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2013年12月の31件の記事

2013年12月31日 (火)

№2197 2013年 歳の瀬を迎えて

 いよいよこの日をもって2013年に別れを告げる大晦日だ。一体、私にとって2013年はどういう年だったのか、振り返ってみたい。

 何度も申し上げて申し訳ないが、私は2006年11月末で、長年勤めていた会社を定年退職した。退職後の意味ある生活は何かと考えていたのだが、日々の生活の些事をブログに綴ることを思いついた。2008年1月22日にはじめたブログだが、通し番号をみると、もう2200号にになる。ほぼ一日に一回の記事投稿だから、2200日になる。良く続いたものだと、われながら驚き呆れる。

 さて、今年はどういう年だったのか。

 何よりのトピックが、4月に入学した【東京シニア自然大学】の楽しかったことだ。その都度このブログにも書いたが、錚々たる先生の名講義を聞けたのは嬉しかったね。このブログでも書いたが、「退職後に、飽くなき好奇心を持つ」のは、きわめて充実した生き方だと実感している。その欲求を、この大学は満たしてくれた。新たな仲間とも出会えたのは嬉しかった。

 この大学のアウトドア授業で、今まで知らなかったところを様々歩いたのも記憶に残る。新宿御苑に始まり、黒川野外センター、高尾山、飯能の里山、葛西臨海水族園、信州の安藤百福センター、奥日光、東京港野鳥公園、奥多摩、黒姫アファンの森、生田緑地、五日市の里山保全地区等々いずれも良い授業だった。

 なぜこの大学に通うようになったかを思い出してみたい。【彩の国いきがい大学】の2年の学校生活を終え、卒業後は、校友会活動に全力投球した。その仕事も、4月には無事終えたことが大きかった。すぐに、次のステージをと考えた末での行動だった。

 暇をみては、那須にも通ったね。先日もお話したが、今年は90日前後が那須での生活だ。那須に居ると心が落ち着くのが何より良いね。さらに、もの作りとして、那須で農業をしている。ものを作って収穫する楽しさを充分に味わっている。那須に山荘を求めたのが2007年春だったが、今考えてみても大成功だった。

 ゴルフもやったね。この歳になってさらに上達するのは無理としても、まずまずは現状維持だったのではないか。ゴルフを通しての仲間作りも、私にとっては大切だ。まっきぃやHozumiさん、Taiちゃん、Eimeiさんなど今やなくてはならない親友だ。この仲間での飲み会も楽しかった。来年も、親睦を兼ねてゴルフをやりたいと思う。

 今の私の生活の大切な基本は、【読書】である。詳しくは別項で述べるとしても、今年もずいぶん沢山の本を読んだ。信じられないかもしれないが、2013年はわが生涯で【最も沢山の本を読んだ年】として記録される。年々読む量が増えていっているのが良いのじゃないか。ただ、残念ながら読むそばからどんどん忘れていっているのも、年相応で良いかもしれない。

 私が悠々自適な生活が出来ているのも【財政的基盤】があるからだ。ここで詳しくは述べないが、年金生活を上回る収入があるし、何より一切の借金がないのが、心を穏やかにさせてくれる。さらに生活にゆとりを与えてくれる。わが67年の人生の中で、これほどのんびり過ごした時代があっただろうか、と時々思うことがある。

 残念だったのは、今年はあまり旅行が出来なかったね。年一度は海外旅行をと思っていたのだが、旅行直前に秋田の兄が亡くなり、そのまま旅行にはいきそびれてしまった。来年3月には小笠原旅行をするが、その他にもどこか海外に行ってみたいと思う。いつも思うのだが、わが友Takeちゃんが何ヶ月も海外をフラフラ旅行している。私もあのようなまねをしたいと常々思っているのだが、なかなか実現しない。基本的に、私は忙しいのだ。

 基本的には、今の生活スタイルを維持したいと思っている。 さて、来年はどういう年になるだろうか。

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2013年12月30日 (月)

№2196 《繭の里通信》2の立ち上げ

 新年早々、私のブログ【シンさんちの《繭の里通信》】を装いも新たに、第2号として立ち上げることにし、作業を進めている。第1号にどういう問題があったかというと、わたしが使っているのはNiftyのココログブログだが、ディスク容量が2GBである。今の《繭の里通信》は、ブログ開始後、この1月22日で丸六年になる。2GBのディスク容量が、ほぼ一杯になりつつある。

 以前からどうしようか考えていたが、Naoko先生からは、「新たなブログを立ち上げたらどうか」というアドバイスをいただいた。ただ、どうしても第1号をそのまま続けていたい、と強く思っていた。ココログには、Nifty会員版として【プラス仕様】のプランがある。それだと、ディスクに5GBの容量があり、さらに10年くらいは今のブログを続けられそうである。

 ココログのサポートセンターに、電話で問い合わせをした。問い合わせに出た女性が言うには、「プラス仕様を利用するには、Niftyの会員になっていただく必要があります。さらにプラス仕様の使用料がかかり、月700円以上になりますよ。貴方の場合は、第2ブログを立ち上げることをお勧めいたします」との返事をいただいた。まあ、商売っ気がない話だが、正直だ。有難いことに、今使用しているブログは無料である。

 よし、第2ブログを立ち上げよう、と決意した。ブログタイトルは、【シンさんちの《繭の里通信》2】である。ブログをはじめて6年ともなると、新規に立ち上げる方法は完全に忘れている。

 まずは、メールアドレスが必要だという。私は今使っているGmailのほかにLivemail、携帯メールアドレスがある。しかし、新たにココログブログを立ち上げるには、従来のメールアドレスは使ってはいけないのだそうだ。YAHOOで新規にメールアドレスを取ることにした。この手続きに、結構時間がかかったが、問題はない。

 さて、次にどういうブログにしようか。従来の路線を引き継ぐにしても、なるべくシンプルなものにしたい。ただ、主題は、《繭の里通信》とあるように那須での生活だ。第1号同様、カスタム仕様のオリジナルテンプレートで行くつもりだ。写真を選んで【タイトルバナー】を作ってみた。最近テンプレートを変えていないので、思い出し思い出ししながら作ってみたのだが、上手くいかない。

 バナーがバカでかいのだ。何が原因かを考えたのだが、バナーの大きさをpixcelではなくmmにしたのがいけなかったようだ。もう一度作り直しだ。さらに、表示する項目も厳選して、必要でない項目はなるべく外すことにした。さらに問題が起きた。項目は自由に移動できるはずなのだが、これが何度やっても出来ない。ココログに問題があるのだろうか。

 こういう時に便利なのが、【ココログ質問箱】だ。「テンプレートの項目が自由に移動できないのはなぜか?」と質問してみた。どうやら、ココログ利用者が質問に答えているようだ。朝覗いてみたら、早速答えが返ってきていた。「ココログはInternetExplore11には対応していないようです。ツールバーから【互換表示設定】をクリックし、自分のアドレスを入力すると解決です」とあった。指示通りやってみたら、見事解決した。

 ほぼ新しいブログの準備は出来た。皆さんに公開は、1月1日午前8時をもってしたい。基本的には、第1号の継続だから、ガラッと変わるわけではない。来年の一月には、【お気に入り】に追加していただくと有難い。

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2013年12月29日 (日)

№2195 今年最後のゴルフ

 今年最後のゴルフを、千葉県野田市にある【クリアビューゴルフクラブ】でプレーした。このゴルフは、先日の【ゴルフ仲間の忘年会】で急遽決まったものだ。最後は良いゴルフ場でゴルフをという話だったが、帰省ラッシュで遠くは混むのではないかというので近場に決まった。

 同伴メンバーは、HozumiさんにTaiちゃん、御馴染のまっきぃだ。このゴルフ場は、名人のHozumiさんが予約してくれたものだ。先日の忘年会で、Taiちゃんが「シンさんは良きライバルね。今度一緒に回る時はチャラよ」というので、その挑戦を快く受けることにした。さらに永遠のライバルまっきぃも一緒だ。相手にとって不足はない。

Dsc00200  このゴルフ場は利根川の河川敷に広がり、天気が良くて筑波山なども望めたが、何しろ寒い。充分に防寒の準備をしていったのだが、それでも寒かった。ただ救いは、比較的風が弱かったことだ。河川敷のゴルフ場は、えてして強風に晒される。自宅から車で1時間弱というのも良かった。

 スタートは朝日に向かっていく。まぶしくて、ボールがどこに飛んでいったのかが分からない。こんな時には、ちょっとタイミングがずれるものだ。どうしても、自分のボールがどこに飛んでいくのか見るために、ヘッドアップになりがちだ。スタートホールはドライバーが絶好調で、ボールはまっすぐ飛んでいった。

 それ以降がいけない。ボールが木に当たり1ペナを繰り返し、トリ・ダブルパー・ダボと繰り返した。この日のゴルフは、これでお終いだ。ライバルのTaiちゃん、まっきぃに大きな後れをとってしまった。Taiちゃんなど、「ちょうど良いハンディキャップね」と変に慰めてはくれたのだが…。

 けど、その後は本領発揮とばかりに、パー・ボギーのくり返しだ。そうしているうちに、ライバルのTaiちゃんがどんどん落ちていく。前半だけで6打勝ってしまった。【今日は貰い】と内心ほくそ笑んだ。もう一人のライバルまっきぃはシブトイ。前半1打の負けだ。まあ、そのうち落ちるだろうと安心はしていたのだが。

Dsc00202  それにしても、名人のHozumiさんのゴルフは凄いね。何が凄いといって、グリーン上でのパターだ。2~3mのパットを苦もなく入れてくる。これだけの距離が入ると、スコアも纏まるだろう。ただ、ショットは、名人にしては珍しく乱れていた。あるホールでは、4人の中で一番飛んでいない。こんなこともあるのだね。

Dsc00204  Taiちゃんも、この日はパッとしなかったね。無理やり男子と同じ白杭から打ってもらった影響が出たのだろうか。彼女は、豪打の持ち主で知られている。飛距離は男子に遜色がないし、ゴルフをやっている回数も一番だ。寒さがたたったのだろう。

 彼女とチャラで握る時は、やはり白杭ではなく、女子のティである赤杭に譲ってあげようね。

Dsc00203  もう一人のライバルまっきぃは、この日は珍しくしぶとかった。ほとんど乱れないのだ。今日はやられかなと内心焦っていたのだが、転機は後半の7番ホールだ。

 私は3オンし、7~8mの登りのパーパットを残した。強く打ち過ぎて、ああいけないと思ったのだが、それが見事に入り、パーを拾った。そこまではまっきぃとは1打負けとわかっていた。このパーでチャラになり、次のホールでは2打勝ちで、結局は今日も勝ってしまった。

 私は今年34度のゴルフをやっているが、そのうち14回はまっきぃと一緒だった。握りでは、13勝1敗だ。今年も良い小遣い稼ぎをやらしてもらったね。来年もよろしく頼むよ。

Kimg0448_2  そのまっきぃだが、この日の夜の飛行機で田舎の金沢に発つという。金沢にはゴルフクラブを宅急便で送るらしい。「金沢は雪でゴルフなど出来ないだろう」というと、「いや、金沢でも練習してくるのだ」と悲壮な決意を固めていた。そして、金沢のまっきぃからは、「金箔の器で昼から飲んでいます」とのメールが届いた。彼とは、正月の4日にまた対決がある。少しは上手になっているかな。

【この日の成績】

OUT45(18) IN51(17) TOTAL96(35)

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2013年12月28日 (土)

№2194 亡き兄の遺品

 今年の5月、長患いの兄が亡くなった。急遽海外旅行を中止し、葬儀に列席したことはこのブログで報告した。さらに、8月の新盆も秋田に帰り、亡き兄の仏前に詣でた。

Dsc00197  新盆参列の帰り際、義姉のMiyokoさんから、兄の遺品だから貰っていってとお願いされたのがブレザー二着だ。どちらも新品のようだったが、着てみたら袖丈が若干短かったし、胸回りが狭く、窮屈な感じがした。

 そもそも、年金生活者にはブレザーなど着る機会がないのだ。しかも北国仕様で、生地が厚く出来ている。埼玉で着ることなどあるかな、と若干疑問がないでもなかったが、せっかくの申し出なので、兄の遺品として頂くことにした。頂いた二着のブレザーは、私の部屋の衣文掛けに長くぶら下がりっぱなしだ。

 このブログでは言っていないことだが、私はある会社に月一度出社している。ずいぶん寒くなったことだし、このブレザーを着て出社しようかと、ひっぱり出してみた。頂いたころに比べて、私は若干太ったかもしれない。着てみたら相当苦しいが、耐えられないことはない。この日は、このブレザーを着て出社することにした。

 これを見ていた女房に、「要するに、もう少し痩せれば解決するのよ」と揶揄された。ウ~~ム、痛いところを突かれた。

 月一度の出社だが、もう2年近くも続いている。この日、社長から「もう少し手伝ってくれないか」との依頼があった。私も日々忙しくしているが、なんとかやりくりして、一月からは隔週で出社することを約束した。これで、ブレザーを着る機会も増えるかもしれない。ただ厚手の生地なので、1月から2月にかけての着用がせいぜいだろうね。それでも、兄の遺品を活用できてよかった。

 私がお手伝いしている会社は、以前勤めていた会社からすぐ近くだ。時々、旧同僚とばったり会うことがある。この日もShibataさんと店頭でお会いした。元上司の本を買うためにお邪魔したのだが、「シンさんがこの本を買ったことを、その方に報告しておこう。私のブログも、時々は見てね」という話だった(下線をクリックすると、彼のブログが読めます)。

 その店を出たら、昔のゴルフ仲間のKちゃんと、またばったり会った。ゴルフ上手になったのかと声をかけたら、「私すごく上手になったのよ」とのことだ。100を切るぐらいの腕前とのことだ。よかったね。

 彼女と別れて、ある店に行こうとしたら、さらにばったり会ったのがMちゃんだ。随分、頭が薄くなっていた。私とほとんど変わらないじゃないのよと揶揄したら、「シンさんはパリパリして元気のようだが、私はしょぼくれていますよ」とのことだ。入社して、もう23~4年になるという。彼は、入社当時私の下にいたのだが、「この会社の社長になるのだ」と張り切っていた青年だったが、20年以上もたつとしょぼくれるね。

 彼と立ち話をしていたら、ひょっこり先輩のSさんとも出会った。久し振りのことだった。「今でも、板橋のスナックに行っているのか」と声をかけられたが、あの店は閉店して2年になるね。彼もあの店の客だった。

 最近、あまり昔の連中とは会いたいとは思わないが、それでも会うと、それとなく声をかけてしまうものだ。

 自宅に帰ってブレザーを脱いでみて分かったのだが、えらく肩が凝っていた。相当窮屈な思いをして着ていたのだろうね。

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2013年12月27日 (金)

№2193 今年は干し柿を良く食べたね

 今日は干し柿の話題だ。

2013_1123_0857532013_1122_084559pb2  それにしても、この冬は自家製の干し柿を良く食べたね。最初は11月の上旬だ。友だちのYokoさんが、沼田の庭になっていたという柿を採ってきてくれた。甘柿のようなのだが、沼田は寒くて渋柿のままだそうだ。皮をむいて庭に干していたのだが、あっという間になくなってしまった。

2013_1123_0858052013_1122_084534pb2  11月下旬には、Ohnoのお父さんが郡山の知り合いの庭で採ったと、蜂屋柿150個ほどをプレゼントしてくれた。那須のスーパーで30個の蜂屋柿も買ったのだが、一緒に干していた。お正月用にと思っていたのだが、どんどんなくなっていく。

Dsc00195  今や、無残な姿だ。女房も私も食べたのだが、自宅の居間は“女の溜り場”になっている。女房の友だちが大勢かけつけて、お茶飲み場になっているようなのだ。お茶うけに、干柿は恰好のおやつだ。一個二個と食べるているうちに、ほとんどなくなってしまった。

 これじゃお正月までには持たないね。それにしても、今年の干し柿は黴も生えずに美味しかった。黴よけに、焼酎を霧吹きでかけたのだそうだ。意外と、埼玉で干していると黴にやられるという話を聞く。皆さんもお試しあれ。

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2013年12月26日 (木)

№2192 クリスマスゴルフ

 前日Masaoちゃんからメールが来て、「明日の天気は快晴で、絶好のゴルフ日和になりそうです」という。彼の言う通り、クリスマスの日は雲一つなく、風も弱い絶好のゴルフ日和だった。12月初めてのゴルフだ。

 一緒に回るメンバーは、Masaoちゃんの他にまっきぃ、Masazoさんの3人だ。この日の会場は、いつものメンバーコース【オリムピックカントリークラブ レイクつぶらだコース】だ。このゴルフ場でゴルフをするのは、今年になって9回目だ。【毎月一回】を合言葉にしたゴルフだが、律儀なものだ。

 自宅から車で1時間20分と比較的近いので、スタート時間は早い。この日も8時31分スタートだった。早い時間のスタートは、比較的空いていて、上がるのも午後2時前後で一日が有効に使える。

 10日ほど前の【ゴルフ仲間の忘年会】で、私のプレーに対して様々な注文がついた。Hozumiさんは「もっとパターを慎重に打たなければ」というし、Ishimasa先生は「まっきぃのスロープレーもいけないが、シンさんのプレーが早すぎるのも、どうかと思うよ」とのアドバイスを胸にしまいながら、今日は慎重プレーを心掛けた。

Dsc00185  本当にこの日は天気が良く、上州の山々が白雪に覆われている姿をくっきり眺めることが出来た。ゴルフ場から一段と高く見える山が浅間山と思っていたのだが、どうやら赤城山のようだ。「浅間山は私の故郷の山で、自分が一番よく知っているよ」と話していたのはMasazoさんだ。

Dsc00193  今日はオリンピック競技をやろうとの挑戦を受けた。1パットに対して、金・銀・銅・鉄のメダルが与えられる競技だ。最近パターがパッとしない私にとっても、慎重にパターを打つ良いチャンスになるかもしれない。

 私の最近のゴルフ成績は、3回連続で100叩きとパッとしない。少し自信をなくしているのかもしれない。先日女房と練習場に行き、400打のアプローチ練習をしてきた。その成果が、果たして今日のプレーに生きてくるだろうか。

 私のゴルフプレーは【力み型】で、軽く打とうと常々思っているのだが、ボールを前にするとついつい力が入って自滅してしまう。よく分かっているのだが、なかなかこの癖は直らないね。この日のプレーも、なるべく力を入れないで打とうと努力をした。さらに、この日の目標は【慎重パット】だ。

 それにしても、この日は私は楽にスウィングが出来たね。午前中こそダボ・ダボと続いたが、その後は持ち直した。力まずに打つと、飛距離までついてくる。さらにほとんど曲がらなかった。同伴のMasaoちゃんが「シンさん、この日のドライバーは良かったね」と感心していた。

 私にとって、ドライバーが良かったと褒められるよりも、アプローチが良いと褒められる方が嬉しいのだが。練習の成果があったのかどうか、最近絶不調のアプローチがピタッと決まる。さらに慎重に打ったパターも面白いように入った。この日は1パットが8回だ。これではライバルに負けるわけはない。

Dsc00186  当面のライバルまっきぃは嘆くことしきりである。「みんなにスロープレーを指摘されるのでクイックプレーを心掛けたのだが、おかげで調子が崩れて散々だ。しかも、自分のゴルフが崩れるのはパターからなんだよね。そのパターが良くなかった」と100叩きだ。

 嘆くことしきりだったが、もう何度もやっている自分のホームコースで100叩きはいけないね。そういう自分も、先月は100叩いているんだけど…。スコアが良い時には何でもいえるのだ。

Dsc00187 Dsc00188_2  この日のMasaoちゃんも良くなかったね。「まっきぃのあとはやり難くてしようがない」とはいっていたが、珍しくクラブにボールが当たっていなかったね。まっきぃのことは言い訳に過ぎないと思うよ。Masazoさんもだいぶ良くなったが、それでもドライバーのチョロがまだ出る。もったいない。

Dsc00190  この日は嬉しいことがあった。クリスマスというので、食堂は大盤振る舞いだ。ジュースやワインは飲み放題、サラダ、スープ、ケーキ、果物は食べ放題のサービスだ。年一回のクリスマスの日だけのサービスだという。これだけのサービスだとお昼ご飯はいらないねというと、ウェイトレスが「軽いかけうどんでどうですか」という。私は赤ワイン4杯にサラダ等を食べ、昼食はかけうどんだけだ。

 おかげでお昼ご飯は安かったし、オリンピックや握りにも勝て、ほくほく気分のクリスマスだった。自宅では、一切クリスマス気分はないにも関わらず…。

【この日の成績】

OUT45(15) IN42(15) TOTAL87(30)

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2013年12月25日 (水)

№2191 那須からのお土産

 今年最後の那須訪問も終わり、帰ってきた。今回は、那須から沢山のお土産を持ち帰った。

Dsc00176 Dsc00173 Dsc00177  まずは、畑の収穫物だ。白菜を大玉4個収穫した。持ち帰ったら、近所のご夫婦が歩いていたので一個差し上げることにした。この方には、いつも駐車場をお借りしているのだ。さらに若干小さかったがチンゲン菜、大きく成長していた小松菜も採ってきた。

 ほうれん草は残念ながら成長していなかったし、キャベツも植えたのが遅かったせいか、球を巻いていない。那須の寒さで、今後成長するのだろうか。今回の収穫は諦めた。

Dsc00184  沢庵も持ち帰ろう。小さな桶を買ってきて、10本ほど入れた。お正月食べるのには充分だろう。女房に依頼された卵、ゴボウ、ニンジン、タマネギ、里芋、レンコンなども買っておいた。

 最後に、飲料水用にと水道水をペットボトルに5箱を詰めた。これで、しばらくは大丈夫だろう。

 車は、那須のお土産でズシリと重かった。

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2013年12月24日 (火)

№2190 さて、沢庵はどうなっているか

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Dsc00169  那須に着くと同時に、沢庵の樽を開けてみた。前回も確認しているのだが、漬けた沢庵がしっとり濡れている。水が揚がるかどうかが問題なのだが、無事に水は揚がっているようだ。念のために、一本とりだした。漬けてから三週間ほど、大根には糠の黄色い色がまだ着色していないようだ。

 それでも食べることが出来るだろう。水道水で糠をきれいに洗った。包丁で切って、一切れ味をみた。まだ味が定着はしていないが、食べられないことはない。

Dsc00171  昨年入れ忘れたザラメ砂糖の味がほのかにする。塩加減を抑えたせいか、ほとんどしょっぱくない。もう半月も漬けておくと、今年も美味しくなりそうだぞ。ヨカッタ。

 向かいのOhnoのお父さんが滞在しているようだ。お父さんにも味見をしてもらおうと、差し入れた。翌日、器を返しながら感想を述べていた。「もう少し漬かる時間がほしいところだが、これはこれで美味しかったよ。大根の辛みが出ていて、私にはちょうど良かった」とのことだ。

 さて、お正月用に今回何本か自宅に持ち帰ることにしたい。

Dsc00172  先日、友だちのKamoちゃんたちが沢庵を漬けていった。樽の中を見てみると、無事に水が揚ってきているようだ。どうやら順調にいっているようだね。糠のブレンドは私と同じ量にしたので、私の漬かり具合を見た限りでは太鼓判だ。

 一月下旬には、もう大丈夫だろう。Kamoちゃんには、そのころ那須に沢庵樽を取りに来てもらいたい。連絡を取り合いたい。

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2013年12月23日 (月)

№2189 小雪舞う那須へ

 忘年会も一段落し、3日ほどの空白が出来た。そうだ、那須に行こうと突然決心した。スケジュールを見ると、この機会を逃すとしばらく那須に行く時間がない。

 それにしても、最近では少しでも時間があれば那須に来ている。自宅から那須までは車で142㎞ある。那須へは高速道路を使わずに、もっぱら国道新4号線を使う。この国道は、片側三車線区間もあり、ほとんど信号に引っ掛からない。100㎞/hのスピードを出しても、速度違反に問われることもない。

 自宅を出て、ほとんど2時間40分で那須に着く。この間、ノンストップだ。この距離を運転するのに、私は苦痛がない。むしろ、那須までの運転を楽しみにしている。だから、少しでも時間があると、「そうだ、那須に行こう」ということになる。

 数えてみると、今年那須に来たのは22回目だ。約90日である。那須に山荘を求めたのが2007年で足かけ7年になるが、例年大体那須に滞在するのは、コンスタントに90日前後だ。

 「那須に別荘を持っていると、さぞかしやお金がかかるだろう」と心配してくれる方もいる。ところが、那須にいるとほとんどお金を使うことがない。むしろ埼玉の自宅にいた方がお金がかかる。年金生活者として、できるだけ金を使わないようにと、那須に来ているようなものだ。那須では自炊で、めったに外食することもない。

 さらに、那須に滞在して有難いのは、静かなので読書がはかどる。夜九時くらいになると、布団に入り本を読み始める。眠くなると、電気を消す。そして、朝も目が覚めると同時に本を読み始める。この環境が良い。温泉に入るのも楽しみの一つだ。特に、寒い今の時期は、温泉でホカホカ温まるのが何よりの楽しみだ。

 今回は、お正月前に沢庵の様子を見なければならない。那須は物凄く物価が安い。お正月用品を買う必要もある。女房からは、「大根と里芋、ネギ、ニンジン、ゴボウ、タマネギ、卵を買ってきてね」とお願いされた。お安い御用だ。

 さらに、畑の収穫物も採って帰ろう。白菜、キャベツ、小松菜、チンゲン菜など食べられるだろう。しばらく那須に来れないので、飲み水も持って帰ろう。

 それにしても那須は寒い。自宅では快晴だった空も、那須に着いたら小雪がちらついていた。那須に到着して、すぐに水道栓を開けた。トイレの水が凍結しているらしく、なかなか水が出ない。しばらくしたらその凍結した水も出てきたのだが、これから那須は冬本番だ。

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2013年12月22日 (日)

№2188 俳句今年のベスト5

 『桟雲の会』の課題で、今年のベスト5の俳句を選んで来るようにとの宿題が出た。さて、今年会報に載ったYamahiko先生が選んだ私の俳句を抜き出してみよう。昨年は、年間100句くらい俳句を作っているが、抜き出してみると、41句が会報に載っていた。

 そのなかから、これはという句を選んだ。今日はその句を紹介し、先生がどのようなコメントを付けてくれたのかを紹介してみたい。今年の3月発行の第13号に、以下の句が載っている。

蒼穹に梯子を反らし出初式

 初めてのことだが、この句はその月の特選に選ばれている。句評で、『「反らし」の語が効果的。ポイントを一つに絞り、象徴的に表現したのがいい。余分な語がなくていい』とコメントしている。ただ、私はテレビで出初式を見て作った句だ。先生からは、「実際に見たら、もっと良かったのに」とコメントされた。

大寒や自家の沢庵配りゆく

 この句は自家製の沢庵がうまく出来たので、近所の知り合いに賞味して貰った時に作った思い出の句だ。Yamahiko先生からは、『素材が面白い。これでいい』との評をいただいた。また、高校の同窓俳句会でも選者のSenshuさんから『一年中で一番寒い時季で、今年の関東は例年に比べ寒いようである。震えるように寒い時だが、掲句は自家製の沢庵を隣近所や友人に配ったという。大寒という季語の取合せの句で、感じが出ている』と評され、特選をいただいた思い出の句でもある。ただ、『配りゆく』ではないもっと別の表現がなかったのか、若干の悔いは残る句だ。

黄水仙朝の食卓飾りけり

 この句にはYamahiko先生から、簡潔に『「飾り」が適切』という評をいただいた。この句にもSenshuさんから『掲句は庭に咲いた黄水仙を切り花にして朝餉の食卓を賑わし、香りが感じられる句である』との評をいただいた。まことに、わが心境を評したコメントだったとしみじみ思った。

如雨露もて庭に水撒き梅雨明くる

 この句には『視点がいい』との評であった。私は「如雨露」と「梅雨明くる」の対象が面白く、会心の出来だと思ったのだが、特選句というわけにはいかなかったのが残念。「如雨露」という素材を見つけたのが良かったのではないかな。

樹の洞に赤啄木鳥啼くや沼の夏

 この句は、那須滞在中に沼っ原湿原で見た光景だった。私は、那須滞在中に沢山の俳句を作っている。那須は、それだけ俳句を作る素材が豊富な事も確かだ。俳句の作句に悩んでいる時には、那須の自然を思い出している。

 【今年のベスト5】として、以上の5句を提出した。まあ、自分では若干上手くなったかなと思うこともあるが、それでもまだまだだね。「俳句は下手だね」と年賀状をいただいた元同僚のSさんはどう評価するだろうか。

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2013年12月21日 (土)

№2187 桟雲の会忘年会

 俳句同好『桟雲の会』の定例会兼忘年会があった。この会は結成して2年になるが、未だもって飲み会をやったことはなかった。今年最後の会だし忘年会をやろうよ、と提案したのも例によって私だ。

 この会は、普段は埼玉県民活動総合センターのセミナールームで行われている。皆さん車で参加する方が多く、帰りに一杯というわけにはいかないのだ。忘年会となると、会場をどこにするのかが問題になる。幸い、Yamahiko先生の自宅一階が空いているという。そこに食料や飲料を持ち込みでやろうということになった。

 とはいっても、俳句の会だ。第一部は定例会をやった。午後1時に始まった句会は、時間の制約がないだけに延々と続いた。普段は5時前には終わるのだが、この日は句会終了が5時半になった。

 それにしても名人とはすごいもので、私の下手な俳句でも、先生の手が入ると見違えるようになる。持ち寄る句は兼題一句に普通句五句だ。さらに、会が始まると即興で席題一句を作成する。各々の七句が選句となる。例のごとく、この日の私の俳句と、添削句を紹介したい。

(原句)熊手持ち山と積み上げ夕焚火

(添削句)熊手掻き落葉を集め夕焚火

 私は季重ねになると思い、「山と積み上げ」と苦心したのだが、これでは意味が分からないという。添削句で「落葉」と「夕焚火」が季重ねになるが、「夕焚火」の言葉が強いので、これでもOKだという。添削句の方がずっとすっきりしている。さらにもう一句。

(原句)水道栓閉めて備ひし冬に入る

(添削句)山荘の水道栓閉め冬に入る

 参加者から「私の原句では、なぜ水道栓を閉めなければならないのかわからない」という声が上がった。那須の家の話だと話して納得してもらったのだが、原句からはそのニュアンスが出てこないのだ。これも、添削の手が入ってすっきりした。

 会員から70句以上の堤句があるが、その半分くらいに先生のコメントが入る。コメントの句に対して作者と先生のやり取りがあるので、4時間以上の句会でも、時間が足りないくらいなのだ。本当に、句会が終わるとぐったりする。

Dsc00164 Dsc00163  さて、今日は忘年会だ。資料を全部片付け、テーブルの上には回転寿司屋さんから取り寄せた寿司の大皿、さらにはおつまみセットが並ぶ。私が買いだしてきたビール、乾きモノも開けられ、テーブルいっぱいになった。先生の乾杯の音頭で忘年会が始まった。

 どうしても、話題は俳句の話である。先生は【写生俳句】を唱えている『山火』の同人である。情緒的な言葉の使い方は徹底排除だ。「嬉しい」とか「悲しい」、「寂しい」などという言葉は別に置き換えるような指導が入る。例えばこの日の会員句に「鍋の葱をひとりじめ」という句があった。この「ひとりじめ」という使い方がいけないという。

Dsc00166  俳句談に熱が入ってきた。その都度お酒が進んでいく。ビールで乾杯したのだが、先生が自分の倉庫から頂き物という日本酒を出してきた。わが高校の先輩Senshuさんは、日本酒に目がない。どんどん冷酒が進んだ。結局、なんだかんだで二升も空けただろうか。それにしても、写真にある【越生梅林 純米吟醸原酒】は美味しかった。

 また私に対して、この会で長老の一人Asumiさんが「事務局がしっかりしているので、この会は続いているのだ」とお褒めの言葉をいただいた。会員のTaeさんも、「会報がしっかりしているので、この会に出る張り合いがある」と絶賛だった。Yamahiko先生までが、「私はいろいろな俳句会を主宰してその会ごとの会報を出しているが、この会の会報が最高。編集のセンスがあるヨ」と果報な言葉をいただいた。私は単純な人間なので、褒められるとすぐにも天に昇ってしまう。今後も続けよう。

 午後1時に始まった会だったが、9時近くになったので、もうお開きにしようよ。この日は、心地良い酔いだったね。

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2013年12月20日 (金)

№2186 東京シニア自然大学の忘年会

 今週は【忘年会ウィーク】である。毎晩のように忘年会、とはいって飲み歩いている。それを見ている女房は「会社を辞めて、それだけお誘いがあるのは良いんじゃないの」と、皮肉まじりだろうけれど変に慰めていた。ほとんどは、私が企画しているんだけどね。

 【東京シニア自然大学】今年最後の授業の後は、忘年会をしようと提案したのも、例によって私である。この教室は、いま学生25名、事務方2名で運営されている。忘年会の提案に、事務方も含め24名の方が参加することになった。会場は20名で押さえていたのだが、急遽人数を増やすことにした。

 さすが新宿の駅前、飲み屋さんは星の数ほどある。2時間飲み放題で4000円の会場を探し当てた。授業は3時に終わるので、4時開始とした。7人いる女性には、バラバラに座ってもらうようにお願いした。

 この教室の女性はお互い仲が良く、先週も【女子会忘年会】を開催したという。なんでも青山のフランス料理屋で、「美味しかったわよ」と話していた。羨ましいことで、なんで誘ってくれなかったのと恨み言を言ったら、「女性だけだからダメ」と素気無かった。この日も、女性は全員参加だ。

Dsc00139  飲み放題ということで、参加者はどんどんお酒を頼んでいた。ビールはピッチャーで何杯飲んだかしらね。さらに赤ワイン、白ワインを空けている方もいた。席の後方では、日本酒がどんどん注文されている。私は一杯も飲まなかったのだが、日本酒党もいるようだ。残念ながらアルコールは一滴もダメ、という男の方も何人かいた。

Dsc00142  飲み物も入ったし食べ物も一応方がついたところで、それぞれの方に「今年の東京シニア自然大学の感想」、「来年への抱負」など一言づつ語っていただいた。最初に席を立ったのが“級長”のKondohさんだ。この学校に入って素晴らしい仲間に出会えた嬉しさを話していた。彼は、わがクラス有数の酒飲みでもある。最長老のWakiさんも、一年元気に通えた嬉しさを話していた。

 この席で最後に決めたのが、卒業時の【クラス文集】委員だ。有難いことに、男2人、女2人の委員があっという間に決まった。お正月明けの授業には、各自500字の文章を書いて持ち寄ることにもなった。

 予定の2時間はあっという間に経ってしまった。級長の手締めで、お開きになった。それでもまだ夕方の6時だ。事務局のKuniyasuさんが「俺の行きつけの店に行こう」と声をかけてくれた。新宿三丁目にあるという。もちろん私は参加したのだが、参加者が半数に上ったのは嬉しいことだった。女性も半数以上は参加だ。

Dsc00156  お店は、【新宿末広亭】のすぐ近くにある沖縄料理の店だった。久し振りに沖縄料理を食べるね。豆腐チャンプル、ミミガー、豚の角煮、海葡萄などどんどん出てきた。それにしても、一次会であれだけ食べたのに、皆さんよく腹に入るね。

Dsc00160  この店には舞台もあって、沖縄民謡の演奏があるという。この店のママと娘さんが演奏して歌ってくれた。沖縄の民謡は黙って聴くべきじゃなく、一緒に踊るべきだと私は立ち上がった。一緒に来た仲間や女性たちも踊りの輪に参加し、随分賑やかだった。

Dsc00162  Kuniyasuさんなど、お面をかぶり舞台に登ったりお店一杯に跳ねまわっていたのには、皆さん大笑いだった。ウ~~ム、新宿にもこういうお店があったのだ。二次会も含め、この日の忘年会は楽しかったね。これも、仲間あったればこそだ。

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2013年12月19日 (木)

№2185 ヤマネって知っている?

 この日の【東京シニア自然大学】の授業は、午前中が関西学院大学教授湊秋作先生の【ヤマネとともに】で、午後からの授業は山階鳥類研究所所長の林良博先生の【人と動物の関係論】だった。

 この学校では、今までも普段は絶対聞けないたくさんの高名な先生のお話が聞けたが、午後の授業の林良博先生もその一人じゃなかろうか。林先生は、東大農学部長を経て山階鳥類研究所所長、そして今は兼任で上野にある国立科学博物館の館長を務めているらしい。私はこの先生を初めて知ったのだが、いずれにしろ凄い先生だ。

Photo  そして、今日紹介したいのは湊秋作先生の【ヤマネとともに】のお話だ。この日の授業まで、私はヤマネという小動物の存在は知らなかった。ましてや、この動物を専門に研究している方がいるなんて、驚きだ。

 最初に自己紹介があったのだが、先生は、この日の授業のために関西から朝の新幹線できたという。そして、先生の経歴がまた面白い。大学を卒業して、和歌山の辺鄙な小学校で24年間教師をしていたようだ。その方が、今では大学教授だ。たまたま関西学院大学で理学研究者を求める空きがあって、それにうまく乗れたようだ。

Dsc00132  なぜ、ヤマネの研究にハマったかというと、彼が所属していた大学の学長下泉重吉先生が「ヤマネと環境教育の創始者」だったことに由来する。哲学を志していた湊先生が、その学長のもとに行き「ヤマネを研究したい」と申し出たことがはじめだと言っていた。今では、【ヤマネミュージアム館長】として活躍しているらしい。

 ヤマネは古い動物で、5000万年前の化石が見つかっているようだ。人類発生よりもよほど古い。全世界に26種が確認されているが、棲息の中心はヨーロッパなのに、なぜか日本にも棲息している。ヤマネは地面は歩かず、樹木がないと棲息できないようだが、日本とヨーロッパはかつて地続きで、しかも森が横たわっていたのではないかという。

 先生は、世界のヤマネを求めて全世界を旅したという。ヨーロッパヤマネは寝言を言うし、南イタリアのモリヤマネ、スロベニアのオオヤマネ、トルコとブルガリアに棲むローチヤマネ、その他アフリカヤマネ、サバクヤマネを探して全世界を歩いたようだ。

Dsc00133  ヤマネの生態はまた面白いもので、一年の大半は冬眠しているという。日本名は、【冬眠鼠】ともいわれる由縁である。普段体温は35度くらいだが、冬眠に入ると0.4度まで下がるという。さらに、冬眠中はおしっこもウンチもしないし、寝息もたてない仮死状態のようだ。きわめて省エネに出来ているのだそうだ。どうしてこのような状態で生きていられるのか、医療関係者の中で専門に研究している方もいるという。

  さて、日本ではヤマネはどう扱われているのか。日本列島最古参の哺乳類として【国の天然記念物】に指定されている。レッドデータの準危惧種だったのだが、最近環境省がその指定をはずしたと、先生は怒っていた。

 ヤマネは普段何を食べているのだろうか。花や花粉が大好きでよく食べる。さらにはアブラムシ・ガなどの虫を食べている。アケビも大好きという。

 いま奥山が開発され、ヤマネの棲息地が狭まってる。森がないと生きられないヤマネをどう守るのか。企業の協力を得て【ヤマネブリッジ】や【アニマル=パスウェイ】建設に力を注いでいるようだ。

 以前聞いた授業の【アホウドリの再生】に命をかける研究者といい【ヤマネの研究】など、日本にはいろいろな研究者がいるものと、講義を聞いていて嬉しくなってしまったね。

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2013年12月18日 (水)

№2184 ブログ仲間で忘年昼食会

 平成22年(2010年)3月に始まった【県活ブログ仲間の会】は、結成して3年9カ月になる。この間、毎月第3火曜日には、県活のパソコン研修室で定例会を行っている。ブログ講座が行われなくなってに2年になるので、講座卒業生の新規会員は増えない。それでも、30数名の会員がいる。

 私もほとんどこの会には出席しているのだが、最近では相当難しいテーマまでこなすようになってきた。それだけに、当然落ちこぼれが出るのはやむをえない。そこは良くしたもので、同じテーマを何度もやることがある。これは、出席会員のリクウェストによる。

 私など悲しいもので、その席では分かったつもりでいても、使わないでいるとすぐに忘れてしまう。ただ、習ったことはすぐにブログに反映させる努力はしているつもりだ。

 この会は、8月には暑気払い、暮れには忘年会をやる計画を立てている。ただ、今年の8月は、残念ながら暑気払いはできなかった。その分、暮れには盛大に忘年会をやろうという呼びかけがあった。参加者は8人と決して多くはなかったものの、少人数だけに、親密な会になるのではなかろうか。

Dsc00120  会場は、さいたま新都心駅から歩いて15分ほどのところにある【甲羅本店】だ。蟹を食べさせるお店だというので、期待を持った。店頭には大きな水槽があり、タラバ蟹・毛蟹・ズワイ蟹などが泳いでいた。ただ、タラバは、一杯が8800円だという。とても、私の口に入るような値段ではないね。

 私は初めて訪れたこの店は、その筋では有名な店のようで、ポイントカードを持っている仲間もいた。「ポイントカードがあるとはいうものの、暮と夏の年二回しか使っていないのよ」とは言っていたが。料亭風の店内は、美味しいものを食べさせてくれるのではないかと期待を抱かせるのに充分だ。

Dsc00122  この日は、一日30食限定の特別昼食セットだった。見た目は極めてきれいなものだ。そうかそうか、旦那はコンビニ弁当で女房は豪華昼食とはこのことだな、と思った。客も、思いなしか女性の方が多かった。蟹の料理屋なのでもっと蟹が食べられるかと期待したのだが、この料金では少々甘かった。さらに、女性には充分でも、男にとっては若干物足りない量だったね。

 昼食会とはいっても、当然アルコール付きだ。ただ、女性5人、男性3人と女性上位だったので、主にアルコールを飲んだのは男どもだ。4合瓶の焼酎一本を空けた。アルコールの最後に食べたデザートも美味しかった。

Dsc00129  話題の中心は当然ブログのことだ。ある女性会員は、「ブログの定例会について行けないので退会した。しかし、まだブログは続けているので、親切に教えてくれる人がいたら、また入会したい」と話していた。隣に座っていたDekoちゃんが、「シンさん、彼女の脇に座って教えてあげてよ」と言っていた。まあ、私の隣に座っているなら、分からないことは教えないでもないよ。ただ、人に教えながら講座を聴くというのは、なかなか難しいものだと実感している。

 また、ある女性会員が外国からのスパムメールが貼り付くのに悲鳴をあげていた。こういう時に便利なのが、スマホだ。スマホの私のブログの管理ページを開き、とりあえずコメントを受け付けない方法を教えてあげた。たしか迷惑コメントのIPアドレスをシャットアウトする方法があるはずなのだが、あまり普段から使うこともないので、研究する必要がある。

 皆さん、意外とちょっとしたことで悩んでいる。ほとんどワンポイントアドバイスで解決してしまうことが、近くに知っている人がいないと、一人で悶々と悩むことになる。そのためにも、この会は有効なのではなかろうか。

 仲間同士、たまにはこうやって膝を突き合わせて語り合うのも良いものだね。

 ところで、この日出席のブログ仲間は皆さんブログ記事にしているのだろうが、どんな記事になったかな。私が最後のアップになるだろうから、それぞれ、訪問してみたい。

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2013年12月17日 (火)

№2183 ゴルフ仲間の忘年会

 私のゴルフ仲間は、矢張り飲み仲間でもある。「飲もうか」と一声かけると、すぐに10人くらいは集まってくれる大切な仲間だ。年末飲み会をどうしようかと考えていたら、Eimeiさんから「忘年会をやろうよ」と声がかかった。私に否はない。

 早速声をかけたら、10人ほどの人が集まることになった。会場は、いつもの神保町【やきとり屋】だ。私はこの店の常連客になっていて、店に入るとマスターに「今日は何人ですか」と声をかけられる。そもそも、この店は予約が出来ないと言っていたはずだ。

Dsc00116  ちょっと時間があったので近くの書店でブラブラしていたら、Hozumiさんにばったり会った。二人で飲み会会場に駆け付けたが、まだ誰も来ていなかった。現役バリバリのHozumiさんは、毎晩が忘年会の連続という。この日も、忘年会の二股らしい。「飲むのもいいが、身体に気をつけてね」と軽い注意をした。彼は、一時、体調を崩していた。あれも飲み過ぎが原因だったのではないか。

 そうこうしているうちに、一人また一人と駆けつけてきた。まっきぃは飲み会とゴルフでヘトヘト、と言っていたのだが、その割には最後まで付き合ってくれた。海外旅行漬けのMasaoちゃんは、「来年も、ほぼ毎月海外旅行日程が詰まっている」と言っていた。ヒマラヤトレッキングにアラスカ旅行、ベルギー・オランダあたりに行くと言っていたが、それ以外は覚えていない。

 Michiちゃんとお会いするのは久し振りだ。彼の息子がマレーシアで働いているとのことで、時々顔を見に行くようだが、「お正月は孫たちが来てウチに滞在するんだ」と嬉しげに語っていた。ゴルフの話題で盛り上がるなか、一人門外漢なことを言っていたのがToshitugu君だ。「ゴルフもいいが、釣りは楽しいよ」というのだが、誰も相手にしない。

 この仲間が集まると、誰それのゴルフがどうの、という批判で話題がつきない。まっきぃが前日のプレーで、ゴルフ名人のIshimasaさんにオーバードライブをしたことが話題になった。よく話を聞くと、ワンラウンドのうちにオーバードライブをしたのは一回だけだというのだ。それを大声で言うかね、と失笑が出た。まっきぃは、たえず話題の中心になる。

 そして、俎上にあがるのが、彼のスロープレーだ。Ishimasa名人が言うには、「まっきぃのスロープレーも問題だが、シンさんのプレーが早すぎるのもどうかと思うよ」と話していた。私のプレーはそんなに早いのかね。彼の解説によると、「特に悪いのが、パターをしっかり狙わずに打つことだ」そうだ。そういえばHozumiさんも、私のパターは下手だと指摘していた。

 私は、数年のゴルフ成績を記録しているのだが、あらためて見てみると、今年の平均パット数は36.0だった。「少なくとも、もう4打は縮める必要がある」とズバリ指摘したのがHozumiさんだ。そうか、女房も悩んでいたので、パット練習用のマットを買い、来年の課題としてパット数の改善に本格的に取り組もう。

 私の今年の成績表を見て、「あら、私とほぼ同じアベレージね。今度からはチャラで握りましょう」と挑戦してきたのがTaiさんだ。この席で、年内にもう一度ゴルフをする約束をした。それにしても驚いたのがまっきぃだ。あれだけ練習熱心なのに、自分の成績を記録していないらしい。まず上手になりたいなら、過去の歴史を紐解いて、反省することから始めるべきじゃないか、という話が出た。私の記録をよく見てみると、まっきぃとのゴルフがその3分の一を占めていた。

Dsc00118_2  ゴルフ話は、いつまでいっても尽きない。そろそろお開きにしようと、8時には席を立った。そして、有志で近くの蕎麦屋でまた一杯やって帰ってきた。それにしても、飲み会の後の蕎麦は美味しいね。

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2013年12月16日 (月)

№2182 今冬初の大雪

Dsc00114  夜寝ていると、かさこそと音がする。何だろうと不思議に思っていたが、寒さゆえ音も確かめずに、そのまま寝入ってしまった。朝、障子を開けてみたら外は大雪だ。天気予報を見ていたら、この日は晴れだったはずなのに、こんなに大雪が降るなんて驚きだった。

 そういえば、昨日沢庵を漬けたKamoちゃんたちが仲間を誘って那須の温泉ホテルに泊まっている。何でも男女9人でやってきて、忘年会だそうだ。果たして大丈夫だったのだろうか。私は天気予報を見ていて、「週末は天気が良いようだよ」と安請け合いをしてしまった。

 前日も、朝はうっすらと雪が降っていた。【あるるのいえ】の周りはすぐに融けてしまった。Kamoちゃんたちと一緒にお昼ご飯を食べ、お茶を飲んでホテルに行ったら、途中の坂道には雪が積もっていた。幸い、私はスタッドレスタイヤを履いていたのでなんでもなかったのだが、ノーマルタイヤでは登りきれない急坂だ。

Dsc00108  用意周到な彼らは、チェーンを携えてきているようだ。チェーンを履き替えていたので、私は待たずに帰ってきた。そしたら、この日の大雪である。彼らも驚いたことだろうが、私も驚いた。そのうちKamoちゃんから電話が入り、「大雪なので、このまま沢庵漬けの様子を見ずに帰ることにする」とのことだ。

 さて、私はどうするかな。晴れているようだったら、畑に余った糠を肥料代わりに入れようかと考えていた。しかし、この雪じゃどうしようもない。15㎝も積っただろうか、畑仕事をするとしたら、雪をどけなければならないな。

 この雪じゃ身動きが取れない。私も帰ることにしようか。それにしても準備が必要だ。洗濯をし、掃除をし、ペットボトルに自宅用の水を5箱も詰めていたらお昼になった。昼食は途中で何か食べることにして、雪道を帰って来た。

 途中、宇都宮付近まで来たら、快晴で雲一つなかった。あの大雪は何だったのだろうか。矢張り、那須は東北に近いとしみじみ思った。女房から電話が入り、「白菜や畑のものを採ってきてね」との依頼だったが、それどころではなかった。

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2013年12月15日 (日)

№2181 今冬二度目の沢庵漬

 私のブログの愛読者でもある高校時代の友だちKamoちゃんから、「那須で沢庵漬けをしたい」というリクウェストがあったのは、今年の夏ごろだ。漬け物は、寒いほうが良いのだ。もちろん、私はお手伝いすることを約束した。

 彼は、地元のシニア生涯大学に入学し、園芸部に属しているという。私のブログを読んだのだろうか、仲間で大根を育て、那須で沢庵漬をする計画のようだ。私も大歓迎だ。私は沢庵を漬けてもう5~6年にもなるだろうか、だいぶ要領を得てきた。Kamoちゃんとはメールで連絡を取り合って、大根の生育状況の報告を聞いていた。

 今回那須に来ているのは、彼の沢庵漬のお手伝いをするためでもある。同級生の仲間2人を伴って、午前10時半ころにやってきた。朝7時ころに自宅を出たようだが、3時間ほどで着いた。まずは、御苦労さんとお茶を飲んだ。しかし、尻がむずむずしているようなので、早速大根を漬けることにした。

Dsc00099  準備万端整えてきたようだ。大根は葉をつけたままだったので、包丁で葉を切る作業をした。メールでは50kgほどの大根との話だったが、正確に計ってみたら、32kgだった。大根を干しているうちに、水分が抜けたのだ。塩の加減のためにも、糠をいくらにするかを決めるためにも、重量は大事だ。

 糠は、参考資料によると10%が良いとあるが、私は15%の糠にしている。糠が多いほど甘い沢庵が出来るとある。彼らも、15%と同じ量にするという。塩も5%で、1.6kgを正確に計った。さらに、柿の皮を干したもの、昨晩から水に浸けておいた大豆、昆布、鷹の爪、クチナシを糠に入れた。クチナシは私は使わないのだが、沢庵に黄色い色を付けるのには有効だ。

Dsc00102  様々入れた糠をブレンドするのは丁寧に、と注意した。特に、塩の塊は細かく砕く必要がある。それと、下と上をきちんと入れ替える必要もある。この糠が、沢庵を美味しくする決め手になるのだ。どうやらうまく混じり合ったようだ。

 さて、大根を漬けよう。彼らは、樽を二つ用意してきた。樽は消毒が必要と、きれいに焼酎消毒をお願いした。消毒が悪いと、カビが生える原因になる。その上から、ビニールの袋を二重にかけた。これで準備完了だ。糠を半分にして、一つづつ樽に糠、大根を漬け始めた。大根を並べた上には大根の葉を敷き、その上から残りの糠をかけた。そして、ビニール袋でふたを閉じた。

Dsc00106  問題は、重石だ。向かいのOhnoさんの家に石臼がある。貸して貰えないか頼んだ。「沢庵の匂いがついて、あとあとまでとれないんだよね」と渋っていたが、キチンと覆いをかけることを条件に借りることにした。彼らは20kg入りのポリタンクを用意してきた。臼とポリタンクを使い、重石をかけた。1時間ほどで、2樽の沢庵漬が出来た。

 このまま、ウッドデッキに1ヶ月半ほど置いておくことにした。沢庵が漬かるころに、Kamoちゃんが再度那須にやってくるという。さて、美味しい沢庵が出来ると良いね。

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2013年12月14日 (土)

№2180 寒さを押して那須へ

 10日あまりぶりに那須にやってきた。埼玉も寒いのだから、那須はもっと寒いだろうね。しかし、那須では仕事がある。先日漬けた沢庵の様子を見る必要があるのだ。沢庵は漬けっぱなしというわけにはいかない。重石をかったのだが、水が揚っているかどうかを見てみたい。

Dsc00096  さて、那須に着いてすぐに重石をあげてみた。ヨカッタ、ヨカッタ、無事に水が揚っているようなのだ。しかも、ビニール袋にくるまれた大根は、真空状態を保っているようだ。ご飯を炊くと同じ要領で、沢庵は漬かるまで真空状態に保っておくのが良いのだ。ビニールを開かずにそっとしておいた。

 寸銅鍋に水を一杯入れた重石は、ある一定の役割を果たした。寸銅鍋に入っている水を半分に減らし、重石を軽くした。さて、お正月開けには沢庵は食べられるかな。

 それにしても、那須は寒い。2軒隣のMiyauchiさんが一生懸命薪作りをしていた。「精が出ますね」と声をかけたら、「那須は寒い。ウチは吹き抜けに作ったので天井が高く、いくらストーブを焚いても、熱気が天井に逃げていく。建てるのが間違った」と言っていた。築後15年ほどになるが、こんなに寒いとは思わなかったらしい。

 向かいのOhnoのお父さんも、4日ほど前から那須に来ているようだ。「寒くて、毎日震えているよ」とぼやいていた。Ohnoさんの家の暖房は薪ストーブだ。軒下に山のように積んでいた薪も、見る見る間に減っている。この冬、果たしてもつのだろうか。そしたら、「大丈夫。まだ他の場所にも薪はあるから」と言っていた。

Dsc00094_4  久し振りに、畑を見に行った。残念ながら、この寒さで充分に成長が出来ないようだ。矢張り、植えるのが2週間ほど遅れたようだ。農業をやっている友が、「植えるのが一週間遅れると、成長が一カ月遅れるヨ」と言っていたが、本当だ。まあ、食べられるものだけを採集しよう。今晩の鍋用にと、白菜を一個とってきた。

Dsc00097  前回、那須から帰る時に、凍結防止にと水道栓を閉めていった。水道栓を開けようと裏に回ったら、椎茸の木に5~6個の食べられそうな椎茸が成長していた。イヤ~、こんなに寒くても椎茸はなるんだね。今晩の鍋用にと、採っておいた。採ったばかりの椎茸は、さぞ美味しいだろうね。

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2013年12月13日 (金)

№2179 フォルダの整理

Dsc00089  前号の続きのような話になるが、私は【東京シニア自然大学】の授業には、教室にモバイルパソコンを持ち込んで、テークノートしている。主には、ブログを書くための参考にするためだ。私は打ちこみ速度はそんなに早い方ではないが、それでも授業についていくだけの速度ではキィボードを打ちこめている。

 今年の4月に始まった授業だが、やってみると結構講義録が溜まった。私は整理が苦手で、いろいろな場所に講義録が散乱している。今までは、ブログを書くと用無しになるのだ。ただ、消去はしていない。こういうことをやっていると、便利な事もあるものだ。

 【東京シニア自然大学】は来年3月には卒業だ。今盛んに議論されているのは、①卒業に向かって何をするのか、②来年以降、【専科】を立ち上げるとしてどういう活動が可能なのか、③来年以降入学してくる方たちに何か提言があるのか、の話し合いが何度か行われている。

 いずれ、卒業に向けて記録集+卒業文集が必要だとは、一部の人たちのなかで意見一致している。

 記録集に向けて、資料は豊富だ。まずは、授業の概要を記したシラバスがある。さらに、受講生が講義の後に必ず提出する【ふりかえりシート】がある。事務局にHayashidaさんが、授業の都度写した写真も1500枚余りにのぼるという。その上で彼が言うには、「シンさんのブログから抜粋して文章を短くしたら、記録集としては充分だ」という。

 まあ、私のブログだけでなく講義ノートがあるから、それを読むと講義の様子が分かる。さらには、私も大量の写真を撮っている。ただ、写真もあちこちに散らばりっぱなしだ。

 意を決して、フォルダの整理に取り掛かった。講義録については、【名前の変更】で頭に日付をきちんと入れた。すると、フォルダでは日付順に並べ替えてくれる。数えてみると、21回の講義録が出来た。

 さらに写真の整理だ。【ピクチャ】のフォルダには、矢張り日付順に撮った写真が並んでいる。これを【新しいフォルダ】を作って、名前の変更をして移した。当然、頭には日付も入れた。4月15日に始まった【開校式】から最新の授業までのアルバムが出来た。

 これらをつけ合わせて編集すると、立派な記録集が出来るのではないか。問題は文集だ、受講生の皆さんが文章を書いてくれるかどうかだ。それは私の仕事ではないね。いずれ、週一回の授業で正月休みもある。ぐずぐずしていたら、すぐに日にちは経ってしまう。まあ、私が出来るお手伝いはしたいと思うのだが…。

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2013年12月12日 (木)

№2178 野鳥の神様

 毎週水曜日の『東京シニア自然大学』の授業を楽しみにしている。こういう定例会があるのが、生活の基本的な柱になっているのは良いね。先日もテレビを見ていたら、NHK「クローズアップ現代」で、大量のシニア世代の退職が話題になっていた。会社を辞めてみると、やることがない人が大量に社会に排出されている。

 自分で自分の道を早く見つけなければならないが、なかなか適合できずに迷っている人が多いようだ。そりゃそうだね、会社人間として何十年もやってきた人が、いったん会社を離れると、ポツンと独りぼっちになるのは目に見えている。自分で何かをしなければならないと思っても、選択肢はそんなに広くはない。

 そういう意味で、私は退職後の『県活パソコン講座』や、『彩の国いきがい大学』入学、そして今の『東京シニア自然大学』での活動と、きわめてアクティブに動いているのではと、自画自賛している。毎日が楽しいね。

Dsc00087  この日の『東京シニア自然大学』の授業は、久し振りに新宿のエコギャラリーに戻ってきた。新宿西口公園は、紅葉黄葉に彩られていた。特に銀杏の落葉を踏みしめて教室に通うのに、何かそこはかとない幸せを噛みしめて歩いた。

 落葉の真ん中では、何人かの方が犬の散歩を楽しんでいるようだった。大都会の真ん中の公園ってなかなか良いものだね。

 さて、この日の『東京シニア自然大学』の講義は、午前中は日本自然保護協会常勤理事の横山隆一先生の『自然保護の歴史』、午後は日本野鳥の会理事の安西英明先生の『日本野鳥の会の歴史』の講義だった。いずれも聞き応えのある授業だったが、今日は安西先生の講義を紹介したい。

Dsc00090  安西英明先生は、ラジオ番組『電話子ども相談室』や、NHKラジオ日曜朝5時33分からの『季節のいのち』で有名な野鳥博士だ。ちなみにインターネット検索をしてみると、安西先生のNHK番組『季節のいのち』が聴けるのにはちょっと驚いた(興味のある方は、下線をクリックしてみて下さい)。

 安西先生はこの学校でもメイン講師で、9月には東京港野鳥公園で「都心に息づく命の再発見」という授業があった。10月には井の頭公園での授業の予定だったが、台風で順延となった。

 ただ、この日の授業は纏まった話というよりも、野鳥についての蘊蓄を聞くことが主だった。【日本野鳥の会】は、昭和9年に中西悟堂が立ちあげた会で、いまの会長は柳生博さんだ。イヌワシにうるさい柳生さんとは、野鳥の蘊蓄の好敵手だという。

 それにしても、彼が野鳥の生態に詳しいのには脱帽だ。まあ、野鳥のガイドブックを作っているくらいだから、当たり前といえば当たり前だがね。生徒からの様々な質問には、たちどころに答えていた。

 例えば、ヒヨドリという野鳥がいる。日本野鳥の会発足の昭和初期には森の鳥として、一般に見かけることはなかったらしい。それが今ではどこでも見かけるし、生息範囲を北に伸ばしているという。何が原因なのかは分からないらしい。地球の温暖化という人もいるし、食べ物が豊富になったのが原因という人もいるようだ。

 私は、「最近雀が少なくなったように思うが、原因は何か」と質問した。彼が答えるには、本当のところ野鳥の実態はほとんどよく分かっていない。減ったという人もいるようだが、反対に増えたという人もいる。季節にもよるが、春は抱卵の時期にも当たっているので雀は増えるが、冬は減っていく。

 雀が増えているか減っているか、全国を実態調査しながら研究している方もいるようだ。その方の研究では、「都会では番いから子雀が1.3羽、田舎では3.5羽と、生まれる数に違いがあるようだ。何が原因かは分からない」と話していた。ちなみに、雀が生まれて成鳥になる確率は、約27%だという。ほとんどは他の鳥に食べられるか栄養不足で死んでいく。

 雀の質問に答える形で、20分程野鳥に関する様々な話が聴けた。私には『質問大賞』として、日本野鳥の会の機関誌をプレゼントされた。

 話を聞いていて、生物の自然の中で生きていく厳しさを知った思いだ。ちなみに、いま東京で増えている野鳥は隼だという。食べものとなる鳩が豊富なせいらしい。こういう話は、いつまで聞いていても面白いね。

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2013年12月11日 (水)

№2177 雨で中止のゴルフ

 私が天気予報に注目するのは、ゴルフの予定日の天気がどうなのか心配の時だけだ。一週間ほど前から予報が分かるのだが、しばらくは晴れ時々曇りの予報が出ていて、安心していた。それが、2日ほど前から雨マークが出てきた。12月の雨は心が重い。

 案の定、世話人のSusumuさんからメールが届き、「明日は雨の予報だが、ゴルフはどうするか」と聞いてきた。天気予報を見ると、そんな激しい雨でもないようなので、決行しようよと返事をした。

 最近、すっかりゴルフに自信をなくしている。ウチで悩んでいてもしょうがないじゃないの、と久し振りに練習場に行ってきた。練習場では、素晴らしい球が出るではないか。何をくよくよ悩んでいるのか、と今までのことがバカらしくなった。結局、その日は180球余りの球を打ってきた。

 そして、ゴルフの前日、女房に「運動不足なので、ゴルフ練習場に行こうよ」と誘われた。最近の女房のゴルフに対する思いは、私より強い。私をさておいて、とっととゴルフに出かけていく。ゴルフ練習場のインストラクターと仲良くなり、ショッチュウ誘われているようなのだ。

 帰ってくるたびにぼやくことしきりだ。「ドライバーは良いんだけで、アプローチとパターがダメなのよね」という女房のスコアカードを見ると、まだまだ初心者の域を抜け出せていない。それでも、課題はアプローチだとわかっただけでも、一歩前進だ。

 女房に付き合うつもりでゴルフ練習場に出かけた。私の課題もはっきりしていて、アプローチの正確さだ。この練習場は、4時間打ちっぱなしで1900円だ。私の隣の打席に立った女房は、しゃにむにボールを打っている。以前に比べて上手になったとはいうものの、もっともっと丁寧に打たなければ練習の意味がないな、と思いながらも黙ってみていた。なんと500~600球も打ったのではないかな。

 私は弱点克服と、52度と58度のウェッジを持った。それぞれを各100球づつ20ヤードの枠に入れる練習に没頭した。大分感じがつかめてきた。

 私が入れているクラブで、ほとんど使われていないものがある。ユーテリティクラブだ。買ってはみたものの、練習不足のせいか、ほとんどスライスボールしか出ない。このクラブは性能を発揮すると170~80ヤードも飛び、大変な武器になるはずだ。このクラブを使いこなすのが、もう一つの課題だ。

 30球ほど打ってみたら、相当真っ直ぐ飛ぶようになってきた。もっと前から練習していたらよかったのに、と後悔した。結局、この日は400球ほどを打ったのだが、ほとんどがウェッジとユーテリティの練習だ。それを見ていた女房が、「なぜ、ドライバーの練習をしないの」と不思議がっていた。短いクラブのタイミングがぴったり合うと、おのずから長いクラブも合って来るのだと説明したが、分かったかな。

 それにしても、ウェッジとはいえ久し振りの400球の練習だった。右手に若干水膨れが出来てきた。これで、明日のゴルフはクラブが握れるか心配になったので、練習を切り上げた。それでも、2時間半ほど練習場にいた。

 帰ってきて携帯を見たら、Susumuさんから何度も電話がかかってきていたようだ。私は携帯を持参していかなかったのだ。折り返し電話をかけてみると、「明日は矢張り荒れ模様なので、ゴルフコンペは中止しよう。参加者は、皆さん歳をとっているので…」とのことだ。すでに、ゴルフ場にも参加者にも連絡済みとのことだ。まあ、残念だったような、手の水膨れを見て良かったような、複雑な気分だ。

 そういえば、昨年のこのコンペも、高崎サンコーカントリークラブの赤城おろしに吹かれ、散々だったことを思い出す。この会の「忘年コンペ」は、二年連続で災難に襲われたね。

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2013年12月10日 (火)

№2176 11月には何を読んだのか

 毎月の定例記事として、前月に読んだ本の報告をし、なかでも印象に残った2~3点の感想記事を書いている。

 何度も言っているようで申し訳ないが、読書には波がある。どんどん読める月と、なかなかハカがいかない月がある。不調だった翌月は、反省心からか一生懸命読んでしまう。10月の読書が不調だっただけに、11月は頑張ろうと読書に精を出した。これが出来るのも、【読書記録】をきちんとつけているお陰だと思う。

 私の読む本はほとんど小説だが、それも乱読の部類だ。目についた本を手当たりしだいに読んでいる。ただそこは慎重で、ほとんどは以前に読んだお気に入りの作家のものだ。新しい作家には、ほとんど手を出していないね。だから、半面読む本が少なくなる。毎月、選書に四苦八苦している。

 11月も、読んだ本の一覧表を眺めてみると、ほとんどが馴染みの作家の本を読んでいることが分かる。結果は、16冊・5,204頁の読了だった。毎月最低5,000頁は読みたいと思っているが、まあ、11月はなんとかクリアした。それでは、具体的に何を読んだのか。

貫井徳郎『愚行録』 東京創元社 2006年3月刊

梁石日『Y氏の妄想録』 幻冬舎 2010年12月刊

夢枕獏『呼ぶ山 夢枕獏山岳短篇集』 メディアファクトリー 2012年4月刊

宮尾登美子『湿地帯』 新潮社 2007年8月刊

西木正明『水色の娼婦』 文藝春秋 2013年9月刊

東野圭吾『容疑者Xの献身』 文藝春秋 2005年8月刊

西木正明『極楽谷に死す』 講談社 2008年3月刊

柳美里『山手線内回り』 河出書房新社 2007年8月刊

山口瞳『父の晩年』 河出書房新社 2007年1月刊

夢枕獏『大江戸釣客伝(上)(下)』 講談社 2011年7月刊

村上由佳『天翔ける』 講談社 20132年3月刊

松本清張『神々の乱心(上)(下)』 文藝春秋 1997年1月刊

葉室麟『蜩の記』 祥伝社 2012年2月刊

C.W.ニコル『森をつくる』 講談社 2013年3月刊

2013_1109_112237pb090004_2  今月最初に紹介する本は、松本清張『神々の乱心(上)(下)』である。本書は、著者最晩年の作である。完結することなく、松本清張は亡くなったという未完の大作だ。

 私は、松本清張の熱心な読者というわけではない。それでも、『零の焦点』とか『砂の器』など主要作品は若いころに読んでいる。ただ、私は読み飛ばし読書なので、ミステリーは基本的に苦手だ。

 『神々の乱心』を読んで思ったのは、高橋和己の『邪宗門』である。私の大好きな小説だ。後者は、新興宗教『大本教』の大弾圧にヒントを得た作品だった。清張の作品も、新興宗教『月辰会』をめぐる話だった。ただ、戦前の権力の宗教弾圧から満州での経緯まで話が広がり過ぎて、一体最後にどのように締めくくるのだろうかと思った。残念ながら、そこは描き切れていなかった。それにしても、清張は重い。

2013_1109_112315pb090006  最近、気になって読む作家に夢枕獏がいる。今月は2点の作品を読んだが、そのうちの『大江戸釣客伝(上)(下)』について、ここで紹介したい。夢枕獏という作家について、私は最近読みはじめたばかりなので、まだよく分からないというのが正直なところである。ただ、『神々の山嶺』のような彼の山岳小説は良い。しかし、おどろおどろしい魑魅魍魎を描く作品は遠慮したい。

 今回の小説は、江戸時代の徳川綱吉の御代の話だ。綱吉の「生類憐みの令」がエスカレートして、犬だけではなくすべての生き物、例えば釣りで魚を獲るのも、商売以外はまかりならないということになった。綱吉の側小姓までやっていた主人公津軽采女は大の釣好きである。しかし、幕府の眼をはばかって、釣りは遠慮していた。しかし、悶々と釣りに対する思いが嵩じてくる。

 その時、家族も財産も何もかも捨てて釣りに没頭した「投竿翁」という謎の男の存在を知る。しかも、彼・なまこの新造の書いた『釣り書』の存在が分かった。調べてみると、その男には娘がいるようなのだ。話しは一種のミステリー仕立てだ。さらに、微妙に忠臣蔵の吉良上野介の話まで加わる。

 江戸風俗まで描かれていて、私には面白く読めた。ただ、残念ながら釣りに関しては門外漢だ。

2013_1109_112205pb090003  最後に取り上げるのが葉室麟『蜩の記』である。私は歴史小説が好きで、よく読む。そして、この小説は藤沢周平や山本周五郎の『樅の木は残った』を彷彿とさせる作品だった。

 舞台は豊後羽根(うね)藩。戸田秋谷は藩主の側室との不義密通の罪で、10年後の切腹を命じられる。10年間は、彼が手がけている「藩史」を仕上げる時間だ。その戸田見張りのために遣わされたのが壇野庄三郎である。壇野は戸田の仕事を手伝いながらも、彼を注意深く監視する。

 身近で彼の所作を見るにつけても、段々と戸田に信服していく。しかも、戸田は藩の権力抗争の中で貶められていったことが分かる。家老・中根に命じられて戸田のもとに赴いたが、むしろ戸田を守ろうという立場に変じた。ただ、戸田は仕事が終わり次第切腹する覚悟はできていた。

 この小説を読みながら、静謐さを感じた。淡々と進む筋に、安心して読めたことは確かだ。私は、山本周五郎の作品はほとんど読んでいるはずだ。若かったころの話なので、再度読んでみたいと思ったね。

 この小説は2011年10月に発表されて、直木賞を受賞した。2012年、NHK-FM放送でラジオドラマになり、来年2014年には映画化も決定された話題作でもある。面白く読めた。

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2013年12月 9日 (月)

№2175 冬のタイヤへの履き替え

Pb300012  師走に入り、ずいぶん寒くなった。那須では初雪も降ったらしい。それにしても、那須は寒かった。ストーブは当たり前。先日お客さんが来た時には、倉庫から出した強力な大型石油ストーブをもう一台点けた。次回那須に行く時には、炬燵を入れなければ、と思っている。

 さて、冬到来とともに、車も冬用の装備が必要である。タイヤをノーマルからスタッドレスに履き替える時期に来た。いつもはタイヤ専門店に行って、履き替えをお願いしている。費用は約1万円かかる。ところが、近所の方が自分で冬用タイヤの履き替えをやっていた。そうか、自分でもできるんだ。

Dsc00083  タイヤの履き替えを自分でやることにした。スタッドレスタイヤは、夏の間は車庫の隅に転がしている。やおら、そのタイヤを取り出した。開けてみると【右後ろ】とか【右前】のステッカーは貼られていた。その通りに履き替えればいいのだ。

Dsc00082  最近の車は性能が良いせいか、エンジンルームとかスペアタイヤを覗いてみることはほとんどない。今乗っている車は昨年の4月に買った新車で、もう3万㎞も走ったのに一度も故障がなかったのは有難いことだ。

 まずは、古いタイヤをはずす。3万㎞も走ったタイヤは、相当ミゾがすり減っていた。このタイヤは、次回履き替える時には交換しなければならないな。そして、スタッドレスタイヤを装着した。そんなに難しい作業ではない。

Dsc00085  4本のタイヤを次々と交換していった。ネジを締めるのは、慎重に強く締めた。ネジがはずれたら、重大事故につながりかねない。かくて、1時間ばかりで無事作業を終えた。

 那須の友だちAgeちゃんがやってきた。「スタッドレスタイヤの履き替えは、那須のガソリンスタンドでは2000円くらいでやってくれるわよ」とのことだ。そうか、那須で履き替えるというのも一つの手だな。

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2013年12月 8日 (日)

№2174 今年の健康診断結果は?

 ブログ仲間でも、過去の記事に触れる方が意外に少ないね。私は、このブログをその日その日の記事を書くだけではなく、過去に何があったのか振り返るよすがとしている。6年近くも続けていると、過去に何があったのか振り返るのにとっても便利なメモとなっている。

 この日のテーマの【健康診断結果】も、一年一度、このブログに書いている。紐解いてみると、2009年1月20日の№368号2010年2月15日の№7602010年12月8日の№1060号2011年12月9日の№1436号、そして昨年2012年12月1日の№1800号に、その年の健康診断結果の報告が載っている(興味のある方は、下線をクリックしてください。当該記事が読めます)。

 さて、今年の結果はどうだったのだろうか。今年は、脳のMRIも撮っているので合わせて報告したい。

 身体計測では、じわじわと肥満度が増している。昨年に比べて体重が1㎏、腹囲が1㎝増えている。BMI(体格指数)の判定結果は、(肥満)で26.8となっている。このところ毎年いわれているのが、「太り過ぎですので痩せて下さい。アルコールを控え、運動を欠かさずに」だが、なかなか実現しない。

 視力・聴力とも異常なしだが、血圧の最高が108、最低が47とやや低すぎる。血圧はその時々で大きな変化があるもので、先日那須の温泉の【自在荘】で計ったら、何と190という数字が出た。おかしいと測り直してみたら、130だった。血圧は、朝晩定期的に計ったらいいのかもしれない。高血圧に悩む女房は、朝晩必ず計っているようだ。

 脂質代謝という診断で、中性脂肪の指数が出ている。正常値は149以下なのに、私の指数は213だ。これも太り過ぎが原因だろう。判定はCと出ているのはやむを得ない。痛風の数値である尿酸判定も、昨年がBだったのに、今年はC判定だ。正常値が7以下なのに私の数値は8.1とかなり高い。要注意だ。

 糖尿病の数値をあらわす血糖値も114とじわじわ上がっている。正常値が109以下というから、高い数値だ。判定は、矢張りCである。これも肥満から来る生活習慣病の一種だと思う。

 総合診断は、これも最近ほとんど同じだが、C判定で、【経過の観察を要します】というコメントがあった。さらに医師の診断で、「肥満は高血圧、糖尿病の原因となります。日常の注意が必要です。アルコール類の飲み過ぎに注意して下さい。週2日以上の休肝日をとって下さい」とあった。もっともっと、日常の運動が必要だね。ただ、週2日以上の休肝日は無理と思うが。

 健康診断と同時期に行った、脳のMRI検査の報告も来ていた。先日私の脳の写真の記事を読んだある方から、「お前は悪趣味だ」と批判されたが、これも私の生きている記録として読んでいただきたい。その報告は、【概ね正常です】という診断結果とともに、以下のようなコメントが付されていた。

 「脳梗塞や脳腫瘍はありません。脳室という脳の中の水の空間の解剖がやや正常とは異なっていますが、正常異常という病的意義のない所見なので、全く心配ありません。脳動脈にくも膜下出血の原因となる動脈瘤はありません。また、脳梗塞の原因となる狭窄(血管の狭い部位)もありません。その他にも異常ありません」という判定だった。

 脳のMRIは、3~4年に一度の検査で良いのかしらね。来年一月には胃カメラ検査があるが、これも年一回の検査である。

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2013年12月 7日 (土)

№2173 城山三郎を読む

 新しいものを知りたいという飽くなき好奇心、定年後の最高の過ごし方だとつくづく思う。そして、いろいろと知れば知るほど、知らないことが多いのに呆然とする。人生は短い、この好奇心を満たす作業に日々没頭したい。

Dsc00079  この日は、【浦和社会生活大学】の授業があった。私が出席したのは一ヶ月ぶりだ。忙しさにかまけて、この学校は最近おざなりになり気味だ。先日も一緒に入学したOnちゃんから電話があり、「この日は落語の授業だ、出席しないのか」との問い合わせだった。私は別用があり、残念ながら出席できなかった。

 そして、この日は高橋敏夫先生(早稲田大学文学部大学院教授)の講義があり、参加してきた。この日の演題は、「城山三郎を読む」というものだった。私は城山作品をたくさん読んでいるような気になっていたが、この日の講義を聞いてあまり読んでいないことが分かった。

Dsc00081  城山三郎の文学的位置の話から始まった。城山は1927年(昭和2年)生まれで、「熱狂嫌い」「権威嫌い」「戦争嫌い」の人だったという。藤沢周平、吉村昭、結城昌治などと親しく交わっていたらしい。私は藤沢、吉村の本はよく読んでいるが、結城の本は読んでいない。いずれ、文学傾向として、私には好ましい作家の一人である。

 城山に特筆されるのは、「経済小説」の分野を開拓したことにあるそうだ。例をあげていたのは、『輸出』、『総会屋錦城』、『鼠 鈴木商店焼打ち事件』、『価格破壊』、『毎日が日曜日』等だ。残念ながら、私は『毎日が~』しか読んでいないな。『毎日が日曜日』は当時の流行語大賞にもなったという。1976年のことである。

 さらに城山の力を入れたのは、「評伝小説」だ。『辛酸 田中正造と足尾鉱毒事件』、『落日燃ゆ』、『雄気堂々 渋沢栄一の生涯』、『男子の本懐 浜口雄幸』、『もうきみには頼まない 石坂泰三の世界』等だ。城山のこのジャンルの本は読んだね。

 城山のもう一つのテーマは「戦争小説」だ。『大義の末』、『硫黄島に死す』、『指揮官たちの特攻』等だ。このジャンルも私の弱いところだ。あまり読んでいない。

 晩年の作になるが、容子夫人を書いた『そうか、もうきみはいないのか』のエセーが、城山の存分をよくあらわしているようだ。来年の課題として、この近辺から、もう一度城山を読んでみよう。幸い、自宅には「城山三郎伝記文学選(全6巻)」がある。

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2013年12月 6日 (金)

№2172 目からウロコのBBQテクニック

 この日の【東京シニア自然大学】の授業は、川崎市黒川青少年野外活動センターでの授業だった。テーマは、『目からウロコのバーベキューテクニック』だ。この会場では、今年の5月22日、『キャンプの基礎知識』という授業が行われた。先生も、同じ野口透さんだ。

2013_1204_132410dsc00078  野口さんは、全国に50人しかいないバーベキューの上級インストラクターとのことだ。ヘ~~、バーベキューにもインストラクターなんて資格があるんだ、と驚いた。野口さん本人も驚いたようだが、これがなかなか奥が深いということが分かったという。

2013_1204_104723dsc00065  バーベキューをやるには三種の神器があるという。【チムニースターター】と【水鉄砲】、それに【火消し壺】だ。チムニースターターは、炭熾しにはなくてはならない道具だという。なるほど、使ってみると、新聞紙一枚で簡単に火が熾きた。那須で毎年バーベキューをやるのだが、火熾しが一番の難事だ。これは手に入れよう、Amiちゃんが泣かないで済むように。

 まずは、インストラクターの先生が見本を見せてくれるという。見知らぬ言葉がドンドン飛び出した。【ツーゾーンファイヤー】【スリーゾーンファイヤー】【ミシシッピーテスト】など初めて聞く言葉だ。なるほど、やってみると理にかなっていた。ここでは詳しくは述べない。

 さて、いよいよ肉と野菜の焼き方実習だ。肉を焼く時には、ストライブ(バーンストライブ)をきれいに作るという。さらに、厚い肉を焼く方法、椎茸の正しい焼き方などを教わった。なるほど、一々が理にかなっていた。

2013_1204_111353dsc00068  いよいよ3班に分かれて、班ごとにバーベキューをやった。チムニースターターで、30分ほどで火はカンカンに熾きていた。グリルは二つで、一つは鶏肉とスペアリブを焼いた。これには30分ほどかかるとのこと、蓋をしてしばらくほっておいた。

2013_1204_114428dsc00070  もう一つのグリルで、最初は牛肉を焼いた。下味として、塩と胡椒をたっぷりかけて包丁の背で叩いた。そして、豪快に焼く。先ほど習ったストライブをつけることは忘れない。さらに重要なのは、旨み成分の肉汁を逃がさないことだ。あまり焼き過ぎないことに注意したら、レア肉になってしまった。「これじゃ食べられないわ」と再度焼く人もいた。

 野菜を焼くのも、豪快なものだ。大きなピーマンはそのまま焼いていた。「ヘタとなかの種が甘みがあって良いのよ」とのことだ。さらに、長ネギも切らずに、一本のまま焼く。椎茸の重要なのは、汁を逃がさないことだそうだ。弱火で焼いていると、汁が湧きでてくる。それを逃がさないように食べるのが良いのだ。

2013_1204_124353dsc00073 2013_1204_130145dsc00075  ちょうどお昼時で、皆さんガツガツ食べた。きれいに食べ終わったら、【デザートバーベキュー】と【アフターバーベキュー】だという。デザートバーベキューは、グリルでフルーツを焼いた。バナナとパイナップルだ。これがとても美味しかった。さらにアフターバーベキューでは、マショマロ焼きだ。ビスケットにくるんで食べると、甘い香りがした。

2013_1204_131216dsc00077  そして、最後の模範は、丸々一羽の若鳥をビールでの蒸し焼きだ。炭酸が全体に行きわたり、これも美味しかった。この日は、本当に眼からウロコのバーベキューだった。

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2013年12月 5日 (木)

№2171 美味しい食べ物の記憶

2013_1203_160620dsc00047  【男の料理教室】の忘年会があった。今月は、食べ歩き月間だったが、近場で忘年会をしようということになった。会場は、いつものさいたま新都心31階のレストランである。いつもは飲み放題3500円コースだが、今回は気張って4000円コースで申し込んだ。参加者は9名と、若干寂しかった。

 人数が少ないこういう時には、食べ物についてしみじみ語りつくそうよ。テーマは、「自分が一番美味しいと思っている食べ物」、「過去に食べて一番美味しいと思ったもの」、「故郷の懐かしい食べ物」と題して、一人づつ発表することにした。この趣向が非常に良かった。

 口開きをしたNさん。「朝食の味噌汁と納豆が良い。味噌汁は豆腐と油揚げを入れ、納豆にはシラスをまぶす。毎朝、自分で料理するのだが、これを食べていると時が至福だね」。ということで、ひとしきり納豆談議になった。

2013_1203_183718dsc00054_2  次は会長のSさん。「今年の男の料理教室は、記憶に残る一年だった。加須のこいのぼり見学も良かったし、鴻巣のひな人形工房も良かった。埼玉で一二を争う職人に知り合えた記憶は忘れない。谷根千の街歩きも忘れられないね。

 私は宮城の片田舎育ちだが、【はっと(多分すいとん)】は忘れられない。いろいろ野菜を入れて食べたのだが、美味しかった」。

 Kさん。「清龍のレストラン、岩槻の蕎麦屋。この仲間で行った食べ物屋は印象深い。私はキッチンに立ったことがないので、この料理教室でリンゴの皮むきは初体験だった。仲間が差し入れた百匁柿を何年かぶりに食べたのには感激したね」。

 Oさん。「私は栃木県の佐野生まれで、何といっても佐野の万里ラーメンが美味しい。そういえば、先日のゆるキャラ大賞で【佐野丸くん】が見事グランプリを獲得したのも自慢だ。おふくろの味で、キンピラごぼうが記憶に残る。女房にも継承をと言っていたのだが、継承する前におふくろが亡くなってしまった」。来年の男の料理教室の食べ歩きは、ぜひ佐野に行こうと決まった。

 Sさん。「私の両親は仙台出身だが、母の作ったなますが忘れられない。他では食べられないが、なますに鮭の頭を細かく切って入れた料理が良かった。母手作りの豆腐のおからも記憶に残る逸品だ」。

 Uさん。「私の生まれは北海道の大沼公園の近く。実家は鍛冶屋だった。北海道は何よりも海鮮が美味しい。ホッケは、この付近で食べるものとは全然違ってパリパリしている。カレーライスに毛ガニを入れて食べた記憶が忘れられない」。

 Sさん。「私は、糠漬けに凝っている。朝と晩、必ず糠床をかき回さなければ一日が終わらない。キュウリ、ナス、人参、大根など本当に美味しいよ。群馬県沼田のキノコの塩漬けは美味しかった。ふるさとの味、おっきりこみ(うどん)も忘れられないね」。

 そして、私が話したふるさとの味は以下のようなものだ。「この時期になると気になるのがハタハタだ。ハタハタは、鰰とも鱩とも書き、12月の初旬、雷とともに岸に押し寄せてくる。昨晩、秋田の姉からの電話で、ようやくハタハタが押し寄せ始めたという。

 私の実家は魚屋だったので、父親がこのころになると、ハタハタの仕入れに夜を徹して出かける。朝5時ころにトラック一杯仕入れて帰ってくると、一家で囲炉裏を囲む。鍋にはハタハタのしょっつるだ。ねぎと豆腐を入れて豪快に食べる鍋料理が忘れられない。ハタハタはどう食べてもよく、田楽味噌につける、焼いて醤油で食べる、糠漬けでも美味しかった。ただ、お正月に欠かせないのは、ハタハタの麹漬の寿司だ。これを食べないと、お正月を迎える気がしないのは、今でもだ。姉にも、寿司ハタハタを作って、送るように頼んでおいた」と話した。

2013_1203_191100dsc00057  食べものの話で一晩過ごすのも良いものだった。同席したSさんは、「シンさん、この企画大当たりよ。しみじみ食べ物の話が出来て、こんばんは本当に良かったわ」と話していた。

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2013年12月 4日 (水)

№2170 デジカメ撮影・編集講座の最終回

Dsc00033  県活のパソコン研修室で行われていた【デジカメ撮影・編集講座(全6回)】も最終回になった。この講座の成果の発表会として、県活ロビーで12月1日から8日まで作品展が開かれている。この作品展を見ていく一般の人が結構多いのには驚いた。

Dsc00032  最終回の授業は、まずこの作品展を見ながらの講義だった。一点一点に先生の講評が入り、希望する出展者の解説もついた。他人の写真を見るのは勉強になるものだ。構図の取り方、陰陽の付け方、トリミングの仕方、色・傾きの調整等それぞれの工夫の跡が見られた。短期間の講座で、よくぞここまで習得できたものと感心した。

Dsc00036 Dsc00038  私は2点の作品を出展したが、そのうちの一点『上手に撮りたいナ』について、その意図の説明をした。私の写真は、生徒さんの一人が植物を撮ろうとするその瞬間を写したものだ。まずは、トリミングでいらないところを消し込んだ。さらに、傾きを調整し、緑の葉と赤い実と空の青の色調整をした。自分ではよく撮れたと思っているのだが、どうだろうか。

Dsc00034 Dsc00035 Dsc00037  ところでこの講座では、ものすごく勉強になった。私の持っている一眼レフカメラがよく写らない。ほとんどがピンボケ状態なのである。Naoko先生が「レンズが埃で汚れているせいじゃないの」というのだが、どうもそうではないようだ。サブ講師のEndou先生にSOSを出したら、「つまみがMF(マニュアル・フォーカス)になっているから、AF(オートフォーカス)に直すと良い」とのアドバイスをいただいた。つまみを移すと問題解決した。

 さらに、この講座開講中にデジカメが壊れてしまった。私は普段から結構デジカメを使っている。このブログを書くためにも、無いというわけにはいかない。以前使っていたオリンパスカメラを間に合わせに使っていたのだが、新鋭機に慣れてしまうと、あまりにも動作が鈍い。

 ネットで「人気デジカメ」を調べていたら、SONYのCyber-shot DSC-WX300というデジカメが最高ランクだ。今までオリンパスを使っていたが、SONYに乗り変えてみるか。仕様を調べてみたら、1820万画素・20倍光学ズーム(40倍デジタルズーム)でWifi対応もできるようだ。感度も最高ISO12800になるという。もちろん動画もOKだ。

 さらに優れているのは、カメラが自動的にマクロやISO感度を決定してくれることだ。自分で調整する必要がないのには驚いた。デジカメは、時々刻々に進化する。

 ネットで見ると、私の予算の範囲内だ。エイヤッとネットで買うことにした。ところが、大型電器店に立ち寄って、そのカメラを確かめ、係員にネットの値段並みになるのか聞いてみた。さすがネット並みとはいかないが、それと同じような値段の提示があった。

 店頭のデジカメを買うことにして、ネットはキャンセルした。早速手にとって、いろいろといじってみている。これで、デジカメは6機目になるが、いまや消耗品だね。 

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2013年12月 3日 (火)

№2169 【藤城清治美術館】再訪

Img_9772 那須に来たKiyomiさんのお母さんの今回訪問の最大の楽しみは、【藤城清治美術館】を訪問することだという。この美術館は、今年の春にオープンし、大人気を博している。夏に一度訪れたが、ものすごい人出とエアコンの故障で早々に引き揚げてきた。

 今回、お母さんと一緒に再訪することにした。この美術館は、【あるるのいえ】から車で5分程のところにある。日曜日のせいか、相変わらずの混雑だった。道端には、交通整理のお兄さんが立っていた。

 それにしても、このところの天気は穏やかだ。お母さんは、「私は雨女で、どこに行っても雨に降られて、嫌になっちゃう」とぼやいていたが、今回はそんな事もなく、良かったね。

Img_9778 大屋門を抜けると、間もなく林の中に教会が見える。この教会は素敵なステンドグラスが12枚嵌められていて、陽にキラキラ輝いていた。無料で見ることのできる教会だ。ステンドグラスは、建物の外ではその良さが分からない。内部で陽の光を受けて、初めてその良さが分かる。

Img_9781 しばらく、教会のステンドグラスを鑑賞して、いよいよ美術館に入場した。入口は、素敵な子猫ちゃんのお出迎えだ。こういうところはどこでもそうだが、館内撮影禁止だ。

 藤城清治さんは大正14年生まれだというから、今年で89歳になる。未だもって、制作意欲が盛んなようだ。美術館には、新作も飾ってあった。

 「陸前高田の一本杉」に代表される東日本大震災についての連作、アッシジの聖フランシスコの生涯を描いた連作、「暮らしの手帖」の表紙を飾った一連の作等見るものが沢山あった。しかし、何より素晴らしいと思ったのは、鏡と水を使って見せる清水寺の紅葉の様子だった。光と影を上手く使った作品には、圧倒される思いだった。

 那須には、【オルゴール美術館】、【とりっくあーとぴあ】、【ステンドグラス美術館】、【石の美術館】、【テディベア・ミュージアム】、【エミールガレ美術館】等沢山の美術館があるが、私はほとんど行ったことがない。

 ただ、この【藤城清治美術館】は何度行っても良いなと思った。お母さんも「よかった、よかった」と大喜びだった。

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2013年12月 2日 (月)

№2168 那須で女子会忘年会

 親しい女子で忘年会を、と女房が言っていた。指定日に私は那須にいっていると話すと、鬼の居ぬ間でちょうどいい、と話していた。ところが、その【女子会忘年会】を那須でやるという。ということで、那須に集まった女子は6人だ。

 Kiyomiちゃんが、神奈川からお母さんと一緒に電車で駆けつけてくれた。お母さんは、2年前に那須に避暑で4カ月ほど滞在していた。よほど楽しかったらしく、いまでも那須のことを話しているようだ。久し振りに一緒にいらっしゃい、とお誘いした。

 【あるるのいえ】の近くにやはり別荘を持っているOgiさんも、久し振りの那須だ。この夏に体調を崩したとかで、しばらく入院していたらしい。今ではすっかり元気になっていて、アルバイトに精を出していると話していた。それに永住しているMatsukawaさんとOhnoのKayoさんだ。

Pb300001_3  忘年会の前にと、那須の温泉に行った。いつもの【自在荘】である。向かいのKayoさんは、この温泉は初めてといっていた。1時間ほどで身も心も清めて、飲み会に臨んだ。会場は、矢張り向かいのOhnoさんちの居間の囲炉裏だ。

 Ohnoのお父さんから、「早く飲もうよ」とのお誘いがあった。私は、ポルトガルから輸入したポルトワインを持参した。女子会忘年会、とはいっても酒を飲むのはお父さんと私だ。飲み会を始める前にまずは乾杯を、ポルトワインを開けた。8人で飲むワインは、あっという間に空になった。

Pb300002_2  もっぱらの焼酎党であるお父さんがこのワインを飲んで、「こんな美味しいワインは飲んだことがないナ」と大喜びだった。いつもお世話になっているお父さん、そんなに喜んでいただけるなら、自宅に残っているポルトワインを一本お歳暮代わりに差し上げることを約束した。

 囲炉裏の鉄板には、次から次へと食べ物が乗る。焼き茄子、手羽先、小玉タマネギ、焼きそば、ソーセージ、キャベツの千切り、シシャモ、ホタテ等々だ。さらに、お新香、ポテトサラダなど食べきれないほどだ。皆さんお腹一杯だといっているのに、Kayoさんがお餅を焼き始めた。食べきれないよ、と悲鳴をあげていたはずなのに、結局はペロッと食べてしまった。食べないと断っていたはずの女房は、なんと二個も平らげていた。

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Pb300005   神奈川から来た傘寿のお母さんも、久し振りの囲炉裏を囲んだ飲み会には大喜びだった。あまり食べられなよ、と言いながらも出た料理はほとんど食べていた。よほど楽しかったのだろうね。ぜひ、来年の夏も那須で過ごしたら、と異口同音に話が出た。

 3時間もの大パーテーだった。翌日は郡山に行くとのことで、8時過ぎにはお開きにした。

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2013年12月 1日 (日)

№2167 沢庵を漬けよう

 最近、『東京シニア自然大学』の女子会の人たちから声がかかることが多い。「大根干しが終わったようね。次は沢庵漬ね。私、沢庵を期待していますから…」というものだ。Norikoさんなど、「私は、たえずブログチェックをやっていますよ」といっていた。結構プレッシャーかかるね。

Pb300006  大根を干してもう一ヶ月になる。そろそろ漬ける時期と、那須にやってきている。皆さんの期待も大なので、今年は例年になく美味しい沢庵を漬けたいものだ。去年の沢庵も上手に漬かったと思った。評判も良かったのだが、味にうるさい秋田の姉が「普通の何ともない沢庵ね」と言ったのにはガックリした。万人が美味しいと感じることはないのだ、とつくづく思った。

 那須では、材料がほとんど揃う。沢庵漬の師匠は、【瑞穂蔵】のおかみさんだ。今回も新米と糠を買いに行ったら、おかみさんがいた。以前、糠に大豆を入れたら風味が増す、というアドバイスをいただいていた。今回は大豆をどのように処理するのか聞いたら、「一晩水に漬けておくといいのよ」とのことだ。大豆も買い、水に浸けておいた。

Pb300013  さて、干しておいた大根を降ろし、葉を切り取った。重さが重要、いくらあるか計ってみた。ちょうど20㎏だ。

 昨日買ってきた糠を計った。普通、インターネット検索してみると、糠は10%とある。瑞穂蔵のおかみさんは、「糠は多いほうが美味しいわよ。10%なんて言わずに、多くした方が良い」というので15%、3kgのの糠にした。

Pb300016  塩については、わが女房はうるさい。「ショッパイなら食べられないからね」と強く言われている。今回は5%、1kgの塩を糠に混ぜた。塩もブランド塩【伯方の塩】という良い塩にした。塩の美味しい、不味いが出来る沢庵に影響がある。

Pb300015  さらに糠に混ぜたのは、昨日買って水に浸けておいた大豆、鷹の爪を細かく切って、渋柿の皮、昆布だ。女房が嫌と言っていたのだが、隠し味に甜菜糖を一匙ほど混ぜた。これをブレンドし、良くかき混ぜた。さらに、漬物樽の消毒だ。焼酎を布巾に浸し、樽を良く拭いた。その樽にビニール袋を二重に敷き、準備完了だ。

Pb300018Pb300019  下敷きにうっすらブレンドをした糠を撒いた。その上にきれいに干し大根を並べた。また糠を撒きと、繰り返した。敷いた大根は、用意した樽ちょうど一杯になった。その上に乾燥した大根の葉で覆いした。重要なのは、なるべく空気を抜いて、漬けた樽を真空状態にすることだ。

 20㎏の漬物には、2~3倍の重石が必要だ。庭に捨ててある大きな寸銅鍋に水を満たし、それを重石代りにした。それでも少し足りないようなので、大きな石を乗せて、重石の出来あがりだ。これで、水が揚るのを待つだけだ。2週間くらい、このままで様子を見てみたい。

Pb300021  さて、今年はどんな出来になるのだろうか。

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