カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の147件の記事

2013年12月31日 (火)

№2197 2013年 歳の瀬を迎えて

 いよいよこの日をもって2013年に別れを告げる大晦日だ。一体、私にとって2013年はどういう年だったのか、振り返ってみたい。

 何度も申し上げて申し訳ないが、私は2006年11月末で、長年勤めていた会社を定年退職した。退職後の意味ある生活は何かと考えていたのだが、日々の生活の些事をブログに綴ることを思いついた。2008年1月22日にはじめたブログだが、通し番号をみると、もう2200号にになる。ほぼ一日に一回の記事投稿だから、2200日になる。良く続いたものだと、われながら驚き呆れる。

 さて、今年はどういう年だったのか。

 何よりのトピックが、4月に入学した【東京シニア自然大学】の楽しかったことだ。その都度このブログにも書いたが、錚々たる先生の名講義を聞けたのは嬉しかったね。このブログでも書いたが、「退職後に、飽くなき好奇心を持つ」のは、きわめて充実した生き方だと実感している。その欲求を、この大学は満たしてくれた。新たな仲間とも出会えたのは嬉しかった。

 この大学のアウトドア授業で、今まで知らなかったところを様々歩いたのも記憶に残る。新宿御苑に始まり、黒川野外センター、高尾山、飯能の里山、葛西臨海水族園、信州の安藤百福センター、奥日光、東京港野鳥公園、奥多摩、黒姫アファンの森、生田緑地、五日市の里山保全地区等々いずれも良い授業だった。

 なぜこの大学に通うようになったかを思い出してみたい。【彩の国いきがい大学】の2年の学校生活を終え、卒業後は、校友会活動に全力投球した。その仕事も、4月には無事終えたことが大きかった。すぐに、次のステージをと考えた末での行動だった。

 暇をみては、那須にも通ったね。先日もお話したが、今年は90日前後が那須での生活だ。那須に居ると心が落ち着くのが何より良いね。さらに、もの作りとして、那須で農業をしている。ものを作って収穫する楽しさを充分に味わっている。那須に山荘を求めたのが2007年春だったが、今考えてみても大成功だった。

 ゴルフもやったね。この歳になってさらに上達するのは無理としても、まずまずは現状維持だったのではないか。ゴルフを通しての仲間作りも、私にとっては大切だ。まっきぃやHozumiさん、Taiちゃん、Eimeiさんなど今やなくてはならない親友だ。この仲間での飲み会も楽しかった。来年も、親睦を兼ねてゴルフをやりたいと思う。

 今の私の生活の大切な基本は、【読書】である。詳しくは別項で述べるとしても、今年もずいぶん沢山の本を読んだ。信じられないかもしれないが、2013年はわが生涯で【最も沢山の本を読んだ年】として記録される。年々読む量が増えていっているのが良いのじゃないか。ただ、残念ながら読むそばからどんどん忘れていっているのも、年相応で良いかもしれない。

 私が悠々自適な生活が出来ているのも【財政的基盤】があるからだ。ここで詳しくは述べないが、年金生活を上回る収入があるし、何より一切の借金がないのが、心を穏やかにさせてくれる。さらに生活にゆとりを与えてくれる。わが67年の人生の中で、これほどのんびり過ごした時代があっただろうか、と時々思うことがある。

 残念だったのは、今年はあまり旅行が出来なかったね。年一度は海外旅行をと思っていたのだが、旅行直前に秋田の兄が亡くなり、そのまま旅行にはいきそびれてしまった。来年3月には小笠原旅行をするが、その他にもどこか海外に行ってみたいと思う。いつも思うのだが、わが友Takeちゃんが何ヶ月も海外をフラフラ旅行している。私もあのようなまねをしたいと常々思っているのだが、なかなか実現しない。基本的に、私は忙しいのだ。

 基本的には、今の生活スタイルを維持したいと思っている。 さて、来年はどういう年になるだろうか。

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2013年12月28日 (土)

№2194 亡き兄の遺品

 今年の5月、長患いの兄が亡くなった。急遽海外旅行を中止し、葬儀に列席したことはこのブログで報告した。さらに、8月の新盆も秋田に帰り、亡き兄の仏前に詣でた。

Dsc00197  新盆参列の帰り際、義姉のMiyokoさんから、兄の遺品だから貰っていってとお願いされたのがブレザー二着だ。どちらも新品のようだったが、着てみたら袖丈が若干短かったし、胸回りが狭く、窮屈な感じがした。

 そもそも、年金生活者にはブレザーなど着る機会がないのだ。しかも北国仕様で、生地が厚く出来ている。埼玉で着ることなどあるかな、と若干疑問がないでもなかったが、せっかくの申し出なので、兄の遺品として頂くことにした。頂いた二着のブレザーは、私の部屋の衣文掛けに長くぶら下がりっぱなしだ。

 このブログでは言っていないことだが、私はある会社に月一度出社している。ずいぶん寒くなったことだし、このブレザーを着て出社しようかと、ひっぱり出してみた。頂いたころに比べて、私は若干太ったかもしれない。着てみたら相当苦しいが、耐えられないことはない。この日は、このブレザーを着て出社することにした。

 これを見ていた女房に、「要するに、もう少し痩せれば解決するのよ」と揶揄された。ウ~~ム、痛いところを突かれた。

 月一度の出社だが、もう2年近くも続いている。この日、社長から「もう少し手伝ってくれないか」との依頼があった。私も日々忙しくしているが、なんとかやりくりして、一月からは隔週で出社することを約束した。これで、ブレザーを着る機会も増えるかもしれない。ただ厚手の生地なので、1月から2月にかけての着用がせいぜいだろうね。それでも、兄の遺品を活用できてよかった。

 私がお手伝いしている会社は、以前勤めていた会社からすぐ近くだ。時々、旧同僚とばったり会うことがある。この日もShibataさんと店頭でお会いした。元上司の本を買うためにお邪魔したのだが、「シンさんがこの本を買ったことを、その方に報告しておこう。私のブログも、時々は見てね」という話だった(下線をクリックすると、彼のブログが読めます)。

 その店を出たら、昔のゴルフ仲間のKちゃんと、またばったり会った。ゴルフ上手になったのかと声をかけたら、「私すごく上手になったのよ」とのことだ。100を切るぐらいの腕前とのことだ。よかったね。

 彼女と別れて、ある店に行こうとしたら、さらにばったり会ったのがMちゃんだ。随分、頭が薄くなっていた。私とほとんど変わらないじゃないのよと揶揄したら、「シンさんはパリパリして元気のようだが、私はしょぼくれていますよ」とのことだ。入社して、もう23~4年になるという。彼は、入社当時私の下にいたのだが、「この会社の社長になるのだ」と張り切っていた青年だったが、20年以上もたつとしょぼくれるね。

 彼と立ち話をしていたら、ひょっこり先輩のSさんとも出会った。久し振りのことだった。「今でも、板橋のスナックに行っているのか」と声をかけられたが、あの店は閉店して2年になるね。彼もあの店の客だった。

 最近、あまり昔の連中とは会いたいとは思わないが、それでも会うと、それとなく声をかけてしまうものだ。

 自宅に帰ってブレザーを脱いでみて分かったのだが、えらく肩が凝っていた。相当窮屈な思いをして着ていたのだろうね。

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2013年12月27日 (金)

№2193 今年は干し柿を良く食べたね

 今日は干し柿の話題だ。

2013_1123_0857532013_1122_084559pb2  それにしても、この冬は自家製の干し柿を良く食べたね。最初は11月の上旬だ。友だちのYokoさんが、沼田の庭になっていたという柿を採ってきてくれた。甘柿のようなのだが、沼田は寒くて渋柿のままだそうだ。皮をむいて庭に干していたのだが、あっという間になくなってしまった。

2013_1123_0858052013_1122_084534pb2  11月下旬には、Ohnoのお父さんが郡山の知り合いの庭で採ったと、蜂屋柿150個ほどをプレゼントしてくれた。那須のスーパーで30個の蜂屋柿も買ったのだが、一緒に干していた。お正月用にと思っていたのだが、どんどんなくなっていく。

Dsc00195  今や、無残な姿だ。女房も私も食べたのだが、自宅の居間は“女の溜り場”になっている。女房の友だちが大勢かけつけて、お茶飲み場になっているようなのだ。お茶うけに、干柿は恰好のおやつだ。一個二個と食べるているうちに、ほとんどなくなってしまった。

 これじゃお正月までには持たないね。それにしても、今年の干し柿は黴も生えずに美味しかった。黴よけに、焼酎を霧吹きでかけたのだそうだ。意外と、埼玉で干していると黴にやられるという話を聞く。皆さんもお試しあれ。

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2013年12月 9日 (月)

№2175 冬のタイヤへの履き替え

Pb300012  師走に入り、ずいぶん寒くなった。那須では初雪も降ったらしい。それにしても、那須は寒かった。ストーブは当たり前。先日お客さんが来た時には、倉庫から出した強力な大型石油ストーブをもう一台点けた。次回那須に行く時には、炬燵を入れなければ、と思っている。

 さて、冬到来とともに、車も冬用の装備が必要である。タイヤをノーマルからスタッドレスに履き替える時期に来た。いつもはタイヤ専門店に行って、履き替えをお願いしている。費用は約1万円かかる。ところが、近所の方が自分で冬用タイヤの履き替えをやっていた。そうか、自分でもできるんだ。

Dsc00083  タイヤの履き替えを自分でやることにした。スタッドレスタイヤは、夏の間は車庫の隅に転がしている。やおら、そのタイヤを取り出した。開けてみると【右後ろ】とか【右前】のステッカーは貼られていた。その通りに履き替えればいいのだ。

Dsc00082  最近の車は性能が良いせいか、エンジンルームとかスペアタイヤを覗いてみることはほとんどない。今乗っている車は昨年の4月に買った新車で、もう3万㎞も走ったのに一度も故障がなかったのは有難いことだ。

 まずは、古いタイヤをはずす。3万㎞も走ったタイヤは、相当ミゾがすり減っていた。このタイヤは、次回履き替える時には交換しなければならないな。そして、スタッドレスタイヤを装着した。そんなに難しい作業ではない。

Dsc00085  4本のタイヤを次々と交換していった。ネジを締めるのは、慎重に強く締めた。ネジがはずれたら、重大事故につながりかねない。かくて、1時間ばかりで無事作業を終えた。

 那須の友だちAgeちゃんがやってきた。「スタッドレスタイヤの履き替えは、那須のガソリンスタンドでは2000円くらいでやってくれるわよ」とのことだ。そうか、那須で履き替えるというのも一つの手だな。

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2013年11月24日 (日)

№2160 今年は干柿の当たり年?

 この秋は、このブログで何度か柿の話題が出た。そして今日もまた柿の話題だ。

 先日ちょっと話したが、Ohnoさんが、郡山の知り合いから頂いてきたと、段ボール一杯の蜂屋柿を持ってきてくれた。私は、先日那須のスーパーで買ったのと同じ柿だ。那須では30個で2000円もしたのだが、こんなに大量に頂けるなんて嬉しい。

 玄関にほっておいたら、女房が夜遅くなって、「皮をむくので手伝って」という。皮むきが得意とはいっても、こんなに大量の皮むきは大変だ。夜8時にはじめて10時に100個くらいむいた。手も痛くなったので、私は寝るよと風呂に入って寝床に付いた。

2013_1122_084515pb220001 翌朝、女房は「昨晩は12時ころまでかかって全部むいたわよ」と報告していた。全部で150個ほどあったらしい。こんなに柿をいただけたら、わざわざスーパーで買う必要はなかったな。すぐにも、庭のウッドデッキで干した。まあ、1ヶ月くらい干したら、食べる事ができるかな。

2013_1122_084545pb220003 むいた皮も、もちろん新聞紙を敷いて干している。この皮は、沢庵漬けに使うつもりだ。今年は果物の皮を多く入れて、風味をつけたいと思っている。これだけあると、香ばしい沢庵になるに違いない。

 先日、Tomitaさんから頂いた柿も干している。3週間も経ったら、良い色になった。もう食べころかもしれないと、飴色になった干柿をちょいちょいつまみ食いしている。

2013_1122_084559pb220004 那須で干している干柿も持ち帰るつもりでいるので、今年のお正月は、飽きるほど干し柿が食べられるね。

 そういえば、「干柿が大好き。うまく仕上がったら分けてね」と言っていたKiyokoさんはどうしただろうか。私は、彼女のためにと干し柿を始めたようなものだ。あんなに頻繁に会っていたのに、最近、音沙汰がないね。

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2013年11月10日 (日)

№2146 フラダンス発表会

 もう何か月も前から、女房に「この日は空けておいてね」と言われ続けていた。彼女が趣味で行っているフラダンスの発表会にはぜひ来るようにと、強く言われていたのである。

 女房がフラダンスを始めたのは、3年ほど前からかしら。最近では夢中になって練習をしているようだ。そして、時々その成果の披露があるようだが、私は見に行ったことがない。「他の仲間の旦那さんは来るが、あなたは来てくれないのね」と強い不満を何度も聞いている。別に行かないわけではないが、そのチャンスがなかっただけだ。

 そして最大の発表会【カレイ プア リリア フラ ハラウ】という催しが、近くの久喜総合文化会館の大ホールで開かれた。自宅から車で20分程のこのホールは、2,000人も入る大きな会場だった。驚いたことに、ほぼ満員なのだ。

 女房は前日に、プログラムを開いて「こことここに出場するから注目してね」と言っていた。ソウカソウカとアサッテを向きながら聞いていたのだ。会場には隣近所の奥方さんたちも、見物に駆けつけてくれていた。わたしはデジカメと一眼レフカメラを持って、その踊りを撮ろうと待ち構えた。

 一眼レフカメラは、望遠レンズに変えた。これが良かったのか悪かったのかは知らないが、結構手ぶれが起きていた。まあ、それでも見られる写真で女房の踊りを紹介したい。

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2013_1109_141623img_9649 一番仲良くしているKitajimaの奥さんと一緒に踊っているところだ。プログラムで初めて知ったのだが、【カピリナ】というグループでメンバーは8人のようだ。第一曲目は『カ ロケ』という曲だ。アップで撮ると、相当厚化粧をしていることが分かる。

 わたしは寝ていて知らなかったのだが、今朝7時ころに自宅を出て、美容院で髪のセットをし、会場に駆け付けたという。

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2013_1109_155023img_9697 しばらくして、また衣装を替え、第2曲目を踊った。『パパリナ ラヒラヒ』という曲だという。どうも目の位置が気になるね。ちゃんと前を真っ直ぐ見て踊っていればいいのに、キョロキョロ横を向いているようだ。

 わたしはフラダンスの群舞は初めて見たが、踊りを揃えることと、立ち位置が気になったね。「こんな大きな会場で踊ったことがないので、どこに立つのかが難しいのよ」とこぼしてはいたが…。

2013_1109_164243img_9706 そうだ、このフラダンスは動画で撮ってみたらどうだろうと、発表会の終わりになってハタと気がついた。ちょっと気がつくのが遅かったけどね。最後の出場の踊りを初めて動画にしてみた。慣れない動画だったので手ぶれが激しいが、観られないこともない。実験的に貼り付けてみた。

 興味のある方は動画のURLをクリックしてみて下さい(You tubeの正しい貼り付け方じゃないな…)。それにしても動画は面白い。もっとスキルをあげなければね。

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2013年10月30日 (水)

№2135 ハロウィン

 明日、10月31日はハロウィンだという。話には聞くが、少なくとも私にはなじみがない祭だ。一体どういうものか検索してみると、「Halloweenとは 万聖節(キリスト教で毎年11月1日にあらゆる聖人を記念する祝日)の前夜祭。 秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す祭りです」ということだ。

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 なぜこの話題かというに、街を歩いていたら子どもたちがワイワイやっていた。皆さん、それぞれ奇抜な衣装をし、なかにはとんがりハットの帽子をかぶっている子どももいた。手には袋を持ち、そのなかにはお菓子が一杯入っているのだ。

 日本でもハロウィンが一般的な子どものイベントになったのだろうか。少なくとも、私は初めてお目にかかる光景ではあった。子どもたちは大騒ぎしていたが、一緒にいるお母さん方も嬉しそうだった。

Pa280005 同じ日、100円ショップに行ってみると、ハロウィン用の小物がたくさん、店頭を飾っていた。子どもが大きくなると縁が遠くなるが、小さな子供がいる家庭では、このお祭りが子どもたちの楽しみとして一般化しているのだろうか。感慨深いものがある。

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2013年10月26日 (土)

№2131 昨晩見た三つの夢

 朝起きてすぐだが、「夢を見ていたんだな」と思うことがよくある。大概の夢はすぐに忘れてしまうのだが…。以前、といっても私が学生時代のころだからもう40年以上も前になるのだが、埴谷雄高さんの講演で今でも忘れられない話がある。

 埴谷さんは、毎朝見た夢をノートにつけているのだそうだ。そして、「夢こそ現実であり、現実は夢だ」というのだ。その当時はそんなバカなと思っていたが、最近、妙にあの話を思い出す。

 いつも見た夢を思い出すのだが、すぐにメモしないとつい忘れてしまう。いつかその試みをしようかと考えていた。


 北海道旅行の疲れもあり、昨晩は午後
9時過ぎにベッドに入った。2時間ほど本を読もうと思っていたのだが、そのまま寝入ってしまった。

 夜中1時半ころに目が覚めた。オッ、夢を見ていたなと思った。内容は、私のサラリーマン時代のことのようだ。なぜか知らないが、6万円程銀行に預金しようと思ったのだが、預金するにも保証人がいるというのだ。かつての同僚K君に保証人の印鑑をお願いしたら、変な顔をしていた。そこで目が覚めた。

 通常、日常の活動が手いっぱいで、今では勤め人時代のことを思い出すことはほとんどない。ただ、どうやらときどき、その当時の夢はみているようだ。目が覚めると、上司だったり同僚の顔が思い浮かぶ。40年近く勤めていると、忘れようとしても忘れられないのだろうね。

 その晩は、午前3時まで本を読んでいた。そして寝入ったのだが、また、午前4時半ころ尿意を催して目が覚めた。オッ、夢を見ていたのだなと思い、必死に思い出した。

 その夢は、どうやら田舎の同期会のようだ。田舎の仲間も東京の仲間もいたから、多分田舎で催された会だったのだろう。この同期会の会長をやっているJuji君の顔が見えた。ただ、彼とはちらっと顔を見合わせただけで、挨拶を交わさなかった。多分、彼を過剰に意識していたのだろうね、といまさらながら考えるのだが。

 そこでも私は幹事だった。男5000円、女4000円の会費だったのだが、全員から2000円しか徴収しなかった。ハッと気がついて、男3000円、女2000円の追加徴収に回った。ただ、誰からいただいて、誰からいただかなかったのか分からずに混乱したところで目が覚めた。一体、何の夢だったのだろうか。そういえば、昨晩の『東京シニア自然大学』の飲み会で、忘年会会費は男5000円、女4000円と決めたばかりだ。

 その時には、すぐに寝入った。そして朝6時半に目が覚めたのだが、その時も考えてみたら、夢を見ていた。

 今回の夢は、秋田市内の老舗店の店頭だ。店には機織り機が置いてあった。その店の主人に、「うちの女房も機織りをやっているんだ」と話したら、今手元にある作品を見せてほしいという依頼だった。何かないかなと、ポケットの中を探してみたり、手持ちのバックを探ってみたが、何も見つからなかった。というところで、目が覚めた。

 一晩で、それぞれ違う3種類もの夢を見ていたのだ。朝起きてすぐにメモを取ったので、この記事は書けた。皆さんも必ず夢はみているはずだから、朝起きてすぐにメモを取ってみたらどうだろうか。自分の深層心理にある記憶が覗けるかもしれないね。

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2013年10月18日 (金)

№2123 台風一過

 台風26号が、伊豆大島に大きな爪痕を残して走り去った。皆さんのところに被害は、なかっただろうか。それにしても、あらためて大雨が降ったことが分かった。

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 自宅の近くを綾瀬川が流れている。私はここに居を構えて40年近くになるが、これほど綾瀬川が増水したのは初めて見た。もう30㎝も増水すると、住宅地に水が流れるところであった。両岸には住宅地が広がる。水が溢れると、大変な被害だったろう。

2013_1016_164151pa160001 私の家は雛段になっていて50~60㎝も高く、道路が冠水しても、すぐに水が住宅に入るということはないのだが。住宅地のすぐ脇に、綾瀬川の氾濫防止にと遊水池が設置されている。ここも、昨日は水が一杯になっていた。

 物珍しさも手伝って、綾瀬川沿いの普段の散歩道をたどってみた。2㎞ほど下ったところに、大きな遊水池がある。普段は広いグランドになっていて、犬を遊ばせている風景を目にすることがよくある。

2013_1016_165835pa160005 この遊水池も水で溢れていた。水が一杯になってみると、相当大きな池になる。これがなければ、果たしてどうなったのだろうか。普段は、無駄なものを作って、と苦々しく思っていたのだが、これだけの大雨になると、矢張り必要なことがよく分かった。

 一体、この付近でどのくらいの雨が降ったものだろうか。調べてみた。はっきりしたことは分からないが、100ミリくらいの降水はあったのかもしれない。

 いずれ、伊豆大島では4時間で400ミリの雨が降ったという。行政責任者の怠慢が指摘されてもやむを得ないだろう。

2013_1017_085719pa170007 あの大水も、今朝になるとすっかり引いていた。今朝の綾瀬川を撮ってみた。昨日の水が嘘のように、普段の水量に戻っていた。

 ニュースを見ていたら、また、台風27号が発生したようだ。

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2013年9月20日 (金)

№2095 中秋の名月

2013_0919_174241p9190001 この3~4日、雲一つない晴天が続いている。そうだ、この日は中秋の名月だ。夕方、2階のベランダから東の空を見上げたら、すでに大きな月がかかっていた。こんなに大きな月を見るのも久し振りだ。

2013_0919_181336p9190005 そして、日が暮れるに従って、その月も煌々と輝くようになった。ラジオを聞いていたら、この中秋の名月を【芋名月】というのだそうだ。そこまでは知っていたが、芋はサツマイモではなく、里芋だという。それは知らなかったね。

 そうだ、この月を俳句に詠んでみようと頭をひねったが、過去の俳人の名句は浮かんだが、肝心の自分の俳句はひねり出せなかった。名句を記してみる。

名月や池をめぐりて夜もすがら  芭蕉

名月をとってくれろと泣く子かな  一茶

名月や故郷遠き影法師       夏目漱石

2013_0919_193549p9190008 明日は俳句の定例会『桟雲の会』がある。何か、俳句をひねり出したい。

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