カテゴリー「経済・政治・国際」の16件の記事

2012年12月17日 (月)

№1816 師走の総選挙

 昨日の日曜日、年末総選挙が行われた。結果は、各新聞・マスコミの予想通り自民党の地滑り的な大勝利だった。「むべなるかな!」という感じがしないでもない。

 もう3年3ヶ月前になるが、自民党を大差で破り民主党が勝利した時には、「これで何かが変わるかな」と期待しないでもなかった。残念ながら何も変わらないどころか、民主党政権下で世の中がますます悪くなってしまったと思っていたのは、私だけではないだろう。結果を見ると歴然としている。

 民主党がそもそも寄せ集めの軍団では、無理もなかったかもしれない。この間の民主党の政権運営を見ていると、本当に危なっかしかった。何よりも、最初の総理・鳩山由紀夫の二枚舌には呆れてしまった。普天間基地をめぐり、「自分には代案がある」と公言していたはずなのに、代案などなかったのには「これではだめだな」と思った。

 さらに、鳩山は母から多額の小遣いをもらっていたが、「そんなことはない」と平気でウソをついていた。こんな総理、だれも信用しないよね。あっという間に支持率が下がってしまった。

 次に出てきた総理・菅直人は、もう一方の雄小沢切りをやった。片肺運営になってしまった。党内での足の引っ張り合いは惨めなものだったね。そうこうするうち《東日本大震災》に見舞われ、オタオタしていた。この状況を見た野党からの罷免要求で、内閣が立ち行かなくなった。これも、短期内閣で終わってしまった。

 次に出てきた野田佳彦総理だが、民主党の公約ともいうべきマニュフェストにない【消費税引き上げ】を強行した。それをきっかけに、党内分裂が始まった。それでも、解散時には230議席余りと圧倒的多数を誇っていたのだ。

 それが、この選挙では一気に57議席まで墜落した。この3年余りの民主党の政権運営を見ていると、当然の帰結だったのかもしれない。 マスコミの分析では、民主党の大敗の主要因は、無党派層が民主党に完全にそっぽを向いたということのようだ。

 それにしても、「ぶち壊し屋」小沢を抱えた政権は、どこも潰れている。小沢を切り離した民主党が、これから一本に纏まることができるのか注目したい。かといって、離れていった急造の【未来の党】も悲惨なものだった。これで、完全に小沢の役割は終わったのだろうか。もう、顔も見たくないけどね。

 けど、また自民党政権かと思うとウンザリだ。特に戦後民主主義を否定するかのようなタカ派発言を繰り返し、憲法改正まで訴える安部政権がどこまで右寄りになるのだろうか、心配は尽きない。

 雨後のタケノコのように発足した新党は、今後どうなるものやら。あまり期待しないが見ていきたい。

 ただ、この小選挙区制というのは良いのだろうか。小泉郵政選挙で自民党が大勝し、次は自民党の失政で民主党の大勝、そして今回のまた自民党とぶれ幅が大き過ぎないか。この選挙制度では、安定した政権運営も難しいのじゃなかろうか。

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2011年12月20日 (火)

№1,447 金正日の死去に想う

 昨日の昼過ぎなんとなくテレビを見ていたら、金正日の死亡の報が流されていて、びっくりした。一時は体調不良という話だったが、最近は持ち直したとも聞いていた。それだけに、唐突な感を免れない。その報を聞いて、時代が大きく変わるのではないだろうか、という感慨を覚えた。

 また、今朝の報道は、金正日死亡一色だ。それも日本だけではなく、世界の報道機関のほとんどすべてが、金正日の死をトップニュースで伝えている。世界の誰もが、北朝鮮の動向に注目していた証拠だ。

 拉致問題が解決しないまま、日朝関係は硬直状態が続いて、もう何年になるだろうか。この間、深刻な食糧危機、脱北問題、街にさまよう幼い乞食等、われわれが触れる北朝鮮報道は、ほとんどマイナスなものだった。しかし、報道機関を締め出しているこの国が一体どうなっているのか、真相はほとんど誰にもわからない。

 ただ、先日ワールドカップサッカーの予選が行われた北朝鮮に応援に行った人の話では、平壌の街は意外と静かで整然としていて、日本で報じられているようなことはないのではないか、との感想も述べられていた。しかも、思った以上に豊かだというのだ。もっとも、応援に行った人もほとんど平壌の街の一部しか見ていないとは思うのだが。それでも、その話を聞いてホッとしたのは確かだ。

 それにしても、日朝関係がこのままでいいとは誰も思っていないはずだ。人の死を好機などというのは失礼とは思うが、金正日の死を機会にこの硬直関係が打開されたらいい、と願う人は多いはずである。

 被害者家族には失礼だと思うが、葬礼外交というか、誰か大物が28日の葬儀に参列したらどうだろう。野田総理参列が一番と思うのだが、それがかなわなくても副総理格の誰かが出るということも考えられないだろうか。来週、野田総理が中国訪問をするというのだが、その帰りに立ち寄るなどはあり得ないことだろうか。

 このまま何もしないでいると、いつまでたっても硬直状態が解決できない。何より被害者家族が相当高齢になっていて、残されている時間がそう多くはない。

 被害者家族もそうなのだが、北朝鮮の飢えた子どもたちのことを思うと、一刻も早く問題を解決して、その子どもたちに手を差し伸べていただきたいものだ。日本にはそれができる力がある。

 寒い冬に向かう折、しかもこの冬も食糧事情が悪いという話を聞くにつけても、、ひもじい思いと凍えた体に震える北朝鮮の人たちについて、私には他人ごととはとても思えない。

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2011年11月 8日 (火)

№1,403 タイの大洪水に思う

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 それにしても、タイの水害はひどいね。毎日ニュースを見ながら心配している。日本から進出した企業の工場の大半が、水害で水没したという話に心を痛める。なんでも、50年に一度の大洪水だという。この陰には、政治に貧困もあるかもしれないな、と深刻に考えてしまう。

 しかし、タイの人々にインタビューしているのを見るにつけても、現地の人々は意外にあっけらかんとしているな、と思うのは自分だけかしらね。そう、タイは【マイペンライ】の国なのだ。まあ、なんとかなるさ、気楽にいこうの精神だ。沖縄の【なんくるないさ】に通じるような気もする。

 私は、タイに対する思い入れが人一倍強い、と自分では思っている。

 もう20数年前になるだろうか、20年の永年勤続表彰で金一封をいただいた。会社は、旅行をするように勧めていたのだと思う。会社の同僚Jさんに、どこに行こうか相談した。「ぜひ、タイに行ってらっしゃいヨ」との強いお勧めで、一人でバンコクに旅立った。

 今から考えると冷や汗ものだが、往復航空券だけ買って、ホテルも予約せず、日程も何も考えずにガイドブック一冊持ち、飛行機に飛び乗った。もちろん、タイ語なんてできるわけがない。英語もまともに話せないのにだ。タイのドンムアン空港に降り立ち、さてどうしたものだろうか、はじめは戸惑った。

 それが、タイは【マイペンライ】の国で、皆さん本当に親切に対応してくれた。手探りのまま、チャンマイ、チェンライ、ミャンマーとの国境の町メーサイへと足を伸ばした。言葉が出来なくっても、なんとか楽しい旅行ができた。それに味をしめて、その後、タイには10度も行っただろうか。タイの国は、目をつぶっても歩けるほどになった。女房とも何度か行ったし、亡くなったお袋や息子を連れて行ったこともある。

 それ以来、海外旅行はツアー旅行には乗らずにあちこちをほっつき歩き、日本語さえできれば何とかなる、と変に自信を持ったのは確かだ。

 タイは、旅行に行っただけではない。タイの素晴らしさをJさんにお話したら、「日本とタイの交流ニュースレターを作る企画があるの。手伝ってくれないかしら」と誘われ、その気になって7~8年もその仕事に携わった。

 タイに関する講演会を開いたり、シンポジウムをしたりと楽しい日々が続いた。バンコクのチュラロンコン大学のS先生とも知り合いになれた。しかも、タイと日本の絆を太くしようと努力をしている市民運動家ともたくさん知り合いになった。Yさんという方は、本当にタイ語がペラペラで、スタディツアーガイドなどをやっていた。Yamamoto先生のタイ事情通にも舌を巻いたものだ。

 ニュースレターも40号近くまで号数を重ね、一時は500人ほどの読者を得たのではなかったかな。残念ながら、同人の皆さんが忙しくて、その後は長続きはしなかったのだが…。

 今から考えると、制作は原始的だった。ニュースレターを作るのはワープロで打ち込んだ原稿を貼りこみをし、読者に郵送で届けていたのが懐かしい。パソコンが今のように身近ではなかったのも確かだ。さらに、メールも一般的ではなかった。今なら、もっと素敵なものを素早く送れそうな気もする。

 タイ料理も大好きで、東京のめぼしいタイ料理屋さんをずいぶん食べ歩いた。あの辛さが何とも言えない。そいえば、わが足元の神保町にも沢山のタイ料理屋さんがあった。《会合はタイ料理屋で》という時代もあった。最近でこそ足が遠のいてしまったが…。

 このところタイから足が遠ざかっているが、この騒ぎが一段落したら、またタイの田舎をフラフラ旅行をしてみようかな。

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2011年9月11日 (日)

№1,344 3・11/9・11

 【11】というのがキーワードになるのかどうかは知らないが、今日は東日本大震災発生から半年、ニューヨークのテロ事件からは10年になる節目の日だ。マスコミは、この二つに焦点を絞り、いろいろな特集をしている。私も、【11】について考えてみたい。

 まずは3・11だが、【東日本大震災】は、これだけ未曾有の事態になるとはだれも想像していなかった大事件だ。あの日も私は那須にいたし、今日も那須でこのブログを書いている。

 その日、畑仕事をしていたら、クラクラ眩暈がおきた。何が起こったのだろうか考える間もなく、大地が波打って大きく揺れ始めた。一体何事があったのだろうかと訝っていたら、近所の人が「大地震が起きた。すぐ自宅を点検した方が良いよ」というので、急いで那須の自宅に帰った。幸い、自宅は大した被害はなかったのだが。

 そしてテレビをつけたら、ちょうど津波に街がのみ込まれる様子が、リアルに映し出されている。これは大変なことだと唖然として見ていた。一番印象的な画像は、名取市の農家の家や田畑が津波に飲まれていく様子だった。たぶん、家の中には逃げ遅れた人が多かったに違いない、と容易に想像できた。

 そのあとも、次々にショッキングな映像が流され続けた。気仙沼の街を襲う大きな船の船体、渋滞中の道路を襲う津波、そして流されていく車、あの車中には、多くの人が取り残されたに違いない。

 そしてわかったのが、福島第一原発の事故だ。津波で電源を失われた原発が、原子炉の加熱で大爆発を起こした。そして、福島県のみならず、遠くまで放射能を撒き散らしてしまった。この大被害は、現在進行形で今も続いている。放射能量は広島原爆の250個分にあたり、チェルノブイリ事故に匹敵するという。

 今から考えると、地震の津波ならばまだ復旧の可能性があったが、この原発事故は始末が悪い。目に見えない灰が後々まで残り、人々を、特に幼い・若い人々を苦しめ続けるに違いないからである。

 私もそうであったが、原子力発電がこんなに怖いものだったということを、今更ながら思い知らされた。今なお、20,000人弱の人が亡くなるか行方不明だし、原発事故の災害を逃れている避難民が何十万人といる。

 もう一つの【11】が、アメリカの同時多発テロ事件だ。2001年9月11日という日は、長く忘れることが出来ない日となるであろう。その日、私が勤めから帰った夜10時ころ、女房が「ニューヨークで飛行機事故が起こったようよ」というのでテレビに見入った。その時は、一体何が起きたのかは誰もわからなかった。そしてテレビを見ていたら、もう一体の飛行機がビルに衝突していく映像が映し出され、これは単純な事故ではなく人為的な事故だと気がついた。

 そして衝撃的だったのが、ワールドトレードセンターの大きな二つのビルが、砂上の楼閣のように崩れていくではないか。あっけなく崩れるビルをみて、あまりの大きな災害に唖然としてしまった。そのあとに分かったのだが、ペンタゴンにも衝突した飛行機があったようだし、事前にウチ落とされた飛行機もあったということだ。未曾有のテロ事件だった。

 そして、この日から10年、世界の激震が始まったのだ。当時のアメリカ大統領ブッシュが【テロとの戦い】を宣言した。イラク戦争、アフガニスタンへの侵攻等各地でテロ撲滅の戦争を起こした。そして、そのいずれの国でも今なお泥沼化している。

 今、真摯に問われているのは、「この10年、アメリカは果たして目的を成し遂げたのかどうか」ということだ。ニューヨークテロで3000人弱の人が亡くなったが、イラクではその倍の6000人余りのアメリカ兵が死んだという。それだけではない、イラクの無辜の人々が何万人亡くなったのだろうか。アフガンでは、アメリカが入って、状況がますます悪くなってしまったというではないか。

 世界に戦争を撒き散らし、多くの死者を出し、アメリカの財政赤字を深刻にし、世界経済を破滅に導いたブッシュの罪は大きい。そのあとに出てきたオバマが、この事態を根本的に解決したかというと、ノーだ。

 そういう意味では、アルカイダが目指した【世界破滅テロ】は、結果としては厳然と効果を発揮したこの10年じゃなかっただろうか。

 二つの【11】、いずれもこの傷跡から立ち直るのは容易ではない。そういう意味でも、この日は過去に向き合い、未来を見つめ直す良いきっかけのモニュメント・ディなのかもしれない。

今日の一句

62、鎮魂と 未来に向き合う 秋の夜半

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2011年9月 1日 (木)

№1,334 民主党のドタバタ劇

 民主党が政権を取ってちょうど2年になる。自民党政権に飽き飽きして、民主党こそ何かをやってくれるのでは、と期待していていた人たちにとっては、幻滅この上ない、失われた2年だったのではないか。

 国民の目線に立つというよりも、党内抗争に明け暮れる民主党に呆れていたのは私だけではないだろう。民主党の屋台骨を背負った小澤、鳩山、菅の足の引っ張り合いには、こんはずじゃなかったのではないか、と非常に残念に思う。

 こんなことなら自民党政権の方がまだまし、とだんだん思うようになってきた。それにしても鳩山もひどかったが、菅の思いつき政策、その場限りの言い逃れも、無責任極まるものだった。小澤は自分の郎党を率い、足を引っ張るばかりだ。《ぶち壊し屋》小澤の面目躍如の2年だった。しかし、国民には迷惑この上ないのだが…。

 それにしても、日本の総理の首というのは軽いものだ。安部、福田、麻生の自民党政権、鳩山、菅の民主党と次々首がスゲ変わった。海外の論評もこの状況に冷笑している。ちなみに、戦後日本の総理が20数名変わったのに対し、ドイツは9名のみだという。日本では袋叩きにあうだろうイタリアのベルルスコーニも、相変わらず首相の座についている。アメリカの大統領はどんなにひどくても、4年間は保証されている。

 日本は政治小国といわれるが、それにしても人気投票じゃあるまいし、こんなに簡単に首をすげ替えて良いものだろうか。首相になった当初は60%もある世論調査の支持率が、半年前後で20%台に落ちる。すぐにダメ出しをしてしまうという意味では、国民の側にも責任がありそうにも思える。

 一国の宰相が半年や一年で、自分の政策が実現できるとは到底思えない。じっくり腰を据えて取りかかり、3年4年でようやくある物事を達成するのだと思う。そういう意味でも、われわれの側にも忍耐強さが求められると思う。

 そして、5人も乱立した民主党の代表選、新たに野田佳彦が選ばれた。野田さんを私も知らなかったが、ほとんどの人にとって野田という人は知らなかったのではないか。ただ代表選での演説を聞いて、感銘を受けた人も多かったかもしれない。「金魚ではなく、ドジョウ」というのが良かった。

 それでもこの3~4年の政治状況をみると、この政権もいつまでもつのかという不安がつきまとう。今のところ、党内融和に基本に置いた手堅い人事をしているようだが、足の引っ張り合いの実績のある党だ、あまり信用できない。

 さらに、内外に多くの難問が待っている。震災復興、原発事故の終息、普天間基地の移転、膨大な財政赤字、円高不況、TTPをやるのかどうか等々問題山積みだ。しかも、いずれも待ったなしだ。

 まあ、しばらくは野田政権のお手並み拝見といったところかな。

今日の一句

53、一雨ごと かの暑かりし 日々は逝き

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2011年6月 2日 (木)

№1,239 民心を離れた【国会のばか騒ぎ】

 今日、国会では菅総理の不信任案が採決されるという。この記事を書いている時点では通るかどうかわからないが、しかし、ホトホト呆れているというのが実感である。

 民主党の混乱ぶりには、これでよく政権がとれたものだと思う。今から思うと、この党は野合集団だったのではないか。民主党国会議員は政権を取ることにかまけて、政権を取ってみたら、いろいろな思惑で一致しない行動が眼に余る。皆がアサッテの方向ばかり見ているようだ。

 菅もだらしないが、それにしても鳩山って何て奴なんだろう。仮にも総理を務めたのじゃないか。その時にもフラフラしていたが、やめてみると、どこでも無責任言辞を吐いている。その場を取り繕う都合のいいことしか話さない。後で見ると、矛盾だらけだとわかっていても、とりあえずその場を抜け出せれば、と定見がない。一緒に政権を取ったら、小異を捨てて大同につくというのが正道だと思うのだが。鳩山の顔をみると「無責任野郎」とムカムカしてくる。

 やはり民主党にとってのガンは小沢だった。小沢は【ブチ壊し屋】と称されるほど、いろいろな党を作ってはぶち壊してきた。それが野党ならどうなってもいいが、政権与党になってまでぶち壊しをやっている。チルドレンも一緒になって騒いでいる。こいつは一体何なんだ、と強烈に思う。

 菅はだめだという。それじゃ誰が良いのか、誰も言っていない。

 なるほど菅はだめかもしれない。しかし、今この国難を目の前にして、誰がやっても結局はダメだしを押されるだろう。自民党ならうまく乗り切れる、とはとても思われない。現に、小泉の後、自民党の総理は、安部・福田・麻生と3人も政権を投げ出したのだ。今の自民党総裁谷垣がこの難局をうまく乗り切れる、と確信する人は誰もいないだろう。

 鳩山も政権を投げ出した。総理がダメ、と次々首をすげ変えても結果は同じことになるのではないか。今、菅の首を取って他の誰かが総理の椅子に座ったらすべてがうまくいく、とはとても思われないのだがどうだろうか。あれだけ大騒ぎをしている【被告人小沢】が今総理になったら、と考えただけでもゾッとする。

 総理大臣の器量は、その時の国民の器量だと思う。今の日本では、あの程度の総理しか抱けない大きさなのだと覚悟をするしかない。次の総選挙まで、お手並み拝見ということにはならないのだろうか。

 もう一つ不満に思うのは、【菅はダメだ】と大声を上げている自民党・公明党は、この大災害に直面して一体何か有効な動きをしたのだろうか。ニュースで見る限りは、政権の足を引っ張ることしかやってきてないように見える。

 過去の栄光を背負った大政党なら、この国難で政権の災害復興大臣でも務め、国民を見返してみたらどうだったのだろうか、残念でならない。今の政権がダメというだけではラチがあかないのじゃないか。

 こんなにコロコロ総理大臣を変えてみたら、国際的にも笑い物になるのじゃないかという心配もある。サミットに出ている総理を目の前に、国内では菅おろしに邁進する姿など笑止千万だし、情けないね。いったい、何をやっているのだろう。

 しかし、日本は経済大国というが、政治小国だとつくづく思うね。

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2011年2月25日 (金)

№1,140 ニュージーランドで大地震

ニュージーランド大地震 連日報道されているが、ニュージーランドのクライストチャーチでマグニチュード6.3の大地震が発生した。そして、6階建ての語学学校がペチャンコになり、この建物にいる人たちが生き埋めになっているという。この中には、日本の留学生も多いようだ。皆さん全員の生還を願わずにはいられない。

 クライストチャーチは、緑溢れる街並みから“イングランド以外で最もイングランドらしい街”と称されている。市内には740を超える公園が設置され「ガーデンシティ(庭の街)」と呼ばれる実に美しい街のようだ。

 ただ、この地震で分かったのだが、クライストチャーチは沼の上に埋め立てられてできた街のようで、液状化現象がものすごかった。地面を破って泥が吹き出していたね。

 私もこの街の名にひかれて、定年で会社を辞めた時に語学留学を試みた。様々な理由で実現しなかったのだが…。そして、この春もニュージランド旅行をしようかと考えていた時期もあった。その目的地は、クライストチャーチだった。しかし、この大地震で街並みが相当ダメージを受けたようだ。

 特に、クライストチャーチのシンボルだった【大聖堂】が無残にも崩れ落ちている。聞くところによると、昨年もマグニチュード7以上の地震があったそうだ。そんなに地震の多い国だったのかと驚いたのだが、それまではそんなに地震はなかったらしい。

 それにしても、テレビ画面で見ると、天変地異の恐ろしさに慄然とさせられる。いずれ、日本にも大地震が来るのだろう。大人口を抱える関東に直下型地震が起こったら、こんなものじゃ済まないだろうね。

 わが家も築後40年くらいになるので、もしかしたら大地震がきたらペチャンコになる恐れがある。特に1階はほとんど柱がない大広間になっているので、多分地震には弱いのではないだろうか。この前も出入りの建築屋が来たので聞いてみたが、耐震構造工事は300~400万円はかかるのではないかと話していた。

 年金生活者にとって、とっても右から左に出る金ではない。私が生きている間、そんな大地震が来ないことを、ただひたすら祈るのみだ。

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2010年9月11日 (土)

№970 世界がお終いかと思った日

 9月11日は、ニューヨークの世界貿易センタービルにジェット機2機が突っ込んだ日である。同時多発テロだった。あれからもう9年になるね。あの日はいったい何をやっていたんだろうか、と思う記念日にもなった。

 私は、あの日のことを鮮明に覚えている。夜10時ころに帰宅したら、女房がニューヨークでジェット機がビルに衝突する事故が起きたと話していた。早速テレビをつけた。そしたら、ニューヨークの世界貿易センターの他のビルに、もう一台のジェット機が突っ込む姿が、生で映しだされていた。

 一体何が起きているんだ、と驚いて画面に引き付けられた。その時には、何が起きたのかは誰にもわからなかった。しばらくテレビ画面に釘づけだったが、そのうちあの巨大なビルがまるで積み木崩しのように倒れ始めたじゃないか。これは大変なことが起こったのだ、と衝撃を受けた。

 今から思えば、これが世界を激動に導いた導火線だった。あれからイラク・アフガン戦争が始まっていった。さらに、アメリカ国内ではアラブ人に対する弾圧が始まった。さらに、キリスト教とイスラム教の対立が深まっていった。

 テロを受けた、時の大統領ブッシュは、スケープゴートを必要としていた。イラクのサッダーム・フセインをターゲットにした。結果は無実だったのだが、大量破壊兵器を隠しもっているとして攻撃の対象になった。多国籍軍がイラクに攻め入り、兵器の捜索が始まったのだが、見つからなかった。というよりも、大量破壊兵器などはなかったのだ。

 今にして思うのだが、イラクに攻め入るどういう道義的な名目があったのだろうか。さらにはフセインを殺し、イラクの人民の多大は犠牲の上で、イラク国内を四分五裂させてアメリカ軍はようやく去った。残ったのは、イラク国内での憎しみだけだった。今また、アフガンで同じことを繰り返している。

 アメリカ国内での、イスラムへの攻撃はまだ続いているようだ。ある牧師がコーランを燃やそうとしている動きもあるし、グランドゼロ付近へモスクを建設することに対する一部の反発も広がっているようだ。

 想像力を働かして、もし聖書が山のように燃やされたらどうだろうか。ずいぶん理不尽なことをするものじゃないか。

 アメリカ大統領バラク・オバマが冷静にも、「われわれが戦っているのはテロに対してであり、決してイスラムと戦っているわけではない」と言っているのだが、一部の狂信家は聴く耳を持たない。ますます対立は深まっていっているように見える。

 新聞記事にこういう動きがあったことを伝えている。あのテロ事件でイスラム社会に対する弾劾の動きに、日系人が「イスラムへの弾圧反対」のデモをしたというのだ。真珠湾攻撃の第二次大戦時に、日系人が砂漠の人里離れた強制収容所に押し込められた苦い経験があった。

 いずれ、あれからもう9年たったのだ。この亀裂は、しばらくは収まりそうもない。

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2010年9月 1日 (水)

№960 ドタバタ劇に呆れたネ

 民主党が政権をとってまだ一年にしかならないのに、このドタバタ劇はどうしたものだろうか。全く呆れ果てたネ。このブログでは政治を話題にしない、とはいったものの、一体どうなちゃうの?

 特に迷走の原因を作っているのはpigeon鳩さんではないか。これこそ軽挙妄動というものだ。首相在任時も朝令暮改だったし、首相を辞めた後も振りかえってみると酷いものだ。

 今年6月に辞めるに際しても、小沢を道連れで二人で責任を取るといっていたのではないのか。しかも、次の総選挙には出ないし、政治の世界からも引退するとまでいっていた。さらには、総理大臣はころころ変わらないほうが良いとまで明言していた。それからまだ三カ月だよ。

 しばらく静かにしていたと思ったら、今回の民主党代表の改選でつい先日まで菅総理を支持すると、何度も繰り返していた。そして小沢が出るとなったらその舌の根も乾かないうちに、「私を首相にしてくれた小沢の大義に報いるために」小沢支持と、ころっと寝返ってしまった。

 そして今度は菅と小沢の仲介役だと。一方の候補の支持を表明した人間が仲介役など勤まるものだろうか。少なくとも中立宣言をしておくべきだった。果たせるかな、何の役にも立たなかった。こんな節操のない人間は、もう引っ込んだらどうだろうか、と強く言いたいね。

 小沢が出て菅と堂々と戦うのは良い。しかし小沢が総理になったら、果たしてどうなるのだろうか。ほとんど世論の支持がない総理にいったい何ができるのだろうか。民主党の小沢支持者はその剛腕を期待するというが、国民の支持のない中で何の剛腕を発揮できるのか。

 別に菅を支持しているわけではないが、総理大臣になってまだ三カ月だよ。ダメだと切り捨てるには早すぎるのではないのか。茶坊主山岡が、「参議院選挙の大敗の責任」というが、あのまま鳩山・小沢ラインで行ったらどうなったのか。事前予測では、民主党30議席という話まで出ていたのだ。

 あるいは菅が駄目なら、なぜあの時に小沢を押さなかったのか。今頃になって「菅はダメ」というのは、本当に無責任だ。あんな傲慢で貧相な顔など見たくもない。「マニフェスト通りでないからいけない」ともいうが、ガソリン税の廃止にいの一番に反対したのが小沢だったということを、よもや忘れていないだろうね。

 しかし、あの小沢が幹事長の時の強権ぶりを見ていて、「民主党を支持しない団体には金を出さない」張りのやり方を苦々しく見ていたのは私だけだろうか。小沢が総理大臣になったら、また、あのやり方を繰り返すことになるのだろう。ゾッとするね。

 世論調査70%の菅が15%弱の小沢に敗れるようなことがあったら、民主党の国会議員の真意を疑いたくなる。とっとと総選挙をやって、小沢の信を問うべきだ。

 この一年、民主党のドタバタ劇につきあわされた国民はたまったものじゃない。かといって、自民党もダメだしね。

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2010年6月 3日 (木)

№870 日本の政治には全く呆れてしまうね

 このブログでは、今まで【政治マター】や【宗教マター】は扱ってこなかったが、それにしても今回の鳩山の政権放り出しには呆れてしまい、少しモノを申したいと思う。

 今朝テレビを見ていたら、元総理の小泉が「平成22年間で、総理大臣が17人も変わった」と他人事のように話していた。変わった総理のうち16人は自民党なので、小泉にはその責任を少しは感じて貰いたいものだ。

 その党首がクルクル変わる自民党に呆れた国民は、昨年の総選挙で雪崩を打つように民主党に投票した。そして、戦後初めての本格的な非自民党政権が誕生したのだ。投票した人は、今までの自民党にないものを求めたからだと思う。今から思うと、健全な投票行動だったのではなかったのか。

 そして政権が代わって8ヵ月半、期待された鳩山総理も、やはり自民党政権と同じように、簡単に政権を放り出してしまった。

 それにしても、鳩山もひどかった。彼の言動に相当期待した。総理になった早々に、国連総会で二酸化炭素の排出量25%削減を打ち出した。世界では、先見性のある提案として受け取られた。期待を持った人も多かったと思う。さらに、民主党のマニュフェストに基づく様々な提案があった。

 もう一つ、自民党になかった政治手法として【事業仕訳】が、連日、テレビで大きく報じられ、新鮮な思いで見た方も多かったのではなかったのだろうか。実をいえば、大きく取り上げられた割には大した内実も伴わなかったことがのちに分かったのではあるが。

 【官僚主導から政治主導へ】と、格好良いこともいっていた。そしてわかったのは、官僚なしには政治は動かないということだ。

 鳩山のやっていたことは、本当は自民党が行っていることと大した変わった手法はやっていなかった、とだんだん馬脚を現してきた。

 そして何よりもがっかりしたのは【普天間基地問題】である。自ら5月末決着を打ち出し、「私には5月末までに決着できる“腹案”があるんだ」と大見えを切っていた。そして開けてみたら何のことはない、自民党がアメリカと結んだ協定とほとんど同じものだった。しかも最低でも県外へ、と基地の移転を公言していたのにだ。この間わかったのは、鳩山はアメリカにはっきりモノを言えない総理だということでもあった。

 結局、鳩山はきれい事、空想、自分だけの思いは一生懸命述べていたが、なんらの実質を伴っていなかったのだ。実行力が無かったのだ。「口でだけなら、だれでも何でも言える」と早々に国民に見放されたのは当然だ。支持率の右肩下がりも早かった。

 ただ、ここで言いたいのは、こんなに安直に総理大臣を誕生させ、少しやってみてダメなら首を切るという今のやり方でいいのだろうか。

 ある政策を実現するのには、やはり2年、3年とじっくり見てからの判断が必要と思う。そして総選挙で投票したのだ。早急にダメ出しをする中で、良い総理大臣というのは出てこないのではないのだろうか。それほど、総理大臣の職というのは難しく、大変孤独なものだろう。

 国民の諦めも早すぎるように思うし、また、マスコミの口汚い罵り方にも割り切れないものを感じる。総理の手法が悪いからといって人格への攻撃までしていたら、総理の職など長く勤められる人は誰もいないだろう。

 これだけ短期間に次々と首脳が変わる国などどこにもない。鳩山は酷かったとしても、国民の中に、もう少し長い目で見てやる心の余裕がない限り、同じ事態はこれからも続いてゆくだろうし、誰が総理になってもうまくいきっこないよ。

 【政治の貧困】は、いってみれば【国民の心の貧困】でもあると思うね。

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