カテゴリー「読書日誌」の40件の記事

2009年11月 5日 (木)

№657 10月は何の本を読んだ?

 最近、このブログにあまり読書の話題は出てこないが、着実に読書量はこなしている。自分にとって【本を読む行為】を、ある意味では定年後の“仕事”と位置づけていて、ある義務感を持ってコンスタントに読むようにしている。
 さて、10月はあまり読めなかったのだが、それでも12冊・4069頁を読了した。
 今月は図書館の本を読むよりは、いつかは読もうと本棚に溜まっていた在庫の本をこなした。しかも文庫が多い。12冊のうち10冊は文庫だった。そのうちの8冊は新潮文庫だ。
 さらに、久々に海外文学を楽しんだ月でもある。一冊はスティーブン・ハンターのものだったし、他の一冊はケン・フォレットのものだ。両作家とも読みなれている。
012  ちなみに、スティーブン・ハンターを私の記録の中から読書検索してみると、日本語に翻訳されている本はほとんど読んでいる。『魔弾』、『クルドの暗殺者』、『さらば、カタロニア戦線』、『真夜中のデッドリミット』、『極大射程』、『ダーティホワイトボーイズ』、『ブラックライト』、『狩りのとき』、『悪徳の都』、『最も危険な場所』、そして今月読んだのが『ハバナの男たち』だ。ハンターのものは2000年から2002年にかけて読んでいたが、一番印象に残るのが『極大射程』だ。
 概してハンターの作品は長編が多いが、興に乗り始めると一気に読む進むことができるのが魅力だ。
 今回の作品は、キューバ革命前日のハバナだ。カストロ暗殺に命を燃やす主人公が、ぎりぎりのところで発射をためらうところに人間性を感じた。
011  一方、フォレットのモノも目につく限り読んでいた。印象に残っているのが『針の眼』と『大聖堂』である。10月読んだのは『第三双生児』である。この本も実に良く構成されたモノだった。
 海外文学は、なかなか取り付き難いが、読み始めると止められないという習性がある。最近遠ざかっていたが、また読み始めてみよう。
008  10月に読んだ本で最も感銘を受けたのが、佐野眞一『クラッシュ 風景が倒れる、人が砕ける』だ。彼のルポ魂というか、事件現場をいち早く踏む精神というのは本書で遺憾なく発揮されていて、つくづく凄いものだとあらためて思った。
 今回の本で選ばれた現場は、JR西日本脱線転覆事故現場・十七歳連鎖殺人現場・雪印乳業食中毒事件現場・東海村JCO臨界事故現場・阪神淡路大震災現場・ニューヨーク同時多発テロ現場の6ヶ所だった。
 なかでも、阪神淡路大震災の現場は本書の半分くらいを費やし、最も迫力のあるルポルタージュとなっていた。
 他に読んだのは、なかにし礼の作品が2点と沢木耕太郎の作品2点だった。
 残念ながら、読書月としては、不作だったのかな。

| | コメント (2)

2009年10月 5日 (月)

№626 9月に読んだ本

 毎月の月初めには、前月に読んだ本について書き、「一人反省会」をしている。
 9月は、9冊・3769ページと少し寂しかった。皆さんも、毎日あちこち出掛けて、よく本を読む暇があるねと感心してくれている。言い訳をするようで申し訳ないが、本当に9月は忙しかった。といっても、那須に11日間も滞在していたので、那須でサボり癖がついたのかもしれない。
 とはいっても、一番本を読めなかった原因ははっきりしている。
010  大作を読んでいて、これがなかなか進まなかったのだ。李恢成『地上生活者』の第二部と第三部を読んでいた。特に第三部は712ページもあり、読み応えがあった。この本を読了するのに、何と13日間もかかってしまったのだ。
 しかし、時間がかかっても読んだという満足感はある。
 李恢成は在日朝鮮人である。この物語は、彼の半生をつづった自叙伝にもなっていた。特に第三部は、1959年から60年にかけての、日本でいえば反安保運動の高まり、在日朝鮮人にとっては北朝鮮への帰国運動の真っ最中の時期だった。
 今まで安保運動の本は沢山読んでいるが、在日朝鮮人の立場で、帰国運動の真ん中で携わった人の本を読むのは初めてのことだ。
 今思い出してもそうだったが、韓国の李承晩政権のいわれなき弾圧に対して、北朝鮮の金日成政権の何と輝いていた時期だったことか。
 それもこれも全部北側の宣伝工作だったことを、今知ることにはなったのだが。
 在日朝鮮人の帰国運動は、北に理想的なユートピア国家をつくろうと燃え上がった青年の運動でもあった。あの理想に燃えて帰国した10万人あまりの人々は、今はどうなったのだろうか?
 この第三部の物語は、帰国運動の先頭に立ち、泊り込みやゼミ、学園祭での帰国へ向けての演技等に奮闘する主人公の姿を描いている。
 この話はこれからも延々と続くのだろうが、筆者のあの運動に対する総括をぜひ聞きたいものだ。
017  この月は私の大好きな作家熊谷達也の本も2冊読んだ。『ゆうとりあ』と『はぐれ鷹』だ。熊谷の本は、本当に読んでいて飽きが来ない。特に『はぐれ鷹』がよかった。
 私にとって恋愛小説と同様に、歴史小説も大好きなジャンルである。最近では、なかなか良い歴史小説には巡り合えないが。重厚な歴史小説を書ける作家が少なくなったのかもしれない。
9001  服部真澄の『最勝王』は、そんななかでも久し振りに満足できる話だった。時代は平安初期、桓武天皇が長岡京から平安京に遷都する時代だ。主人公は、弘法大師空海である。ただ、空海の足跡を尋ねる物語というよりは、この時代の流れの中での空海の話、という意味では大きな物語だった。
 服部真澄は、サスペンス小説の書き手と思っていたら、歴史小説に対しても確実な腕を発揮していた。歴史小説というのは、ある程度資料を読みこなせないと書けないジャンル、としみじみ感じた。
 9月は量的には不満だが、まあまあ良い本を読んだ月ではなかったのか、という感想を持つ。

| | コメント (0)

2009年9月 3日 (木)

№594 8月に読んだ本

 毎月の月初めには、前月読んだ本の報告をしている。本当に、一ヶ月はあっという間に過ぎ去ってしまう。7月はいろいろ忙しく、本当に本の読めない月だった。その挽回の意味もあって、8月は読書に拍車をかけた。

 結果は、13冊・4912ページの読書量だった。毎月の読書ページ数を見ると、大体これが水準だ。

 8月に読んだ本のなかで骨があったのは、李恢生『地上生活者』(全三冊)の第1部だった。彼の半生を描いた私小説だ。この本については、全部を読了したときに感想を述べたい。

 他の作家では、篠田節子・池澤夏樹・荒川洋治・逢坂剛・恩田陸・帚木蓬生・船戸与一・椎名誠・坪内祐三・佐々木譲等、自分の好きな作家の本を目につく限り、手当たり次第読んだ。

 全体としては、軽めの本を寝転がりながら読んだという感じだ。従って、この本は良かったという感銘を受けた本は少なかった。

 私は小説とともに、海外紀行文を読むのが好きだ。海外体験記を読んでいると、自分も一緒に旅行した気分になれるし、ぜひその地に行ってみたいという希望が膨らむ。

010  椎名誠『メコン・黄金水道をゆく』は、まさにそういう本だった。海外に行って大河を見ると、旅情が深まる。メコン河はまさにそういった河である。女房と一緒にタイに行ったとき、ラオスとの国境ノンカイという町でメコンを見ながら食事を摂ったことが思い出される。対岸ではラオスの人々の日常生活が望めた。また、ベトナムではメコン下流のツアーにも加わった。前々から、ラオスを訪問し、古都ルアンブラパンからのメコンクルーズを夢見ている。いつか叶えたい。

 椎名の本は、その望みをかなえてくれるものだった。椎名の文章の軽さも、ネッコロガリながら読むには最適だ。ますますラオスに対する憧れが深まった。

 最近、好んで池澤夏樹の本を読むようになった。彼は北海道出身だが、沖縄014 に住んでみたり、イタリアに移住したりする変わり者だ。今は、パリ郊外のセーヌの畔に家族で住んでいるらしいが、その住まいを題材にした小説が、また私の旅情を誘う。8月に読んだのは、『光の指で触れよ』『星に降る雪/修道院』の2冊だった。彼の本も目につく限り読んでみたいと思っている。

008  今月初めて読んだ作家に、荒川洋治・坪内祐三がいる。坪内は『古くさいぞ私は』という題に引かれて読んでみた。まあ、一種の薀蓄本だ。読んだそばから忘れてしまうような内容だった。

 それにしても、本との出会いは一種の「邂逅」だ。その時その時の出会いを今後とも大事にしていきたいと思っている。

| | コメント (0)

2009年8月10日 (月)

№570 市の図書館に行く

 久々に市の図書館に行ってきた。実は、今借りている本の貸し出し期間がとうに過ぎているのだ。早く返さなければと気が焦るものの、まだ読み終わっていない本がある。図書館に一日、二日は我慢していただいて、借りている本を全部読み終わった。

 読んだ本を返す目的もあるが、借りてくる本の選定も大事だ。なんといっても、この作業が一番の楽しみである。

002  市の図書館には、月に2度ほど厄介になっている。貸し出し期間が2週間ということで、借りた本をその間に読まなければという強制的な真理負担としても適度に心地よい。

 しかしいつも図書館にいって思うのだが、終末だけではなく平日003 も結構混んでいる。図書館の客は、年輩層が多い。夏は涼しいし、冬は暖かい。定年を迎えたシニア層にとっては、格好のオアシスになっているのではないか。

 無料で一日過ごせるのがよい。新聞を読むも良いし、週刊誌もたいていのものが揃えられている。読書テーブルもあるので静かに一日本を読むことも出来るし、本に飽きたらDVDで映画鑑賞も楽しめる。音楽を聴く音響装置も備わっている。

 自宅に居場所のない人間にとっては、格好の住処となっているのではないか。

005  書架にある本は新刊というよりも、若干年数がたった本が中心だ。しかし、読書は新刊を追うことではない。若干古くても、読み残した本の発見が何よりもうれしい。さらには棚の本揃えが著者別になっているので、本を探すのにも便利だ。

 新刊を読みたければ、リクエストをすればよい。ただ人気の本はなかなか手に入らないが・・・。私が今リクエストを掛けている本は、何と30人待ちとのことだ。自分の手に入るのはいつのことになるやら分からないが、まあ、それほど急ぐこともないので気長に待ちたい。

 本を探し時は、まずは書架でお気に入りの作家で読み残した本がないかを見てみる。お気に入りの作家のモノはすべて読もうと心がけているので、そこで拾えるものが多い。

 今回も、棚からお気に入りの作家、帚木蓬生・船戸与一・池澤夏樹のものを探し出してきた。

 さらには、今まで読んでいなかった新たな作家にも手を伸ばしてみたいというので、李恢生の本と坪内祐三の本を借りてきた。李恢生は相当手ごわそうだが、いつも柔らかなものだけを読んでいるわけにもいかない。夏の間に読み応えのあるものを、というつもりだ。

 結局は7冊の本を借りてきたのだが、さて、2週間で読み終えることが出来るだろうか。

| | コメント (0)

2009年8月 6日 (木)

№566 7月に読んだ本

 ある友だちにいわれているのだが、「シンさん、ブログを読むとあんなに忙しそうにしているのに、よく本を読む時間があるね」。本を読むにはある時間が必要だ。

 大体自分の本を読むスピードは、1時間60ページ、1分間に1ページのスピードだ。これが早いかどうかは分からないが、決して速読でないことはたしかだ。月に4500ページの本を読むとして、4500分というと約75時間だ。一日に直すと、約2時間半ほどの読書時間を確保する必要がある。

 7月は忙しかった。ゴルフ合宿が2回、帰郷、遠足、飲み会と読書を阻害する原因が沢山あった。スーパーマンでない私は、矢張り本は読めなかった。この月は、8冊・3052ページと低調に終わった。

 読書ノートを紐解いて見ると、一年を通してどうしても低調な月があるのはやむをえない。昨年は4月の8冊・2545ページだったし、一昨年は9月の8冊・3525ページだった。目標は一年を通してコンスタントに一定のペースで本を読むことなのだが、そうもいかない。

 ただ、7月は重要な本、ないしは心に残る本を読んだ。

 ある書評に、広瀬隆『資本主義崩壊の首謀者たち』(集英社新書)が紹介されていた。ひところ、広瀬の本はあらかた読んだ。もう30年も前になるかしら。『東京に原発を』というショッキングな本を今でも思い出す。最近はとんとご無沙汰だ。

 広瀬は、鮮やかに経済評論家に変貌していた。しかも、テレビで見かけるような軽薄な評論家としてではなく、骨太な告発者としてだ。皆さんも、小さな本なのでぜひ読んでもらいたい。

 世界経済がなぜ破綻したのか、この本を読むと一目瞭然だ。サブプライムローンの破綻、エンロンの破産、原油価格・穀物価格の乱高下、アメリカの経済破綻がはっきり書かれている。

 このなかで、“ハゲタカ”のように暴利をむさぼっている人間がいる。しかも、何千億円という考えられないほどの利益を得ている。その人間たちが、時のブッシュ政権を支えていたのである。自分らの利益のために、ブッシュを良いように使っている実態がはっきりした。その一部が、今のオバマ政権で財政運営をしているので要注意、との警告も出されている。

 小泉・竹中の「郵政民営化」も、この“ハゲタカ”の仕掛けに乗った結果だという。黙っていると、500兆円もある郵便貯金が全部そいつらの手に渡るというのだ。小泉・竹中の「グローバリズム」は、日本をハゲタカに2足3文で売り渡すという売国土的な策動だった。本当に恐ろしい仕掛けが隠されていたものだ。

 この本に感銘を受け、彼の『世界金融戦争』も読んでみた。広瀬は、この間、ものすごく世界経済の裏側を勉強したことがよく読み取れた。世界経済を壟断しているのは、一部のユダヤ人と喝破している。

 7月に感銘を受けたもう一つの本がある。帚木蓬生の『エンブリオ』『インターセックス』だ。この2冊は姉妹編になる本だ。

 帚木は、東大仏文を卒業し、九州大学の医学部に入りなおしたという異色の作家だ。医学の話を、判りやすい小説に直して語ってくれる、自分にとってはありがたい作家だ。

 帚木の作品では、今までに、『三たびの海峡』『閉鎖病棟』『逃亡』『賞の棺』『アフリカの蹄』『臓器農場』『ヒトラーの防具』『空山』『薔薇窓』等、主要作品はほとんど読んでいる。中でも『逃亡』は、私のいままで読んだ本のなかでもベスト3に入るものだ。

 今回の本は、ある私立病院を経営している院長が胎児の培養・増殖をしているという話だった。主人公は岸川という独身の医院長だ。彼の医療技術は世界でも群を抜いている。その源は「エンブリオ」という彼の研究所にある。

 そこで育った胎児を、男性のお腹に移植し、4ヶ月くらい男性のお腹で胎児を育てるという実験も試みている。医療倫理上は大問題なのだろうが、私立病院だから、このような大胆な実験ができるという。

 懇切丁寧な解説なのではあるが、本当にそういうことが可能なのだろうか。その医院長が殺人に手を染めるという展開だった。小説として2冊で943ページと相当大部であるが、充分に楽しめた。

 ところで、もう私の一つのブログ、「読書ときどき旅」が開店休業である。この忙しさのなかで、とっても二つのブログの運営が出来なかった。そのうち再開しますので、ご訪問いただいている方にはお詫びいたします。

| | コメント (0)

2009年7月 2日 (木)

№531 6月に読んだ本

 早いもので、今年も半年が過ぎてしまった。何か、毎日が跳ぶように過ぎていく感じだ。良いものなのか悪いものなのかは分からないが・・・。

 毎月始めには、前月の「読書生活」を反省して、次月への決意としている。

 6月は12冊、4084ページの読書量だった。今年に入って最低の水準だ。その訳は後で述べるとして、この3~4年の半年間の読書量を見てみたい。1~6月の前半期で見ると、

 現役時代の2005年は57冊・20251ページ2006年は52冊・21211ページ、退職後の2007年は84冊・28139ページ2008年は62冊・23862ページ、そして今年2009年は79冊29167ページだった。読了ページ数で見ると、今年は過去最高である。段々と「読書」がわが生活の一部として定着してきていることがわかって喜ばしい。

 さて、6月はどんな本に感動したのだろうか。

6013  苦労して読んだのが、篠田節子『弥勒』(555ページ)だった。読み終わるのに6日間もかかってしまった。結果として、この本が6月の足を引っ張る結果になった。だが、今だもってこの本は、私の中に印象深く残っている。

 インドとチベットにはさまれた、人口20万人のパスキムという架空の国の話だった。きわめて平和な王国にクーデターが起き、王様がその座を追われた。原始共産主義的な思想の持主が権力を握ることになった。その結果、国が目茶目茶になってゆく過程の話だった。この小説を読みながらカンボジアの運命、北朝鮮の来るべき近未来など、考えさせられることが多かった。

 村上春樹『1Q84』が、ものすごい勢いで売れているようだ。ニュースにならな6009 い日はないほどだ。今日もニュースを見ていると、第1巻は100万部を突破したとのことだ。私はベストセラーを読まない主義を通しているのだが、さすがにこの本だけは読むことにした。

 村上特有のファンタジー本だった。『ねじまき鳥クロニクル』『海辺のカフカ』以来の暗喩に富んだ書き下ろしの本だ。村上ワールド独特なのだろうが、1000ページを超えるものにも拘らず、充分に語りつくせていない、一種の物足りなさを感じた。あんなに露骨なSEX描写があっては、中・高校生には薦められないのではないか。過激とまではいかないとしても・・・。

001  6月はさらに、大切な本を読んだ。沢木耕太郎『深夜特急』の3部作だ。17~8年前に読んでいるが、いつか再読しようとは考えていた。それがついに実現した。読んでみてあらためて思ったのだが、この本は旅する若者にとっては旅情をかきたてられるバイブルだ。この本の以前には、小田実『何でも見てやろう』という旅の本があったが、それ以上だ。これを機会に『何でも見てやろう』も読んでみるつもりだ。

 Mochiちゃんの社長就任でいただいた外山滋比古『新エデターシップ』も読ん6008 でみた。申し訳ないが、なんだかよくわからない本だった。何でもかでもエデターシップで片付けられては叶わないな。もっと言葉を限定的に使ったほうが、論理がはっきりしてくるのではないかな、と思った。

| | コメント (0)

2009年6月 5日 (金)

№504 5月に読んだ本

 本を読むことは、今の私の生活の柱の一つになっている。さらには毎月はじめに、前月に読んだ本を振り返り、反省の糧としている。

 5月は14冊、4,959ページ読了した。まあ、これぐらい読めていれば平均点だったかな。

001 002_2  この月で一番印象に残ったのは、なかにし礼『兄弟』だった。彼の苦労した生い立ち、兄との桎梏が良く書かれていた。なかにしというと、歌謡曲の作詞家というイメージが強く、読む前には敬遠していた。『長崎ぶらぶら節』『戦場のミーナ』も良かった。なかなかどうして、読ませてくれる作家だ。

 結構、本を読むときは作家へのあるイメージが最初にあり、読む前にダメと決め付けて読むのを避けてしまう傾向にある。本の良し悪しは読んでみなければわからない、あまり前もって決め付けてしまうのは良くないと反省した。

 村上春樹『辺境・近境』のエセーも、私の関心事に近いことが書かれていれ、面003 白く読めた。あるテレビ番組の取材でノモンハンを訪ねた話は面白かった。メキシコ旅行、アメリカのドライブ旅行を読むにつけても、旅情を誘う話だった。

 村上春樹『1Q84』が、今話題になっている。今朝の新聞報道でも、上下あわせて96万部までいったという。すごい勢いである。ベストセラーは読まない主義の私ではあるが、近いうちに読んでみようと思う。

002_3  佐々木譲『冒険者 カストロ』も、物語作家の佐々木には珍しい評論だ。小説だけではなく、このような作品でも佐々木譲は力を発揮したと思う。ますます彼に対する信頼感が高まった。

 がっかりしたのは、初めて読む作家だったが、三木卓『錬金術師の帽子』だ。物語がなかなか始まっていかないのにはイライラしてしまった。まあ、読む本すべてが満足というわけにはいかないだろうが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月28日 (木)

№496 1Q84

 皆さん、「1Q84」(イチ キュー ハチ ヨン)て知っていますか。

 明日5月29日に、村上春樹の待望の長編小説の新刊が新潮社から出るらしい。この春ごろから、このことが話題になっていた。彼の長編小説は久し振りなのじゃないか。

 書籍のタイトルは「1Q84」となっている。新刊が出るという予告だけで、内容は一切公表されていないとのことだ。理由がふるっている。前回の作品『海辺のカフカ』が、事前にあまりにも情報が漏れすぎて、かえって読者には不満だったらしい。今回は、内容も主人公も発売になるまで一切が秘密とのことだ。

 ネットをみると、「IQ84」(アイキューハチヨン)と誤ってタイトルを読んでいる人もいるようだ。内容についてのいろいろな憶測も書かれている。知能指数84の人の話だとか、一つはジョージ・オーウェルの近未来小説「1984」を擬したものだというし、また、ある人は「魯迅の『阿Q正伝』に擬してつけられたタイトル」と言っている。真偽のほどは定かではない。

 このように、内容を一切知らせずに、期待を煽るというのも一つの商売の方法だな、と感心した。

 新聞報道でも、Amazon等のネット書店での受注状況はものすごく良いとのことだ。かつてない予約注文が入っているという。一体、初版はどのくらい印刷するものなのだろうか。ニュース報道によると、上・下巻で48万部の印刷で、小説としては前代未聞らしい。現在、新刊の小説が出ると話題になるのは村上春樹ぐらいのものだ。

 私は「読書ブログ」でも書いているが、村上春樹本をほとんど読んでいる大ファンだ。最近も『走ることについて語るときに 僕の語ること』や『近境 辺境』を読んで、さらに村上春樹に共感した。今度はどのような新刊ができるのか、ワクワクした期待を表明したことを覚えている。

 この「1Q84」を読むために図書館で順番を待ちをしていると、いつ手に入るかわからない。知り合いを通して買ってもらうおうと思い、早速電話をした。友だちからは二つ返事でOKをいただいた。近々手に入る予定だ。

【追伸】皆さんからご心配いただいている二つの件についてご報告します。

女房のパスポートですが、結局は見つからずに、海外旅行の中止を余儀なくされました。また次の機会もあるでしょうから、気落ちはしていないようです。いずれ体調が悪くて、旅行に出ても皆に迷惑をかけたのではなかったのかと言っています。

さらに私の食中毒ですが、今週に入りようやく小康状態です。ただ、しばらくは大好きな牡蠣は食べられそうもありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月13日 (水)

№481 市の図書館へ行く

 市の図書館に行ってきた。今日で期限切れの本を返し、新たな本を借り受けるためだ。平日の午前中なのに、図書館はシニア世代で大賑わいである。

 今回は前回借りた6冊の本を返し、新たに8冊の本を借りた。図書館の借用期間は2週間だ。その間に読めそうな量の本を借りるのだ。ちなみに、今年に入ってから図書館で借り受け読んだ本は53冊になる。

028  今回の返本6冊のなかに、西木正明『ウェルカム トゥ パールハーバー』の上・下本が入っていた。合計で1100ページの大作だった。それも含めて読破したので、嬉しい気持ちで心はずませながら返本に行った。

 さて今回はどういう本を借りようか、小一時間も棚とにらみ合った。少し読む著者の範囲を広げようと思い、今まで読んでいない作家のものを探してみた。新たな著者では、三木卓のものと三浦哲郎の小説を借りてきた。

 三木卓は初めて読むが、三浦哲郎は以前『夜の哀しみ』という作品を読んだという記録は残っている。ただ、内容については全然記憶にない。

 さらに借りてきた著者は、ほとんどは常連の著者のものだ。佐々木譲・鎌田慧・熊谷達也・宮本輝・澤地久枝さんの本を借りてきた。図書館の棚に行くと、まずは常連の著者のなかで、新しい本が混じっていないか探す。その後、今まで読んでこなかった著者で探す。そういう意味では、本のタイトルというよりも著者で本を選んでいる。

 これだけ図書館通いをしていると、どうしても以前読んだかどうかあやふやなものが多くなる。その場合は、とりあえず借りてくることにしている。そして、自宅で読書記録と参照する。

 今回も2冊ほどそういう本があった。澤地久枝さんの『地図のない旅』は昨年読んだばかりだった。したがって今回は読むのはパスしよう。宮本輝のものは、読書記録を紐解くと1997年に読んだとある。12年前に読んだので、この本は再読ということにする。

 8冊も本を借りると、バッグ一杯になる。怠惰な私にとって、期限があるというのは、その間に読んでやろうという努力目標があって良い。カレンダーとにらめっこしながら本を読むことになる。

 2週間後に、この内はたして何冊読めるだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年5月 3日 (日)

№471 4月に読んだ本

 毎月の月初めには、前月読んだ本の話をしている。

 4月は12冊の本、読了ページ数は4,510頁だった。1日当たりにすると約150頁だ。今年になっては一番少ない読了ページ数だったが、まあ、こんなものかな。昨年の4月の読了ページ数が2,545頁だったことを思うと上出来だ。

 このところ、意識してノンフィクションライターの本を読んでいる。佐野眞一、柳田邦男、鎌田慧さんの本だ。この3人に共通しているのは“現場を歩いて書く”ライターであるということだ。

 柳田さんが言っているが、「現場には資料では伺うことができない、圧倒的な実在がある」のだそうだ。神戸大震災の現場を訪ねて、その被害の規模の大きさに圧倒され、震災の問題を書く動機になったというし、佐野眞一も問題になると、まず当事者に会うように心がけているようだ。鎌田も、下北を訪ねて、核燃料廃棄物の現場を見て歩いている。

 共通の師というべき人は“宮本常一”だという。宮本は『忘れられた日本人』の著者として有名だが、日本全国をくまなく歩き、記録を残した民俗学者だ。宮本の手法がこのような形で受け継がれているのはありがたいことだ。

 自分の行動を振り返ってみても、さまざまな情報をテレビ・新聞などで得ることがあっても、なかなか現場を歩くということはない。もう少し行動的であらねば、とは思うのだが・・・。

 船戸与一の「満州国演義5」も、4月に読んだ本としては圧倒的に印象に残った。1冊当たり500~600ページの大作だが、まだ昭和12年までしかきていない。完結までに、一体全部で何巻になるものだろうか。楽しみである。船戸のライフワークであるだろうことは確かだ。

 4月に初めて読んだ作家は、なかにし礼だ。『戦場のニーナ』は、ロシアに残留された孤児の話だった。これを機会に、なかにしのものも読んでみたいと思っている。

 大作では、西木正明の『ウェルカム トゥ パールハーバー』を読んでいる。上・下本で、1冊当たり550ページもある大部な本だ。下を読んだら、また感想を書いてみたい。

 さらには飯島和一『出星前夜』も、飯島ファンの私には満足させられる作品だった。

 先日ある会合で、高校の後輩が「シンさんの読書ブログを読んで、面白そうなもの2~3冊読ませてもらった」と話していた。非常にうれしいことだった。

 一応、読んだ本については『「読書」ときどき「旅」』ブログにアップしている。興味のある方は訪問してみてください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月 1日 (水)

№439 3月に読んだ本

 毎月の月初めには、前月に読んだ本の報告をしている。今日は、3月の読書報告をしたい。

 3月は14冊、5,511ページの本を読み終わった。目標は一日200ページ、月に6,000ページだが、なかなかその目標には到達できない。まあ、それでも3月は結構良い水準だったと満足している。

 今年に入ってから、読んだ本は「「読書」ときどき「旅」(ドクタビ)」ブログに感想を書くようにしている。まあ、一種のメモ書きとしてのブログだ。本の写真を載せて、感想を書くだけであり、あまりこのブログのテンプレートをいじったり、意匠を凝らしたりして見てもらう工夫をしていない。

 それでも結構もの好きもいるもので、アクセス数を稼いでいるようだ。訪問の皆さん、スミマセンネ、もっと読んでいただく工夫をする努力をしますから・・・。

 それでも二つのブログを運営していると、結構時間を取る。仲間のブログを読んだり、インターネットで情報をえたり、ブログ書きをしていると午前中一杯かかってしまう。

001  ところで、3月は大作を何冊か読んだ。高橋克彦『天を衝く』は上下本で1200ページだったし、同じ高橋本で『あやかし』は2段組で620ページの大作だった。

 吉村昭さんの本も、『暁の旅人』『夜明けの雷鳴』と、幕末から明治にか021 003_2 けて活躍した医者の本2冊を続けざまに読んだ。吉村さんの作品は、資料に裏打ちされて書かれているので、安心して読める作品が多い。

004  最近、太平洋戦争に関連した本を比較的に読んでいる。鎌倉英也『ノモンハン 隠された「戦争」』、半藤一利『真珠湾の日』、船戸与一『炎の回廊 満州国演義4』などはその類だ。

 村上春樹『走ることについて 語るときに 僕の語ること』は、村上の日019 常生活を語るエセーとして、読んで村上の人格に信頼を覚える作品だった。このように自然体で文章を書ける人は羨ましい。

024  魚住昭『渡邉恒雄とメディア権力』を、問題作として読んだ。ナベツネがどうやって読売の権力のトップに上り詰め、時の権力に癒着しているかの告発本として説得力があった。

 小川洋子『猫を抱いて象と泳ぐ』は、今月の読書会のテーマ本として読んだ。課題図書でなければ決して読まない本だな。

 こうやって3月も終わり、まあまあ満足した読書生活を送った。4月に入っても、読むべき本が棚に積まれている。いま出番を待っている本は13冊ほどだ。

 読みたい本を多く抱えている幸せは何にも変えがたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 2日 (月)

№409 2月に読んだ本

 毎月の月初めには、前月に読んだ本の報告をし、振り返っている。

 2月は、結構大作を読んでいる。柳原和子『「在外」日本人』(573ページ)、斎藤勉『スターリン秘録』(449ページ)、高橋克彦『だましゑ歌麿』(526ページ)、佐野眞一『沖縄 誰にも書かれたくなかった戦後史』(654ページ)等だ。結局は、12冊4,675ページだった。

 沖縄旅行期間中の4日間はあまり読めなかったことを考えると、まずまずの水準じゃなかったのかな。

 2月に一番印象に残ったのが、『「在外」日本人』だった。柳原が自費で60カ国の日本人を訪ね歩き、インタビューをした記録集だ。すごいことをやってのけた女性がいたものだ。それぞれのインタビューも、大変面白かった。世界中を歩くと、様々な場面で活躍をしている日本人がいるものだ。

 その中でも印象に残ったのが、アマゾン下流マナウスで農業をやっていた長岡正雄さんの話だ。18歳でブラジルに移住し、最初は胡椒の木を植えたが失敗し、試行錯誤の上、あらゆる樹種を混植したほうが良いという事実に行き着く。生活が苦しく、奥さんや子どもたちは日本に出稼ぎに行ってしまった。そのほうがよっぽど金になる。けどそれだけではないと、次男が帰ってきて、一緒に農業をやるといってくれたことに感激した話だった。

 残念ながら、柳原和子さんは昨年の3月、ガンで亡くなってしまったが・・・。今回、さらに彼女の作品『百万回の永訣 ガン再発日記』も図書館から借りてきた。

 高橋克彦の時代小説も、寝転がりながら読むのには最高だった。『だましゑ歌麿』とその姉妹編『おこう紅絵暦』、『春朗 合わせ鏡』もこの月に読んだ。

 本屋さんをのぞいていたら、「だましゑ」シリーズの第4弾、『蘭陽きらら舞』が発売されていた。この本も、手に入ったら読んでみよう。

 熊谷達也の作品も好きだ。目につく限りほとんど読んでいる。今月読んだのは、『箕作り弥平 商伝記』だ。彼のストーリーテラーのうまさが光った。

 半藤一利『ノモンハンの夏』も、心に残る本だ。日本がなぜあんな馬鹿な戦争をしたのか、その原点がこの本にはある。ちなみに保守派半藤が、憲法9条を守る運動に賛同している、というのが面白い。しばらくは、半藤の作品も追ってみたい。

 最後に、佐野眞一『沖縄 誰にも書かれたくなかった戦後史』のことに触れたい。沖縄旅行に、この重い本を携えていった。

 彼が戦後日本のありのままの姿を見ようとするとき、どうしても「満州」と「沖縄」抜きには語れないという。「満州」では、『阿片王 満州の夜と霧』、『甘粕正彦 乱心の荒野』という作品を書いている。

 本書は、「月刊PLAY BOY」誌に33回にわたって連載した「沖縄コンフィデンシャル」に加筆し、再構成したものだ。彼に言わせると、「沖縄について書かれた夥しい本は、ほとんどが“被害者意識”に隈取られた“大文字”言葉で書かれており、目の前の現実との激しい落差に強い違和感を覚える」のだそうだ。沖縄人(ウチナンチュー)からは、「われわれを“褒め殺し”するのもいいかげんにしてくれ」という台詞が飛び出すとのことだ。

 大文字言葉で語る著者として、大江健三郎と筑紫哲也を上げている。

 彼は沖縄の現実を出発点にしようと、何度も沖縄に通ったらしい。たしかに、今までになかった視点で書かれている沖縄本として、面白かった。しかし感心するのは、ルポルタージュを書くのに、何度も沖縄に通い、誰にでも面会を求めてゆくその根性のたくましさである。

 本書の中でも特に出色だったのが「沖縄アンダーグラウンド」として、暴力団のことを書いていることだ。その人物がみな魅力的に思えた。

 今後とも、佐野の本は注目してゆきたい。

 こうやって本を読んでゆくと、だんだん自分のテーマも見えてくるようで楽しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 1日 (日)

№380 1月に読んだ本

 お正月がきたなと思ってノンビリしていたら、もう2月になってしまった。年をとったせいか、月日のたつのは本当に早く感じる今日この頃である。

 さて、毎月初めには前月読んだ本の反省をしている。

 1月は15冊、5428ページの本を読んだ。昨年の月平均読書量4500ページからすると、結構ハイペースで本が読めたのではないか。

 つくづく感じるのだが、読書というのは習慣だ。本を読む習慣のない人には、月に15冊読むというのは相当大変なことだと思う。しかし、習慣化してしまうとそうでもない。

 1日200ページを読もうとがんばっている。1時間大体50ページとすると、4時間は本を読むことになる。何もないときにはそれくらい読んでしまうが、例えばゴルフで1日空くと、次の日に400ページ読むのはとっても無理だ。

 最近では、本を持って散歩に出、喫茶店に入り2時間くらい読んでくる。スターバックスのような安い店が出来たのはありがたい。全く違う環境にはいると、結構集中して読めるのだ。

 それとボケの前兆か、図書館で借りてくる本にダブりが多いのが目立つ。先日も8冊借りてきたら、3冊が以前に読んだ本だった。しかも半年ぐらい前に読んでいたものもあった。まあ、それでも興味のある本は2度読みでもかまわない、と思うようになってきた。

007  1月は津本陽の作品を三冊読んだ。その中でも、南方熊楠を描いた『巨人伝』は、きわめて強く印象に残った。『異形の将軍 田中角栄の生涯』もそれなりに楽しめた。

 高杉良の作品は4冊読んだ。高杉本は読むと、本当に夢中にさせてくれ005 る。読書のプライムタイムである。しかし、読んだ後何も残らないというのは何なのだろうか。

004  沢木本も良かった。『危機の宰相』を読んだのだが、これも2度読み本だ。何度読んでも、良い本は良い。

 久し振りに海外文学を読んだ。デュ・モーリア『レベッカ』であ09007 る。自分は過去、海外文学は相当読みこなしてきたが、最近ではあまり読んでいなかった。

 今までどういう海外の作家を読んできたのか、名前を挙げてみたい。退屈かもしれないが、お付き合いのほどを。読書記録から、目立ったものを拾ってみた。

 ジェーフリー・アーチャー、ピート・ハミル、スティーヴン・キング、トマス・ハリス、ジョン・アーヴィング、フィリップ・K・ディック、パトリシア・コーンウェル、A・J・クウィネル、レイモン・チャンドラー、ケン・フォレット、スティーブン・キング、トマス・ハリス、ジョン・グリッシャム、U.K・ル=グィン、スコット・トーロー等々。

 中でも特にジョン・アーヴィングが好きで、よく読んでいた。『熊を放つ』『ガープの世界』『ホテル・ニューハンプシャー』『サーカスの息子』『未亡人の一年』等だ。さらにはクイネルも最高だ。処女作『燃える男』に心躍り、シリーズ全部を読破した。

 コーンウェルもほとんど読んでいたが、最近マンネリでちょっと鼻についてきた。最近の新刊は買っていない。

 そういえば、『走れウサギ』の作家、ジョン・アップダイクが亡くなったようだ。彼の作品は『結婚しようよ』以外は読んでいなかったな。そこの辺りを皮切りに、今年もまた、海外作品にも親しみたいものだ。

 ところで、1月に新しく立ち上げた『「どくしょ」ときどき「旅」』ブログも、一ヶ月で15本の記事を投稿した。コンスタントにアクセス数も稼いでいるようだ。あまり派手でなくてもいいと思っている。

 今後とも、応援のほどよろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月10日 (土)

№358 図書館に本を返却

 市の図書館から年末年始用に、昨年の暮れに借りた本10冊を返しに行ってきた。この10冊は、無事に読み終わった。読み終わった満足感を手ごたえに感じながらの返却だった。

 返却しながら、次に借りる本選んだ。

 どういうことなのだろうか。図書館の本棚の中に、読みたい本がたくさんある時と、いくら棚を丁寧に探し回っても、さっぱり手ごたえのない時がある。

 残念ながら、今回は、これはという本には巡り合えなかった。それでも7冊ほど借りてきた。

 新たな著者で、内橋克人さんの本を借りた。前からズーッと気になっていた著者だが、多分、今まで読んだことがない。全7冊の著作集の最初の巻だ。面白かったら、全部読んでみることにする。

 それと、借りてきた本を登録するのだが、検索をしてみると以前読んだ本が必ず入っている。

 今回も、大沢在昌『パンドラ・アイランド』、沢木耕太郎『危機の宰相』を借りてきたのだが、検索をしてみると前著は2002年、後著は2006年に読了となっていた。ということは、家のどこかにある本だ。

 6~7年も立つと、前に読んだ本はすっかり忘れてしまうのは、呆けの前兆かな。

 津本陽、角田光代の本も借りてきた。

 旅の紀行文は肩肘張らずに読めて、本当に楽しいジャンルだ。借りてきた角田さんの本は、小説ではなく紀行文だ。

 お正月の記事でもお知らせしたが、読んだ本をメモ程度に書くための新たなブログを立ち上げた。読書」ときどき「旅」ブログだ。URLはhttp://shinzos10.blog65.fc2.com/

である。読んだ本の感想を書いてあるので、暇な折は立ち寄ってみてください。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 5日 (月)

№353 2008年の「読書」を振り返る

 このところ「読書」をめぐる話題が多いのをお許し願いたい。今日は、昨年一年間に読んだ本のお話をしたい。

 昨年は149冊、54,016ページの本を読んだ。1ヶ月あたり12.4冊、4,501ページだ。1年間を通してみると、どうしても波があるのはやむをえない。面白い本に当たったときはどんどん読み進むし、難解な本のときはなかなか前進しない。

 ちなみにこの5年間は、どのくらいのペースで読んでいたのか振り返ってみる。

2003年は、99冊・40,361ページ

2004年は、105冊・40,403ページ

2005年は、100冊・38,571ページ

2006年は、108冊・43,615ページ

2007年は、155冊・55,951ページだった。

 昨年の4~5月は極端に読書ペースが落ちた。当月に読んだ本の記録を括ってみても、思い当たることがない。怠け心の月だったのだろうか。

 1年に大作を一つは読もうと思っている。昨年は、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」(光文社古典新訳文庫)がそれだった。翻訳者亀山郁夫の丁寧な解説文が本当によかった。ただ、亀山も言っているが、古典は一回読んで判ったような気になってはいけない、何度も読み返してみて、初めてその良さがわかる、とのことだ。

 さらに、昨年は塩野七生「ローマ人の物語 全15巻」(新潮社)を気息奄々ながらも読みおわった。読み終えるのに、1年間もかかった。読み終わって、ヨーロッパの歴史の概要がわかったような気がする。ローマの歴史は、ヨーロッパ全体だけではなく、地中海世界や中東の歴史、北アフリカの歴史にまで及ぶ。そういう意味で、世界を理解するには必要だとつくづくわかった。

 挫折したのが井沢元彦「逆説の日本史」だった。秋田の姉が夢中で読んでいたので自分もと思ったが、自分の性には合わなかった。そういうことがある。ある人にとっては大変な傑作であっても、他の人にとっては極つまらないものだということが。

 船戸与一「満州国演義」も、読み応えのある歴史小説だった。ただ、この話はまだ完結していない。このような大構想にもとづく歴史小説は、心を躍らせる。早く、次巻の刊行が待たれる。

 「本田靖春集(全5巻)」(旬報社)も、総ページ数2,225ページの2段組だったが、読み応えがあった。

 さて、昨年読んで最も印象的な作品は何だったのだろうか。リストを見ながら考えているが、アレックス・ゴールゴファーブ&マリーナ・リトビネンコ『リトビネンコ暗殺』だった。政治の不条理さにやりきれなさを感じた。辺見じゅん『収容所ラーゲリから来た遺書』も、鮮烈な作品だった。

 作家で集中的に読んだのは、白洲次郎・藤原新也・今野敏・吉村昭・佐々木譲・柳田邦男といったところか。藤原新也の原点は印度である。『黄泉の犬』は、藤原の方向を決定づける作品だった。

 先日ある方に、「本を読む基準は何か」と問われて考え込んでしまった。何かを一貫して読んでいるわけではないし、研究テーマを持っているわけでもない。行き当たりばったりに面白そうな本を読んでいるだけだ。まあ強いてあげれば、小説しかも恋愛小説が好き、という少女趣味的なところがある。

 ただ読書傾向はたえず変わる。昨年の後半からは、ノンフィクションの面白さに目覚めた。柳田邦男さんのものを読むようになってからだ。

 さて、今年はどういう本にあたるかな・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年1月 2日 (金)

№350 12月に読んだ本

 12月も、コンスタントに読書を重ねた。読んだ本は、14冊4,673ページだった。最近、図書館で背伸びをしてたくさんの本を借りてくる。とても貸出期限の2週間で読める量ではない。しかし、何とかこなそうと必死で読む。邪道かもしれないが、何事にも、追われて必死になることは必要だ。期限をつけないと、どうでもよいということになりかねない。

 9月から読み始めていた「本田靖春集 全5巻」(旬報社)を読みおわった。2段組のページ仕立てで各巻500ページを超える大作だったので、少し手古摺ったかな。反骨の社会部記者の物言いを堪能させていただいた。なかでも、最終巻に収録されている「警察回り(サツまわり)」は、本田の真骨頂を現していて、充分楽しませてもらった。

  朝日新聞の記者で「天声人語」でも有名な深代惇郎という記者がいた。若くしてお亡くなりになったのだが。その深代とも、肝胆合い照らす仲だったとの話は面白かった。元朝日新聞の社長広岡が、深代は長生きしていたら朝日の社長の器だった、と述べているのも面白い。

 さらに先月に続き、柳田邦男のものを三冊読んだ。『「死の医学」への日記』、『石に言葉を教える』、『「人生の答」の出し方』(いずれも新潮社)である。柳田の話は、いちいち納得できる。さらには読むべき本の指針も示してくれる。

 今回読んだ本で指摘されて読みたくなったのが、高山文彦『火花―北条民雄の生涯』(飛鳥新社)、ビクトル・フランクル『夜と霧』(みすず書房)、長谷川聡子『女人・石の仏』(青娥書房)、鎌田實『がんばらない』(集英社)、奥野修司『ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年』(新潮社)等だ。河合隼雄さんの著作も多く紹介していたが、ほとんど読んでいない。

 本は読めば読むほど、読むべき本の多さに呆然としてしまう。

 沢木耕太郎『イルカと墜落』(文藝春秋)もよかったし、このブログで紹介した萩原遼『北朝鮮に消えた友と私の物語』(文藝春秋)もよかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月24日 (水)

№341 『北朝鮮に消えた友と私の物語』を読む

Pc230002  萩原遼『北朝鮮に消えた友と私の物語』(文藝春秋)を読んだ。感銘を受けたので、ここに紹介したい。

 著者は1972~3年に、北朝鮮に日本共産党機関紙『赤旗』の特派員として派遣され、2年間ほどかの地に滞在した。その後、北朝鮮から国外退去を求められ帰国した。彼の幼い頃からの朝鮮の人々とのかかわり、帰国後、アメリカのワシントンで朝鮮戦争の資料漁り、北朝鮮と朝鮮総連のかかわり等問題提起がたくさん含まれている本だ。

 現在は拉致のことだけがクローズアップされているが、このことも大問題なのだが、1959~61年に北朝鮮への帰国運動で帰国した10万人に及ぶ在日朝鮮人の人たちが、今どうなっているのかを著者は注目している。北朝鮮に希望を胸に帰国した中には、著者の友だちも含まれていたからである。

 大半の人たちがバラ色の夢をいだいて帰国したはずなのが、帰国してみると反革命分子として差別され、生活苦にあえぎ、相当の人が強制収容所に入れられているとのことだ。その実態を知りながらも、「地上の楽園」と帰国運動を主導した朝鮮総連に対する、反人道的な行為も告発している。長く、朝鮮総連の指導者であった韓徳銖の犯罪行為についても、厳しく断罪する。

 萩原は無邪気にも、ピョンヤン特派員になった機会に、北朝鮮に帰国した旧友に会えることを楽しみにしていた。北朝鮮滞在中、その友を探し回ったのだが、彼がそのような行動をとったために、その旧友は強制収容所に送られる結果になったらしい。彼の行為が反革命行動として、逮捕される瀬戸際にあったことも、後で知る。その原罪も、この本を書かせるきっかけになったという。彼が国外退去を求められる原因でもあった。

 その北朝鮮とは一体何なのか、すごい怒りをこめて、この著者は主張する。金日成・金正日親子のまやかし、朝鮮戦争で革命主体の幹部のとった行動、貧しい北朝鮮からのソ連の収奪行為。その中で、確実にこの国の人民だけが骨と皮になっていき、挙句の果てには餓死していっている実態・・・。特に、子どもたちにそのしわ寄せが集中する。本書を読むと、なんともやりきれない気持ちになる。

 彼が、特派員として北朝鮮に滞在してから、すでに35年になる。さらに、この本が書かれてから10年になる。彼はその時点で、近いうちにこの国は破綻する、という展望を描いてみせた。

 だが、10年たった今も、北朝鮮の実態は少しも変わっていない。いや、むしろますます悪くなっている状況にある。さて、今後一体どうなるものやら。

 その後、萩原遼は日本共産党をしばしば誹謗中傷したとして、2005年に共産党を除籍され、最近では「文春ファシスト」と悪態をつかれているようだ。

 自分の読書記録を括ってみると、1999年8月にこの本を読んだ、という記録がある。10年近くもたつと、読んだことをすっかり忘れていた。さらに同著者の『ソウルと平壌』も読んだという記録がある。家捜しすると本書は出てくるだろが、それも大変だ。

(紅色に変色している事項は、別のサイトにリンクしています。クリックしてみてください)

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2008年12月 1日 (月)

№318 11月に読んだ本

 いよいよ今日から師走だ。一年の納めの月である。さて、11月の読書はどうだったのか。少しサボり、13冊4,346ページの本を読んだ。このところ、月5,000ページの読了ペースだったので、11月は少し物足りない気もする。

013  ただ、重要な本に出会った。柳田邦男『人間の事実』(文藝春秋)だ。今まで柳田さんの本はたくさん読んできたつもりでいたが、読書記録には『犠牲サクリファイス』しか載っていなかった。同著者の『砂漠で見つけた一冊の絵本』(岩波書店)は読んでいたつもりだったが、リストにはなかった。

 『人間の事実』は、柳田邦男が責任編集した「同時代ノンフィクション選集全12巻」の各巻あとがきを、大幅に加筆してまとめた本だ。柳田は、1万数千冊のノンフィクション関係の本を持っていたようだ。それらをテーマ別に12冊にまとめ、代表的な作品のエッセンスを載せた。40冊あまりの本の紹介だが、書名は知っていても、ほとんど読んでいない本だ。今後の読書の指針になる、良い本に出会ったものだ。この選集を編むについて、「ノンフィクション年表」も作ったらしい。「文学年表」という話は聞いたことがあるが、「ノンフィクション年表」というのは初めてだ。著者のがんばりに敬意を表したい。

 これからしばらく、柳田の本を追ってみたいと思い、とりあえずは『犠牲 わが息子・脳死の11日』、『「犠牲」への手紙』を読んだ。彼の息子の自殺と、それにまつわる家族の話だった。自分のすべてをさらけ出さずにはおかない、すさまじいノンフィクション魂に圧倒された。ただ、柳田にいわせると、これでもまだまだ「きれいごと」に終わっているとのことだ。

  一連の柳田本は、一方では脳死に関して考えさせる側面を持っていた。「人の死」は、どこの時点で確定させるのか。これは移植治療の面から、随分叫ばれていたことだ。しかしこの本を読むと、脳が死んだら植物的に個体の死かというと、簡単な話でないことがよくわかる。たとえ脳が死んでも、息子は体で応えていたという話は、脳死を考える上で重要なモメントだった。

 13年も前に出版された本だが、まさに、本というのは出合ったときが新刊だ、とつくづく思った。柳田の本書に触発されて、澤地久枝『滄海よ眠れ ミッドウェー海戦の生と死』、辺見じゅん『収容所ラーゲリから来た遺書』を読んだ。

Pb300002  『収容所から来た遺書』には、思わず涙がこぼれた。敗戦でソ連の収容所に抑留された日本人が、一説では、200万人に上ったらしい。そのうち37万人強の人が、抑留地で亡くなったという調査もある。過酷な労働を強いられながらも帰国(ダモイ)を待つ人が多かった。

 そのなかの一人山本幡男さんの話だ。彼は学生時代ロシア語を勉強していた。社会主義に希望をいだいていた。満鉄の調査部で終戦を迎え、ソ連に抑留された。ロシア語ができるというので通訳などの仕事をしていたらしい。それが、同胞の裏切り、告発で長期抑留となった。「社会主義ソ連」の理想に徹底的に裏切られ、資本主義でも社会主義でもない第3の道を模索した。ただ、帰国への望みはあくまでも捨てなかった。

 収容所では、俳句の会、文化部等で中心的な役割を果たし、人望の篤い人だったようだ。それが癌に罹り、ついには帰国を果たせずに酷寒の地で亡くなるという話だった。この本も20年ほど前の本だが、このような感動的な本を見過ごしてきた。

 読書というのは、どこまでいっても読みきったということがないので、なかなか、奥が深い営為だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 4日 (火)

№291 吉村昭さんの本

 読書3連発目だ。今日は、吉村昭さんのことを書きたい。

 004_2 最近、吉村昭さんの随筆に心を癒されている。最近読んだ随筆集は、『ひとりたび』、『わたしの流儀』、『縁起のいい客』、『回り灯籠』、『わたしの普段着』だ。吉村さんは2006年7月にお亡くなりになった。享年79歳であった。

 私は、よく吉村さんの本を読んだほうだと思う。読書記録によると、読んだ本は、『ふぉん・しいほるとの娘』(91年4月読了)、『ニコライ遭難』(93年9月)、『プリズンの満月』(95年7月)、『落日の宴』(96年6月)、『海の祭礼』(05年3月)、『大黒屋光太夫』(05年7月)、『彰義隊』(05年7月)、『アメリカ彦蔵』(07年11月)とある。さらに上記の随筆集である。

 この記録は91年以降のものであり、吉村昭年譜を見ると、さらに読んだ本が増える。自分の記憶でしかないが列記してみる。

 『星への旅』、『戦艦武蔵』、『水の葬列』、『高熱隧道』、『羆』、『漂流』、『光る壁画』、『破獄』、『冷たい夏 熱い夏』、『長英逃亡』である。

 『破獄』と『長英逃亡』は、ぜひ、読むことをお勧めしたい。

 吉村さんの歴史小説は、史実に忠実で、読むものを納得させる。随筆でも書いているが、史料をさがす旅を繰り返している。札幌には150回以上、長崎には100回以上、四国宇和島には70回以上、史料探索の旅をしたことを描いている。そして探しあてた、未刊の史料に出会う喜びを述べている。

 わたしは、吉村さんと一度会食をしたことがあった。東京八重洲口の焼き鳥屋である。彼の、文学に向かう真摯な態度に感銘を受けた。その席でも語っていたが、少なくとも原稿締切日の2~3日前には、依頼原稿は仕上げているとのことだった。

 ついでと言っては失礼だが、吉村さんの奥さん、津村節子さんのファンでもある。彼女の『流星雨』は涙なしでは読めない。最近出た随筆集『ふたり旅―生きた証として』は、吉村さんとの50年以上にわたる人生を語り、ファンにとっては嬉しい1冊だったことを付記しておく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 3日 (月)

№290 家に眠る本の山

 №288の記事に続くが、整理されていない家の本の山をご紹介してみよう。前に孫たちが【ブックショップ】として紹介したコーナーがあったが、あれはホンの一部だ。

003_2  私の書斎兼寝室には全集・講座類を集めた本棚がある。こんなものじゃないはずだが、ほんの一部がこの棚に眠っている。一時、全集類を買い集めていたが、まず読むことがないので、もう買うのをやめた。

001  私の寝台の下の引き出しに眠っている本だ。女房が、紐で縛ってばらばらにならないようにした。久し振りにあけたら、埃が一杯だった。

005  これに手をつけたら収拾がつかなくなるだろうと恐れているのが、押入れ一杯につまった本だ。この押入れの中だけで、何千冊かあるのじゃないかな。貴重なものもあるはずなのだが、手が入らない。

006  玄関にも本棚があり、棚には2重に本がつまっている。2階が落ちるのを心配して、1階に非難した本箱である。

004  押入れの衣装ケースのなかにある本だ。これも女房が避難先を求めて納めた。暫時のつもりだったろうが、もう何年も眠っている。

007 009  さらに空間があると、そこは本棚になっている。一体、この洪水をどうしたらいいものだろうか。

 最近では、報告の通り、読書はもっぱら図書館の本を活用しているのが現状だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 1日 (土)

№288 10月に読んだ本

 あまりブログ記事にはしていないが、結構、本を読んでいる。10月は13冊、5,470ページを読了した。サラリーマン時代は、月10冊3,500ページのペースだったので、現役時代に比べてページ数で5割アップである。本当は倍の本を読みたいと思っていたが、なかなかそうは行かない。

 寝ながら考えていたが、一体、今までどのくらい本を読んできたのだろうか。年間100冊で40年間読んだとして、まあ、4,000冊ぐらいは読んできたのだあろうか。苦笑を禁じえないが、読んだ本はすぐ忘れてしまう自分の頭の構造に呆れてしまう。

 呆け防止に、読書ノートを桐ソフトで記録していることは報告したが、1991年から今日まで1,682冊の記録がある。ただ残念なことに、92年と94年は記録として残っていない。こんな膨大なデータになるとは想像していなかったので、記録をつけなかった。95年からはきっちりしたデータになった。

 最近では手に入れた本はほぼ完読しているが、前は買った本の半分くらいしか読めなかった。1年間に200冊くらいは買っていたので、多分、家には5,000冊を超える本が眠っているはずだ。

 そこで10月に読んだ本であるが、大作が多かった。本田靖春集は2段組で読みでがあった。1、2巻を読んだ。計857ページに及んだ。

003  10月の最大の収穫は、海老沢泰久『青い空』(文藝春秋)だ。タイトルと相違し、歴史小説である。江戸時代末期、山形の片田舎を、庄屋の息子を殺し出奔した主人公の、江戸の町での数奇な運命をとりあげたものだった。

 この小説の陰の主題は宗教問題だ。先祖が隠れキリシタンだったので、類族として幕府から弾圧を受けていた村に育った主人公が、この出自を隠し通さなければならなかった事情、檀家制度の下で腐れきった仏教の実態、江戸末期に神道と向き合う青年の姿、それと時代の移り変わりを見事に写し出した傑作だった。

 歴史小説として読んでも面白かった。江戸末期から明治維新にかけてを、庶民レベルからみるという手法に新鮮さを感じた。何の本で読んだろうか、勝海舟をえらくくさした本があったが、この本では勝の偉さが光っていた。

 驚いたのは、明治新政府も当初は厳しいキリシタン弾圧をしていたことだ。勝海舟が、新時代になったら宗教政策は変わるだろう、と言ったにも関わらずだ。キリシタン弾圧で、新政府は外国から相当な非難を受けていたようだ。704ページにわたる読み応えのある本だった。

 あさのあつこの『夜叉桜』も期待して読んだが、歴史小説ははっきり言って下手だ。宮部みゆきのようにはいかないようだ。藤田宜永『蜜事』は読んでいながら、これはいつか読んだぞと思って記録を見たら、2年半ほど前に読んだことが残っていた。猪瀬直樹『ピカレスク―太宰治伝』も、いま一つだったな。

 ほかに伊集院静、馳星周、吉村昭、大森光章等を読んだ。吉村昭さんは別項を立てたいと思うからここでは言及しない。

 いずれ市の図書館で借りた本は完読したので、さらに借り換えに行ってくる必要がある。本を読むことに【命を懸けている】ので、皆さんには退屈かもしれないが、今後、もっともっと本の話題を記事にしたいと思う。

 よろしくお付き合いをお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 8日 (水)

№264 活字中毒者の焦り

Pa080062  図書館で借りた本を全部読み終わった。読む本がないと、禁断症状を呈する私としては、急いで図書館に駆け込んだ。閉館時間の午後5時の少し前だった。相当あせっていた。

 図書館の棚にある読みたい小説類は、ほとんど読み終わっている。最近はノンフィクション関係にも手を伸ばしているが、今回、棚を見てもパッとしたものが見つからない。さあてどうしよう、閉館時間が迫っている。

 再度小説の棚に戻って、今まで読んだことがない作家に、触手を伸ばしてみることにした。

 最近、『バッテリー』などで人気急上昇のあさのあつこを読んでみることにした。本当に、今まで読んでいなかった新しい作家を読むときは極端に臆病となる。もし面白くなかったらどうしようか、悩むのである。基本的には読み始めた本は、途中で投げ出さずに、必ず読了することを旨としている。面白くなかったら、その間、つまらない時間を過ごさなければならない。読書量が停滞するもとになる。

 あさのの他に、自分の中では安心してプレミアムタイムを過ごせる、伊集院静馳星周逢坂剛佐々木譲本田靖春集等7冊の本を借り出してきた。貸し出し期間は2週間である。14日間で7冊の本、2日で1冊を読み終わる計算になる。

 600ページの大作もあるので、結構、忙しい時間を過ごさなければならない。ワクワクする時間であることも確かである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月 1日 (水)

№257 9月に読んだ本

 9月も満足できる本を沢山読んだ。そういう意味では、充実したセプテンバーだった。結局、読んだ本は14冊、5,093頁だった。大作が多かった。

 前にもお話したが、読んだ本を「桐」のソフトの集計表で管理している。今頃「桐」のソフトなど使っている人はいないと思うのだが、在職中からこのソフトだったからしょうがない。絞込みと集計をかけると、簡単にその月の読んだ本は出てくるのだが・・・。

 読んだ本には、自分の感想で、ABCランクをつけている。9月はAランクが7冊、Bランクが5冊、Cが2冊だった。

 P9280001 9月の最大の収穫が、本田靖春我、拗ね者として生涯を閉ず』(講談社)だった。本田は読売新聞社会部の記者だった。彼の生い立ちに始まり、読売新聞に入社してどういう記事を書き、何に反抗して新聞社を飛び出したのかを書いた自叙伝だ。

 本田のジャーナリスト魂は、権力に媚びず、地位を求めず、金に近づかないという3本の柱で成り立っていた。60年安保を間近で取材し、「交通戦争」キャンペーンを張り、さらには「黄色い血」キャンペーンで名を成した。読売新聞の「正力コーナー」に嫌気がさし、それに汲々とする上司・同僚に呆れて読売をやめた。

 その後、文藝春秋の名編集長田中健五に拾われた。雑誌「諸君」に何本か記事も書いた。しかし田中の右よりの姿勢に疑問を感じ、文春からも離れていった。

 最後には、目も見えなくなり、両足も壊疽で切断され、刀折れ矢尽きて亡くなるまでの名自叙伝である。あまり期待しないで読んだのだが、本当に良い本に巡り合った。「本田靖春集」(旬報社)が5冊出ている。近々の内に全部読破してみたい。P9100005_005

 本田の本を紹介していたのは、筑紫哲也旅の途中』(朝日新聞社)だった。筑紫 にも余り期待はしていなかったが、思いのほか彼の自伝もよかった。

 P9100002_002 今月読んだ本で骨があったのが、アレックス・ゴールドファーブ&マリーナ・リトビネンコ『リトビネンコ暗殺』(早川書房)だ。ロシアは、KGBあがりのプーチンになって、また共産党時代の暗黒社会に逆戻りをした印象を受けた。権力が、気に入らないものは、簡単に抹殺してしまう。それは国内ばかりでなく、外国にも暗殺団を出している。酷いものだ。さらにチェチェン紛争、グルジア介入もプーチンの仕掛けと読んでいる。チェチェンは、話し合いを拒んだプーチンが泥沼化させたのではないか。

 さらに時代を予感させる本、平野啓一郎決壊』(新潮社)の上下P9100007_007 本も読んだ。平野の問題提起は鋭いが、何しろ物語が冗長に過ぎる。ストーリーテラーとしては下手だと思う。今月の読書会の課題図書だったが、読んできている人が少なかった。ちなみに、彼の芥川賞本『日蝕』も決して読みやすい本だとは思わない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 1日 (月)

№227 8月は何を読んだの?

 「北京オリンピック」の8月も終わり、今日から9月である。8月はオリンピックのテレビ観戦で明け暮れたが、本も読んでいる。

 先日、旧同僚のTakuさんと飲んでいたら、「僕もよく読むが、君もよく読んでいるね」と感心していた。いや、僕は寝転び読みの、斜め読み、しかも軽いもの中心ですから・・・と答えた。

 8月は16冊読了で、ページ数では4779ページであった。一日平均154ページだ。一日200ページを目指している自分としてはまだまだだ。

 今月は、一年がかりで読んでいた塩野七生「ローマ人の物語(全15巻)」をとうとう読了した。本当に長い一年だった。しかし、このような大河歴史ドキュメントは、読んだあとの読後感が爽やかだ。次は彼女の「海の都の物語 ヴェネチィア共和国の一千年」に挑戦してみたい。

 最初にして最後だと思うが、今月の読了した16冊を列記してみよう。興味のある方はごらんあれ。

齋藤美和編「編集者 齋藤十一」(冬花社)

白洲信哉「白洲次郎の青春」(幻冬舎)

熊谷達也「迎え火の山」(講談社)

大仏次郎「帰郷」(毎日新聞社)

平野啓一郎「日蝕」(新潮社)

熊谷達也「懐郷」(新潮社)

町田康「告白」(中央公論新社)

吉村昭「わたしの流儀」(新潮社)

今野敏「果断」(新潮社)

塩野七生「ローマ世界の終焉」(新潮社)

大塚公子「57人の死刑囚」(角川書店)

吉村昭「縁起のいい客」(文藝春秋)

GEODESIC編著「ブログの力」(九天社)

今野敏「TOKAGE」(朝日新聞社)

町田康「夫婦茶碗」(新潮社)

田中達治「どすこい出版流通」(ポット出版)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 1日 (金)

№196 7月は新記録更新

 いよいよ8月ですね。7月の末は涼しくて、那須に行く必要もないくらいでしたね。夜はグッスリ眠れました。その結果、新記録も出ました。

 先月は飲み会に、ゴルフ、那須合宿、花火と忙しい毎日でした。そんな中での記録更新です。

 7月は読書冊数が17冊、読了ページ数が5793ページでした。たしか、今までの最高が月16冊でしたから、1冊記録を破りました。ただページ数では、2007年1月が6907ページという記録がありますので、この記録は、当分、破られそうにもありませんが・・・。

 薄い本を読むなら何冊でも読めるよ、というかもしれませんが、読んだ本の平均ページ数で340ページですから、あながち薄いともいえません。

 連日の飲み会、ゴルフに花火と毎日が充実していて、いつ読むのか疑問をお持ちの方もいるかもしれません。

 読書の中心は、朝起きてから2時間と夜寝る前の1時間ですかね。

 7月は、今野敏という作家に初めて出合いました。特に彼の警察物は面白いですね。400ページくらいのものも、1日でヘイチャラに読んでしまいます。こういう作家がいるので記録を作れるんですね。

 ただ、そんな軽いものだけではなく、岡部伊都子、澤地久枝、高村薫、野田正彰、佐野眞一、藤原新也、塩野七生、吉村昭、高田宏等骨のある著者のものも読めましたから、読書生活にとっては充実した7月でした。

 塩野七生「ローマ人の物語」も第14巻を読み終わり、最終巻を残すのみとなりました。昨年8月13日に読み始めたので、1年もかかりました。まあ、大作をじっくり読むのもいいですね。何とか、今月の13日までには読んでしまいます。

 また、市の図書館に行って、ワクワクする本を7冊ほど借りてきましたので、しばらくは楽しめそうです。「ローマ人~」の最終巻も借り出すことができました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月31日 (木)

№195 「満州」関連書を読む

P7160002  別に意識していたわけではなかったが、このところ読んでいる本に「満州」が主題になる本が多い。

 野田正彰『戦争と罪責』は、彼の著『喪の途上にて』を読み、その流れの中で読んだものだ。

 船戸与一『群狼の舞』は、シリーズ「満州国演義」の第3作目にあたる。

 佐野眞一『甘糟正彦 乱心の曠野』は、著者の一連の本を追っている中で、『阿片王』の続編として読んだ。

 野田正彰は気になる精神分析家だ。いつかは彼のものをじっくり読もうと決意していたが、なかなかチャンスに恵まれなかった。先日、『喪の途上にて』を読む中で、大切な著者という認識を持った。

 『戦争と罪責』はもう出版されて10年以上にもなるが、改めて日本人と太平洋戦争を考えるときには必ず通らなければならない本だと痛感した。特にこの本で追求しているのは、中国で日本の軍人がいとも簡単に中国人を殺戮している、その心象風景に触れている。度胸をつけるための試し切りに、中国人捕虜が利用された。村を襲って強姦、村民の皆殺しは常だった。殺される側にも、家族がありその人の人生の歴史がある、ということが日本軍人のなかからすっぽり抜けている。日本人の想像力・人を思いやる心の貧困さがどこから来ているのか、精神分析家としての鋭い追及が読むものの心を打つ。戦後生まれたものが、戦時の日本軍人の罪責を関係なし、としていいものかどうか?

 そういえば、ヴェトナム戦争・イラク戦争でのアメリカの帰還兵士、アフガン戦争でのソヴィエトの帰還兵士に精神に異常をきたしたものが多かったと聞く。日本の帰還兵士にそういうことがあったのだろうか?「日本人論」としても読むことができる本だった。

 船戸与一という作家は、構想力も優れているし、ストーリーテラーとしても最高である。できるだけ彼の作品は追っている。検索してみると、今まで31冊読んでいるが、検索にかからない『砂のクロニクル』なども読んでいるので、彼の作品はほぼ網羅しているのではないか。

 「満州国演義」は、敷島4兄弟を追う中で、満州とは何であったのかを浮き彫りにしようという意図の本だ。長男は外交官で満州赴任、次男は馬賊として、満州のあちこちに神出鬼没。3男は日本の憲兵として、満州の検察の役割を果たす。4男は、フリーターとして、中国・満州をフラフラしている。登場人物の役割も考えて、物語が設定されている。まだ「3」までしか読んでいないが、AMAZONで検索すると、すでにこの6月に『4 炎の回廊』が出ているらしい。

 佐野眞一もほとんどの作品をカバーしているのではないか。彼も検索してみると、今まで13冊の本が読んだ本として出てきた。特に『東電OL殺人事件』で大ブレークした、ノンフィクションライターである。『誰が「本」を殺すのか』でも話題をさらった。

 今回の本もテーマとしては魅力がある。本当に甘粕正彦が大杉栄・伊藤野枝・橘宗一を謀殺したのか、甘粕の資料、足跡を徹底して追ったノンフィクションだ。特に甘粕の関係者を虱潰しに当たる姿は、ノンフィクションの厳しさを語ってあまりがある。後半の満州での甘粕の活躍の面目躍如、ノンフィクションというのは足で稼ぐものだ、ということを教えてくれる本でもある。

 結論は本書を読んでもらうとしても、甘粕正彦は戦後自決するまで大杉殺しの亡霊から逃れられなかった。そういう意味では「大杉事件」の犠牲者の一人ではあった。ただ不満は、最終章「八十五年目の真実」を2~3の証言で結論づけているが、この「真実」を彼のノンフィクション魂で、もっともっと検証してほしかった。もっと確たる傍証がないと、自分としてはこの結論には納得できない。

 いずれ、読んで満足した。今晩は、新宿でこの本の読書会だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月16日 (水)

№180 本との出会い

 いつかは読もう読もうと思いながら、気にしている本がある。当然のことだが、「読もう」と「読んだ」ではぜんぜん違う。今まで何千冊と読んできて、そういう本に出会うたびに、さらに日が暮れて道遠しの感じがする。

 このところ、図書館で読みそびれていた本に出会い、借りてきては読んでいる。

P7090007_002  岡部伊都子さんはそういうエッセィストの一人だ。残念ながら、今年の4月29日、85歳でお亡くなりになった。前々から読もうと思いながら、ついつい読みそびれていた著者の一人である。今回、図書館で『朱い文箱から』を借りてきて読んだ。

 岡部さんは大坂で生まれ、後に京都に引っ越している。戦争で2人のお兄さんを亡くし、沖縄戦で婚約者を亡くした。彼女も戦争が終わる前後に、結核で死の境をさまよっていた。

 彼女のエッセィを読んで感じることは、視点がぶれていないことだ。戦争・原爆・ハンセン氏病・沖縄・憲法等の問題を一貫して追及し続けてきた。初めて読んだにしては共感することが多かった。

 読書では、発見はつきものだ。岡部さんが上野英信さん、岡村昭彦P7090005_001 さんと親しくお付き合いしていることは知らなかった。そういえば本書で紹介を受けている上野英信『追われ行く坑夫たち』、岡村昭彦『南ヴェトナム戦争従軍記』(いずれも岩波新書)をまだ読んでいなことに気がついた。

 先日神保町に行ったのを機会に、古本屋で買い求めてきた。いずれも210円だった。ただ、「文庫のカワムラ」では1500円の値段がついていた。両書とも40年以上も前に出版された本である。

 本というのは出会ったときが新刊である、と肝に銘じている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月 1日 (火)

№166 上半期の読書

P6250005_002  昨日6月30日で今年の上半期が終わった。今年前半期、何を読んだのか、振り返ってみることにする。

 今年は1月~6月で、ちょうど60冊の本を読み終えた。ページ数にして19,359ページだ。ちなみに、05年は57冊20,251ページ、06年は52冊21,211ページ、07年は84冊28,139ページだった。

 昨年を別にすると、月10冊平均で、読書量は大体こんなものじゃないかしら。

 それでは一体何を読み、どんな本に感銘を受けたのだろうか。book

 藤原新也の本を13冊読んだのが、今年前半期の最大特徴だった。また、『警官の血』をきっかけに佐々木譲のものも読んだ。9冊に上る。『武楊伝』『天下城』なども良かった。

 足を引っ張ったのが井沢元彦「逆説の日本史」だ。全13冊あるらしいが、5冊まで読んで投げ出してしまった。このシリーズに時間がかかって、なかなか前に進まなかった。

 戦中・戦後史の中で白洲次郎ものも面白かった。リベラルな思想を貫き通した男の物語だ。この関係で、白洲正子さんのものも何冊か読んでみたが、こちらのほうは、まあいいやという感じだった。船戸与一の『満州国演義』も、まだ未完結ながら読ませた。

 アンドルー・ゴードン『日本の200年』など、骨のあるものも読んだ。

 藤原新也『アメリカ』は、もう20年前になるのかしら、80年代の後半に7800CCのRV車(モーターホーム)を駆って、アメリカ全土約3万キロを7ヶ月かけて旅した物語だ。アメリカ人の純朴な気質が伝わって、楽しい旅物語だった。

 自分も学生時代に、カリフォルニアからニューヨークまで「ルート66」を通って旅をしたいと夢見たことがあった。何人かにその話をした覚えがある。

 旅ができるのも若くて元気なうちだ。今のしんさんの夢は、スペインのピレネー山脈からサンチャゴ・デ・コンポステーラ への巡礼の道を、レンタカーを借りて、1ヶ月くらいかけてゆっくり走ることだ。car 3年前のスペイン・ポルトガル旅行が本当に良かっただけに、ぜひ実現したい。

 この2~3年のうちに実行しないと、永遠の夢に終わってしまうだろうな~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 8日 (日)

№142 永井路子『岩倉具視』

P6080002_002_edited1  M長老が大感激したという、永井路子『岩倉具視―言葉の皮を剥きながら』を早速手に入れて読み始めました。

 シンさんは、歴史小説には眼がありません。こういう歴史小説が面白かったよという紹介があると、矢も盾もたまらずに手に入れて読んでしまう悪い癖があります。

 今回も、余りにもM長老が面白かったという話をしたものですから、何が何でも手に入れました。読んでいる限りでは、飛び上がるほど面白いというわけでもありませんね。永井路子という作家は初めてなので、ちょっと慣れていないのかもしれませんが・・・。

 難しいのは、本当に読書というのは個人的な作業です。しかも読む本は、自分の人生体験、個人体験、読書体験が如実に反映する営為行動です。決して他人が面白い本が、自分にとって面白いわけではありません。誰が読んでも面白い本なんてありっこないと思います。ただ、自分はこういう傾向の本が好きだということがいえるだけです。

 M長老が言ったもう一つの傑作、アンドルー・ゴードンP6080001_001_edited1 『日本の200年』(原題A Modern History of Japan:From Tokugawa Times to the Present )も幸い図書館で借りてくることができました(ゴメンネ、MOっちゃん)。これは骨がありそうなので、じっくり読むことができそうですね。楽しみです!

P6080003_003_edited1  先日も話しましたが、『印度放浪』の藤原新也に嵌っています。立て続けに8冊ほど読み終わりました。今日もまた図書館にあるものを全部借りてきました。もっとも、5冊ほどしかありませんでしたがね。

 それこそ藤原新也は自分の個人体験にシンクロしていて、面白くてワクワクし夜も寝ないで読んでいますが、誰にとってもというわけには行かないんでしょうね。

 自分にとって歴史小説と同時に、海外紀行文もとっても大好きなジャンルです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

№129 藤原新也『黄泉の犬』

藤原新也『黄泉の犬』

  久しぶりに感動した本に出会った。藤原新也は『印度放浪』(朝日文庫)で有名な作家だ。記録を見ると、1993年6月10日に読んだとある。もちろん、内容はすっかり忘れている。多分『東京漂流』も読んでいるには違いないが、記録にはない。そういう意味では、久しぶりの藤原新也である。

 「週刊プレイボーイ」に95年7月から96年5月にかけて連載されていた「世紀末航海録」を改題して、大幅に書き加えたのが本書である。きっかけは95年に起きた大事件である。95年は、お正月に発売された「Windows95」、「神戸淡路大地震」、「オウム真理教事件」のエポックメーキングの年である。

 特に著者は、オウム真理教事件に触発されている。

 藤原新也は、60年代末から70年代にかけて、長くインドを振り出しにアジア各地を旅してきている。『西蔵放浪』『全東洋街道』などの著書もある。

 オウムのメンバー、特に麻原彰晃こと松本智津夫はインドにわずか2ヶ月滞在して、「解脱」したということになっている。本書はインドの宗教環境を解説し、その頃世界から押し寄せた自称宗教家でインドは溢れていた状況に詳しい。オウムのような宗教がなぜ出現したか、丁寧に解説していてわかりやすい。特に若者は麻原の「空中浮遊」に引かれてオウム真理教に入信していった。

 藤原はそんなもの嘘っぱちと喝破するが、それでも空中浮遊について、「そう言い張るならたぶん浮いたんだろうな。で、それがどうした?」と言いきる。

 そのほか本書では、インドで出会ったマリファナに狂った日本の若者とのエピソード、ガンジスの河原での火葬など、自分には共感する話がたくさんあった。自分も93年かな、10日間ほどインドを一人で旅した。ヴァラナシィのガンジス川の河原での火葬は今でも思い出す。

 いつもふっと、「今でも一人でインドに行けるかな」と考えることがある。自分にとっては、それほどショッキングな旅であった。

 また95年は、GYUちゃんと一緒にトルコを大旅行したことでも記憶に残る年である。あの年は、1ドルが90円を突破した。日本経済の破綻が叫ばれた年でもあった。

 あらためて藤原新也を読破しようと思い、図書館にある藤原ものを手当たり次第借りてきた。『東京漂流』『渋谷』『ディングルの入江』『なにも願わない手を合わせる』『映し世のうしろ姿』である。自分のうちを家捜しすると『印度漂流』は出てくるだろうが、全部ひっくり返さなければならないので買ってくることにする。

 しばらくは「藤原新也」にはまることになりそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月24日 (木)

№95 本は図書館で

本は図書館で

 月に2回ほど、市の図書館に通って、せっせと本を借り出している。定年になって、「目がつぶれるほど本を読みたい」との理想があったが、本を買って読むにはお金が大変、と大いに市の図書館を利用している。

 今日も平日なのにもかかわらず、結構利用客は多い。退職した年輩の方を見かけるが、時間を有効活用しているのであろう。そういう意味でも図書館は大変便利な場所だ。

 記録を見ると、昨年の5月から図書館に通い始め、この1年間で110冊ほどの本を借り出している。本棚を見ると、前から読もうと思いながら読み残しの本が多くあるのはありがたい。なるべく厚めの本を借りるようにしている。2週間で10冊の借り出しが可能で、毎回7~8冊借り出してくる。

 また、CDを借りてきてはパソコンに取り込んでいる。CDはコンテンツが少なく、聴きたい音楽はあらかた取り込んでしまった。

 今日は前回借りた本を返し、GW用の読書にと8冊ほど調達してきた。

司馬遼太郎『空海の風景』(上)(下)

白洲正子『白洲正子自伝』

塩野七生『最後の努力 ローマ人の物語13』

神谷美恵子『本、そして人』

井上ひさし『東京セブンローズ』

船戸与一『満州国演義Ⅰ・Ⅱ』

 これだけあると、このゴールデンウィークは退屈せずにすむだろう。というよりも、相当忙しいことになるかもしれないな。本を読む以外にもやることが多い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月20日 (木)

№61 鹿島茂『神田村通信』

鹿島茂『神田村通信』

 この前の日曜日、朝8時になんとなくテレビtvを見ていたら、「NHK週刊ブックレビュー」にわが朋友KUMIKOさんが出演していた。彼女のお勧めの3冊の本bookの提案もあった。そのうちの1冊、『灯台守の話』は、今月のわれわれの読書会の主題本だ。本当に彼女の本に対する眼力はすばらしく、今までに彼女のお勧めの本で外れたことはほとんどない。敬服の限りだ。

 この番組の後半に自称職業的書評家鹿島茂氏が登場し、自著『神田村通信』の話をしていた。私も30数年神保町住民として生活していた関係から、本書に興味を持ち、早速購入して読んだ。やあ、すさまじい本の購入量だ。フランス文学専攻のようだが、年にフランスに数回行って、本を冊数単位でなく、キロ単位で買ってくるとのこと。1年間に2500冊ぐらいづつ増えてゆくそうだ。本の置き場がなく、神保町で3回の引越しを余儀なくされたとか。すさまじいものだ。また神田村の隅々を観察して歩く姿も、懐かしく思い出された。行間にこよなく神田村を愛する氏の姿が頼もしく思えた。

 本は増殖するときりがないものだ。本棚など買おうものなら、すぐに一杯になり、さらにまた買い足さなければいけなくなる不思議な性質を持っている。私も最近は「本は買うものではなく、借りるもの」という精神で、もっぱら市の図書館を利用している。それでも、やはり、読みたい本は買わざるを得ない。

 神保町大好き人間でぼくがよく知っているのは逢坂剛さん、紀田順一郎さんなどだが、この鹿島さんも負けずおとらずだね。

 そういえば、神保町にいったついでに岩波ブックセンターに立ち寄ったところ、SHIN社長にばったり会った。「何かブログを立ち上げて遊んでいるそうだね。私のブログ(クリックすると読めますよ)も見てよネ」といわれ、早速拝見仕った。このSHIN社長も、また違った意味で《神保町キチガイ》(いい意味ですから、あしからず)の一人だと思う。SHIN社長は神保町再生に熱心に取り組んでいる一人だ。老骨に鞭打って(失礼!)がんばっている姿には、ただ頭が下がるのみだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 1日 (土)

花崎皋平『静かな大地 松浦武四郎とアイヌ民族』

花崎

昨年から蝦夷・アイヌ関係の本をアット・ランダムに読んでいる。

高橋克彦は、古代日本の東北の蝦夷と大和朝廷の抗争史をテーマに様々な物語を書いている。熊谷達也も、東北蝦夷を題材にした本が多い。

今年の初めに読んだ船戸与一『蝦夷地別件』は、大部ながらアイヌ民族の松前藩・場所請負人への抵抗史を物語風に記した。

池澤夏樹『静かな大地』は、明治維新、食い詰めた侍が新天地の北海道に求め、アイヌとの交流を果たしながら開拓していく物語だった。

2月はじめに読んだ、佐々木譲『武揚伝』は幕末の江戸・薩長の抗争の果てに函館に新たな政府を築こうとした榎本武揚の伝記だった。北海道にアイヌも含めたユートピアをつくり、時の新政府から独立しようとしたが果たせない話だった。

参考文献に本書か掲げられていた。本書を探していたのだが、自分の本棚を見ると、なんと鎮座していた。

本書は、江戸末期の探検家・松浦武四郎が蝦夷地・択捉・国後・樺太を丹念に歩き回り、その地とそこに住む人々の実態を丹念に記録した文書を読み解き、著者花崎皋平がそのあとをたどり、松浦の思想を追った。

徹底的に収奪しつくした和人(しゃも)のむごたらしさと、アイヌ民族の心優しさが非常に印象に残った読み応えのある本だった。

2月は11冊、4546頁読んだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月27日 (水)

本棚からはみ出ている本たち

本棚からはみ出ている本たち

家の中にはかれこれ、4~5000冊の本があります。book 正確に数えたことはありませんが・・・。私の2階の6畳間に本棚だけ5本ほどあり、またその1本は8段棚で天井まで届いておりました。押入れの中には、それとは別に一杯詰まっていて、中を開けるとガラガラ崩れ落ちてきます。2階が落ちる心配もあり、また、地震がくると本の下敷きになる恐れもありました。「本の下敷きになって死んだら本望だな」などと考えながら本を眺める日々でした。しかし、先日一大決心をして、本棚の本だけを様々な部屋に分散しました。その結果、1階の天井や床にも本が散乱しています。ただし、押入れは手つかづですけどね。

1991年から桐ソフトを使い、読んだ本の管理をしていますが、ほぼ2000冊の本が管理できています。ただ桐のソフトは一般的でなく、私には使いにくい。先日ACCESSの勉強をしたので、そちらにエクスポートしたいと思っていますが、私の技術じゃまだまだですね。

どういう本を読んでいるかというと、小説が主体です。特に歴史小説のファンです。91年以降の作家別に読んだ冊数のベスト10ランクを取ってみました。

①逢坂剛 48冊

②宮城谷昌光 43冊

③高杉良 40冊

④司馬遼太郎 39冊

⑤池波正太郎 33冊

⑥宮本輝 27冊

⑦船戸与一 26冊

⑧宮部みゆき 21冊

⑨楡周平 21冊

⑩大沢在昌 20冊

以下、沢木耕太郎、塩野七生、山本一力、佐々木譲、佐藤賢一、加賀乙彦、山崎豊子、スティーヴン・ハンター、村上春樹、ジェーフリー・アーチャー、パトリシア・コーンウェル、梁石日、高橋克彦、馳星周、志水辰夫、熊谷達也、森村誠一、西木正明、A・J・クウィネル、吉村昭、高村薫、ケン・フォレット・・・と続きます。

91年以前はもっと別の本を読んでいたような気もしますが、残念ながら記録がありません。記録は集積して、断然意味を持ってきますね。

それと、読書記録をしげしげ眺めてみると、同じ本を知らずしらずに何度も読んでいますね。ア~ア、ボケの始まりかな・・・。weep

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年2月20日 (水)

佐々木譲『武揚伝』

佐々木譲は、『択捉発至急電』以来のファンで、ほとんどの作品を読んでいる。最近では『警官の血』でベストセラー上位にランクされている。

本書は、幕末の志士榎本武揚の伝記でもある。誰でも知っているのは、榎本武揚という人は明治維新に函館に立てこもり、時の新政府に最後まで抵抗した人物であったということである。

本書を読んで、

①明治維新は、日本で唯一の革命が起こった時だった

②幕末は様々な魅力ある人物が澎湃としてでてきた時期であった。榎本もその一人である。

③徳川慶喜はなんと優柔不断な人物だったのか。もう一人のサブ主人公・勝海舟は、いい加減な人物だったが、混沌とした世の中をうまく泳ぎ回った

⑤榎本は、その時代に真摯に向き合った。幕府の期待を担い、オランダに3年間留学をした。造船技術・物理・化学等、当時のヨーロッパの最新知識を身につけて帰ってきた

⑥帰ってきたらちょうど幕末の動乱期だった。薩長軍に反対し、徳川シンパを引き連れて北海道に渡った

⑦北海道に共和国をつくり、たぶん日本で最初の選挙を行い、総裁に選出され、ユートピアをつくろうと動き回った

⑧ほぼ6ヶ月で、その運動は時の政府に鎮圧された

あらすじを語るとこんなところだが、榎本の人物としての魅力が存分に語られていて、1200ページの大作だったが一気に読み終わった。歴史小説を読む醍醐味を存分に味わった作である。full

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 7日 (木)

「本を読む」こだわり

「定年後、1日200ページ本を読もう、しかも大作を」と決意した。

1時間60ページ、1日3時間20分は読む勘定になる。

一口に200ページといってもなかなか容易ではない。

特に何かの用事で1日穴を開けたときは絶対に取り返しがつかない。

それでも定年後は確実に読書量は増えている。

現役時代の、2003年は99冊40361ページ、2004年は105冊40403ページ、2005年は100冊38571ページ、2006年は108冊43615ページだったのが、定年後の2007年は155冊55951ページと約5割り増しだ。今年の1月は11冊5035ページだった。(必ず月末に今月はどうだったのか反省している)

ちなみに15年間、読んだ本は全部が記録に残っている。ただそれが桐ソフトなのが欠陥だ。先日ACCESSを学んだので、そのソフトにエクスポートできないか試みているところだ。

最近は作者を決めて集中的に読むようにしている。

昨年集中的に読んだ作家は、加賀乙彦・佐々木譲・高橋克彦・船戸与一・楡周平・熊谷達也等だ。なんら体系はないな~~。

大作にも取り組んでいて、昨年の夏から、塩野七生「ローマ人の物語」(全15巻)が今12巻目を読了。ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』は一月に読了した。そして今取り組み始めたのが井沢元彦「逆説の日本史」(14巻目まで刊行)である。

井沢の本は眉唾で読んではいるが、それでも自分の日本古代史に対する知識のなさには吾ながら驚きあきれている。今年は古代史ものを集中して読んでみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 5日 (火)

木村晋介『キムラ弁護士、ミステリーにケンカを売る』

今月の読書会のテーマ本。

かれこれ、18年も続いている会だが、

テーマ本はありつつも酒を飲みだべる会だ。

それでも「読書会」の効用は、自分ではとても手に取らないような本を読めることだ。

本書もその類の本で、「小説嫌いが一生懸命本にけちをつけようと、付箋をたくさん貼り、読んだ本」である。

読書の一方法としてそのような読み方もあるが、本はまず、楽しむことを第一にしたいと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月29日 (火)

白洲次郎『プリンシプルのない日本』

昨年の秋、工藤美代子『われ巣鴨に出頭せず』を読んで以来、白洲次郎の生き方にズーッと興味を持ってきた。今では、白洲次郎というより、むしろ有名なのは女房の白洲正子のほうだ。

だが、白洲次郎は戦後、新憲法制定にGHQと相当やりあったことをはじめて知った。それ以降、

北康利『白洲次郎 占領を背負った男』

馬場啓一『白洲次郎の生き方』

青柳恵介『風の男 白洲次郎』

と読んできて本書にいたった。書かれた文章は昭和20年代後半に『文藝春秋』に紹介されたものが主で若干古臭かったが、それでも白洲次郎の面目躍如というところがあった。ちなみに、2008年2月号の『小説新潮』は白洲次郎の直言を特集している。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年1月25日 (金)

池澤夏樹「静かな大地」

年末から年始にかけて、大沢在昌「蝦夷地別件」の大作を読了。蝦夷・アイヌに格別の興味をいだいた。昨年は高橋克彦の一連の歴史小説、熊谷達也のマタギものと、北の被差別者に興味を持っていた。

大沢の書に関連本として本書が紹介されていた。

明治維新の新政府の方針で、職にあぶれた武士階級を蝦夷地に移入する政策が採られた。その方針の下、淡路から蝦夷に移住した武士の子どもたちの苦闘の物語。

アイヌ差別の問題もはらむ大作に満足した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月23日 (水)

№3 カラマーゾフの兄弟

正月から手がけていた「カラマーゾフの兄弟」を読了。

以前から読みたいと思っていたが、時間に任せて

一気呵成に読んでしまった。

父殺しをめぐっての兄弟の葛藤が主なテーマ。

筋を追って読んだのであるが、訳者の亀山郁夫によると

プロットだけを追っただけではこの小説のすごさがわからない、

「象徴層」「自伝層」「物語層」の3層構造がわかって

はじめてこの小説のすごさがわかるとのことだ。

しかもこの物語には、「第二の物語」につながる

様々なプロットが隠されている、とのこと。

一度読んだだけではわからないようだ。

また、時間を置いて熟読してみよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)