の古い記録について聞きたいという用件だったが、ついでに、近くにパソコンがあるならこのコマーシャルを見てよと紹介されたのが、下のユーチューブ動画である(興味のある方はURLをクリックしてみてください)。

http://youtu.be/a_6ijsfdSVw  

 一般に公開されているCMフィルムだから、紹介してもかまわないと思う。少しニヤツイタ男が不動産物件の紹介をしているが、昔の会社の同僚だ。退職してからお互い連絡は取り合っていないのだが、風の便りで舞台を中心にした小劇団で役者をやっているという話を聞いていた。

 親しい仲間にチケット購入の依頼が舞い込み、観劇に行ってみたら通行人役だったリ、チョイノマ出演だったという話を聞いた。それにしても大胆な変身をしたものだ。

 役者名をなんといっているか知らないので、仮にE君としておこう。現役時代は、いつもムッとして不機嫌な顔をしていた。同時期に入社したにもかかわらず、プライベートな付き合いはほとんどなかったが、面白くなさそうに仕事をしていたことだけは覚えている。しかも地味な男で、とても役者になるようなキャラクターだとは思わなかった。

 そして、彼は私より3ヶ月前に定年退職している。

 彼のCMフィルムを見ると、商売顔とはいっても、なんと素敵な顔をしていることだろう。定年で辞めた後は本当に自由なのだから、人さまにご迷惑をかけなければ何をやってもかまわない。しかし、まさか彼が役者をやるなんてビックリ仰天の驚きだ。全然イメージがわかない。

 念のためにいうが、彼を貶めようとなんかコレッポッチも思っていない。むしろ【おぬしやるじゃないか】と、非常にうれしい気持ちだ。本当に会社の頚木を抜けて、彼も自由を獲得したのだろう。ぜひ伸び伸びとやってもらいたいものだ。

 翻ってわが身を考えると、現役の連中には申し訳ないが、会社を辞めてから肩の荷がすっかり下りたというか、毎日が生き生きしていて本当に楽しい。経済的な裏付けもあり、生活苦というのもない。時々こんなことで良いのかと不安に思うこともあるが、【これでイ~~~~ンです】と自分に言い聞かせている。

 何をやるのにも制限がない。自己責任さえ取る覚悟があれば何でもできる。ただ、私は彼のように【役者になる】なんて勇気はないが。

 自分にできる精一杯楽しみながら、悔いのない生き方をしている。「そんなこと言われなくても、ブログを読むとよくわかるよ」という声も聞こえてきそうだが…。

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2010年12月24日 (金)

№1076 今日も忙しそうな客

 昨晩はお泊まりした女性ゲスト4人の中で、お忙しいSachikoさんは亭主の誕生日祝いの準備とやらで、朝食後早々帰宅した。残った3人は、女房を教師として居間で何やらはじめている。

Img_4894  コタツの板に広げたビニールにふわふわした毛のようなものを広げ始めた。しばらく見ていたら、最近女房がフェルト教室に通っているようで、その教授をしていた。私は興味がないので、2階で自分の仕事を始めた。

 年賀状作成だ。退職したし、普段あまり縁のなくなった人は整理しようと、300人くらい収められている名簿を見直してみた。従来、その中から200枚ほどの年賀状を出していたのだが、150枚まで絞りたいと思った。しかし、一人一人の顔を浮かべると、なかなか絞りきれない。さらには新しく縁の出来た人もいる。何のことはない、結局は200枚の年賀状を印刷する羽目になった。

 それでも、今通っている【彩の国いきがい大学】のクラスメートには『虚礼廃止』を呼び掛けて、名簿からは外したうえでだ。年賀状作りには、PhotoshopElementsのソフトがものすごく役に立った。このソフトにはいろいろな画像が収められているし、活字の大きさ・色・装飾も思いのままだ。3種類ほどを作り、出す人を思い浮かべながらそれぞれ住所録印刷をした。

 下から、「一緒に出かけるよ」との声がかかった。しかし、住所録印刷を始めたからには途中でやめることができない。後から出かけることにして、先に行ってもらうことにした。

Img_4896  私が30分遅れていったのが、恒例のOhnoさんの自宅で始まった【ギャラリーあら草香しら】の展示会「楽しうれし展」だ。昨日が初日とかで、会場は大賑わいだった。

 着いたら、Kayoさんにお汁粉を振舞われた。「甘いものは苦手かしら?」と問われたので、私は甘辛両刀遣いだから大丈夫と、美味しく頂いた。

 久し振りにYokoさんにもお会いした。自宅を新築しているようで、忙しそうだった。「2月には出来上がるので、泊まりがてらきてよね」とお誘いを受けた。

Img_4897 Img_4898 Img_4902  女性たちは展示品の品定めをしていた。Kiyomiさんが、展示品の中から女房の作品のベストを選んで着ていた。ものすごく気に入ったようで、買うかどうか迷っていた。彼女は、女房の作品の大顧客だ。そして、最後には買ったようだ。

Img_4899 Img_4905 Img_4907  私がこのギャラリーに来た目的は、展示品をみることもあるが、Ageちゃんの手打ちそばをいただくためだ。一日限定20食というので、すぐに売り切れてしまう。前もって予約していたので、われわれの分は確保されていた。突き出しも美味しかったが、何といってもAgeちゃんの手打ちそばは絶品だ。お客様たちも大喜びをしてくれた。

 そばを食べ終わって、私一人で帰ってきた。そしたらやがて女性陣も到着したようだ。

 午前中にお店を広げた【フェルト教室】がまた始まった。何か団子状のものを作っているようだ。何を作るつもりなの聞いたら、「出来てからのお楽しみ」だって。そして、延々夕方5時過ぎまで、熱心に作っていた。そして、夕食をして帰るのだそうだ。

Img_4909  出来たのは、首飾り・腕輪・指輪だった。おもしろがって嬉々として作業に取り組み、夕食後7時過ぎの電車で帰って行った。「二日間、ものすごく充実していた」とMitsukoさんなど大喜びだった。

 上記写真は、女房がフェルトで作った作品の一部だ。女房に断らないでアップしたので、また怒られるかな…。

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2010年10月 8日 (金)

№998 背中の家紋

Pa060001  教室で、私の前に座っている方の背中を見ると、何やらシルシがある。よく見ると、どうやら家紋らしい。どうしたのか問うてみたら、家紋付きの羽織をリメイクしてベストに作り替えたというのだ。

 そういえば、家紋も素敵だが、来ているベストも良いね。

Pa060003  最近、彼女は洋裁にハマっているのだそうだ。和服をリメイクして、素敵な洋服を作ることを趣味にしているといっていた。よく忙しいのにそういうことまで出来るねと感心すると、「そうなのよ、私、毎日とっても忙しいの」と言っていた。その割には、いろいろな新しいことにチャレンジするものだと驚き呆れた。

Pa070011  そういう彼女が、「私の夫がまくら代わりにと言っていたわよ」と何やら紙袋を渡してくれた。中を覗いてみると本が入っていた。山本紀久雄著『世界の牡蠣事情 2005―2010』というものだ。

Pa070012  その本をよく見てみると、帯にフランス語の推薦文がある。何やら難しそうな本だねと思った。どうやらそうではなく、フランスの農業コンクール事務局長の推薦文のようだ。

 職業柄の悲しいサガ、すぐ奥付の著者紹介を読んでみた。へえ~~、私の出身大学の同じ学部の先輩だったのだ。彼には一度面識を得ているが、直接は奥さんを通じて梅干を差し上げる仲だ。私の作る梅干の焼酎割は最高だと喜んでくれているらしい。

Pa070013  本を開けてみたら、私あての謹呈のサインまであった。本当にうれしかった。

 パラパラと本をめくってみたのだが、世界14カ国を実地見学して、各国の牡蠣事情を取材して書いた本のようだ。私も牡蠣には目がない。

 授業の合間に、本文にちょっと目を通してみたが、非常に読み易そうだ。それ以上に興味を持ったのは、取材合間に書いた訪問国のエピソードがたくさん載っていそうなことだ。

 あらためて、このブログでお礼を申し述べたい。じっくり読ませていただきたいと思っている。

 近いうちに、今年度産の新作梅干を献上したい。出来ることなら、築地の美味しい牡蠣屋で一献を傾けたいものである。

 

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