森田洋平レポート
2006年5月27日(土)~6月8日(木)
第1日目 5月27日(土)
成田空港第1ターミナル、早朝8時30分に35名集合。(蓮田から車で6時15分発)
10時30分エールフランス279便にて12時間40分の空の旅⇒パリシャルルドゴール空港に16時10分着。
4人でタクシーにて急遽パリ市内見学に行く。凱旋門⇒シャンゼリゼ通り⇒セーヌ川⇒エッフェル塔⇒コンコルド広場
4時30分スタート。タクシーで30分、パリ=シャンゼリゼ通り・凱旋門・エッフェル塔を見てセーヌ川沿いを空港に帰ってくる。
待ち時間4時間のところ、5時間待って21時出発エールフランス2348便にて⇒1時間半かかって22時30分バルセロナ到着。荷物は全て無事について、バスに乗って30分、バルセロナ近郊、グラノーラスホテル アウグスタパレスにチェックイン。イベリア半島スペインまでの空の旅、大変お疲れ様でした。
第2日目 5月28日(日)
よく眠れたでしょうか?質素な朝ごはんを食べ、さわやかに丘の上のホテルからF1サーキット場を眺め、桑の実を食べながら30kmでバルセロナの町へ。朝8時30分ホテル出発。
【バルセロナ市内観光】ガイド若林さん
聖家族教会(サグラダファミリア)~1882年着工。初代建築家ビリャール(1年で辞任)。その後を継いだ無名のアントニオ・ガウディによる未完成の教会。*アントニア・ガウディ(1852~1926) 1878年パリ万博に出品したショーケースによって金持ちグエルに出会う。その後、彼の残した作品は近代建築の代名詞に。74歳で路面電車に轢かれて死亡。
サグラダファミリア完成予定は20年後。今はさながら工事現場。
世界遺産 グエル公園~椰子の木と青空と、150万人の都市バルセロナと地中海。波打つ座り易いベンチと広場、波の中のアーケード。ガウディが60棟を予定していた建物が2棟しか建たず。売れなかった。
その後、車窓より「アパート カサミラ」「カサバトリョ」とガウディ作品を見て、旧市街の大聖堂(カテドラル)の横の皮店“カストリア”、地中海と市内を一望のモンジェイックの丘。
レストラン“NEOCLACIC”にてパスタのパエリア“フィデウア”と、にんにくマヨネーズ“アリオリ”。そして食後のシエスタ
⇒78km⇒タラゴナへ。
高速道路わきにバスを止めて山道を歩く。1900年前、ローマ人の作った水道橋(世界遺産)。それに触れて、登って、写真を撮って。
⇒270km⇒地中海を南へ下り、ドライブインでカフェー、または、オレンジ生絞りジュースを飲んで、コスタドラド(黄金海岸=オレンジ海岸)をひたすら下り、スペイン第3の都市バレンシア。近郊アルファファールのホテルSHアルブフェラ。到着20時20分。夜はホテルでビーフステーキ。(牛肉+野菜+アイスクリーム)
第3日目 5月29日(月)
<バレンシア市内観光>ガイド ルシア
朝8時出発。三大祭りの一つ、火祭り会場の市役所広場を通りレイナ広場下車。そして初の旧市街散策。ロマネスクとゴシックのカテドラル。渡り廊下でつなぐ司教の館、隣接するバジリカ教会のマリア様を窓越しに見てカテドラルの正面広場、トゥーリア川と8つに区分された灌漑地区を表す彫刻の噴水、8角形の石の鐘楼、石畳の古い街並みを通り、欧州最大規模の中央広場(19280)へ。欧州―肥沃な土で取れる野菜に果物、肉、生ハムそして魚、からすみ、うなぎの稚魚・・・・。
市場で買ったもの。サクランボが3ユーロ、バージンオイル、からすみ、マグネットの飾り3個。
市場の前の建物は世界遺産・ラロンハ~15世紀からの絹交易取引所。本日は約700㎞の大移動日。ひとつ山を越え、谷
を越え、カスティーリャのラマンチャ地方へ。平均海抜800~1000mのヤセタ台地。ひたすら続く平坦な車窓。ブドウ畑。途中ドライブインで腹ごしらえをして風車の丘、カンポ・デ・クリプターオ。田舎町の坂を登り10基ある風車のもとへ、青空と360度見渡せる大地。
ドンキホーテの作家セルバンテスの泊まった旅籠は現在レストラン“VENTA DEL QUITOTE”にて昼食。野菜の煮込みピスト、鶏の煮込み、花の形の台にアイスクリーム。ブドウジュースにラマンチャワイン。
再びラマンチャの道を南下。シエラレモネ山脈(カトリック軍とイスラム軍の合戦の地)、デスペーニャスペロス(犬を蹴落とす谷)にて写真ストップ。
そしてアンダルシア地方へ。ハエン県はどこもかしこもオリーブの林。何でも3億本あるそうだ。アフリカからの砂埃でぼんやりとしたシエラネバタ山脈が見えてきた。グラナダに着く。ホテルはヘルニ川の横のサンアントン。
夕食はホテルでバイキング。OPで洞窟のフラメンコショー。夜10時スタート、ホテル帰着24時30分。
第4日目 5月30日(火)
【グラナダ(柘榴の実)】
ガウディという寄せ木細工屋さんに行って買物。オルゴール、コースター、テーブルを買う。
ガイドは半分日本人の米原さんとスペイン最後の王朝アルハンブラ宮殿へ。まずは夏の離宮ヘネラリフェ。噴水と花で飾られた庭園、アルハンブラの展望できるアーケード・・・・。暑い夏でも水と木々によって涼しく過ごせそう。王宮の横にあったのはカルロス5世宮殿、これはイスラム軍を征服した後、カルロス5世によって建てられたもの。そしていよいよ宮殿内へ。ジェラシーの中庭、メスアールの間、水面が鏡のようなアラヤネスの中庭、偶像禁止のイスラム教においてもとても珍しいライオンの中庭、天井の鍾乳石飾りの二姉妹の間、アルハンブラ物語を書いたアメリカ人ワシントン・アーヴィングの間。
Sobre el monte pelado un calvario ロルカ
裸の山の上に
キリストのはりつけ像。
澄んだ水と
百歳のオリーブの樹々。
せまい路地には
マントの襟をたてた男たち、
塔の上で
風見がまわる。
いつまでも
まわる まわる。
おお ほろびかけた村よ、
嘆きのアンダルシーアに!
その後は旧ユダヤ人街の白壁、*********、ジプシーの居住区サクロモンテの丘。歩いて、歩いて3km強、お疲れ様でした。中華料理店CINO JIN JUANにてホット一息。
⇒175km。再びハエン県のオリーブ林。昔オリーブを運んだ旧駅舎ルケ駅の店「エスタシオン デ ルケ」でオリーブの食品類をお土産で買う。蜂蜜入り石鹸、オリーブ油をお土産に買う。
グアダルキビル川を渡って、イスラム王朝の都だったコルドバ。ガイド=ファンの案内で世界最大級のメスキータモスクへ。馬蹄形のアーチの林メッカを指すミヒラブはビザンチンモスクで飾られて、イスラム建築に感動!しかし、ここは15世紀から今に至るまでカトリック教徒のカテドラルが聖器室のお宝、250年かけて作られた中央祭壇とマホガニーの木でできた聖歌隊席や彫刻にまた感動!一度で二度感動の世界に二つとない空間のメスキータでした。
裏路地の旧ユダヤ人街、振り返るとゼラニウムの花と教会の鐘楼の景観が美しい花の小径。
そして150kmを経てセビリアへ。
ありました、ヒマワリが。ヒマワリがキレイニ咲き始めています。運転手のカルロスさんがバスを停めてくれました。アリガトウ。ヒマワリ畑の中で、360度ヒマワリに囲まれて写真をとりました。幸せです。21時頃にセビリアのホテルALCORA★★★★。夕食はホテルにてカジキマグロでした。夜は睡眠薬を飲み、ぐっすり眠る。11時就寝、朝7時35分起床。
第5日目 5月31日(木
【セビリア】
近くの町ではお祭りで馬車がたくさん走っています。再びグアダルキビル川。1929年の万博会場スペイン広場へ。スペインの建築の歴史の詰まった半円形の建物に51の県を紹介する絵タイル。皆様記念写真。旧マリアルイサの宮殿跡だけに,沢山の木々や花々に囲まれた気持ちの良い場所でした。
その後は、コロンブスの塔と大きなゴムの木のあったムリーニョ広場、旧ユダヤ人街サンタクルスの路地をギター演奏と一緒に歩き、キスの小径を通って世界遺産のカテドラル。高さ98mの塔の上にはセビリアのシンボル、ヒラルダ(風見鶏)さん、中に入って皆で登って70mの高さから全てを見渡して。中央祭壇は金で塗りたくられた彫刻。本物かどうかはそのうちわかるコロンブスの柩。礼拝室の一つには盗まれたことのあるムリーニョの聖アントニオを描いた絵。 昼食はレストランHORACIO、3種類の前菜とポークのエスカロップ。
⇒330kmでポルトガルへ。皮の剥かれたコルク林がでてきて、国境の町ロサールデールフロンテーラ、そしてポルトガル入国(素通り)。アレンテージ地方の麦畑の電柱の上にコウノトリの巣。小高い城壁の町が見えてきた。エヴォラ。
ジャカランタとバスコダガマ像の公園から丘を登りレコンキスタの将軍の名前がつくジラルド広場と本の市。さらに登ってコルク屋通りを抜け12世紀ロマネスク様式のカテドラル、天正の遣欧少年使節ゆかりの地。2世紀のローマ帝国の神殿ディアナ神殿。平野を見渡すテラスには、日本人彫刻家北川晶邦さんの大理石のオブジェ。
⇒125km。夕日に向かって西へ。
キリスト像と赤い吊橋、4月25日橋テージョ川と7つの丘からなるリスボンの街並みが見えてきて感激!街中に点々と見える紫の花のジャカランタが印象的です。夕食、レストランDELFIMにてたらとエビとムール貝のリゾット。ビーフストロガノフを食べ、ホテルサナパークメトロポリタンへ。ここで中休み、2連泊。ポルトガルは時差8時間。
ジャカランタの紫色の花が満開!
6日目 6月1日(木) <リスボン市内観光>ガイド堀さん
リスボンから60kmでロカ岬へ。朝一番、落ち着いた高台から大西洋を眺めた。150mの切り立った断崖。無風。
国民的詩人カモンエスの塔もありました。沖縄に似た風景を通り、シントラ王宮。14世紀、エンリケ航海王子の父ドンジョアン1世の建てた城。自然の景観を残し、造った事から自然と文化の遺産になっています。カササギの間や各部屋のインド・アジアからのお宝。少年使節の招かれた白鳥の間や礼拝堂。シントラのシンボルの2本の円錐形の煙突のある台所。王女のために造った夏の避暑宮殿。
さて、リスボンに戻って、大航海時代の繁栄を伝える世界遺産ベレン地区。
・ ジェロニモ修道院(1502年~)。ゴシックの教会にロープ貝、花、大航海中に見たものを取り入れた飾り。マヌエル様式が印象的。その時代の英雄ヴァスコ・ダ・ガマに詩人カモンエスの棺,聖ジェロニモを描いたステンドグラス、幸福の手を触って修道院の回廊をご覧いただき、テージョ川沿いへ。川・海からの侵入者を見張るベレンの塔。エンリケ航海王子を先頭に、ヴァスコ・ダ・ガマやザビエル等27人の偉人が並ぶ発見のモニュメント、大西洋の波をデザインした白と黒のモザイク床の広場の真中にある世界地図・・・・。その後、街の中心へ移動してフリータイム。期待した夜は二手に分かれて、ホテルでのディナーかオプショナルでファドディナーTIPICO TINPANASにてワインとコース料理をお召し上がりいただきながらのファドにフォルクローレの夜でした。サナパークメトロポリタンホテルに連泊。
・
7日目 6月2日(金)
120㎞。ユーカリやブドウ畑の風景の中に出てきた城壁の町は谷間の真珠と呼ばれ、1288年、王妃の直轄地で000た所。オビドス⇒全長1565mのうち約半分を皆一緒に城壁ウォーク。王妃のお城(現在国営ホテル)で城壁を降り、花と石畳の街のメインストリートで自由散策、サンタマリア教会を覗いたり、「真実の鶏」お土産を探したり。
さらに40km、再び大西洋が見えてきた。奇跡とナザレの聖母伝説によって建てられた教会、メッサ・セニョーラ・ナザレ教会(中央聖壇にはマリア様の石像、そして、テラスからの最高の眺め、白い砂浜とびっしりと並ぶオレンジの屋根とカモメ。民族衣装の7枚のミニスカートをつけたピーナッツ売りの女性たち。洗濯物と白壁の家の間を歩いて、ケーブルカーで高台のシティオ地区から下町のプライア地区へ下りまして海辺のレストランSAONIGUEI。
魚のスープ、サラダ、干しだらの卵とじ。別注文でいわし。食後は海岸通でゆっくりお過ごしいただきました。快晴。
さらに40km。緑の林の中を抜けると突然現れた大きな教会はバターリャの勝利のサンタマリア修道院。1385年、ジョアン1世率いるポルトガル軍がスペイン・カステーリャ軍との戦いに勝ち、独立を守った地に立つ教会。ジョアン1世とその妻フェリッパの手をつないだままの棺と息子エンリケ航海王子はここの礼拝堂に眠っています。縦長の教会はとくに装飾はなく、正面のステンドグラスだけが印象に残り、マヌエル様式で飾られた修道院の回廊の飾りも美しく、アフォンソ・ド・ミンゲスによる柱のないのに大きな面積の参事会室のすみでは彼が舌を出し、焼け焦げた十字架のキリストは反戦を示し、その下には第1次世界大戦で犠牲になった戦士の墓を二人の軍人が守っていました。運良く交代式も見られました。
一度外に出て、何故か中央祭壇とは仕切られた裏の礼拝堂へ。そこは余り仲の良くなかったらしいジョアン1世の長男ドゥアルデ王の墓が親と一緒で、奥さんと手をつないでいた。ただし天井は未完のまま。付けかけのマヌエル様式と青い空が印象に残りました。私と皆様とドライバーさんだけの特別コースで、1917年に起きた奇跡の現場ファティマへ。今ではマリア様のお告げによって建てられたバジリカと30万人収容の広場出現の場所には、冠をかぶったマリア像の礼拝堂。聖堂まで膝まづいて進む人も。何とも神聖な空間でした。
⇒229km⇒大西洋とドウロ川の河口にかかる橋を渡り,寄り道したために20:00ポルト。ホテルイパネマ到着。夜はホテルでバイキングでした。
8日目 6月3日(土)
土曜日の静かなポルト市内。1763年にできたグレリゴス教会の塔の前はにぎやかなフリーマーケットが開かれていて、少し下車。建国の地にて12世紀と早く建てられたロマネスク様式カテドラル。テラスからドウロ川と対岸のポルトワイン工場地区。よたよたのアパートメント。坂を下ってエンリケ航海王子の像の立つ広場で下車。サンフランシスコ教会(14世紀)。金泥細工を塗りたくった内装。修道士の苦難を掘ったモロッコの殉教と長崎の殉教、キリスト教の家系団を一本の木であらわしたジュッセの木。エッフェルの弟子たちによる鉄筋のドンルイス1世橋を渡ってポートワイン工房SAN DEMAN。マントにハットの案内人と酒倉を巡りワインを試飲。
ここから特別コース・ドウロ川クルーズ。
世界遺産・ポルトを満喫。天気が良かった!!レストランCOZZARIOではタコライスと演奏隊(流し)。山火事とユーカリ、小さな村
⇒233km、再びスペインへ入り。すぐにリアス式海岸のVIGOの町を入っていき、トイレ休憩。そして巡礼の地サンチャゴ・デ・コンポステーラ。ホテルはウサ サンチアゴ アポストル。夕食はホテルにてメルルーサとポテトでした。
9日目 6月4日(日)
日曜日の朝、静かな祈りの町といった感じ。石畳を歩いて聖ヤコブの眠るカテドラルの前、オブラドイロ広場。巡礼最後の地だけに喜ぶ巡礼者の姿も。カテドラル内部に入り、栄光の門から12世紀ロマネスク彫刻の傑作といわれる約200体の聖人像。聖ヤコブの柱は巡礼者たちの感謝によってできた5本指の跡。主聖壇の3体の聖ヤコブの彫刻。地下へ下ってヤコブの墓。
今日は特別のミサが行われるということで、少し外に出て、免罪の門の聖堂の扉やプラテリアスの門、巡礼証明をもらう事務所や、また、オブラドイロ広場に戻り、ホタテ貝のマーク、そして内部に戻り、祭壇裏のヤコブ像の背中に触れて、そしてミサへ。年に数回しかやらない、世界一大きな香炉を大きく揺らす儀式。多くの巡礼者と少しの時間ですが神聖な空間に居合わせることになりました。
⇒179km。緑豊かなスペイン北部、牧草地帯と巡礼の道、峠を二つ超えてポンフェラーダ、鉱山の町、巡礼の街の中心、市役所広場前のレストランHOTEL BIERZO PLAZA。サラダとローストチキンとワインとビール飲み放題。おいしいランチ。食後、石の黒い屋根の静かな街中を歩きました。
⇒62km。アストルガ。ローマ時代の水道橋と巡礼の町だけに、小さな町の大きなゴシック様式のカテドラル。近代では北部スペインでは珍しいガウディの司教館(使われることはなかった)。
⇒48km。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ガイドは、カミーノ道子さん。まずはカサデロスボティーネス。北スペイン、もう一つのガウディの作品はもう一人のパトロン・ボティーネスのためのアパート。カテドラルは1280年、スペインゴシックの代表的な建築182枚のステンドグラスが見事。それと正面入り口の天国と地獄に手や貝で磨り減ったヤコブの像も印象的でした。そして1063年、ロマネスクの傑作はサンイシドロ教会。
内部は重*のある空間でした。日曜日のにぎやかな街を歩いてそのままホテルコンデルナへ。夜はホテルで白身魚のフライでした。
10日目 6月5日(月)
北の巡礼道をそれて南の巡礼道、銀の道を197㎞。景色は穀倉地帯で麦畑。学生都市サマランカ。ランチはEL BARDOにてスペイン風オムレツにサーモングリルにクリームソース。そして観光。18世紀の建築家チェリゲラさんによるマヨール広場。正方形の広場を囲む4階建てのアパートにアーケード。レリーフにはコロンブスやセルバンテス。1218年設立、スペイン最古の大学サラマンカ大学の講義室前。1985年、美智子様も訪れたことのわかる壁の文字。金銀細工のように彫られた正面玄関のレリーフ。ロマネスクで作られた12世紀のカテドラルに付け足されて立つ。16世紀ゴシックの新カテドラル。今日は内部も見学。⇒99km。今回からツアーに付け足された世界遺産・アビラ。高台にあるローマ神殿のような4本の柱:展望台より城壁に囲まれた中世の街を写真に収めました。
⇒65km。セゴビア。カスティーリャ王国中心の地として栄えた街には、2000年前のローマ時代の水道橋、全長728m。保存状態は欧州一。大聖堂の貴婦人と呼ばれるカテドラルは、スペインゴシック最後の作品といわれる建築。最後はイサベル王妃が住んでいた。そして、白雪姫のモデルとなったアルカサールをバックに写真ストップ。
夕焼けの中90km。お疲れ様でした。いよいよ最終目的地マドリッドです。ホテルグランフェスタコロン到着後夕食へ。市内レストランPAELLA REALにてシーフードパエリアを召し上がっていただきました。
11日目 6月6日(火)
日本人ガイド・マルガリータさんとプラド美術館へ。グレコ・ベラスケス・ゴヤらの絵画を二人のガイドとともに鑑賞。部屋数2800室の王宮では写真ストップ。そして大吉にて日本食のランチ。
午後はオプショナルツアーでトレド観光。世界遺産の古都にてスペインカトリック総本山のカテドラル。エルグレコの傑作「オルガス伯の埋葬」等をご覧いただきました。
夜はホテルディナーとオプショナルツアーフラメンコディナーに別れての夕食。フラメンコは“TORRES BERMEJAS”。お楽しみいただけましたでしょうか。
12日目 6月7日(水)
さて帰国日です。早朝5時30分(スミマセン、寝過ごしました)、少し遅れてホテル出発。8時、AF2301便にてパリへ。1時間半の乗り継ぎ時間後、11時45分AF272便にて12時間半後。
13日目 6月8日(木)
予定時間通り、6時55分、無事に成田空港到着。
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