カテゴリー「旅行・地域」の48件の記事

2011年6月 1日 (水)

№1,238 土砂降りの信州を走る

 本来山菜採りに信州に来たつもりだったのだが、台風が来ているとのこと、山に入るのは諦めた。それでなくても、今年は冬が寒く、山菜の生育は例年に比べ、1週間から10日ほど遅いという。

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 ちょうど松本で【クラフト展】と【マイセン磁器展】をやっているとのこと、久し振りに松本まで行ってみることに相成った。それにしても、信州はヤマボウシが花盛りで、どこでも白い花が見られた。特にAkio家ではオープンガーデンをやっていて、庭を一般公開している。その庭に大きなヤマボウシ3本があった。

P5290025 彼の家に来る何よりの楽しみは、近くの【オランチェ】での買い物だ。新鮮な野菜や花が何でも100円だ。この市場は観光客というより、地元の人たちが押し寄せている。中には、商売人が買い物に来ている姿も見かける。

P5290026 もちろん、わが家も目の色を変えていろいろ買いあさった。赤カブ・ワラビ・パプリカ・新玉ねぎ・ニンジン・ホウレンソウ等だ。女房は近所へのお土産にと、キノコを6パックほど買っていた。私は畑用に、トウモロコシの苗を6個ほど買った。次回、那須に持って行って植えるつもりだ。

 さて、台風の大雨の中、高速道で松本に向かった。行きの松本道はどしゃぶりだった。Akio君の車の後を追ったのだが、そんな中でも100km超のスピードで突っ走り、松本には1時間ほどで到着した。

 この雨の中でも、一年に一度の【松本クラフト展】は開かれていたようだが、行きたそうな顔をしていた女房もさすがこの雨で断念した。そして、その展示会が開かれているアガタの森の目の前の松本市美術館に入った。

P5290027 ここでは、【マイセン磁器の300年】の展示会が開かれていた。

 17世紀後半に拓かれた窯が、中国や日本の焼き物の影響を受けながらも、どのように進化していったのかを手際良く見せてくれた。華美な装飾を施された焼き物に見入った。中でもテーブルウェアの飾りとしての人形焼きものが面白かった。

 1時間も見ただろうか、ここで自宅に帰るというAkio夫婦と別れた。松本には、私の従兄Kojunさんが住んでいる。久し振りに彼に会おうかと電話をかけた。電話に出た奥さんが、2~3日前に交通事故に会ったとかで、むち打ち症状で体調がすぐれないという。

 今回は遠慮しようかといったら、Kojunさんだけがタクシーで駆けつけるという。4~5年ぶりの再会だった。彼は信州大学に職を得ているが、ようやく定年になったのだが、まだまだやることがあって解放されないといっていた。

 お互いの近況を話しあい、一時間ほどで分かれた。埼玉の自宅に着いたのが夜8時前だった。それにしても台風の大雨の中、信州旅行は2日間で600km弱の走行距離を稼いだ。よくぞ走ったものだ。

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2011年5月31日 (火)

№1,237 山菜尽くし

 信州須坂のAkio家に到着したのは午後4時過ぎだった。温泉に行くかとのお誘いに、いつも那須で温泉に入っているので、とお断りした。それじゃいきますか、と飲み始めたのがまだ明るい4時半ころだ。夜は長いからゆっくりと飲んでいたら、夜10時過ぎになった。6時間近くも飲み続けていたことになる。

 というのも、彼が焼酎漬けにした【ウワミゾ桜】の焼酎が美味しかったせいだ。何か杏仁豆腐のような香りがしたのだが、飲んでみたら風味が良い。今日は一切写真を取らずに彼のブログの記事を借りる事にしたい。興味のある方は下線をクリックしてみてください。さらには、私のサイドバーにある【自己流山菜レシピ・男の家庭料理レシピ】をクリックすると、彼のブログを読むことが出来る。

 そして食卓には、次々と山菜が出てくる。【ワサビ菜のタマリ漬】、【ワラビとミガキニシンの漬物】、【セリの味噌漬】等だ。山菜は何よりのご馳走と、皆美味しくいただいた。そしてこういうものを食べていると、アルコールも進む。

 いい加減腹いっぱいになったら、「これからてんぷらにしよう」とのことだ。天ぷらソバと言われたのだが、腹いっぱいなのでソバだけはご遠慮申し上げた。山菜の調理はすべてAkio旦那が受け持っていたが、てんぷらだけは奥さんのAkikoさんの役割のようだ。これが皆パリッと揚がり、本当に美味しかった。

 これだけは写真に撮って来たかったのだが、山菜の食材を笊に乗せ、これを全部てんぷらにするのだという。12~13種の山菜だが、今覚えているのは山ウド・コシアブラ・こごみ・タラの芽・ノビル・山ブドウの新芽・ウルイだけだ。申し訳ない。

 ソバを遠慮したら、お腹の足しにとオヤキが出た。これも信州名物のようだ。中にはいろいろな山菜が入っていた。さすが腹いっぱいの私も、なるべく小さいのを一個だけいただくことにした。

 Akio君は、無類の動物好きだ。自宅に飼っているのは猫のShun。ウッドデッキには犬のケリー君。それだけではない、ウッドデッキに来る野良猫にもせっせと餌を与え続けている。大きな4匹ほどのネコが来ているが名前はないようだ。「名前をつけると情が移ってしまうのでつけない」といっていた。

 食べ物の残りかすだけではない、スーパーで猫用の缶詰を買ってきては野良に与える。私が呆れてみていると、Akiko奥さんも「うちの旦那にはほとほと手を焼いているのよ」と嘆いていた。

 自分で食べた半分は犬と猫の食事用と分け与えている。私が見ても、メタボ犬とメタボ猫だということが分かる。しかも、野良ネコも丸々太っている。【かわいくてたまらないらしい】のだが、彼のその心理がよくわからない。

 二人で焼酎をビンの3分の二も飲んだろうか、良い心地になりベッドに入った。

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2011年5月30日 (月)

№1,236 別所温泉【茶房パニ】

 信州にAkioさんを訪ねて、一年に一度、旅をしている。春は山菜採りに、秋は茸狩りだ。いつもの仲間二人をお誘いしたが、残念ながら二人とも出発直前にドタキャンした。女房と二人でゆっくり旅をすることにした。信州訪問は、2009年11月の記事があるので1年半ぶりだ。

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 信州に行ったらぜひ訪ねたいというのが、別所温泉の裏山にある【茶房パニ】だ。私は二度目の訪問だ。

 ここのご主人は、女房と《作家仲間》だ。旦那さんは陶芸教室を主宰し、奥さんが喫茶店を経営している。行くたびに不思議に思うのだが、別所温泉の裏山の奥のひっそりした場所にある喫茶店なのだが、いつ行っても満員だ。しかも訪問する人は、わざわざ遠くからこの景色と空間を求めてやってくるのだという。

Enmeisui1 入口には【延命水】が湧き出ている。一口飲むと3年は長生きするとあった(写真をクリックすると説明文あり)。私はそんなに長生きを望んでいるわけではないが、一口飲んだ。ここに湧き出るまで30年ほど地下を通ってくるらしい。

 ちょうどお昼時だったので、お昼をここで食べる事にした。私が頼んだのは【玄米おにぎり定食】で、女房は【パン定食】だ。それぞれが美味しかったは、私が特に美味しいと思ったのは【おかひじき】のおひたしだ。

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 ここのご主人はもともと川崎の生まれらしいが、自然を求めて移住してすでに30年近くなるらしい。すっかり土着したようだ。

 そういえば主人のYoshuyukiさんの話だが、「タイに修行にいってお寺に籠ってきた。帰りの飛行機が成田に到着した直後に、例の大地震だった。飛行機は滑走路に緊急停車し、そのまま6時間も飛行機の中に閉じ込められてしまった」そうだ。それぞれに3月11日の歴史があるのだと聞いてきた。

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 このお店には、こばやしゆう(彼女のホームページ)という画家の印象的な犬の写真が架けられている。静岡の海岸に自作の家を構え、悠々と暮らしている方らしい。この女性も作家仲間で、女房も知り合いらしい。

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 女房は、今晩宿をお借りする友だちにと焼き物のお土産を見つくろった。自然の中に、その工房は広がっていた。

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 私はあまり詳しくないので評価はできないが、素朴な味がよく出ている焼き物のようだ。時々埼玉の自宅近くにある【温々(ヌクヌク)】で個展も開かれる。友だちへのお土産にと、ビールジョッキにもなり茶碗にもなりそうな焼き物を一対買い求めた。

 Akio夫婦にものすごく喜ばれたのは、良かった。

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2010年7月 2日 (金)

№899 日本百名山

 先日わがクラスの仲間とお茶飲み話をしていたら、クラスのまっちゃんが奥さんと百名山を目指すことにしたという。「いやいや、そんな大げさなものではなく、車でいける範囲で目指すんですよ」と言っていた。

 それにしても登山経験もない人が、これから奥さんと百名山を目標に歩き始めるなんて立派だ。何でも始めたばかりで、まだ17峰しか歩いていないというのだが。

 結構、私の周りにも百名山を目標に山登りをしている人が多い。昔の同僚・Toshiちゃんにはよく聞かされたものだった。日本アルプスなどはまとめて征服できるが、最後になるとだんだん単独峰が多くなり、時間と金がかかるといっていた。それでも、彼は達成したようだった。

 私の学生時代はずいぶん山登りをした。越後の山、北アルプス、南アルプス、鳳凰、八ヶ岳などは目標を持って歩いたものだった。まっちゃんの話に触発されて、自分はいったい百名山のいくつを登ったのか数えてみた。

 まっちゃんには「自分も50くらいは登ったかな」と言ったが、数えてみたらわずか26峰だけだった。

 東北・上越の山では、八幡平・鳥海山・蔵王・安達太良山・至仏・苗場山だ。

 関東では、奥白根・那須岳・筑波山・大菩薩・丹沢だ。

 中部地方では、白馬岳・五竜・鹿島槍・鷲羽岳・槍ヶ岳・穂高・美ヶ原・霧ケ峰・八ヶ岳・甲斐駒ヶ岳・千丈岳・鳳凰・北岳・間ノ岳だ。

 西日本の山は阿蘇山だけだ。

 それぞれ登った山の記憶は強烈に残っている。

 まっちゃんも、そんなに急がずに何年かけてでも達成したいといっていた。

 「最近の山は若者は少なく、中高年だけでは?」と聞いたら、いやそんなことはない、若い人も結構また目につくようになったと言っていた。

 私も意識して、少しづつ歩いてみるとしようかな。

 

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2009年11月 3日 (火)

№655 茸狩り

 昨晩は、食卓に乗り切らないぐらいの、信州の食べ物をご馳走していただいた。もちろん茸ありで、鍋物や揚げ物、お刺身、生野菜、茸スープ等々ドンドン出てきた。それにアルコールである。いやはや、満腹であった。
 もう食べ物はいいよといったのだが、最後には餃子が出てきた。スパゲッティもという申し出もあったが、さすがお断りした。食卓に出てきたものは残さない主義なのだが、申し訳なかったが、大量に食べ物を残してしまった。信州で相当太って帰って来たのではなかったかな。
018 019  朝、8時前に家を出た。茸狩りに連れて行ってくれた山は、飯山の奥の方だった。車で1時間弱もかかった。Akio氏が言うのには、「初心者でも茸狩りを楽しめる秘密の場所」とのことだ。
 ただ、昨日Yutakaさんも言っていたのだが、今年は茸が不良の年だったらしい。原因は、9月の雨不足だという。例年の20%ぐらいしか降らなかったようだ。おかげで、松茸は全滅と言っていた。
 完全防備で山に入った。持った籠はガラーンガラーンと五月蝿いほどの鈴が鳴っている。何でも“クマ除け”のためという。そういえば、今年はクマの被害が随分ニュースになっていたネ

 山に入ったのはいいが、昨晩の飲み過ぎでフラフラしている。足下が定まらない。しかし、茸博士はそんなこと知ったものかと、ドンドンヤブを踏み分け、奥へ奥へと道なき道を入っていく。
 彼にとっては、今年は大不満だ。いくら入っていっても、目的の茸はあまり見つからないからだ。ましてや、素人の私には探し出せるはずもない。初心者コースにしてこれだから、今年は深刻な不作なのだろう。
013  それでも紫シメジの群生に行き当たった。茸は群生でなる習性があるようで、ぶち当たったら楽しい。地ナメコもポツンポツンと見つかる。大事に大事に、茸を地面から引き剥がす。
012  何と、大きな木になっている平茸を発見した。この茸は、彼が何度山に入ってもめったにお目にかかれない代物らしい。記念にと写真を撮ったが、残念ながらピンボケだ。まあ、アップするのでご覧いただきたい。
 一時間も山をうろつきまわっただろうか、「おい、今日はもう上がろうや」と言うことで、茸狩りを終えた。
023  不作とはいっても、籠いっぱい取れたから立派なものだ。Akio博士があらかじめ採っておいたムキタケカタハ)も含めて、箱いっぱいのお土産ができた。
 ハゲタカというのはいるもので、斑尾高原に遊びに来ていた、矢張り仲間のAkira夫婦がひょっこりと顔を見せた。折角採ってきた茸を横取りする狙いがあるようだ。そこは気のいいAkioさんとシンさん、半分に分けてお土産として持たせた。
021  「オランチェ」で買ってきた野菜と、近所で分けてもらった葡萄とりんご、それに茸のお土産で車が一杯になった。お昼、茸がたくさん入ったおそばをいただき、高速が混まないうちにと早々に退去した。
 Akioさん、本当にお世話になりました。信州の秋を充分に満喫できましたヨ。ぜひ11月にはウチに立ち寄って下さいね。お土産なしですよ。

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2009年11月 2日 (月)

№654 恒例の長野旅行

 この2~3年、春と秋の2度は長野に旅行に行っている。学生時代の仲間Akio君の自宅に泊まりがてら、春は山菜採り、秋は茸狩りだ。毎回、2~3人と連れ立って出かけている。
 今年も、秋には長野に行く約束を取り付けた。いつもの仲間に声をかけたが、いろいろと事情があり、今年はダメという。女房も用事があるそうだ。Akio君にどうしようか相談したら、「一人でも来ればいいじゃないか」という。
 その言葉に甘えさせてもらい、一人で出かけた。一人ならばということで、長野在住のYutakaさんに電話をかけたら、お昼を一緒に食べようとの返事だ。彼には長野に来たら必ず声をかけるようにとキツク言われているのだが、いつもは仲間が一緒なので声をかけそびれていた。
 お昼過ぎに須坂長野東インターチェンジに到着したら、彼は迎えに来てくれていた。彼と会うのは、1年ぶりくらいかしら。
 「美味しいそばを食べに行こう」と誘われ、否も応もなくOKした。
 本当に天気の良い日で、高速道も軽井沢を過ぎたら全山真っ赤な紅葉だった。さすが最後の紅葉を見ようと、高速道路も混んでいた。
002  Yutakaさんが連れて行ってくれたのは、戸隠の麓、飯綱高原からちょっと行った【大久保茶屋】だった。
 私はもう30年以上も前になるが、スキーに長野に来ていた。私の大好きなコースは、戸隠スキー場だ。随分通ったものだ。一度数えたことがあったが、1年に50日ほどを戸隠スキー場で過ごしたこともあった。従って、この「大久保茶屋」は何度か立ち寄った。
 その旨をYutakaさんにお話したら、「シンさんの行ったそば屋は、【大久保茶屋】か【大久保西茶屋】かどちらだ?」と聞かれた。あれ、どちらも同じじゃないのかと答えたら、隣同士だがぜんぜん味が違うのだそうだ。
 よく見ると、私がそばを食べたのは【大久保西茶屋】だった。
007  ということで、【大久保茶屋】には初めて入った。お昼を過ぎていたが、結構混んでいた。ようやく通された2階の座敷で、注文したのは天ざるの大盛りだ。
006  たしかにそばも美味しかったし、てんぷらもカリっと揚がっていた。そうだ写真を、と撮ったのは半ば食べた後だ。まあ、雰囲気だけでも味わってもらいたい。
010  帰りに見た飯綱山は、頂上の方はもう紅葉も終わり、冬のスキーシーズンの到来を待っているようなたたずまいだ。
 Yutakaさんとは、東京での再会を約して別れた。
 Akioちゃんの家に着いたのは3時頃だ。奥様のAkikoさんも首を長くして待っていてくれた。本当に友達というのは、ありがたいものだ。
 彼と、早速温泉に行くことにした。
029  車で30~40分も行ったろうか、「信州高山温泉郷 山田温泉」だ。温泉郷とはいうものの、鄙びたとまではいかないが、小さな温泉町だった。わたしは、ここには初めて行った。
030  村営の温泉に入った。先客が4~5人も入っていた。入ってみて驚いたのだが、この湯が熱い。44~5度もあるだろうか。我慢して入っていたら、ユデダコのようになった。
 それにしても、温泉はいつ入っても良いものだ。今晩の酒は、さぞかしや美味しいことだろうね。

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2009年10月19日 (月)

№640 蓼科の秋

 昨日の「蓼科でのゴルフ」の続きを書くことにする。
 ゴルフ終了後、Michiちゃんの別荘での晩餐会だ。とりあえず、Michiちゃんと私は、麓の農協売店に材料を調達に出かけた。本当は茅野のスーパーまで行けばいろいろな食材も用意できたのだが、疲れていたこともあり、手近なお店であり合わせのものを買うことにした。
 今晩の食事は、野菜と焼肉パーテーにしようと決めた。肉もあまりたいしたものは置いていなかったが、牛・豚・鶏と、在庫のある肉を買い占めた。さらに、キャベツ・たまねぎ・椎茸・ピーマン・もやし・卵・やきそば等目につく限りの野菜類も買った。
 一番大事なのが酒だ。ビール2ケースに日本酒、焼酎に氷だ。
 さらにデザートとして、梨に柿を買った。パンも買い、今晩と明日朝の食材は手っ取り早く箱に収めた。
 帰ってきて台所では私の出番だ。キャベツのみじん切り、たまねぎの皮むきと輪切り、ピーマンの種取り、椎茸のジク取り等をやり、野菜の皿が山盛りになった。さらに買ってきた肉も、焼肉用に切った。手っ取り早くやりおえた。
005  食卓では、すでに宴会が始まっている。
003  なんといっても、蓼科でのゴルフの成績で盛り上がった。ベスグロは私であったが、新ペリア優勝はTatsuちゃんだ。前後半ともボギーペースでまとめ、ステディなゴルフでの優勝をさらった。私も彼と一緒に回り、そのステディさは大変勉強になった。
006 004  シャンパン・ワインの差し入れもあり、宴会は夜遅くまで続いた。ただ、昨晩興奮してほとんど睡眠をとっていなかったというAkioちゃんは、早々にダウンした。買ってきた酒、差し入れのお酒をほぼ飲みつくして宴会はお開きにした。
 翌朝、ゴルフの疲れと二日酔いで誰も起き出してこなかった。仕方ない、私が早起きをし、食卓の汚れた皿を洗い、掃除をした。さらに朝食の支度も私の仕事だ。
 お湯を沸かし珈琲のしたく、目玉焼きをつくり、昨晩の残りのキュウリを添えた。そして果物の皮をむき、食卓が賑やかになった。男どもは、料理の出てくるのをジーッと待っているだけしか能がなかった。しょうがな
いね。
 何と、昨日買った食材がきれいさっぱりとなくなった。私は買い物の名人でもあるのだ。
 食後に、蓼科の秋を味わうべく、別荘の周りを散策した。この付近は白樺に落葉松が多く、景色は黄色に染まっている。
012  皆で記念写真を撮り、この会の蓼科旅行はお開きとなった。私とAkioちゃんは、急ぐ旅でもないので「麦草ヒュッテ」経由で、蓼科の秋を楽しむことにした。
016 015  麦草峠は2,172mと標高が高いが、その途中は紅葉の真っ盛りだった。ヒュッテの女主人に聞いたら、峠の付近はもうすでに紅葉の時期は過ぎたとのことだ。ただ食卓に飾っているリンドウは色鮮やかなので、この近辺で取れたのか聞いたら麓から持ってきたものだと話していた。
 帰路も紅葉が盛りの道を下ってきた。高さによって、紅葉の色も違っているのが面白かった。(
写真はクリックすると、大きな画像になります
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2009年6月29日 (月)

№528 熱海・文学散歩

 熱海の保養所で、朝食後解散した。ほとんどの人はタクシーで帰っていったが、有志何人かで熱海の文学散歩を試みた。

035  保養所のすぐ下に杉本苑子さんの旧宅「彩苑」がある。玄関の写真を撮っていたら、そこの管理者に、ぜひ中を見ていってくれとのお誘いを受けた。この保養所にももう来ることはないと思い、旧宅を覗いてみることにした。

 杉本苑子さんの作品が展示してあった。そういえば、私は杉本さんの作品を039読んだことはないな。中央公論社から全集も出ていて、結構多作な作家だということがわかった。

 パンフレットによると「彩苑」とは、「人々が華やかにあつまるところ」という意味で命名されたとある。床の間には掛け軸が掛けられ、以下の句が収められていた。

037  憂きはひととき

 うれしきも

 思い醒ませば

 夢候よ     (「閑吟集」より)

 彼女は、今、この旧宅から山一つ越えたところに住んでいるとのことだ。ここには彼女との交友のあった文化人、森村誠一・橋田寿賀子・池田万寿夫等の作品も飾られていた。杉本さんは直木賞作家で、文化勲章受章者であることもここで知った。

041  「彩苑」を出て、坪内逍遥の旧宅「双柿舎」を覗いてみようと思ったが、残念ながら日曜日以外は開館していないとの事だった。そして行った先が「起雲閣」だ。

 この「起雲閣」は、非公開の岩崎別荘、今はなき住友別荘とともに熱海の三大別荘と称されているらしい。大正時代に建てられ、昭和の始めまでは別荘として使われていた。昭和22年、旅館として営業を始めた。錚々たる文豪がこの旅館をこよなく愛したようだ。坪内逍遥・尾崎紅葉・志賀直哉・谷崎潤一郎・太宰治・武田泰淳らが訪れたとなっていた。特に、太宰治『人間失格』はこの旅館で書かれたという。そして、その1ヵ月後に入水自殺した。

 入館料は500円だったが、お金を払っても損のない旅館だった。「麒麟の間」044 048 「大鳳の間」等和式の部屋、「金剛」「玉渓」等洋間、中華様式の部屋は装飾も素晴らしく、優美な気品を漂わせていた。「金剛の間」の隣には“ローマ風浴室”もあった。

049  さらにこの「起雲閣」の素晴らしさは、これらの部屋を囲むように緑豊かな庭園が配されている。ボランティアの説明によると、この庭園は旅館になってから相当植え込みがなされたとのことだ。大きな池には鯉も泳いでいた。

 さらに贅沢な別亭「孔雀の間」を見たのだが、別のボランティアの方が説明を050 かってでてくれた。この部屋でぜひ見てもらいたいのは、板の間や天井の梁、すべてが一枚板でできていることだそうだ。さらには床の間の柱・北山杉は何百万円という価値のあるものだそうだ。庭園に続く「上がりがまち」も一枚の石で、巨大なものだった。余談だが、ここは女優・竹下景子が新婚旅行で泊まった部屋としても有名だそうだ。

 喫茶室で「アイス抹茶」をいただいてきた。この「起雲閣」は、今は熱海市が管理運営しているようで、すみずみまで管理が行き届いていた。

051  帰りにここからすぐ近くの、「熱海芸者見番」を覗いてきた。30分ほど芸者の伝統芸を見せてくれるとのことだったが、1300円も出して見る気にはならなかった。

 東京駅に着き、八重洲口の碁会所で高校の同窓会の囲碁クラブが会をやっているというので覗いてみた。何局か対戦をしてみたが、成績は散々だった。

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2009年6月28日 (日)

№527 恒例の熱海旅行

 気の置けない仲間での「熱海旅行」も、今回で4回目になる。この会の主催者でもある横Takeちゃんの会社の保養所に泊まり、普段のストレスを思いきり発散しようという会である。この熱海の保養所も8月一杯で閉鎖ということで、残念ながら最後の旅行になってしまった。

 参加者は16名。横Takeちゃんは急に都合が悪くなったというので不参加、会の最長老Gunzoさんも肺炎を患ったとかでこれも不参加、さらにはOeさんとかMatsumuraさんという常連も参加できず、例年に比べていささか寂しい旅行会となってしまった。

 しかしそこは役者ぞろい、Takeちゃんに代わってここの家主Kazubumiさんが大張り切りである。その不在の寂しさを感じさせないくらいだった。

 風呂から上がったら、まだ明るいのに飲み会が始まった。夕方の5時過ぎである。これで延々と宴会になるのだろうね。

006  夕食がてら、それぞれが近況報告である。この春に社長就任したMochiちゃんの報告には、皆さんが大笑いである。社長就任でなにが大変かといって、膨大な書類に判子をつくことだそうだ。それまではシャチハタで済んでいたものが、実印なので力も要るし、えらく大変と話していた。さらには彼の戸籍の名前が旧字なので、「壽」という字を書くのにエラク難儀しているのだそうだ。

 それをきっかけに「シャチハタ論議」になった。シャチハタを何本も潰したという豪の者まで現れた。

 私は「ブログ生活の日々」の報告をした。Yoshihideさんか010 ら、「あることないことをブログに書かれて、皆えらい迷惑を蒙っている」とのクレームがついた。「なるべく迷惑をかけないようには書いているのだが、あることないこととはひどいじゃないの。少なくとも、ないことやフレームアップは書いていないはず」と私も反論した。本当に皆さん、よく私のブログを読んでくれているようで、有り難いような面映いような感じだった。

011  夕食もそこそこに、大カラオケ大会の始まりだ。カラオケになると独壇場のShimaちゃん。場の取り仕切りやマイク片手に美声を聞かせてくれるのはいつものことだ。この晩は一人で何曲唄ったことだろうか、ヒトノメイワクモカエリミズに・・・。

 この晩は、Mochiちゃんも張り切ってマイクを握っていたね。社長の激務から015 逃れるには、ストレス発散が一番。その割には一方のYoshihideさんは皆の唄を子守唄代わりに眠ってしまっていた。彼の劇太りが、友として少々心配になった。仕事も大変かもしれないが、老婆心ながら、少し運動をしたらどうかしらね。

020  この会の名物「ハダカ躍り」が始まったのは、夜もだいぶ更けてからである。今晩の主役Kazubumiさんは上半身裸でマイクを握っている。Yoshikazuさんが絡み始めたのは、まもなくたってからだ。皆、腹を抱えて大笑いである。

 さしもの、用意した酒はあらかた飲みつくした。夜も更け、皆で肩を組み輪になって、「青春032 時代」と「青い山脈」を声高らかに唄いその晩はお開きとなった。何かその後、夜中2時過ぎまで議論に熱中したという話も聞くが、私は眠ってしまった。夜中2時過ぎに、ドンドン部屋のドアを叩く音がした。Eimeiさんのご帰館だった。

 翌朝は良い天気で少し暑いぐらいだった。朝食後、再会を期して別れた。Takeちゃんが参加できなかったのは残念だったが、皆、晴れ晴れとしていたね。世話人の本郷Takeちゃん、本当にご苦労様でした。

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2009年6月16日 (火)

№515 山菜採り本番

 いよいよ今日は、今回の目的の山菜採りの日だ。Akioさんは一体どこに連れて行ってくれるのだろうか?

 出発したのは8時30分ころだ。朝ご飯を食べグズグズしていたら、結構遅くなった。ここの主人は、この日のために素人が一番楽しめそうな山菜採りの場所を前もって検討つけていたようだ。

 あいにくの曇り空で、妙高の山に入って行ったら深い霧に覆われた。天気が良いと雨飾山焼山火打山等の“日本100名山”が望めて抜群の景色らしいが、残念ながら視界はゼロだった。道沿いには、山菜採りと思しき車が狭い道路を埋めている。先行を走る観光バスがその車を避けて通るのに難儀して、時間が倍もかかってしまった。

 “笹ヶ峰”高原を通るころにはだんだんガスも薄くなってきた。と同時に、新潟県ナンバーの車が目立つようになった。何と、山菜取りに新潟県まで来てしまったのだ。2時間近くも走っただろうか。長野県側でガスっていた天気も、新潟県側に入ったらすっかり回復していた。

019  私は長靴を用意してきたが、Mochiちゃんはハイキングシューズに毛が生えたようなものを履いていた。山菜名人Akioさんがそれじゃ無理だよというのを押して、山に入ることになった。Akira君はさすが用意周到というか、雨合羽を着始めた。

 いきなり谷筋に入って行った。谷川を何度も横切る。私は長靴で平気で水に入れたが、すぐにMochiちゃんは靴とズボンを濡らし始めた。だから言わないこっちゃないのにネ。

 谷川筋に生えている蕗や山ウドを採集した。それ以上に、ヤブ漕ぎに苦労し024_2 020_2 た。こんな筈じゃなかったのに、とブツブツ言い始めるAkira君。道沿いを少し入ると山菜がどっさり採れるものと勘違いしていたようだ。そんな不満も知らぬげに、山男はどんどん谷筋を極めてゆく。

 お二人さん、段々離されていくようよ。そして山親父は急坂を登り始めた。ヒーヒー泣きながらついてきた二人だった。私にはそんなに急には思えなかったのだが・・・。

025  ここからが山菜採りの本番のヤブ漕ぎだ。このヤブには“根曲がり筍”があるという。先生がその筍の見つけ方を実践してくれた。われわれ素人眼には見えない筍が、指摘されるとたしかに竹薮の根本に生えている。なるほど、こうやって見つけるものなのか、と段々目が慣らされてくる。そのうちMochiちゃんも大きな筍を発見した。もう疲れもなんのその、筍狩りに夢中である。「まだちょっと早かったかな」と独り言をいう名人。

 Akiraさんから大きな声がかかった。「キノコの群生があるぞ~!」行ってみた027 ら、ナラ茸の群生である。山菜名人のAkio君には、春の茸はおいしいがもろいのでそっと採るように、と注意を受けた。

 山菜採りも面白かったが、茸狩りも昨年の秋よりも収穫があったのではないかな。茸は群生地を見つけると、夢中になる。どうもこの茸は枯れたナラの木に生えるもののようだ。

028  “根曲がり筍”も一杯採れたが、“ナラ茸”もビニール袋一杯の収穫だった。わずか2時間ばかりの入門コースだったが、袋一杯採れて満足しているシンさん。程よい汗もかいた。

 いや~~ぁきつかったという感想に、「今日のコースは小学生コ030 ースだよ」とのたまう名人だった。収穫の後に食べたおにぎりの美味しかったことといったらなかったね~。

 帰りに3家族に平等に分けて、お土産にに持たしてくれたAkio君、最後まで優しかったね。ありがとうございました。

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