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2013年11月の31件の記事

2013年11月30日 (土)

№2166 久し振りのゴルフ

 秋口には絶好調だったゴルフだが、どうしたことだろう、最近は絶不調だ。現金なもので、絶不調なら練習場で調子を取り戻すべきなのだろうが、あまり練習にも行く気も起きないし、ゴルフをする気力も湧かない。北海道ゴルフ旅行以来だが、北海道で何があったのだろうか。

Pb280038 まあ、それでも以前に決めたコンペには参加する。今回は、いつものマイホームコース【オリムピック・カントリークラブ・レイクつぶらだコース】だ。参加者は、いつものゴルフ仲間6人だ。このところ天候が安定していて、雨の心配はなかった。Masaoちゃんを最寄りの駅で出迎え、二人でコースに向かった。約1時間半かかる。

 今回は千葉・市川の方から参加したEimeiさんとTatsuちゃんのことを思い、スタート時間を9時といつもより若干遅くした。その時点では風もなく、絶好のゴルフコンデションだった。紅葉も真っ盛りだし、何ら不満はない。あるとしたら、私の調子が元に戻ったかどうかの不安だけだった。

 思えば、調子が悪くなった原因は、ダフリにある。クラブを振ると、何でもかででもダフるようになった。いろいろスイングをいじっているうちに、何が何だか分からなくなったのだ。

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 この日私が一緒に回ったのは、TatsuちゃんとShozoさんだ。今日のメンバーの中で、Tatsuちゃんは一二を争うゴルフ巧者だ。以前は彼と争っていたのだが、今回は全然自信がない。

 このゴルフ場のグリーンはアップダウンが激しいし、それにスピードが速い。スタートホールから3パットを打った。それ以来3パットの連続である。この日は3パットを6回も打ったら、ゴルフスコアにならないよね。

 さすがこの日はダフることはなかったが、アプローチの寄せが最悪だ。アプローチとパターが悪い時のゴルフは、気分も沈んでしまう。この日はそういうゴルフだったね。今年は一度も負けたことがないマッキィに4打も負けてしまった。

 Eimeiさんが、「ゴルフはさておき、仲間で飲み会をやろう」と提案していた。こんな調子が悪い時には、あまり飲む気も起きないが、さてどうしたものだろうか。まあ、それでも12月には飲み会を設定しようよ。

この日の成績

OUT49(19) IN53(18) TOTAL102(37)

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2013年11月29日 (金)

№2165 今年最初の忘年会

 サラリーマンを辞めて7年になる。辞めてみると何よりの楽しみが、旧友と会って一献傾けることだ。今では、誘われる酒食の会は断らないし、むしろ自分から積極的に会を主催している。スケジュール表を見ると、今年もこれから忘年会が目白押しである。

 その第一回の忘年会が、これもいつもの会場、本郷のもり川食堂で行われた。この日の会合は昔の業界仲間で、なんだかだと年二回の定例会を催している。そして今年は6月に引き続き、二回目の会となる。参加者は17名だった。現役の方と退職者が半々くらいだったか。

Pb270009 定期的にワイワイ酒飲みながら、安否を確認し合うのは楽しいものだ。目立つのは、現役の諸君よりもむしろ退職した元気な老人連だ。ある老人など、「『特定秘密保護法案』などけしからん法律だ。あれに反対しない人間は何をやっているのか」と息巻いていたが、それかといって、自分で何か動こうとする気力はないようだ。

 会長のTakeshiさんが、良い意味での【勝手論者】なので、集まってくる連中もまた勝手にいろいろ言いあっているのがこの会の特徴でもある。

 世話人のYoda君が初めてのこととして、「今年の収穫の一冊、記憶に残った映画などをそれぞれ発表しよう」と提案した。事前に彼あてに報告を寄せるようにとの依頼のようだったが、私はメールをよく読んでいなかったんだね。参加者は、それぞれに【今年の収穫】を寄せていた。人が何に感銘を受けたかは、私にも関心があった。

Pb270017_2 会長は、「Junちゃんから推薦のあった島崎藤村の『夜明け前』」といっていたし、何人かは『海賊とよばれた男』を上げていた。そして、Junちゃんが上げたのは、大島幹雄『サーカスは私の‹大学›だった』というこぶし書房の本だった。こぶし書房とは懐かしいね、まだあるの?と思わずつぶやいた。

Pb270021 この会には、退職後、世界をフラフラ歩く素浪人がいる。Takeちゃんだ。このブログにも一時彼の海外旅行について報告した。タイからポルトガルまで半年かけて歩いたその旅行記だ。今どうしているのか訊ねたら、次の旅行に向けて着々と準備しているようだ。「来年はチベットのカイラス山をめぐる45日間の旅を計画している」とのことだ。彼の読む本も、それに関連するものが中心とのことだった。

Pb270019 私は特定のある作家を隈なく読もうとしている。辻原登もその一人だ。そしたら、Oueさんが、「辻原は高校の同級生。彼の作品はほとんど読んでいるが『冬の旅』はこれから」と言っていた。私はその本はとっくに読んでいる。何をいつまでもぐずぐずしているのだろうか、不思議に思った。彼が推薦する作家で、私が読んだことのない人がいた。とりあえず、堂場瞬一を読んでみよう。

 その私の発表で、私は今年すでに150冊ほど読んでいるが、認知症のせいかほとんど覚えていないといった。そして、150冊のブックリストをプリントアウトして持ち込んだ。そのリストをつくづく眺めたが、矢張りろくでもない本しか読んでないと実感した。ただ、いま最大の愛読作家は帚木蓬生である報告もした。

Pb270028 大いに飲み食べ、かつ語り合った夜も更けていった。また、次に会う日を楽しみにしよう。

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2013年11月28日 (木)

№2164 東京シニア自然大学の卒業に向けて

 今年4月に入学した【東京シニア自然大学】だが、一年制なので来年3月には卒業だ。われわれ今回入学した仲間は第一期生で、卒業後どうするのかは手探り状態だ。ただ、卒業したからといって「はい、さようなら」とはならないことは確認している。

 そして、来年3月の卒業に向けてスケジュールが目白押しである。お正月明けには、有志でスキーに行く計画を立てている。2月はなるべく全員の参加で、卒業旅行に行こうよと話している。そして、3月の卒業式の後には、小笠原旅行が待っている。

 こういうイベントとは別に、卒業後には【専科】を立ち上げようと、学校側も画策してくれているようだ。昨日の授業終了後、有志が集まって第一回の相談会を開いた。これは、理事長の要請でもあるらしい。参加者は16名ほどだった。

 事務担当のHayashidaさんが纏めてくれていた。私もその後用事が詰まっていたので、言うことだけを言って、退席した。

 私が言ったのは、「シニア自然大学は東京のほかに、千葉・神奈川・埼玉にも展開している。残念なことに、お互いのコミュニケーションがない。25人しかいない東京だけでは、行動に制約がある。大きな輪になって、お互い刺激しあったらどうだろうか」との提案だ。

 さらに、関心領域別にグループ分けをし、日常はそのグループで一緒に行動する。私が一番関心を持ったのは、先日行われた授業で、【東京と保全地域】49ヶ所の保全活動だ。幸い、【緑のボランティア養成講座】もあるようなので、講座を受講し、『緑のボランティア指導者』の資格を取ってみたらいかがだろうか。

 一緒に農業をする人も募りたいと話したら、隣に座っていたKukikoさんが「私も一緒に農業をやりたい」と申し出ていた。

 いずれ、卒業してもこの仲間で一緒に活動しよう、という最低の確認は出来ている。まあ、この話し合いはあと何回か行われるし、12月の最終授業日には忘年会もある。そこでもいろいろと議論を尽くしたいと思う。

 それにしても、【東京シニア自然大学】に入学して、とっても良い仲間に巡り合えたことを喜びたい。

 

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2013年11月27日 (水)

№2163 ホワイトバランスをいじったことある?

 第5回目の【デジカメ撮影・編集】講座があった。授業の初めにA4の紙を一枚渡され、表裏四隅にAUTOと晴天、曇天、電球、蛍光灯と書くようにとの指示だ。はじめのうちは何を言っているのかわからなかった。どうやら、この日は、ホワイトバランスの勉強という。

 先生の指示通りに、A4の白紙に書いた。それをホワイトバランスを変えて、デジカメで撮ってみろという。私はホワイトバランスはほとんどAUTOにしていて、いじったことがなかったね。ホワイトバランスを変えて撮ってみたら、以下のようになった。

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 ホワイトバランスを変えた左上から、【AUTO】【晴天】【曇天】【電球】【蛍光灯1】【蛍光灯2】と撮った写真だ。随分と色の変化があるものだ、とわかった。

Pb260021 ちなみに、最後に【AUTO】でフラッシュを焚いて撮ってみた。陰影がはっきりすることが分かる。撮る場所、時間によって、ホワイトバランスを変えるとよく撮れることがあるようだ。

 ちなみに、電球で撮った写真は青っぽい。この青も、PhotoshopElementsを使うと簡単に変えられる。私は普段からこのソフトを使っているのでなんでもない。ただ、初めて使う人にとっては、相当難題のようだ。

 さらに、この日の講座では、いろいろな写真加工技術も学んだ。「周囲に枠をつける」、「いらない部分を削除する」、「ハート形や星形に切りぬく」、「写真をアート作品風にする」、「明るさやコントラストの調整」等だ。WORDでこんなに簡単にできるんだ、とあらためて勉強になった。

 そして、この日は課題の《作品展用写真の提出日》だ。さて、皆さんどういう写真を提出したのだろうか。私は、あらかじめ用意しておいた2枚のパネルを出した。しかし、自分の写真を作品展に提出するなど、初めてのことだ。12月1日から、県活ロビーにて行われる《写真展》、果たしてどうなるものやらね。

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2013年11月26日 (火)

№2162 壊れたデジカメは…

2013_1125_144242pb250002 先日ブログ記事で、私が普段使っているデジカメが壊れた報告をした。オリンパスのSZ-31MRという機種だ。昨年の12月初めに買ったカメラで、まだ一年にもなっていない。ズームレンズが引っ込まなくなってしまい、【ズーム・エラー】の表示が出る。

 このカメラは、買って以来、たえずズボンのポケットに入れていた。買ってわずか一年だが、ずいぶん写真を撮ったのではないかな。便利にも使っていたが、使い方がものすごく荒かったのは否めない。

2013_1125_144227pb250001 先日、オリンパスのサービスセンターに持ち込んで、見てもらった。そしたら、ズームの出し入れのフレームが歪んでいるようだ。「フレーム交換の必要がありますね」という。買ってまだ一年未満なので、保証期間なのではないかと聞いたら、「これはお客様が原因の故障なので、保証の対象にはなりません」とのことだ。

 ちなみに修理代がいくらかかるか聞いたら、「フレーム交換に13,000円くらいかかります」というのだ。

 以前持っていたオリンパスのカメラも、何度かこのサービスセンターで修理したことがある。その都度、10,000円くらいの修理費がかかっていた。

 このデジカメもたしか20,000円前後で買ったはずだ。そういうカメラを修理するのに13,000円はあまりにも高すぎる。今回は修理を諦めて持ち帰ってきた。

 ネット書店ではこのカメラはいくらするのだろうか、調べてみた。新品で18,150円、中古品で12,000円とあった。デジカメは、壊れたら修理するのではなく、新たに買う時代だなとつくづく思った。

 それにしても、私のようなハード―ユーザーは、このようなズームが出たり引っ込んだりする機種はいけないのだな。今手元には、前に使ったデジカメがあり、不便はない。後継機は、今までの経験を生かしながら、じっくり選んでみよう。

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2013年11月25日 (月)

№2161 高崎Bセンスさんぽ

Img_9716_2 東京シニア自然大学のKuniyasuさんからのお誘いで、趣旨も分からないままに、【高崎Bセンスさんぽ】に参加してきた。とりあえず、朝10時に高崎駅西口に集合とのことだ。車か電車でとのことだったが、私は電車でトコトコ2時間もかけて高崎に着いた。当初参加者は7~8人とのことだったが、駅に着いてみたら、世話人も含めて20人ほどだった。

 朝礼に続いて、この散歩の趣旨説明があった。【Bセンス】とは、「生物多様性を意識して、日常の行動を選択していく完成。生物多様性Biodiversityの頭文字をとって【Bセンス】」というのだそうだが、何だかわかったようなわからなかったような感じだ。

 参加者の大部分は、高崎かその近辺在住の方だ。ただ、東京シニア自然大学の仲間でわざわざ渋谷から参加している方もいた。お互いにお話ししながら分かったのだが、高崎に住んでいてもこの街を知らないという人が意外と多かった。私も車で高崎はよく通るのだが、高崎の街を歩いたことはほとんどないね。

 歩いてみて分かったのだが、高崎は古い城下町だったんだね。それに、中仙道と三國街道が交差する、重要な交易の町でもあった。江戸時代からの古いお店が沢山ある街だと分かった。

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Img_9722 最初に行ったのが金澤屋という古い布団屋さんと、山源という漆器屋さんだ。中仙道に面したいずれの店も、世話人があらかじめ話をつけていたせいか、店内で店の成り立ちや建物など、丁寧に説明してくれた。

 高崎は今でこそ近代的な街並みになっているが、古い城下町はどこでもそうだが、ここまでするのには並大抵な努力ではなかったらしい。まずは道を広げるのに、立ち退きをしなければならない。再開発には、この仕事が一番しんどい。

Img_9741 裏通りを歩いていたら、「ここが遠掘跡だ」と説明してくれたが、今やほとんどが暗渠になっていて、その面影はない。道端に今の地図と古い地図を広げ、今昔に違いを実際に感じた。江戸時代から続く【水村園】という古いお茶屋さんがあったが、その土蔵は立派だった。

Img_9749 街歩きには、いろいろな発見があるのが面白い。【岡醤油醸造】という古くから続くお醤油さんのガラス戸には、「醤油あいす」と「ポンズあいす」の張り紙があった。「醤油あいすなんてどんな味がするんだろう」と不思議に思ったが、この日はあいにく休業日だ。

Img_9750 個人で図書館をやっている【山田文庫】にも驚いたね。風格のある和風建築に、誰にでも無料で利用できる私設図書館だ。ここでも事務局長さんが、この図書館の説明をしてくれた。この【山田文庫】には2つの公益事業があり、一つは学校図書館図書購入助成事業であり、他は所蔵図書の一般公開だという。

 それにしても、この日はポカポカの天気で風もなく、その上に紅葉の真っ盛りだった。

Img_9756 高崎城の外堀にかかる紅葉の赤の見事さを堪能した。また、高崎市役所の21階展望台は、誰にも開放されている。高崎の周囲の山々を展望出来た。ただ、この日歩いた高崎の街は、ほんの一部だ。

Img_9768 最後に、この日の高崎の歩きに点数をつけてチャートに表す作業だ。歩くコースにもよるのだろうが、「身近な植物」や「地域の記憶を残すもの」「お寺や神社」には高得点がついたが、「生き物が暮らす場所」「町並み」「歩く人を大事にした道」の評価は低かった。

 世話人の話によると、前日は谷根千を旅したようだし、京都・大阪などでも点数をつけながら歩いたという。それぞれの歩いたチャートを比較して見せてくれた。興味のある方は、下記のウェッブを覗いてみて下さい。

http://bsense.jp/

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2013年11月24日 (日)

№2160 今年は干柿の当たり年?

 この秋は、このブログで何度か柿の話題が出た。そして今日もまた柿の話題だ。

 先日ちょっと話したが、Ohnoさんが、郡山の知り合いから頂いてきたと、段ボール一杯の蜂屋柿を持ってきてくれた。私は、先日那須のスーパーで買ったのと同じ柿だ。那須では30個で2000円もしたのだが、こんなに大量に頂けるなんて嬉しい。

 玄関にほっておいたら、女房が夜遅くなって、「皮をむくので手伝って」という。皮むきが得意とはいっても、こんなに大量の皮むきは大変だ。夜8時にはじめて10時に100個くらいむいた。手も痛くなったので、私は寝るよと風呂に入って寝床に付いた。

2013_1122_084515pb220001 翌朝、女房は「昨晩は12時ころまでかかって全部むいたわよ」と報告していた。全部で150個ほどあったらしい。こんなに柿をいただけたら、わざわざスーパーで買う必要はなかったな。すぐにも、庭のウッドデッキで干した。まあ、1ヶ月くらい干したら、食べる事ができるかな。

2013_1122_084545pb220003 むいた皮も、もちろん新聞紙を敷いて干している。この皮は、沢庵漬けに使うつもりだ。今年は果物の皮を多く入れて、風味をつけたいと思っている。これだけあると、香ばしい沢庵になるに違いない。

 先日、Tomitaさんから頂いた柿も干している。3週間も経ったら、良い色になった。もう食べころかもしれないと、飴色になった干柿をちょいちょいつまみ食いしている。

2013_1122_084559pb220004 那須で干している干柿も持ち帰るつもりでいるので、今年のお正月は、飽きるほど干し柿が食べられるね。

 そういえば、「干柿が大好き。うまく仕上がったら分けてね」と言っていたKiyokoさんはどうしただろうか。私は、彼女のためにと干し柿を始めたようなものだ。あんなに頻繁に会っていたのに、最近、音沙汰がないね。

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2013年11月23日 (土)

№2159 誕生月は健康診断月間

 【自分の体は、自分で守る】を信条にしている私は、ちょっとでも体の具合が悪い時は、医者に診てもらうことにしている。さらに、健保組合から診療の案内がある時には、目を通している。11月は私の誕生月だ。この月に、年一回の健康診断を受ける。

 前号では、健康診断を受けた報告をした。それに引き続き、脳の画像診断の検査案内が来たので、健康診断の翌日、久し振りに脳ドックを受けることにした。確か4~5年前であるが、都立大久保病院でMRIの検査をしたことがある。その時には、どこにも異常が見つからなかった。

 このブログで何度かお話しているが、私は手の震えが激しい。初めて私と会食をした方は驚いて、「アル中か、どこか異常があるのではないか」と忠告してくれる。その都度、私の震えは身体の異常ではなく、【本態性振戦】といい、交感神経がうまく繋がらないのが原因と説明しているのだが、分かってくれる方は少ない。

 それでも心配なので、時々は脳ドッグで検査した方が良いと思っている。そして、久し振りに脳ドッグを受診することにした。健保からの病院指定で、今回検査したのは大宮の大きなMRIを持っている検査場だ。駅から歩いて10分程のところである。

 予約制なので、検査場に着いたら間もなく検査が始まった。大きな診断機のベッドにただ寝ているだけで良いという。大きな音が出るので煩わしいからと、ヘッドフォンに音楽を流してくれた。けど、ヘッドフォンなど役に立たないほど大きな音が耳のそばで聞こえた。20分間じっと我慢していたら、その検査は終わった。

 前回の大久保病院の機械とは、ずいぶん違うものだ。こんな音は記憶がなく、前回は横になっていると眠くなるほどだった。居眠りをした記憶もあるが、今回はそれどころじゃなかったね。

Photo 検査が終わって間もなく、検査技師に呼ばれて自分の脳の画像を見せてくれた。写真を撮ってもいいか訊ねたら、300枚ほど撮った写真をCD-ROMに焼き付けているので、差し上げるという。その上で、若干の説明をしてくれた。気持ちの悪い方は、私の脳の写真など見ないで頂きたい。

Photo_2 脳の中心にあるのが脳髄液で、これが脳のあちこちに飛び散っていると、それが脳梗塞の跡だという。鮮やかに読みとれる。一見したところ、私の脳にはそのような痕跡は認められなかった。

 さらに、小脳や海馬もくっきり映っていた。くも膜の説明もあり、くも膜下出血の起こる状態の解説も聞いた。こうやって、自分の脳を見るのは面白いものだ。

Photo_3 脳にとって重要なものとして、血管の画像も映っていた。相当大きな血管が脳を走っていることが分かる。もし、血管に結紮があると、血流が途絶え、大きな障害になる恐れがあるらしい。

 ここでは画像の説明だけで、診断するとなると別料金だという。いずれ、一週間後くらいにはこの日の診断書を自宅に送ってくれると言っていた。

 私には面白い経験だったね。健保組合の紹介がないと、脳ドッグには10万円位かかるらしいが、この日の検査料はその10分の一で済んだ。

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2013年11月22日 (金)

№2158 一年一度の健康診断

 私は、一年に一度、誕生日の月に健保診療所で健康診断を受けている。その誕生日の日だったが、覚えているのか忘れてしまったのかしらないが、女房は何もいわずに温泉旅行に出かけてしまった。その日は、私は仲間と飲み会があったものの、それにしても寂しい誕生日だったね。

 朝起きだして、ウンチを採集し、朝飯抜きで健康診断に出かけた。この診療所で健康診断を受けるようになって、もう5~6年にもなる。要領はよく分かっている。集合時間は8時40分だが、時間ぎりぎりに到着したら、私は最後の方だった。

 血圧測定⇒血液検査⇒胸部レントゲン⇒眼底検査⇒身体測定⇒腹囲測定⇒心電図⇒エコーでの腹部検査⇒尿の検査⇒医師による診断と、システマテックに流れていくのは見事だ。

 一年振りに検査をしてみると、いろいろな問題が起きていることが分かる。血圧測定だが、上が108、下が47と下がものすごく低かった。私はもともと血圧は高くない。ただ下が47などにはなったことがないね。医師は「これでも正常」とはいっていたが。

 一番問題は、メタボ度が進行していることだ。「昨年より体重が1キログラム、腹囲が1㎝増えていますよ。従って、血糖値も高めに出ています。本気になって体重を減らさないと、大変なことになってしまいます」との警告だ。

 体重を減らすのには、「貴方はお酒をやめることは出来ないでしょうから、炭水化物の食べる量を少なくして下さい。運動も必至ですが、体重を減らす良い方法は、毎日体重計に乗って、その記録をつけることです」と言っていた。ともかくも、もう2㎏減らせとの厳命だ。

 そういえば、最近運動はゴルフの時だけと、極端に減っているね。健康診断のたびにいつも反省しているのだが、本気になって減量努力をしてみよう。まずは、もっといい体重計を買うことだな。

 そして、恒例のように、来年一月の胃カメラ検査の予約をしてきた。

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2013年11月21日 (木)

№2157 東京都の【保全地域】を学ぶ

 雲一つない、絶好の晴天だった。こういう日の野外授業は楽しいね。

 【東京シニア自然大学】のこの日の授業は、武蔵五日市線の武蔵増戸駅前集合だった。昔、この近辺でキャンプを張ったことはあるが、電車で武蔵五日市線に乗るなどは初めてのことだ。それにしても不便だったね。何度乗り換えたことだろうか。浦和で乗り換え、南浦和で武蔵野線、西国分寺で中央線青梅行き、拝島で初めて五日市線にと4回も乗り換えた。

2013_1120_130519pb200015 この日の授業は、東京都が保全地域をどのように管理しているのかの授業と、管理地の里山を歩く実地体験だ。管理地は、横沢入里山保全地域という場所だ。武蔵増戸駅から歩いて20分ほどのところだった。

 この日の講師は、東京都環境局の職員二人の方だ。わざわざこの日の講義のために、新宿本庁から駆けつけてくれたという。有難い話だ。

 午前中は、東京都がなぜ保全地域を管理するようになったのかの経緯と、具体的に日常どんな作業をやっているのかの紹介だ。最初は屋根のある休憩所での講義だったが、寒くてかなわない。次の講師は、屋外の日のポカポカ照る野原でお話をしてくれた。こちらの方がよっぽど暖かかった。

2013_1120_134731pb200017 東京都には49地域、755haの保全地があるという。乱開発を免れるために都税で買ったもので、総額1000億円に上るらしい。多摩の森林、武蔵野の雑木林、緑地の保全、里山保全等で、ずいぶん緑が残されたらしい。ただ、とは言ってもまだまだこれからとは話していた。

 そして、この日の実地体験は、里山保全地域の横沢入里山保全地域を見て歩くことだ。実は、この地はある企業が住宅地開発として手に入れた土地だが、開発しきれなくて都に売り渡したという。こんな奥地を住宅地にするなど、素人目にも無理なことのように思われた。

2013_1120_123254pb200014 この地には大勢のボランティアが入り、以前から里山を守る活動をしていたようだ。そのボランティアの人たちの希望にもかなったのだ。夏は大量のゲンジボタルが出るらしく、小川には沢山のカワニナが生息していた。蛍の食料の貝だ。さらに、絶滅危惧種といわれる固有のホトケドジョウも棲んでいた。

 午前の講義が済んで、野原に腰をかけて昼食だ。この教室の女子は皆さん仲が良い。丸く囲んで、何やら楽しそうにお昼を食べていた。

2013_1120_133706pb200016 お昼からは、保全地域の山に分け入った。標高300mほどの山だったが、登りは矢張りきつい。総勢25名は、ハーハー息を弾ませて登った。登山道には、様々な動物の糞がある。面白いのは、タヌキは決めた場所にしか糞はしないという。イタチの糞もある。ところが、里山で一番問題の有害な動物は、アライグマだという。

2013_1120_144445pb200020_2 アライグマは極めて食欲の旺盛な動物で、何でも食べてしまう。特にこの地域で問題になっているのは、絶滅危惧種のヤマアカガエルやトウキョウサンショウウオなどが食い荒らされていることらしい。駆除のために檻を設置しているようだが、3年間でかかったのはわずか25匹だったと言っていた。「外来種アライグマの絶滅は無理としても、これ以上増えないような努力が必要」と話していた。

2013_1120_122506pb200011 里山は、ちょうど紅葉の真っ盛りだった。このような天気のいい日、授業とはいえ、山歩きはものすごく楽しかった。この日参加した方は、満足したのではなかったろうか。川のそばには、真っ赤なまゆみの実がなっていた。

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2013年11月20日 (水)

№2156 デジカメが壊れた

 この日は、【デジカメ撮影・編集講座】の第4回目だった。もちろん、この講座にはデジカメが必携である。

 講座で、ためしに足元をISOをいろいろと変えて、撮ってみようということになった。デジカメの画像がぼんやりしているのだ。何だろうかと不思議に思っていたら、『ズームエラー』という表示が出た。サブ講師のTanaka先生に聞いたら、「以前にもオリンパスの機種でこのようなエラーを目にしましたよ」という。

 デジカメ講座にデジカメがないわけにはいかない。講座を中座して、オリンパスの取扱説明書に載っている問い合わせ先に電話をしてみた。「記憶媒体を取り外したら、直ることもあるのでやってみて下さい」という。試みたのだが、矢張りこのエラーは消えなかった。「完全な故障ですね、サービスステーションに持ち込んで下さい」というのだ。

 このデジカメは、昨年の12月に買ったので、まだ一年もたっていない。保証期間内なのだが、肝心の保証書が見つからない。Naoko先生が言うには、「高いお金をかけて修理するなら、新しいデジカメを買った方が安いですよ」とのことだ。私もそう思う。

 この日も野外撮影会があった。私は、仕方なくカメラなしで立ち会った。Naoko先生が「どうしたのよ」というので、デジカメが壊れたことを話した。そしたら、不思議なことにポケットから別のデジカメを取り出して、使ってという。まるで魔法のポケットだね。

 2~3日中に東京に行くので、修理にいくらかかるのか聞いてみたい。ただ、修理するにも一週間ほどかかる。この間、デジカメがないというわけにはいかないな。

Dpp_0001 私の机を開けてみたら、2台の古いオリンパスのデジカメがあった。2台とも十分に使えるカメラだ。取りあえず、μToughというデジカメを充電した。1年振りに使うことになるな。

 デジカメ講座は最初の予定通り、12月1日~8日に、県活のロビーで作品展が開かれる。作品展用の写真はすでに用意してある。Naoko先生に、出来栄えを見てもらって、若干の講評をして貰った。

 その講評に従い、自宅に帰ってフォトギャラリーで写真の修正をかけた。100円ショップで額縁も買ってきた。キャプションもつけて、作品は出来上がった。まあ、ブログでは紹介しないので、ぜひ作品を見に来ていただきたい。

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2013年11月19日 (火)

№2155 那須で一番行列の長い店

2013_1117_112013pb170008 このブログでも何度か紹介しているが、那須で一番行列の長い店がある。【ペニーレイン】というパン屋さんだ。この店は、見事なまでにいつ行っても、店内がパンを買い求める客で長蛇の列だ。何かに紹介されているのだろうか。

 那須には多くの名物店があるが、これほど行列が出来る店はない。この店にパンを買いに来る客は、大概が他県ナンバーの客だ。地元の客は、あまり混雑するので敬遠しているようだ。皆さん、お土産に【ペニーレイン】のパンを買い求めているのだろうか。

2013_1117_110658pb170006 女房は、土日・休日はこの店に行くのを嫌がるが、私はじっと我慢してこの列に並ぶ。那須には沢山の美味しいパン屋さんがあるが、私はやはりここのパンが一番好きだ。いつも買うパンは、バゲット(フランスパン)だ。

 いつ行っても売り切れているのだが、今回はラッキィにも2本買い求めることが出来た。一本は自宅で食べ、もう一本は明日会うJohちゃんにお土産にしよう。

 それにしても、この店はどんどんパンを焼いているのだが、焼くそばから売り切れてしまうのを見るのは、変に気持ちのいいものだ。

2013_1117_111938pb170007 この店の一番人気は、ブルーベリーブレッドだ。このパンだけは、大量に作っているのだろうか、売り切れにんる事はない。客は、必ずこのパンを手にしているようだ。

 私はまずバゲットだが、ひそかに好きなのがクリームパンだ。おやつ代わりにいつも買ってくる。そして、車の中でむしゃむしゃ食べている。

 この店の前に、同じ人が経営する【イマジン】というドッグラン付きのペンションがある。ある雑誌に、『日本一人気のペンション』という紹介が載っていた。

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2013年11月18日 (月)

№2154 干柿を作る

Pb160012  この季節に、那須でどうしてもかせない作業は、「大根干し」と「干柿作り」である。大根も干したし、干し柿用の柿を買いに近くのスーパーに行ってみた。蜂屋柿を売っていた。3000円と2000円の二種類がある。高価な柿でなく、安い柿を買った。30個入りである。

 自宅に持ち帰り、せっせと皮むきをした。私は皮をむくのは、そんなに嫌いではない。テレビを見ながら、ながら皮むきだ。

Pb160013  干柿も好きなのだが、実はむいた皮が重要だ。この皮は、沢庵を漬けるのに香ばしい味付けをするt隠し味だ。ウッドデッキに新聞紙を敷き、その上にむいた皮を並べた。2週間ほど、このままに干すつもりだ。

 さらに、むいた柿を前日干した大根の上に並べて干した。まさに冬の風物詩と、嬉しくなった。

Pb160014  自宅の前の道路を散歩していた近所のShinozukaさんから声がかかった。「いよいよ、柿を干す時期になりましたね。ハクビシンに気をつけてくださいよ」と。以前も、干した柿を二度食べられて全滅したのだ。今回は、渋が抜ける前の12月中旬に埼玉の自宅に持ち帰るつもりだ。

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2013年11月17日 (日)

№2153 残りの大根収穫

 11月上旬に収穫した大根は、成長したものが中心で、20本ほどを残した。残りは2週間後と考えていた。そろそろ収穫の時期が来ているのかな。再度、那須にやってきた。

Pb160003  先日干した大根は、2週間たって良い具合に干し上がっている。本当は沢庵を漬けるのに今頃が一番良いのだろうが、わが山の神がシワシワの方が良いというので、12月上旬に漬けることにしよう。

Pb160005  そして、畑に行ってみた。まあ、残りの大根は大体が収穫期に来ている。さらに、白菜30個ほども害虫にやられることもなく、順調のようだ。ただ、キャベツは植える時期がやや遅かったせいか、まだ十分に成長していない。

Pb160006  最後に植えたチンゲン菜、小松菜もまだまだだ。それ以上に、ホウレン草が芽を出したばかりで成長していない。いずれも9月中旬に種を撒いたのだが、若干遅かったのかな。

 さて、残りの大根の収穫をした。前回と同じように、移植べらで根元を掘り起こし、最後は手で引っ張り出す。向かいのOhnoさんの家で借りた一輪車に乗せた。ちょうど一台分の大根だった。

Pb160009  自宅に持ち帰り、束子で泥を落とし、きれいに洗った。これも前回と同じように2度洗いだ。そして、今回はウッドデッキの手すりに干した。前回干した50本とともに、70本の干し大根になった。12月上旬に一緒に漬けたいと思っている。

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2013年11月16日 (土)

№2152 埼玉の庭、秋の収穫

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2013_1115_083626pb150001 話題がなくなると庭の収穫物の話題になって恐縮だが、わが庭は【庭園】というほども広くはないのだが、日に日に檸檬の実が黄色に熟してきている。檸檬の木は、植えてもう10年にもなるだろうか。今までもぽつぽつと実は付けていたのだが、今年のように30個も生ったのは初めてのことだ。

 毎日庭を眺めては、今か今かと収穫の時期を待っている。わが家への来客者も、お裾分けを心待ちにしているようだ。

 先日は、フラダンスの打ち上げがあったようで、参加者へ一人ずつお分けしたようだ。「こんなに大きな檸檬を見るのは初めてだわ」と大喜びされたという。今、残っているのは20個ばかりだが、すでに大半は予約があるという。

2013_1115_083837pb150002 先日、女房が秋田の姉と電話をしていた。姉は紅茶党で、檸檬が欠かせない。庭の檸檬の話をしたら、「ぜひ送ってほしい」と頼まれたという。もったいないが、3個だけ送ってやろうと、採取した。

 朝食に檸檬一切れが出され、食べてみた。飛び上るほど酸っぱくて、食べられたものではない。その檸檬を女房は、「まろやかで美味しいね」と言っていた。ことほど左様に味覚は違うものである。

2013_1106_082335pb060001 私は、檸檬よりもむしろ柿である。庭には甘柿の大木があり、秋には実をつける。ただ、今年は剪定が悪かったのか、あるいは消毒が足りなかったのか、不作であった。最後の柿の収穫をした。

 柿といえば、先日、友だちのTomitaさんが庭の柿を持ってきてくれた。渋柿の小粒なものだったが、「今年はたくさん採れて、処分のしようがないのよ」とのことだ。喜んでいただくことにした。

2013_1106_082446pb060004 頂いた柿は、皮をむいて吊るし柿にした。食べられるのをポツリポツリと捥いでは口に入れている。

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2013年11月15日 (金)

№2151 生田緑地で授業

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 この日の【東京シニア自然大学】の授業は、小田急線向ケ丘遊園駅下車で、生田緑地で行われた。私は、この生田緑地に行くのは初めてだ。それにしても、この大学に入学したおかげで、私が今まで行ったことのない様々なところに行ったものだ。

 ちなみに、スケジュール表で振り返ってみると、高尾山・飯能の里山・葛西臨海水族園・安藤百福センター・東京港野鳥公園・奥多摩の森林セラピー・葛西臨海公園の干潟・アファンの森、そしてこの日の生田緑地公園だ。それぞれ、思い出に残る場所になった。

2013_1113_101154pb130013 そして、この日の生田緑地公園での授業は、午前は【地球史の調べ方入門】、午後は【宇宙のなぞ・毎日の夜空が待ち遠しい】というテーマだ。

 【地球史の調べ方入門】の講師は、神奈川県立生命の星博物館古生物ボランティアの内野哲先生だ。生田緑地に広がる舛形山の地層を調べながら、地球がどのように成り立ってきたのかを考察するというものだ。そういう眼で地層の観察をしたことがない私にとって、新鮮な授業だった。

2013_1113_103144pb130017 舛形山は標高がわずか84mだが、様々な地層が重なっている。一番下の層が約30万年前の「飯室層」、次に「おし沼礫層」、その上に積もった地層が「多摩ローム層」、一番上の地層が「立川ローム層」だという。多摩ローム層は矢張り30万年前に箱根火山の爆発の灰だし、「立川ローム層」は富士山の降灰だそうだ。

 こういう眼で地層を観察したのは初めてだ。非常に面白かった。それにしても、内野先生は熱心だったね。12時の昼食時間が始まっても授業は終わらなかったし、午後の授業が終わった時も、補講として一時間近くも地球の歴史について教えてくれた。

 午後の【宇宙の謎】の授業は、生田緑地内にある「かわさき宙(そら)と緑の科学館」の学芸員国司真先生だ。主には彗星の話だ。彗星はなぜ発生するのかのガイダンスから始まり、ハレー彗星の話、今年の3月にみられたパンスターズ彗星、さらに、11月下旬から12月上旬にかけて見られるアイソン彗星の話までだ。

2013_1113_142058pb130022 アイソン彗星は放物線を描いていて、今回地球で見られると、再度永久に観察できないという。一時間ほどの授業の後、この科学館の屋上の【アストロテラス】で望遠鏡観察をした。ここには特殊望遠鏡が備えられており、昼でも金星や星を観察できた。

 さらに、もう一つの望遠鏡で太陽を観察した。別々の覗き眼鏡があり、一つは太陽黒点を、もう一つはプロミネンスの観察が出来た。今発生している小さな黒点は、それでも地球一個分の大きさだとの解説があった。

 この科学館にはプラネタリウムも備えられており、課外授業でそのプラネタリウムをみてきた。私は非常に環境に順応し、暗くなると眠くなる。隣の仲間が、「シンさん、いびきをかいていたぞ」と言っていた。

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2013年11月14日 (木)

№2150 知らないスマホが私のポケットに

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 イヤ~、驚いたね。誰か知らない人のスマートフォンが、いつの間にか私のポケットに入っているではないか。

 火曜日は、朝から埼玉県民活動総合センターで様々な用事があった。県活には朝8時45分に着いて、定例の【男の料理教室】の準備をした。わが班が今月の担当だったからだ。この日のレシピは『炊き込みご飯』である。上手に出来て、食事・後片付けも済み、私はこの日、同じ時刻に行われている【デジカメ撮影・編集講座】に滑り込んだ。

20131112_121940 ちょうど、クラウドコンピュータのSkydriveの勉強をしていた。私は、どうしてもその方法をマスターしたかったのだ。先週の勉強で、デスクトップパソコンとモバイルパソコン、それにスマートフォンにはSkydriveのアプリをインストール(サインイン)した。

 インストールはしてみたものの、使い方が分からない。特に、スマホのアプリに撮った写真を入れたのだが、画面に上手く反映してくれないのだ。挙手して、講座のサブ講師Tanaka先生に助けていただいた。矢張り、撮った写真がうまくSkydriveに反映しない。

 Tanaka先生のスマホには、撮った写真がすぐに反映していた。そのスマホの写真を実際に見せていただいた。なぜ私のスマホの写真がすぐにアップできないのか、Tanaka先生と私で、講座終了後にNaoko先生に確かめた。未だもって、私は納得していないのだが。

 午後は『ブログ仲間の勉強会』が、同じ県活のパソコン研修室であった。勉強会が始まる前だったが、ポケットに入れているスマホが震動した。自分のスマホに電話が入ったのかなと思いスマホを出してみたら、何と見知らぬスマホではないか。どうも女性のものらしい。

 一体、誰のスマホなのか考えてみたのだが、思い当たらない。何か手掛かりがあるかなと思い、スマホを開けようとしたが、ブロックがかかっていて開くことが出来なかった。一体、誰のスマホだろうか?

 とりあえず、県活受付に遺失物として届けた。デジカメ講座担当の係員が出てきて、スマホに付いている飾りをいじってみたら、印鑑だった。その印鑑にはTanakaの文字が見られる。アレッ、Tanaka先生のスマホじゃないのか。いつの間に、私のポケットに入っていたのだろうか。

 そうか、Naoko先生に私のスマホを見せに行ったときに、Tanaka先生のスマホを私が何の気もなしに預かったのだ、私には、全然そういう意識はなかったものの。まずは持ち主が分かってホッとした。そのスマホは係員が預かって、Tanaka先生に渡してくれるという。

 いやいや、それにしても知らない人のスマホを何の気もなしに持つというのは恐ろしいものだ。翌日、Tanaka先生からお礼の電話があった。恐縮してしまった。私こそ悪かったのに…。

 「それにしてもシンさんもボケたものだ」、とその事件の顛末を話したら、友だちから揶揄されたのは言うまっでもない。

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2013年11月13日 (水)

№2149 忍野八海へ

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 さて、前号の続きの記事になる。

2013_1111_083903pb110024 河口湖の泊まった宿は、湖のほぼ真ん前であった。晴れていると、富士山が大きく見えるのだろうが、朝起きてみたら生憎の曇りであった。ただ、河口湖畔の楓は真っ赤に紅葉している。紅葉を見ただけでも、得をした気分になった。

 それにしても、俳句会員の保養所の食事は、朝から豪勢だった。テーブルいっぱいに食材が並ぶ。わたしは基本的に朝はパン食だが、ご飯を二杯もお代わりした。そして、宿の入口で参加者の記念写真である。一人は仕事とかで、朝の始発列車で帰京した。

2013_1111_085528pb110027 この日の目的地は、忍野八海だ。わたしは初めて訪れる場所だ。乗り継いで約1時間くらいかかった。せっかく富士の裾野に来たのだがら、富士の雄姿をぜひ観たいと熱望したが、なかなか雲が取れてくれなかった。

2013_1111_102852pb110035 月曜日にもかかわらず、忍野八海の周辺はものすごい観光客だ。富士の周りはすべてそうなのだろうが、【世界遺産登録】を期に、ずいぶん観光客が増えているのだと思われる。さらに紅葉を愛でる観光客と相まって、これだけの人なのだろうか。

2013_1111_103457pb110037 忍野八海は、名前の通り富士山の伏流水が大量に湧きでていた。しかも、その水がものすごく綺麗なのだ。それぞれの湖には、鯉やニジマス、イワナなどの大群が生息していた。その魚は、丸々と太っているのだ。説明文を読むと、バナジウムの効果とか書かれている。

 昨日も猿橋のたもとで蕎麦を食べたが、この日もやはり売店で蕎麦を食べた。その蕎麦が、昨日よりズーット美味しかったというのは、食べた人ほとんどの意見だ。蕎麦粉も美味しかったのだろうが、何といっても水が良かったせいに違いない。わたしは、大盛りのトトロ蕎麦を食べたのだが、お腹一杯になった。

2013_1111_113705pb1100472013_1111_121204pb1100562013_1111_121433pb110057


 ここまできたら、ぜひ雲の切れ間の富士山を見たい。絶景ポイントが沢山あった。雲の切れ間を待って、近くの東屋で横になっていた。そのうち、雲が途切れ途切れになった。うむ、これは見られそうだぞ、と思う間もなく雲が切れ、富士山の全景が見えた。

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 富士山がよく撮れるポイントを探して、いろいろと移動した。忍野八海に【鏡池】という場所がある。そこに映る富士の姿がよい、というのでいろいろと撮ってみた。なかなか本体と池に映る姿の両方を撮るのは難しかったね。それでも、全景をみることが出来たので良しとするか。

 忍野八海からは、新宿まで高速バスで帰る予定だったのだが、ちょっとしたトラブルでそのバスを逃してしまった。大月までタクシーに乗り、そこから電車で帰ってきた。参加の皆様、本当にご苦労様でした。俳句は上手く出来なかったが、本当にのんびりした旅を味わうことが出来ました。

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2013年11月12日 (火)

№2148 河口湖一泊吟行旅行

 高校の同窓俳句会【東雄句会】の一泊吟行旅行で、河口湖に行ってきた。【東雄句会】は、今月で結社25年になるという。わたしは、参加してまだ2年ほどと一番の新参者だ。今回の吟行参加者は9名だった。80歳近い方も3名ほど参加していたが、本当に皆さん元気な大先輩がただ。

 朝、新宿駅のホームに集合し、そのまま、山梨県の猿橋に向かった。猿橋で昼食兼俳句作りとなった。天気予報ではあやふやなことをいっていたが、一緒のKouhoさんが「わたしは絶対の晴れ男だ。どこに行っても降られたことがない」と豪語するほど、今回の旅は傘がいらなかった。

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2013_1110_124924pb100010 最初の目的地【名勝猿橋】は、私は初めてだ。岩国の錦帯橋、祖谷(いや)のかずら橋とともに日本三大奇橋といわれるらしい。昔の甲州街道の要衝に架かるその橋は、軍事的・戦略的にも重要で、しばしこの橋をめぐっての戦闘が起こったらしい。

 景色も絶佳で、有名な詩人、文学者がしばしば訪ねては詩を詠ったという。俳句を作るにもまずは食事、と橋のたもとにある蕎麦屋に立ち寄った。そばを食べ終わったら解散だ。再度の集合は、1時間半後の猿橋駅だ。それまで散策し、俳句を作ることになった。

2013_1110_121222pb100007 橋から川の水辺までは、40メートルくらいの急峻を下る必要がある。降りてみて驚いたのだが、流れる桂川の水のきれいなことと、切り立った一枚岩の崖の見事なことだった。川には沢山の鯉が泳いでいたし、切り立った崖の隙間からはモミジの紅葉が見てとれた。句題はあちこちにある。

 左手に俳句手帳、右手に電子手帳を携えて、句作に耽る。このところ吟行が続いていて、句想は出てくる。思いつくままに手帳に書きなぐった。まあ、句は出来たとはいっても、それが上手か下手かは、また別の話である。同行のZabonさんなど、「いくらやっても五七五にならないわ」と嘆いていた。

 容赦なく集合時間が迫る。電車に乗った時にはわたしは11句ほど作ったが、彼女は一句も出来ていなかったようだ。そのまま、今晩の宿泊地河口湖に着いた。一息つく間もなく、句会が始まった。宿泊所の会議室を借りての句会だ。

2013_1110_162013pb100016 午後4時に始まった句会は、6時までの2時間もかかった。俳句が出来ないと嘆いていたZabonさんも、さすがに課題句5句を揃えていた。それぞれ作った句を短冊に書き写し、バラバラにして選句作業に入った。皆さん手慣れたもので、選句をしてみると、苦労して俳句を作っていた方が高い評価を受けていた。

 それに比して、いつものことだが、私が作った俳句はあまり評価してもらえなかった。反対に、字句の使い方への疑問が出されていた。せっかくない知恵を絞りだして使った言葉が、「この使い方は変じゃないの」などと言われた。なかなか難しいものだ、と強く感じた。

 2時間の句会を終え、ようやく夕食にありつけた。この日の宿は、会員の一人の方の保養所だった。夕食はとっても美味しかったし、お風呂は温泉が湧いていた。食後、この日の冷や汗を流してすっきりした。

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Extra 動く文字とオンマウスの勉強

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2013年11月11日 (月)

№2147 10月に読んだ本

 毎月の月初には、前月読んだ本の報告をし、なかでも印象に残った2~3点にコメントをつけている。ブログを検索してみると、この読書報告を始めたのが2008年9月からであるから、もう5年以上になる。飽きっぽいことで有名だった私だが、よく続くものだとわれながら感心する。

 いつも言い訳しているようだが、10月も北海道旅行があったり吟行があったりで、家に落ち着いている暇がなかった。そんな忙しい日常の中でも、たえず本を読むことは心がけている。ただ、若干悔いの残る10月の読書量だ。コンスタントにクリアしていた月5000頁だが、10月は、12冊・4775頁と例月よりも一冊少なかった。それでは何を読んだのか。

阿部和重『ピストルズ』講談社、2010年3月刊

帚木蓬生『聖灰の暗号(上)(下)』新潮社、2007年7月刊

黒川博行『落英』幻冬舎、2013年3月刊

辻井喬『風の生涯(上)(下)』新潮社、2000年10月刊

白川道『浮かぶ瀬もあれ シン・病葉流れて』幻冬舎、2013年1月刊

宮本輝『約束の冬(上)(下)』文藝春秋、2003年5月刊

連城三紀彦『秘花』東京新聞出版局、2000年9月刊

横山秀夫『看守眼』新潮社、2004年1月刊

C・W・ニコル『アファンの森の物語』アートデイズ、2013年5月刊

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 わたしの【読書記録】には、2500冊余りの本が載っている。多分、その95%以上の本は読んでいるはずである。ただ、最近以前に読んだ本を忘れて読むことがある。辻井喬『風の生涯』も読み終わってから気がついた。2010年6月4日号の記事(クリックすると、当該記事が読める)に、この本のコメントが載っている。まあ、面白い本は何度読んでもいいか。

 この小説は、水野成夫(1899-1972)の生涯を綴ったものである。読みながら思ったのだが、まさに水野の生涯は辻井喬(本名・堤清二)の生涯をなぞったような生き方をした。戦前、水野は共産党運動で検挙されている。堤は、戦後、共産党の闘士だった。

 この本を読んで、水野の生涯は昭和史とダって読める。ほとんどが仮名になっているが、この人は本名が誰となぞらえて読んでいく楽しみがあった。文学を志したが、戦後は心ならずも実業界に進出し、再生紙工場、フジテレビ、サンケイシンブンなどを一人立ちさせた骨太の人物の評伝は面白かった。

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 わたしは帚木蓬生の本はほとんど読んでいたはずなのだが、図書館の棚に本書を見つけ、アレまだ読んでいないなと早速借り出した。

 ちなみに、今まで読んだ帚木蓬生の本を検索してみた。『逃亡』、『臓器農場』、『薔薇窓』、『国銅』、『閉鎖病棟』、『三たびの海峡』、『賞の柩』、『安楽病棟』、『ヒトラーの防具』、『空山』、『アフリカの蹄』、『受精』、『アフリカの瞳』、『インターセックス』、『エンブリオ』、『千日紅の恋人』、『水神』、『蠅の帝国』、『蛍の航跡』、『日御子』等である。Wikipediaをみる限り、帚木蓬生の主要な本はほとんど読んでいる。

 とはいっても、『聖灰の暗号』は読み落していた。ヨーロッパ中世の話で、フランスのピレネー山脈の麓で広がっていたキリスト教異端の『カタリ派』へのヴァチカンの弾圧の話だった。中世のヨーロッパのキリスト教は、キリストの精神からますます離れて、華美になっていた。

 そのヴァチカンのキリスト教に反旗を翻したのがカタリ派だ。「原始キリスト教に戻ろう」という訴えは、ヴァチカンにとってはゆるがせに出来ない運動だった。武力で根こそぎ排除してしまおうと、フランス皇帝の武力で弾圧した。

 その弾圧の記録はすべて抹殺され、闇の中に葬られていた。日本人研究者の須貝彰は、フランスの地方の図書館で、地図コーナーに挟まれているその記録を発見した。学会でその発見を発表した須貝に、巨大な権力の影が迫ってくる。ヨーロッパの中世史とミステリーが重なった、読みごたえのある一冊だった。2013_1024_155446pa240004 最後に紹介するのが、連城三紀彦の『秘花』である。わたしは連城の本を読むのは初めてである。意識はしていなかったのだが、連城の本を読みはじめてすぐに、彼の死去が報道された。これも何かの縁だな、と強く思った。

 恋愛小説でもないよね、何か不思議な話だった。中学生の娘が妊娠した。それを隠そうかというふうに、お母さんには父の浮気を、その父親には母の不倫を告げる娘。その発端は、祖母の綴った彼女の生涯のノートだった。そして、小説の主題はむしろ祖母の生涯にまつわることだった。

 死ぬまで隠し通していたのだが、祖母は名古屋・中村で春を売る遊女だった。中村遊郭での話が新鮮だった。なぜこの小説を書くにいたったのか不思議だったが、連城三紀彦は名古屋の中村周辺で生まれたのだ。

 戦前・戦後の遊郭の独特な雰囲気がよくあらわれていて、面白く読めた。

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2013年11月10日 (日)

№2146 フラダンス発表会

 もう何か月も前から、女房に「この日は空けておいてね」と言われ続けていた。彼女が趣味で行っているフラダンスの発表会にはぜひ来るようにと、強く言われていたのである。

 女房がフラダンスを始めたのは、3年ほど前からかしら。最近では夢中になって練習をしているようだ。そして、時々その成果の披露があるようだが、私は見に行ったことがない。「他の仲間の旦那さんは来るが、あなたは来てくれないのね」と強い不満を何度も聞いている。別に行かないわけではないが、そのチャンスがなかっただけだ。

 そして最大の発表会【カレイ プア リリア フラ ハラウ】という催しが、近くの久喜総合文化会館の大ホールで開かれた。自宅から車で20分程のこのホールは、2,000人も入る大きな会場だった。驚いたことに、ほぼ満員なのだ。

 女房は前日に、プログラムを開いて「こことここに出場するから注目してね」と言っていた。ソウカソウカとアサッテを向きながら聞いていたのだ。会場には隣近所の奥方さんたちも、見物に駆けつけてくれていた。わたしはデジカメと一眼レフカメラを持って、その踊りを撮ろうと待ち構えた。

 一眼レフカメラは、望遠レンズに変えた。これが良かったのか悪かったのかは知らないが、結構手ぶれが起きていた。まあ、それでも見られる写真で女房の踊りを紹介したい。

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2013_1109_141623img_9649 一番仲良くしているKitajimaの奥さんと一緒に踊っているところだ。プログラムで初めて知ったのだが、【カピリナ】というグループでメンバーは8人のようだ。第一曲目は『カ ロケ』という曲だ。アップで撮ると、相当厚化粧をしていることが分かる。

 わたしは寝ていて知らなかったのだが、今朝7時ころに自宅を出て、美容院で髪のセットをし、会場に駆け付けたという。

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2013_1109_155023img_9697 しばらくして、また衣装を替え、第2曲目を踊った。『パパリナ ラヒラヒ』という曲だという。どうも目の位置が気になるね。ちゃんと前を真っ直ぐ見て踊っていればいいのに、キョロキョロ横を向いているようだ。

 わたしはフラダンスの群舞は初めて見たが、踊りを揃えることと、立ち位置が気になったね。「こんな大きな会場で踊ったことがないので、どこに立つのかが難しいのよ」とこぼしてはいたが…。

2013_1109_164243img_9706 そうだ、このフラダンスは動画で撮ってみたらどうだろうと、発表会の終わりになってハタと気がついた。ちょっと気がつくのが遅かったけどね。最後の出場の踊りを初めて動画にしてみた。慣れない動画だったので手ぶれが激しいが、観られないこともない。実験的に貼り付けてみた。

 興味のある方は動画のURLをクリックしてみて下さい(You tubeの正しい貼り付け方じゃないな…)。それにしても動画は面白い。もっとスキルをあげなければね。

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2013年11月 9日 (土)

№2145 那須をとんぼ返り

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Pb010021 先日、【あるるのいえ】の前にあるミズナラの枝下ろしの報告をした。おかげで、3本のミズナラの木はすっきりしたのだが、大量の下ろした枝が出た。取りあえずは空き地に仮置きしているのだが、いつまでもほおっておくわけにはいかない。

 向かいのOhnoさんが、「私も手伝うから、どこかに移動しよう」と言ってくれた。そうだ、Ogiさんの広大な裏庭が空いている。彼女に電話をし、しばらく置かせていただく了解を得た。Ohnoのお父さんも忙しいし、私も忙しい。それに大量の枝を運ぶトラックも必要だ。

 私が埼玉からとんぼ返りで、那須に枝の片付けに来ることにした。レンタカーのトラックは、黒磯駅前にある。久し振りに、那須まで電車で行くことにした。約2時間半かかる。電車で来てみて分かったのだが、電車賃より車のガソリン代の方がズ~~ッと安い。まあ、今回はやむを得ないな。

2013_1108_092056pb080001 繭の里に来てみたら、Ohnoさんはすでに枝払いをして、車で運ぶだけになっていた。本当に心強い隣人だ。Ogiさんちは、約300m位のところにある。車で行くと、ものの1分だ。ただ、枝を積んでいるので慎重に運転した。

 そして、5回ほど往復したら、すっかり片付いてしまった。Ogiさんの裏庭はほとんど使っていないので、来年の夏までかけて徐々に燃やして行こうと思っている。その頃には、生木も燃えやすくなっているに違いない。

2013_1108_092104pb080002 レンタトラックを返しながら、埼玉に帰ってきた。レンタカー代は、24時間借りて約1万円だった。本当に今回はとんぼ返りだったな。

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2013年11月 8日 (金)

№2144 新宿御苑【菊花壇展】

 東京シニア自然大学の事務局のKuniyasuさんが、「新宿御苑で年一度の【菊花壇展】をやっているから見に行こう」と声をかけたのは、授業のある日の昼休みだ。有志10人ほどが参加の手を上げた。この展示会をみるなら入場料無料、という話に心を動かされた人もいたに違いない。

 ただ、この日の授業は長引いて、終わったのが午後3時半だ。急いで新宿御苑に駆けつけた時には、4時を回っていた。入口の係員が、「菊花壇展は4時までなので、今入場しても観ることが出来ませんよ」と言っていた。とはいっても、ここまできたので何はさておき入場しよう。

2013_1106_161550pb060026 もしかしたらまだ観られるかもと、Kuniyasuさんは先へ先へと急いだ。普段の行いが良かったせいか、ほとんどの菊はまだ店仕舞いをしていなかった。結果として、10か所ほどある菊花壇はほとんど観ることが出来た。

 それにしても見事な菊だった。今日はその一端をご紹介したい。ただ、この【菊花壇展】は11月15日までとのこと、お時間のある方はぜひ出かけてみたらいかがだろうか。

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             懸崖作り花壇

2013_1106_161228pb060021 大作り花壇(一本の苗から500数十もの花を咲かせていた)

2013_1106_161601pb060027
2013_1106_162318pb060033                        大菊花壇
2013_1106_162201pb060031_2 菊栽培は、大変な手間ヒマがかかるという。この新宿御苑では、わずか半月ほどの展示会のために、専用の菊育苗を行い、この展示会に満開に咲かせる技術を持っているという。

 私の知り合いでも菊栽培をやっている方がいるが、お話を伺うだけでも大変な努力がいるようだ。仕事とはいえ、これだけの菊を咲かせた係員に敬意を表する。

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2013年11月 7日 (木)

№2143 講義『宇宙の夢』

 この日の東京シニア自然大学の午後の講義は、JAXA名誉教授・的川泰宜先生の『宇宙の夢~ペンシルロケットから「はやぶさ」まで』というお話だった。この講義を何より楽しみにしていたのが、事務局のHayashidaさんだ。「先生の講義が聴けると思うと、ワクワクして夜も眠れない」と、大げさなことを言っていた。

 午後1時から3時までの授業だった。私は、普通は昼食後で眠くなるのだが、その話の面白さに夢中になって聴いてしまった。話は、日本のロケット開発の黎明期から、最新の【イプシロンロケット】の開発までだった。

2013_1106_133051pb060006 そういえば、「はやぶさ」の地球生還に興奮し、映画まで見たことを思い出す。ロケット開発の最前線にいた先生の話に、Hayashidaさんだけでなく、私も興奮して聴いた。

 日本のロケット開発の父というべき糸川英夫さんの話から始まった。糸川さんのそばにいなければ知らなかったようなエピソードがたくさん紹介された。糸川さんはどういう人だったのか。

 4歳でお父さんに連れられて、青山練兵場で初めて飛行機が飛ぶのをみて、糸川さんは「一生を飛行機に生きる決意をした」という。大学は航空学科に入学し、卒業して中島飛行機に入社した。そこで開発したのが「隼」、「鐘軌」という飛行機だ。戦後、GHQに日本の飛行機開発が禁止され、彼の関心はロケットに向かった。

 ロケットに向かう最大の動機は、「20分間で太平洋横断を果たしたい」というとてつもない夢だった。「糸川先生は、何かをやりたいと思ったら抑えられない好奇心の塊の人、それが初めてのことならなおさら闘争心が湧く冒険心の人だった。また、女性への関心が人一倍強く、男どもの前では怖い顔をしていても、女性の前では柔和な顔になった」と、すぐ近くで先生をみていなければ分からないようなエピソードも聞かせてくれた。

 ロケット開発も、当初日本のレーダー技術が未熟なので、上空に飛ばしても追跡できない。「それなら水平に飛ばしたらいいのじゃないの」と、誰にも思いつかない発想をする先生だった。日本で初めてロケットを打ち上げたのが、秋田県の道川海岸でだ。

 多分、私が小学校4~5年生の頃だ。道川海岸は、私の故郷の隣町だ。自宅から、ロケットの出す白煙をみて興奮したのを思い出す。多分、秋田県中が大騒ぎになったのだと思う。ロケットが大型化する中で、日本海での打ち上げが「李承晩ライン」に抵触することが分かり、太平洋に発射地を求めた。

 いろいろな地を糸川先生と探索して歩いたようだ。ある時、鹿児島県の山奥・内之浦の小高い山の上で立ちションベンをした先生が、「こここそロケット発射にふさわしい」と突然叫んだ。その当時、山の上のロケット発射台など、世界的な常識では考えられなかったらしい。これも、糸川先生に発想のユニークさの賜物だ、と話していた。

 先生が好んで書いた色紙に、【人生で最も大切なのは、逆行と友である】とある。立ちションベンをしたすぐそばに、糸川先生の銅像とともに、その言葉が彫られているという。糸川さんは、また、多様な才能を発揮した。チェロやバレーに取り組んだのも、その一つだった。

 【はやぶさ】開発の苦労話にも感銘を受けた。特に大変だったのが、内之浦から打ち上げる時の漁業交渉だったらしい。「5県の漁連とは膝を突き合わせ、夜通し酒を酌み交わして話し合った。おかげで、私は重度の糖尿病を患うことになってしまった」。

 それと、【はやぶさ】の帰還についてのエピソードも、的川先生からでなければ聴けない話だった。「4つのエンジンを積んでいたが、全部だめになってしまった。スタッフは地球帰還に絶望していたのだが、エンジンを開発した研究者とNECの技術者が、誰にも知られないエンジン細工をしていたのだ」そうだ。

 詳しくは分からないが、それぞれのエンジンにはプラスとマイナスがあり、それが作用してエンジンを燃焼しているようだ。ただ、4つのエンジンはお互いに独立していて、関連性がない。4つのエンジンがダメになった時、その開発者が「実は、内緒で互いのエンジンを繋ぐチップを埋め込んでいた」と白状したようだ。

2013_1106_144139pb060008 設計図にもないような細工は、普通は大問題になる話のようだが、これが幸いして、エンジンが復活したのだそうだ。先生が作詞した【はやぶさの歌】が教室で披露された。服部克久さんの作曲でオペラ歌手が歌っている歌で、「カラオケボックスでも聴けるので、ぜひ歌ってほしい」と話していた。

 的川先生のお話は、時にはユーモアを交え、遊び心いっぱいの開発談を、聴講者は熱心に聴いた。講義終了の3時になっても、先生の話は道半ばだ。結局は20分もオーバーする大講義だった。Hayashidaさんが興奮する訳が分かった。

2013_1106_152404pb060010 この日は【東京シニア自然大学】の受講者全員参加とのことで、先生を交えて記念写真を撮った。久し振りに授業参加のNorikoさんに声をかけた。そしたら、「欠席していても、この授業はシンさんのブログを読んでいるので、大丈夫。それより大根干しが終わってよかったね」と反対に慰められた。

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2013年11月 6日 (水)

№2142 私のカメラって、そんなに高性能?

Pb050016 【デジカメ撮影・編集講座】の第二日目だ。この日は、自分の持っているカメラの性能の再確認、撮影時の構図のとり方、外に出ての撮影などを行った。

 私が今のオリンパスカメラを買ったのは、【光学ズーム倍率】が24倍になるとわかったからだ。ただ、24倍の倍率にした場合は手ぶれが激しく、カメラを固定しなければボケてしまう。

 光学ズームが24倍なら、果たして【デジタルズーム】にしたら何倍になるのだろうか。いじってみたら、何と24×4の96倍になる。サブ講師に確かめたら、間違いないようだ。私のカメラって、そんなに高性能だったのか。ただ、96倍で撮った写真が見られるものかどうかは確かめていない。

2013_1105_152005pb050002 そこで、試しに96倍で撮った写真だ。斜向かいの50mほど離れた家の庭に設置されている冷房ファンがこんなに大きく撮れた。これも窓枠にカメラを固定したからだ。まあ、96倍で撮るなんてことはないだろうけどね。

 それと、モニター画面にグリッド線の出し方が分からない。これも、サブ講師に助けていただいた。

 私が撮っている写真は、Naoko先生に言わせると【日の丸構図】なのだそうだ。いろいろな構図を研究しながら写真を撮ると面白いよ、と言っていた。

Pb050026_2 実際、埼玉県民活動総合センターの外に出て写真を撮ってみた。天気は快晴、この季節花は少ないが、様々な木が紅葉に色づき始めている。構図を研究しながら写真をいろいろ撮った。ウ~~ム、今までにない写真が撮れているね。

 これも、空くし構図に工夫を凝らした写真だ。ただ、うまいか下手かは別だ。

Pb050040 こうやって写真を撮っていると、今までとは違った楽しみ方が味わえるね。赤い実と青い空がうまくコントラストをなしている。

 この日の最後の授業で、クラウドコンピュータの使い方について勉強した。【Sky Drive】を使うと、写真を共有できるというのだ。自宅に帰って、早速、Sky Driveをインストールした。私はライブメールアドレスを持っているので、サインインは簡単に出来た。ところで、さて、どう使うのだろうかはこれから勉強だ。

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2013年11月 5日 (火)

№2141 塩原の紅葉見物

 ミズナラの枝降ろしが無事に済んだので、いつもの常連のメンバーで自宅にて御苦労さん会をやった。参加したのはOhno夫婦、Matsukawaさん、それにウチの二人だ。お父さんは、明日の朝早く新潟に行くという。残った人で、塩原の紅葉見物に行くことにしよう。

 三連休で混雑が予想されるので、朝6時半に出かけることにした。2~3日前、NHKテレビの朝のニュースで、塩原の紅葉が放送されていた。そのニュースを見た人が、どっと押し掛ける恐れがある。繭の里から塩原までは、ものの20分ほどで着く。

 さすが早朝なので、紅葉見物客はいなかった。ただ、塩原の温泉街は紅葉にはまだちょっと早かった。車で山を登って、奥塩原温泉郷まで行ってみよう。いつも行くのは、日塩もみじラインの入口までだ。そこに行くと、美味しいキノコ汁が食べられるのだ。

Pb030002  その茶屋に着いたのが7時10分ころだ。まだ茶屋の営業はやっていなかった。8時ころ開店というのだが、待っているわけにもいかない。茶屋の周りには、有名な高原大根畑が広がっていた。大根の出荷は、今が最盛期のようだ。値段を見ると1本150円とあった。高いのか安いのかは分からない。

 

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030 入口から塩原温泉郷に向かって、ゆっくり下った。この付近は山が深い。道路沿いから谷筋に向かって紅葉・黄葉が進んでいた。一緒に行った女性連の歓声が聞こえた。「まあ、きれいだこと。今が最高だね」を連発していた。

 Kayoさんが、「木に白いものが生えてあるわよ。何だろう」とよく見たら、キノコのようだ。「あれ、猿の腰掛けというキノコじゃないの」というのだが、誰もわからなかった。

037  途中、何度も車を停めて紅葉に見入った。特に道路傍に植えてあるモミジの紅葉が素晴らしかった。真っ赤に染まっている。

049  塩原温泉郷も、ところどころで紅葉が進んでいる。地元の人が、「もみじ橋で大根を干しているから、見ておいでよ」といっていた。わざわざ車を戻し、大根を見に行った。テレビにも映っていたおなじみの光景だった。

 塩原のなかでも絶好の紅葉見物ポイント、【もみじ吊橋】付近の紅葉ままだ先だ。それでも、300円を出して橋を渡る人は続いていた。そういえば、私はこの橋を渡ったことがないね。テレビでも言っていたが、紅葉の最盛期は11月10日前後のようだ。

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2013年11月 4日 (月)

№2140 楽天イーグルス 初優勝

Photo_2 今年のプロ野球日本シリーズは、楽天イーグルスが読売ジャイアンツに4対3で勝ち、見事初優勝を飾った。それにしても、見応えのある日本シリーズじゃなかっただろうか。

 私は巨人を中心に野球中継を見ているために、パ・リーグはほとんど知らない。楽天のメンバーは、田中マー君を除いては初めてという人が大部分だった。

Photo_3 そして、このシリーズで楽天の一番・岡島、二番・藤田、三番・銀次が素晴らしいバッターだと初めて知った。特に注目したのが銀次だ。彼の面構えが良いね。いかにも強気で、何にも負けまいとしている戦闘的な顔が良い。巨人のメンバーが洗練された顔をしているのに対し、彼は東北の荒々しい俤を伝えている。

 バットに対する食い付き、粘りも楽天が数段上だったような気がする。どうやっても塁に出るんだという気迫が、そのバッターボックスから伝わってきた。巨人の選手が簡単に三振するのに対し、あの粘りが良かったね。

 ピッチャーも、楽天の方が上だった。田中将大は一目置くとしても、則本や美馬などナイスピッチングだった。MVPは、美馬より則本じゃなかったかな。彼の気迫も素晴らしかった。どんなに打たれても、決勝打は打たれまいとするその意気込みが、彼のピッチングから伝わってきた。

 要するに、今日本シリーズは楽天が勝つべくして勝ったのかな。

 まあ、巨人も頑張ったには頑張った。特に第6戦で、30連勝と負け知らずのマー君を打ち崩したのは大きい。第6戦で負けてはならじという、その必死さが伝わってきた。その巨人の何といっても敢闘選手は菅野じゃなかったか。マー君と堂々と渡り合って、ついに勝ちをおさめた。

 それにしても、巨人のバッターは打てなかったね。4番バッターの阿部は強振するばかりで、ほとんどがポップフライだ。自分が打たなければ、と相当力んでいたような気がする。坂本もダメだったし、今シリーズは好調というバッターはほとんどいなかった。これも、楽天のピッチャー陣が良かったことの現れだったのかもしれない。

Photo_4 第6戦で負け投手になったが、あらためて田中将大の偉大さが分かった。今、プロ野球で一試合に投げる球数はせいぜいが120球前後だ。それを、彼は志願して最後まで投げ切った。結局は160球の投球数だった。そして、第160球目の球は、152㎞/hのスピードだったね。彼は本物だ。

 肩の回復が充分じゃない第7戦・最終戦でも志願して9イニング目に登場した。前日あれだけ投げているのに、常識的には信じられない。それを、星野監督を説得して志願した。あれに、楽天の意気込みのすべてが表れていた。さて、来年以降も日本で彼の雄姿が見られるだろうか。

 楽天イーグルス、本当におめでとう。

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2013年11月 3日 (日)

№2139 大根の収穫

 今回の那須訪問の主な目的は、大根の生育状況を見ることにあった。大根は約2ヶ月で収穫時期を迎えるとあるが、8月26日に植えたので、もう2ヶ月は過ぎた。本当のところは、11月中旬の収穫を目論んでいた。沢庵を漬けるのが12月中旬のつもりでいるからだ。

Pb020002  験しに2~3本掘ってみた。充分に生育しているようだ。このまま11月中旬まで放っておくと、太くなりすぎる、沢庵漬けには適さない恐れがある。中にはまだ収穫には早いものもあるようだが、成長したものだけを、急遽、収穫することにした。

 掘ってみると、3分の二くらいは収穫できそうだ。大根を掘るには、引っ張るだけだと、途中で折れてしまう。移植シャベルで丁寧に途中まで掘り、最後に引っ張る。大根の収穫はもう何度もやっているので、要領は心得たものだ。

Pb020007  60本ほど収穫したのだが、幸い途中で折れるものは一本もなかった。今年の大根の出来は、我ながら、上々だ。太からず細からずで、沢庵にちょうど適しているようだ。収穫にちょっと早い30本ほどをそのまま残し、残りを自宅まで運ぶことにした。向かいのOhnoさんの家で借りた一輪車で三往復ほどで運んだ。

Pb020009  自宅の前には、大根の山が出来た。一服した後、収穫した大根の洗浄だ。その前に、大根の葉の成長部分を包丁で切りとった。放っておくと、大根はいつまでも成長をやめないのだ(Kamoちゃん、この作業は忘れないでね)。

Pb020012  漬物樽を持ち出して、それに水をためて、束子で大根の泥を落とした。真っ白な大根が姿を見せた。ただ、食べ物だから、もう一度水を代えて二度洗いをした。

 さて、すぐに軒下に吊るそう。2本の大根の葉を縛り、桟に吊るした。大根干しは、秋の風物詩だ。まずは第一段が終了だ。畑の残った大根は、次回那須に来た時に収穫することにしたい。

Pb020015  ただ、あまりにも長期間すぎるので、今回吊るした大根は12月中旬まで干していくわけにはいかないかもしれないな。干すのは1ヶ月くらいでいいのだ…。

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2013年11月 2日 (土)

№2138 ミズナラの木の枝おろし

Pb010016  【あるるのいえ】の周りには、もう70~80年にもなるミズナラの大木がある。春の新芽もきれいだが、夏の暑さのシェルター代わりを果たしてくれている。ただ、30~40メートルもある大木なので、倒れたら被害甚大だ。

 今回の台風ではたまたま北西の風だったようで、折れた枝が自宅の屋根を直撃することはなかった。大木の南東にあった家は屋根が破損し、相当な被害を受けたという話しもあったらしい。

Pb010018  いずれ、【あるるのいえ】の上空30メートルくらいのところの枝がねじ折れ、そのままにしておくと、再度風が吹いたら被害にあう恐れがある。たまたま那須にいたOhnoのお父さんの手助けで、枝おろしをやることになった。

 とはいっても、私のような素人には手をつけかねる仕事だ。ここは全面的にお父さんにお任せし、私は手助けをする役割に徹することにした。手慣れたもので、大木に梯子を掛け、するすると昇ってゆく。これはという枝を払ってゆく手際は見事だ。

Pb010019  それでも、「若いころはこんなものではなかった。年をとったら、本当に腕力が無くなったね~」と嘆くことしきりだ。とはいっても、まだ後期高齢前だ。私から見ると、身のこなしは軽いものだ。

 とりあえず、自宅の前にある3本のミズナラの枝おろしをすることになった。そして、1本1本枝を伐ってゆくと、陽光を受けてパッと明るくなった。それでも、1本の枝伐りに約一時間もかかる。3本の枝を降ろしたころには、もうお昼をとっくに回っていた。

Pb010021  切った枝は一ヶ所にまとめたのだが、ちょっとした小山ほどになっている。しばらくこのままほっておき、葉が落ち枝が枯れたころに整理することにしよう。

 Ohnoのお父さんは、「自分は若いころからやっていたからこういう枝降ろしが出来るのだが、今の職人にはとっても無理な仕事だろう」といっていたが、納得できた。おかげで、自宅が明るくなった。

 切った枝のところには、来春にはこんもりした枝が生えてくるはずだというが、どうなるのだろうか。

Pb010022  ついでにと、【あるるのいえ】のシンボルにもなっている南面のヤマボウシの木も枝を降ろしてくれるという。花が高いところについて、折角の白い花が見られないのだ。どこの枝をどのくらい伐ると花芽がつくのか、分かっているのだ。

 おかげで、自宅の周りがすっきりした。

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2013年11月 1日 (金)

№2137 三週間ぶりの那須

Pa310004  信州から帰った翌日に、那須にやってきた。三週間ぶりである。ところが、那須にやって来てみたら、自宅の前にあるミズナラの大木の枝が捩じれ折れ、入り口を塞いでいた。何だろうかと考えてみたら、先日の台風27号の影響だ。

Pb010009  埼玉の自宅はほとんど影響がなく忘れていたのだが、那須は相当の強風が吹いたようだ。生木の枝が捩じれ折れるほどだから、相当な強風だったのだろう。自宅の周りを見てみたら、あちこちで大木が根こそぎ倒れていた。

 この近辺は土壌が石ころだらけなので、木の根は広がってはいるが、深く根を降ろしていないようだ。従って、強風で根こそぎ倒れてしまう。そういう状態をあちこちで見た。

 たまたま、向かいのOhnoのお父さんがいたので、台風時の様子を聞いてみた。お父さんはその時に那須にいたようだが、「イヤ~~、大変だったよ」といっていた。周りの大木が風に大揺れになり、いまにも倒れるかと思う木がたくさんあったのだそうだ。

Pb010010  自宅の前にあるミズナラもやはり折れ、瓦屋根が破損したようだ。「4~5枚の破損で済んだので、自分で応急処置で直したよ」といっていた。

 それより何より大変だったのが、停電だったようだ。あちこちで枝が電線に懸かり、停電時間が長かったようだ。「停電になると、ポンプの水揚げが出来なくなって、水道も停まってしまうんだよね」とのことだ。幸い、夜遅くなって復旧したようだったが。

 【あるるのいえ】のミズナラはどうしようかと相談した。「明日、枝おろしをしてあげよう」といってくれた。有難いことに、那須では困ったことがあるとOhnoのお父さん頼みだ。

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