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2013年10月の31件の記事

2013年10月31日 (木)

№2136 【アファンの森】を訪ねるバスハイク

 皆さん、【アファンの森】を知っているだろうか。実は、私も知らなかった。

 C・W・ニコルさんが、信州黒姫山の麓に開いた森である。【東京シニア自然大学】の課外授業として、バスで往復旅行をすることになった。参加は自由、とはいっても21名の方が参加した。ただ、新宿を出発したのだが、日帰り旅行には遠かった。

 朝、6時45分に新宿西口集合とのことだったが、私が最寄りの駅から乗った電車は始発電車だ。始発に乗るなんてめったにないことだが、結構混んでいるのには驚いたね。

Img_9584 バスは朝7時に新宿西口を出発した。そして黒姫の【アファンの森】についたのは午前11時を過ぎていた。なんと片道4時間のバス旅行だった。黒姫の麓はすでに紅葉が始まっていた。目の前に高くそびえている飯縄山も紅葉真っ盛りだ。ただ、黒姫山は雲に隠れて見えなかった。

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 バスを降りて、アファンセンターまでは歩いて10分程の距離にある。木造の偉容な建物だった。着くと同時に、スタッフからアファンの森についての説明がなされた。ここで初めて、【アファンの森】はどういうものか知った。

 C・W・ニコルさんはイギリスウェールズの出身だが、たまたま訪れた日本を気にいってこの国に定住しようと決めたのは1980年だ。四季折々展開する日本の自然に魅せられて、「こんな美しい国は、世界中探してもどこにもない」と感嘆したようだ。

Img_9589 棲みはじめて分かったのだが、その美しい国土の森が荒らされている。荒らしている張本人は、国であることに驚いた。何百年もたつ原生林をドンドン伐採し、木材を売って林野庁は生計を立てていた。伐採後に植えるのは杉とか桧だ。

 それまで豊かに暮らしていた森の動物は、食べ物に飢え、人里にあらわれて作物を荒らした。これは動物が悪いのではなく、行政の貧困の表れと、ニコルさんは様々な場所で訴えたらしい。そして、黒姫の麓に森を買い、再生事業に手をつけたのが1983年という。

 当初3ヘクタールの土地だったようだが、30年たち、規模は30ヘクタールへと10倍に伸びた。さらに、隣の国有林27ヘクタールも管理する契約を国と結んだという。相当広い土地のように思われたが、森林再生のためには、これでも猫の額の様なものだった。

 なぜ【アファンの森】かというに、ニコルさんの生まれたウェールズに、石炭のぼた山から森林再生を見事に果たした【アファン】という地があるらしい。それにちなんだという。そして、この【アファンの森】には北エリアと南エリアがあり、北エリアはすでに森林再生に成功した。ただ、南エリアはまだ手付かずの状態のようだ。

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Img_9595 この日は、実際に南エリアの藪刈り体験をしようという作業が待っていた。参加者で記念撮影をし、バスで南エリアに出かけた。その頃は、若干雨模様だった。皆さん、合羽に着替え、借りたノコギリと藪きりばさみを腰に据えて、いざ出発だ。

 スタッフから、再生された森とそうでない森の説明があった。再生されていない森は、木に絡まった蔦や蔓が光をさえぎっている。再生された森には、ブナなどの植林が進んでいた。

Img_9601 さて、われわれも藪刈り体験をしよう。女も男も一斉に作業に取り掛かった。アブラチャという雑木をドンドン切ってくれという。20人でとりかかった原野は、瞬く間に綺麗になった。ただ、われわれの作業は30~40分ほどで、切り拓いた場所はたかが知れている。

 もう少しやりたいという声も上がったが、時間的な制約があり諦めた。こういう作業なら2~3日やっても良いね、来年は卒業したらボランティアで来ようという人もいた。

Img_9606 帰りは、再生・整備された北エリアの説明を受けた。この森には多様な生物がいるという。特に、ニコルさんが大好きなクマが時々顔を出すらしい。さらには、フクロウやノウサギ、リス、テンなどの動物も見られるという。

 スタッフが作ったフクロウ用の大きな巣には、昨年も今年もフクロウが営巣した、と嬉しそうに語っていた。これも、巣を掛けてから営巣まで2~3年もかかったらしい。

Img_9608 この日も非常に楽しい授業だった。Tokikoさんなど、「シンさん、この自然をみて俳句を作って下さい」などと冷やかしていた。帰りも4時間かけて新宿まで帰ってきた。私は帰りのバスの中で、ここで買ったC・W・ニコル著『アファンの森』(アートデーズ社)を読んだ。

 ニコルさんのアファンの森にかける思いが伝わって、あっという間に読み終えた。そして、自然再生の道の遠いことを思った。

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2013年10月30日 (水)

№2135 ハロウィン

 明日、10月31日はハロウィンだという。話には聞くが、少なくとも私にはなじみがない祭だ。一体どういうものか検索してみると、「Halloweenとは 万聖節(キリスト教で毎年11月1日にあらゆる聖人を記念する祝日)の前夜祭。 秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す祭りです」ということだ。

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 なぜこの話題かというに、街を歩いていたら子どもたちがワイワイやっていた。皆さん、それぞれ奇抜な衣装をし、なかにはとんがりハットの帽子をかぶっている子どももいた。手には袋を持ち、そのなかにはお菓子が一杯入っているのだ。

 日本でもハロウィンが一般的な子どものイベントになったのだろうか。少なくとも、私は初めてお目にかかる光景ではあった。子どもたちは大騒ぎしていたが、一緒にいるお母さん方も嬉しそうだった。

Pa280005 同じ日、100円ショップに行ってみると、ハロウィン用の小物がたくさん、店頭を飾っていた。子どもが大きくなると縁が遠くなるが、小さな子供がいる家庭では、このお祭りが子どもたちの楽しみとして一般化しているのだろうか。感慨深いものがある。

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2013年10月29日 (火)

№2134 デジカメ撮影・編集講座

Pa290007 この9月に開講された【画像編集講座】に引き続き、今回は【シニアのためのレベルアップ!デジカメ撮影・編集講座】を受講することにした。講師は、もちろん、わがNaoko先生だ。前回の講座の時宣伝しているのを聞き、すぐに申し込んだものだ。この日から、全6回にわたり開かれる。

 そもそも、私はカメラについては素人で、以前からレベルアップを図りたいと思っていた。画像処理等の講座は何回か受講しているので、写真を撮るときの心得の基本が知りたいという希望が強い。

 朝9時半からの講座なので、9時10分くらいに自宅を出た。そしたら、パソコン研修室前で「ヨーッ!」と声を掛けられた。あまりにも突然のことなので、一瞬誰かと思った。学生時代の仲間、Johちゃんじゃないか。一体どうしたのか聞いてみたら、「自分もデジカメの基本を勉強したいと思い、受講した」のだそうだ。彼は、埼玉県民活動総合センターに来るのは初めてとのことで、施設の立派さにに感心していた。

Pa290015 この講座受講前に、デジカメを買った時の付属品一式を持ってくるように、との注意があった。私が今持っているデジカメは、昨年ベトナム旅行から帰ってからすぐに買った【オリンパスSZ-31MR】という機種だ。買ってからまだ一年もたたないのだが、その「付属品一式」が、いくら家捜しをしても見つからなかった。この講座ではどうしても【取扱説明書】が必要だ。ネットでダウンロードもできるのだが、80頁と膨大な量になる。泣く泣く、オリンパスサービスステーションに行き、1280円も出して買ってきた。それにしても、一体どこに行ったのだろう。

Pa290008 先生の講座は、通常、彼女が作るテキストで講座を進めていく。ただ、今回は珍しく市販のテキストだった。

 講座の最初に、先生から「講座の4回終了時に皆さんの撮った写真をA4でプリントアウトし、埼玉県民活動総合センターの玄関に作品展として飾ります」というお知らせがあった。さて、この講座で飾られるほどの作品が撮れるかどうか心配だね。

 第一回目の講座は、デジカメについての説明が主だった。この日の話は私が日常使っている機能なので、ほとんど問題なかった。ただ、普段デジカメを使いなれていない方、パソコンに写真を取り込んだ経験のない方には難しかったかもしれないね。事実、Johちゃんは、「復習してこなければ、追いついていけないナ」と心配していた。

Pa290016 さらに、この講座の初めに、「著作権の関係で録音・撮影はご遠慮ください」という注意があった。ただ、デジカメ講座なので、どんどん写真を撮らないと上達しない。講座受講中に撮った先生の写真は、違反になるかな~~。顔は見えていないけど…。

 NGになったら、すぐにでも削除しようっと。

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2013年10月28日 (月)

№2133 第4回扇OB会ゴルフコンペ

2013_1027_081249pa270002 『第4回扇OB会ゴルフコンペ』が、台風一過、風のない青空のもと、鹿沼市にある【広陵カントリークラブ】で行われた。このゴルフコンペは、春と秋の年2回行われている。板橋にあったスナック【扇】閉店で、それを惜しむ仲間がぜひゴルフだけは続けようという趣旨で開催されている。こういう会が続くかどうかは幹事が大事で、幸いYokoちゃんが仕切ってくれている。

 幹事がやきもきしていたのは、台風の行方だったろう。台風27号が、もしかしたらコンペ当日のゴルフ場を襲う恐れがあった。幸い逸れてくれ、この日は絶好のゴルフコンデションだった。この日の参加者は、5組19人だった。皆さん顔見知りばかりで、久し振りの方にも会うことが出来た。

 私は先日の北海道ゴルフ旅行で散々だったのだが、帰ってきて間もない。さて、この日はそれを引きづっているだろうか。

 スタートしてみて分かったのだが、北海道の悪いゴルフが倍加していた。相変わらずドライバーは良い。それ以外は、全部だめだった。スタートホールでドライバーをフェアウェー真ん中に打ったのだが、2打目が見事な空振り。それ以降も、相変わらずダフリが出る。

 さらにアプローチは寄らず、パターもダメときたら、みるところがないね。あれだけ真っ直ぐ飛んでいた新しいアイアンも全然当たらない。ショートホールでもOBの連続で、OUTの二つのショートは7個も叩いてしまった。われながら呆れたね。

2013_1027_150657pa270007 1年に2回しかゴルフをやらないという同伴者のMikaちゃんにまで負けてしまうなんて、情けないことこの上ない。そのMikaちゃんだが、本当に小気味よいゴルフをやっていた。ドライバーの飛距離は男子並みだ。残念ながら練習不足のせいか、2打目以降では苦労していた。それでも練習すると上手になる片鱗を、各所で見せた。

 上手だったのが、矢張り同伴者のMasatoさんだ。「シンさんとはライバル」といっていたが、この日のゴルフは、私を遠くに置き去りにしていた。バーデーは取るわ、パーも簡単ときたら鬼に金棒だ。この日は脱帽だった。

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 優勝したのは、これも優勝常連で「面白くもなんともない」とブーイングだったHozumiさんだ。参加者はどんなに不平をいったとしても、70台で回るのは立派としか言いようがない。そして準優勝したのが、永久幹事のYokoちゃんだ。彼も見事な成績だった。

 コンペ終了後のパーテーでは、私はヤケ酒を飲んでいた。このゴルフ場には、近所のHonkawaさんの車できているので、パーテー後唯一酒を飲めるのが楽しみだった。

 それにしても笑ったのは、この日のコンペは新ぺリアで上限なしだったが、最高ハンディは72という人がいた。こんなハンディは、聞いたことがないね。さらに、「ゴルフクラブを玄関に置いておいて、盗まれてしまった」と嘆く人もいた。その方は、クラブを玄関の外に置いていたのだという。なんと不用心なことだろうか。

2013_1027_162636pa270008 パーテーで元ママの挨拶があったのだが、彼女はスナックを閉店してから、ますます元気になったようだ。「私、毎日が忙しくてしようがないのよ」と生き生きと話していた。

 それに比して某氏。今年の夏に完全リタイアしたのだそうだが、一日中家の中でボーっとしているという。「【無】、何もないというのもいいものだ」などとうそぶいていたが、リタイア後の最悪の見本じゃないかね。唯一の楽しみが競馬というから、しようがないね。見かねた友だちが、時々お酒に誘っているというが、自分で自立する気持ちがないとどうしようもない、とその話を聞いて思った。

【広陵カントリークラブでの成績】

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2013年10月27日 (日)

№2132 映画『ローザ・ルクセンブルク』

 私はある用事で、月に一度は神保町に出る。その用事は午前中で終わるので、ついでに映画を見て帰る。何をやっているのかと必ず覗くのが、神保町交差点にある【岩波ホール】だ。興味があってもなくても、ほとんど観て帰る。そして、この日上映していた映画が『ローザ・ルクセンブルク』だった。

2013_1025_140213pa250009 入場して分かったのだが、今年2月に83歳でお亡くなりになった岩波ホール創設者・高野悦子さんの追悼として、女性監督の名作4点を上映する催しだった。その作品は、羽田澄子監督『薄墨の桜』(1977年)、羽田澄子監督『早池峰の賦』(1982年)、シンシア・スコット監督『森の中の淑女たち』(1990年)、そしてマルガレーテ・フォン・トロッタ監督『ローザ・ルクセンブルク』(1986年)だった。

 私は勤め人時代から、よくこの【岩波ホール】では映画を見ていた。上記4作品のうち3作品は観たのだが、唯一見逃したのが『ローザ・ルクセンブルク』だ。

2013_1026_093235 学生時代、ゼミで受講したのがI先生の『ローザ・ルクセンブルク講読』だ。内容はほとんど忘れてしまったが、それでも『社会改良か革命か』の書名タイトルだけは覚えている。ローザ。ルクセンブルクは、私にとっては懐かしい革命家だ。

 映画は、19世紀末から第一次世界大戦までのヨーロッパの不安定な政治状況の中で、苦悶し戦う一人の女性の物語だ。労働者の前で過激な演説をしては、何度も逮捕される。出獄しては、また、労働者の団結のために闘う姿があった。

 そして、ついには1919年、ベルリンで軍隊の白色テロに合い、ピストルで頭を撃ち抜かれ、川に放置される晩年の姿を映してこの映画は終わる。背景がわからないと、難解な映画だったかもしれない。

 【岩波ホール】次回の上映作品は、同じくマルガレーテ・フォン・トロッタ監督作品で、ローザ・ルクセンブルクで熱演したバルバラ・スコヴァの『ハンナ・アーレント』だ。この映画もぜひ観たいと思っている。

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2013年10月26日 (土)

№2131 昨晩見た三つの夢

 朝起きてすぐだが、「夢を見ていたんだな」と思うことがよくある。大概の夢はすぐに忘れてしまうのだが…。以前、といっても私が学生時代のころだからもう40年以上も前になるのだが、埴谷雄高さんの講演で今でも忘れられない話がある。

 埴谷さんは、毎朝見た夢をノートにつけているのだそうだ。そして、「夢こそ現実であり、現実は夢だ」というのだ。その当時はそんなバカなと思っていたが、最近、妙にあの話を思い出す。

 いつも見た夢を思い出すのだが、すぐにメモしないとつい忘れてしまう。いつかその試みをしようかと考えていた。


 北海道旅行の疲れもあり、昨晩は午後
9時過ぎにベッドに入った。2時間ほど本を読もうと思っていたのだが、そのまま寝入ってしまった。

 夜中1時半ころに目が覚めた。オッ、夢を見ていたなと思った。内容は、私のサラリーマン時代のことのようだ。なぜか知らないが、6万円程銀行に預金しようと思ったのだが、預金するにも保証人がいるというのだ。かつての同僚K君に保証人の印鑑をお願いしたら、変な顔をしていた。そこで目が覚めた。

 通常、日常の活動が手いっぱいで、今では勤め人時代のことを思い出すことはほとんどない。ただ、どうやらときどき、その当時の夢はみているようだ。目が覚めると、上司だったり同僚の顔が思い浮かぶ。40年近く勤めていると、忘れようとしても忘れられないのだろうね。

 その晩は、午前3時まで本を読んでいた。そして寝入ったのだが、また、午前4時半ころ尿意を催して目が覚めた。オッ、夢を見ていたのだなと思い、必死に思い出した。

 その夢は、どうやら田舎の同期会のようだ。田舎の仲間も東京の仲間もいたから、多分田舎で催された会だったのだろう。この同期会の会長をやっているJuji君の顔が見えた。ただ、彼とはちらっと顔を見合わせただけで、挨拶を交わさなかった。多分、彼を過剰に意識していたのだろうね、といまさらながら考えるのだが。

 そこでも私は幹事だった。男5000円、女4000円の会費だったのだが、全員から2000円しか徴収しなかった。ハッと気がついて、男3000円、女2000円の追加徴収に回った。ただ、誰からいただいて、誰からいただかなかったのか分からずに混乱したところで目が覚めた。一体、何の夢だったのだろうか。そういえば、昨晩の『東京シニア自然大学』の飲み会で、忘年会会費は男5000円、女4000円と決めたばかりだ。

 その時には、すぐに寝入った。そして朝6時半に目が覚めたのだが、その時も考えてみたら、夢を見ていた。

 今回の夢は、秋田市内の老舗店の店頭だ。店には機織り機が置いてあった。その店の主人に、「うちの女房も機織りをやっているんだ」と話したら、今手元にある作品を見せてほしいという依頼だった。何かないかなと、ポケットの中を探してみたり、手持ちのバックを探ってみたが、何も見つからなかった。というところで、目が覚めた。

 一晩で、それぞれ違う3種類もの夢を見ていたのだ。朝起きてすぐにメモを取ったので、この記事は書けた。皆さんも必ず夢はみているはずだから、朝起きてすぐにメモを取ってみたらどうだろうか。自分の深層心理にある記憶が覗けるかもしれないね。

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2013年10月25日 (金)

№2130 久々の東京シニア自然大学

 2週間前は欠席で、1週間前は台風で中止になった【東京シニア自然大学】の授業に、三週間ぶりに出席した。久し振りの顔合わせに、皆さん、もう何年も会っていないような顔をしていた。本当か嘘かは知らないが、2週間前の授業を私が欠席したことで、「まるで火の消えたように寂しかったよ」といっていたのがKondoさんだ。

2013_1023_113031pa230017 この日の午前中の授業は、鹿熊勤先生の【里山に出没する獣たち】というお話だった。そういえば、最近熊やイノシシの出没が新聞の話題になっている。タイムリーな話題ではないかな。

 先生の話では、一番の原因が「人間が獣の生活に侵入して行っていること」だという。かつて、熊や鹿が生息している山野に、耕作地を求めて入っていくのが獣との遭遇の原因だ。

2013_1023_105347pa230016 そういえば、山を歩いていると【クマ出没注意!】の看板をよく見かけるようになった。さらには【野生動物に餌を与えないでください】という看板も目にする。「獣害の本質は、人間と密接なかかわり」から生じるという話は納得できる。圧倒的にクマ・シカ・イノシシの被害だが、なかには猿・ハクビシン・アライグマの被害なども聞く。

 里山の動物を見分ける方法は、糞や足跡だという。糞の中には木の実や毛が混じっている。これを見て、動物の種類や大きさなどが想像つく。

 さらに、「日本列島は『野生の王国』に変わりつつある」という。農地の衰退や温暖化の影響、森林の回復が動物が復活する要因である。また、原発の影響で、福島では野生動物が野放しの状態になっているという。福島の獣は、狩猟しても放射能の影響で食べることが出来ないのも、野放しの原因になっているらしい。

 この状況を改善するには、「人間が哲学を持ってコントロールしていく必要がある」と強調していたが、具体的にはどうしたらいいのだろうか。

2013_1023_125242pa230018 午後の授業は、立教大学大学院教授野田研一先生の【ネイチャーライテング】という授業だった。あまり聞き慣れない言葉だね。要は、【文学は環境にどうアプローチできるのか】を問う、アメリカで始まった研究のようだ。

 従来、環境の研究家は文学には冷たい視線を投げかけていたという。そっこで、文学の研究家が、どう【環境】と関わっていくのかを研究する学問のようだ。

 相当専門的な話だった。私はお昼ご飯っでお腹がくちかったのと、昨日までの北海道旅行の疲れで、居眠りしてしまい、申し訳なかったが、あまりよく理解できなかったな。

 授業の会場は、新宿駅から歩いて15分程のところにある。帰りは皆さん一緒になった。そしたらYamamotoさんから「このまま帰るのかね」と、声がかかった。女性連からも、「どこかに寄って行きましょうよ」と、これも期せずしての声だ。

 有志で近くの居酒屋に立ち寄った。有志とはいっても、授業を受けた人の半分だ。特に女性はほとんど全員が参加し、11人にもなった。「この東京シニア自然大学は授業も楽しいが、何といってもこの懇親会が楽しみで出席するようなものだ」と、思わず本音を漏らす人もいた。

 なかには豪の者もいて、わずか一時間半ばかりの飲み会でジョッキ5杯も空けていたね。私が印象に残ったのは、Kukikoさんの話だ。「ウチの旦那が、来年【東京シニア自然大学】に入学したいと言っていた。シンさんのブログを読んでいて、この大学が本当に楽しそうだとわかった」からだという。

 こういう人が一人でも二人でも出たということは、まんざら私のブログも無駄話だけではなかったと思い、嬉しかったね。そのKukikoさんは来年の小笠原旅行にも参加するという。「旦那も一緒に連れてきたら」と提案したら、「一人だから良いのじゃないの」と言っていた。旦那も入学したら、ぜひ楽しい卒業旅行を企画してもらいたいものだ。

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2013年10月24日 (木)

№2129 北海道第二日目のゴルフ

 北海道ゴルフ旅行の第二日目は、これも昨日と同様の地・苫小牧の【エミナゴルフクラブ】でのプレーだ。朝7時にホテルを出て、ゴルフ場に着いたのが午後8時30分。私は若いのかどうか知らないが、昨日の疲れはほとんど残っていない。

2013_1022_083247pa220001 旅行前に調べていたのだが、この日の【エミナゴルフクラブ】は、昨日プレーした【北海道ゴルフ倶楽部】に比べて料金は半分ほどだった。たいしたゴルフ場じゃないかなと予断を持っていたのだが、とんでもなく良いゴルフ場だった。前日に負けないくらいだ。

 72ホールあるゴルフ場は、ほぼまっ平らだったが、とんでもなく距離が長い。私が普段やるゴルフ場は、大体が6,200ヤードくらいのものだ。それが、この【エミナゴルフクラブ】はほぼ直線で、6,426ヤードだった。しかも前日のゴルフ場に比べ、ラフがクラブに絡みついてくる。ラフに入ったボールは、ほとんど飛んでくれない。

2013_1022_122342pa220008 特に非力な女性にとって、北海道のラフは厄介だ。初心者の女房は、どこに行ってもフェアウェーウッドを持ち出して、ラフに入ったボールは前に飛んでいかないのだ。とにもかくにも、まずはフェアウェーに出すように注意したのだが、相変わらずラフに負けて、またラフに転がる。とんでもないスコアで上がっていた。

 最近少し上手になったと喜んでいたのだが、このスコアを見ると初心者以下だった。それでも、一緒に回ったマッキィが、丁寧に教えてくれていた。どうしても私がアドバイスする時には、怒ったような大きな声になるらしい。

 私のゴルフもひどいものだった。昨日と同様にドライバーは会心の当たりをするのだが、2打目以降がダフッて飛んでいかない。昨晩、宿でインターネットを検索し、「ダフリを直す方法」を調べた。アウトイン・スウィングでV字打法がダフリの原因で、インサイドアウトでボールをなでるようにU字打法に直すと良い、とあった。けど、そんな間に合わせの方法では治らなかった。

2013_1022_114833pa220005 申し訳なかったのだが、同伴のマッキィも私の調子に合わせて崩れ始めた。マッキィが崩れると私が崩れ、私が崩れるとマッキィもまた崩れ、でいいコンビだ。結局は、今回の北海道ゴルフは「北海道に負けてしまったな」というのが正直な感想だ。

 それにしても、どちらも良いゴルフ場だったね。これですごすご帰るわけにはいかない。来年、もう一度リベンジをしようと誓い合った。お互い慰めに、「北海道に美味しいものを食べに来、景色を楽しみ、ゴルフもしたね」と感想を漏らして帰って来た。

2013_1022_160935pa220014 北海道最後の楽しみは、札幌ラーメンだ。千歳空港には、【北海道ラーメン道場】というラーメン屋だけ集まっている通りがあった。一番美味しそうなラーメン屋で、腹いっぱい食べてきた。それにしても、昨晩といい、この日のラーメンといい、マッキィの食べっぷりには驚き呆れ、感心したね。

【エミナゴルフクラブの成績】

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2013年10月23日 (水)

№2128 北海道旅行の楽しみ

 今回、北海道に来たのは久々のことだ。そうだね、10年ぶりくらいかしら。

 もう20年も前になるだろうか、今は亡き友が北海道支店長をやっているころ、彼の慰労を兼ねておいしいものを食べながらゴルフ旅行を何度かやった。さらに、仕事の出張で北海道に来たことが何度かある。

 さらに思い出せば、学生時代にアルバイトで北海道に半年も滞在しただろうか。その時は苫小牧と標茶だった。40年以上も前になるが、学生時代の仲間に会うと、あの時の話題になる。私が不在中に、雪道をスリップして、大きな交通事故を起こしたのだ。

 そういえば、東京に住む田舎の同級生と富良野の友を訪ねる旅もやったね。旭山動物園やラベンダー畑を見物して歩いたのも10年ほど前だったか。

 北海道に来て、そんなことどもを思い出した。何よりも、北海道では美味しいものが食べられるよね。今回のゴルフ旅行も、目的の一つはそれだ。

 泊まったホテルのフロントで、美味しい食べ物屋さんを紹介していただいた。その店は、ホテルから歩いて5分ほどのところにある居酒屋だ。

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 席について、まずは北海道産の生ビールで乾杯をした。さすが本場なだけに、ビールの味が濃い。マッキィが、「生ビールも美味しいが、北海道でなければ飲めないビールを頼もう」と注文したのが、フローズンビールだ。ビールの泡を凍らして、いつまでたってもビールが暖まらないのがミソらしい。初めて飲むのだが、美味しかった。

Pa210015 そして、酒の肴を次々に頼んだ。やはり北海道に来たらイカ刺しだよね。本場は函館かもしれないが、札幌でもコリコリして美味しいイカが食べられた。実をいうと、私はイカ刺しが大好きだ。

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 さらにマッキィが強調したのが、中トロとタラバカニだ。ハイハイ、こんな機会もないのですからどんどん頼みましょうよ。ジャガイモのサラダ、浅漬けの漬け物、テーブルにはたくさんの皿が並んだが、片っ端から平らげた。ゴルフのワンラウンドスループレーで、皆、お腹をすかしていたのだ。

Pa210021 これだけで終わりじゃない。ホタテのバター焼き、クリームコロッケ、島ホッケの焼き物だ。それに、お店のサービスでカニ味噌和えまで出てきた。さすがお腹が一杯になった。

 そしたらマッキィが、「ホッケの皮をご飯に包んで食べると美味しいんだよ」とご飯を注文していた。さすが、私はご飯を食べる勇気はなかった。

 お腹一杯でホテルに帰ったのは9時ころだ。さすが朝4時に自宅を出たので、この日は疲れた。早々にベッドに入って寝たのはいうまでもない。

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2013年10月22日 (火)

№2127 北海道ゴルフ旅行(第一日目)

どういうシチュエーションでもOKというから、自分は本当に【ゴルフキチガイ】だと思うね。今回は、安いツアーに乗って一泊2プレーで、北海道旅行をしている。同行者は、これもゴルキチのマッキィと女房だ。

ある日、新聞の旅行社の広告を見ていたら、「一泊2プレー、往復航空券、ホテル宿泊、ゴルフバックの往復宅急便代込みで3万円」という広告を見つけた。オッ、これは安いと女房に話したら、「私も行きたい」という。念のために、ゴルフ仲間にも行かないかと声をかけたのだが、返事が来たのはマッキィだけだった。よし、3人で行こうよ。

Pa210001 いよいよ、北海道旅行の日がやってきた。羽田空港に朝610分集合だ。自宅からは始発電車じゃ間に合わない。車で朝4時に発った。もう5時前には羽田の駐車場到着だ。送迎バスで、空港まで送ってもらった。やがて、マッキィも到着した。

羽田発午前7時のANAに乗り、千歳空港に到着したのが午前830分。送迎バスで送ってもらった第1日目のゴルフ場が【北海道ゴルフ倶楽部】だ。名前からして名門コースの匂いがする。われわれが回ったのは、イーグルコースだ。コースレイアウトを見ると、池が多そうだ。これは、女房が苦労するだろうね、と思っていた。

Pa210003 スタートは、朝1050分だ。お昼休憩なしで1ラウンドスループレーだ。これは、北海道のゴルフプレーの一般スタイルでもある。

千歳に着いた時は雨模様だったが、ゴルフ場に着いたら、秋の爽やかな風が吹いていた。時々は日も差していて、厚着をしてきたわれわれは汗を掻いた。それにしても、ものすごく良いコースだった。戦略性に富んでいたし、打ち損じには必ずペナルティが与えられる。グリーンも速かったね。久々のナイスゴルフ場だ。これは楽しみだ。

Pa210004 ところがどうしたことだろうか、私のこの日のゴルフはダフリの打ち損じだらけだ。最近にはない現象だ。さらに、これもめったにないOBを打つわ、池にはどんどん入れるわで、ゴルフにならなかったね。最近調子がいいと自慢していた割には、こんなものだ。

Pa210008 やはり北海道のゴルフ場だねと思ったのは、コースのあちこちでキタキツネが見られたことだ。近くに寄って行っても逃げない。キタキツネを気にしていたら、いらないOBまで打ってしまった。さらに、18番の浮島のあるミドルでは、池に2発も入れるというオマケ付きだ。

ウ~~ム、この日のプレーはさんざんだったが、夜北海道の美味しいものを食べ、元気をつけて明日も頑張ろう。念ためにいうが、マッキィも同じようなものだったね。

それにしても良いゴルフ場だった。再度リベンジをしたい、とお互いに話した。

【北海道ゴルフ倶楽部の成績】

OUT4918) IN50(17) TOTAL99(35)

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2013年10月21日 (月)

№2126 論語と日中文化

 この日は、浦和社会生活大学の授業日だ。私は暇があると受講するというスタンスでこの大学に入学したつもりだったが、結局は全部の授業に出席している。律義というのかな、スケジュール表に予定が入っていると、それをこなす義務感を感じるのだ。

2013_1019_093911pa190002 授業の会場は、武蔵浦和駅前にあるコミュニティティセンターだ。駅の真ん前にある会場だったが、主催者によると、200人入る会場を探すのは、なかなか難しいらしい。新しい建物で、まだあまりよく知られていないとのことだ。それにしても、立派な会場だった。

2013_1019_093901pa190001 この日の授業は、元浦和高校の漢文の先生長島猛人さんの『論語と日中文化』という話だった。前回の授業は満員で立ち見で聞いたので、今回は早めにと、30分前に会場に着いた。たまたまOnちゃんと一緒になり、「アレ、この日は早いんだね」と冷やかされた。

 先生は、浦高のサッカー部顧問を長く務められたとのことで、導入はサッカーの話だった。60歳を超えるとのことだが、まだ現役でサッカーを続けていると話していた。道理で元気だと、一人納得した。

 『東京シニア自然大学』でも授業中はパソコンでノートをとっているが、この日もパソコンを持っていき、会場でパソコンを打っていた。受講者は年配が多く、さすが私のようにパソコンを持ち込む人はいなかったね。

 長島先生は教壇に立つこと長かったせいか、話は人を飽きさせない。時には冗談を交えての講義だったが、ノートをとってみてわかるのだが、残念ながら散漫な話で、あまり私の益になる話は聞けなかった。

 私は、『論語と日中文化』という題に興味を持って受講したのだが、レジュメはあったものの、題と講演は遠く離れていたように思う。残念だった。高年齢者が対象なので、先生は少し受講者をバカにしていなかったのか。私のような受講者もいたのだが…。

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2013年10月20日 (日)

№2125 二日続けての『吟行』

 さて、越生での一泊吟行を終えて、Yamahiko先生とSenshu講師の三人で宿を後にした。向かうはこの日の吟行先、伊奈公園である。『桟雲の会』は結成後、2年近くになる。いつもは埼玉県民活動総合センターの教室での句会であるが、この日始めて吟行をしようということになった。

2013_1018_095707pa180012 ちなみに、吟行とは「作句・作歌などのために、同好者が野外や名所旧跡に出かけていくこと」(広辞苑)である。初めてのことだが、野外に出て同じ景色を見ながら俳句を作る。午前10時に、この日の吟行参加者9人が集まった。

 Yamahiko先生から、この日の吟行の要領の説明があった。はっきり言って、私もへとへとだったが、昨晩から一緒だった80歳になるSenshuさんはフラフラしていた。昨晩は、あまり良く眠れなかったらしい。それに、この日の朝5時からの句会である。

 幸い、天気は良かった。この日は綾瀬川のウォーキングロードを散策しながら、俳句を少なくとも5句作り、午後からその俳句で句会をしようという試みである。私には何度か経験はあるが、初めての吟行という方もいた。

 公園の駐車場にはメタセコイアの大木があり、はり槐(えんじゅ)の木には豆状の実がなり、湿地にはコスモスが咲いていた。句題には事欠かない。早速、作句に取り掛かる仲間もいたが、目的はまだまだ先である。

2013_1018_101555pa180013 綾瀬川に向かい、三々五々歩いていった。途中、伊奈学園の学校の垣根から強い匂いがした。一体なんだろうか。Yamahiko先生に聞くと「銀木犀だよ」という。これは良い句題になる。とにもかくにも、句題になる植物を探しながら歩く。これはというものを俳句ノートに書き留めていった。

 この日、私が書きとめた句題は以下の通りだ。『ネズミモチ』、『槐』、『初紅葉』、『メタセコイア』、『銀木犀』、『もっこく』、『泡立ち草』、『薄』、『穭田(ひつじだ)』、『狗尾草(ゑのころぐさ)』、『珊瑚樹の実』、『赤まんま』である。私も初めて知ったのだが、『穭田』とは田圃の稲を刈った後の切り株に出てくる草のことだそうだ。私には初めての言葉だったが、今朝の句会でSenshuさんがこの風景を詠んでいた。

2013_1018_105911pa180015 野原で植物を探していたら、先生が『おなもみ』を探し当てた。これが今月の兼題だったが、この植物を知っている人は誰もいなかった。実物を見て、「なんだ、この植物のことを言うのか」と納得した。

 そういえば、私も2~3日前に散歩道で、靴下の上から足にちくちく刺さるので、何だろうかと見た。今から考えてみると、おなもみだった。

 句材を求めて、2時間も散策しただろうか。仲間には、1句も出来ないと嘆く人もいたが、私は昨日の特訓の成果があったのか、初案で9句が出来上がった。これで良いというわけではない。この句を推敲して、磨きあげる必要がある。

 お昼は、近くのコンビニでおにぎりとサンドウィッチを買った。昼食後、作句したものを短冊に書き写す。そこで磨きをかけることになった。結局は5句できない仲間もいたが、やむを得ないかもしれない。

 会場を移して、午後1時から5時まで句会をやった。前日に引き続き、私の作句を何点か紹介して、先生の添削を載せたい。まずは、仲間5人から推薦のあった句だ。

(自作)冠水に耐へて汀に葦の花

(添削)5人から推薦の声があったが、「耐へて」の言葉が強すぎる。この言葉で句が崩れている。

(自作)穭田に落ち穂啄ばむ雀かな

(添削)自分では会心作と思っただろうが、残念ながら俳句が禁じる【季重ね】だ。「穭田」と「落ち穂」が秋の季語になっている。次のように直したらどうか。

穭田に何か啄ばむ雀かな

(自作)靴下を指す痛みありをなもみ草

(添削)をなもみの靴下に刺(とげ)の抜けてあり

 本当に、先生の手が入ると、俳句が別物のように輝くのはいつものことだ。私がこの日提出した6句は、いつもに比べて点数が高かったのは嬉しいことだった。

 11月上旬には、さらに河口湖での一泊吟行がある。いやいやながら始めたのだが、ずいぶん俳句にのめり込んで来たものだと、自分ながら驚く。

【10月19日の歩行記録】7,084歩

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2013年10月19日 (土)

№2124 十三夜―お月見吟行

 今日19日は雲が厚くて月見には残念だけど、満月である。一昨日は十三夜で、お月見吟行に行ってきた。

 『桟雲の会』のYamahiko先生に誘われ、ついうっかりOKと返事して行くことにした。けど、よく考えてみると、私のような俳句初心者が大家の集まる吟行に加わっていいものかどうか、若干の不安があった。先生は、「いや、私とSenshuさんとあなたの三人だから、気にすることないよ」と言っていた。

2013_1018_081514pa180011 それならと、一泊で出かけた。宿泊地は、越生町のの『ニューサンピアおごせ』という立派な建物だった。近くに住む先生を拾って一緒に出かけたのだが、車で一時間ほどのところにあった。あまりにも早く着き過ぎるというので、どこかで俳句を作っていくことになった。

 標識を見ていたら、【黒山三滝】という看板が見つかった。名前は聞いていたが、初めて行く。駐車場に車を停め、20分程ブラブラ歩いた。途中、イワナを食べさせる店とか、鉱泉旅館などがあった。

 沢は水量は多かったものの、水は台風の影響もなく澄んでいた。どうやら、この近辺はオッペ川の上流で、台風当日は濁っていたようだが、間もなく澄んだという。沢筋は湿気も多く、シダ類の宝庫のようだ。シダの葉が、しっとり濡れているのが印象深かった。

2013_1017_141319pa170003
2013_1017_144035pa170009 やがて、天狗滝を通り、雄滝、女滝に着いた。この近辺で俳句の構想を練ろうということになった。素材は、この滝や自生している植物、さらにはこの滝の脇にある不動明王である。私は俳句ノートを片手に、電子手帳を持って、一生懸命頭をひねった。まあ、ここでは完成させる必要はない。構想だけにとどめた。

 それにしても、Ymahiko先生の植物に対する博識ぶりには驚いた。大きな花だけではなく、野に生えている雑草にまで知識が豊富だった。お話を伺いながら、知識を増やしていったが、よほどノートに書きとめておかないと、すぐに忘れてしまう。

 少し早いような気もしたが、宿に向かった。午後4時ころに到着し、早速お風呂に入った。どうやら、この宿は温泉ではなく、沸かし湯のようだ。風呂から上がったころ、後発のSenshuさんが到着した。越生の梅林等を巡りながら、俳句の構想を練ってきたとのことだ。

 夕食が済んで、矢張り俳句ノートを持って外に出た。十三夜を愛でながら作句をするのだという。課題はそれぞれの方が10句作り、翌朝5時に起きて句会をやろうとのことだった。私には10句などとても重荷だと思いながらも、ウンウン頭をひねった。

 この晩は、雲隠れに十三夜の月が見えた。雲に隠れたり、顔を出したりするのにも興趣があった。他の二人の方も、俳句を絞り出しているようだった。ただ、寒かったので、早々に部屋に帰り、酒盛り交歓会をした。話題は変なことになり、「自分のお墓をどうしようか」と夜中の12時近くまで、真剣に話してしまった。翌日は、朝5時に起きて句会だ。とにもかくにも10句を用意して寝た。

 私の作った句10句と、Yamahiko先生の添削句をここで紹介しよう。

(自句)激流の落つる雄滝や水澄みて

(添削)たぎりつつ落つる雄滝の水澄めり

(自句)岩肌に張り付く紅葉滝に濡れ

(添削)滝濡れの岩に張り付く紅葉かな

(自作)静夜や雲間に浮かぶ十三夜

(添削)貝空の雲間にのぞき後の月

(自作)空澄みて台風一過富士高し

(添削)遠富士や夕空の澄み台風過

 といったわけで、一泊吟行も無事終了した。

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2013年10月18日 (金)

№2123 台風一過

 台風26号が、伊豆大島に大きな爪痕を残して走り去った。皆さんのところに被害は、なかっただろうか。それにしても、あらためて大雨が降ったことが分かった。

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 自宅の近くを綾瀬川が流れている。私はここに居を構えて40年近くになるが、これほど綾瀬川が増水したのは初めて見た。もう30㎝も増水すると、住宅地に水が流れるところであった。両岸には住宅地が広がる。水が溢れると、大変な被害だったろう。

2013_1016_164151pa160001 私の家は雛段になっていて50~60㎝も高く、道路が冠水しても、すぐに水が住宅に入るということはないのだが。住宅地のすぐ脇に、綾瀬川の氾濫防止にと遊水池が設置されている。ここも、昨日は水が一杯になっていた。

 物珍しさも手伝って、綾瀬川沿いの普段の散歩道をたどってみた。2㎞ほど下ったところに、大きな遊水池がある。普段は広いグランドになっていて、犬を遊ばせている風景を目にすることがよくある。

2013_1016_165835pa160005 この遊水池も水で溢れていた。水が一杯になってみると、相当大きな池になる。これがなければ、果たしてどうなったのだろうか。普段は、無駄なものを作って、と苦々しく思っていたのだが、これだけの大雨になると、矢張り必要なことがよく分かった。

 一体、この付近でどのくらいの雨が降ったものだろうか。調べてみた。はっきりしたことは分からないが、100ミリくらいの降水はあったのかもしれない。

 いずれ、伊豆大島では4時間で400ミリの雨が降ったという。行政責任者の怠慢が指摘されてもやむを得ないだろう。

2013_1017_085719pa170007 あの大水も、今朝になるとすっかり引いていた。今朝の綾瀬川を撮ってみた。昨日の水が嘘のように、普段の水量に戻っていた。

 ニュースを見ていたら、また、台風27号が発生したようだ。

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2013年10月17日 (木)

№2122 台風の被害

 今年はヤケに台風が多いね。例年はどのくらいの台風が発生しているのかは分からないが、昨日襲来した台風26号は、関東を襲う10年に一度の大きな台風とのことだった。この台風の強いという予想に、緊張した。

2013_1016_101455pa160001 とはいっても、何もやることがない。ただ、夜寝る時には、ほとんど閉める事のない雨戸を閉めて寝た。心配だったのは、庭の檸檬の木だ。檸檬の実が重く垂れ下がっている。「強風で、この実が落ちてしまわないだろうか」と女房に言ったら、「まあ、大丈夫でしょう」とのことだった。

2013_1016_101510pa160002 台風が通り過ぎて、檸檬を見たら、実が無事にしっかり木に生っている。まずは大丈夫のようだ。あらためて檸檬の実を持ってみたら、ずっしり重い。しかも、かすかに黄色づいている。30数個も成長しているのだが、ほとんどが女房の友だちが予約済みだという。

 自宅で、台風の影響を点検してみたら、今までそんなことがなかった階段が雨漏りしていた。相当雨が強く降ったらしいね。古家だから、あちこち痛んでくるが、だましだまし使うしかないね。

2013_1016_101758pa160004_2 それと、女房に前々から直すように言われていたのだが、庭の裏木戸が強風で吹っ飛んでいた。この木戸は、長男のベビーベッドの手すりを間に合わせに作ったものだ。買ってから40年にもなるかしらね。

 私が動かないので、Ohnoさんに「裏木戸を作ってね」と前々からお願いしていたようだが、大棟梁がこんな小さな仕事に一々応えていられないようだ。

 やむを得ない、私が作るとするか。大きな日曜道具を売っている店に行った。そして、適当な材料がないものか探してみた。裏木戸の幅にピッタリ合うようなものはない。何か工夫が必要だな。

 木材で出来たフェンスを売っていた。これを加工したらどうかしらね。裏木戸は112㎝だが、売っていたフェンスは180cmあった。これを切り刻んだらどうにかなるだろう。

 ちょうどの幅に切って、嵌めてみた。1㎝くらい幅が広いのだ。どうしようか思案していたら、女房が「鑿で削ったらどうなのよ」という。ウ~~ム、そういう手もあったか。慣れない鑿を手にして、必要な分だけ削ったら、ちょうどぴったり嵌った。

2013_1016_125909pa160005_2 間に合わせにしては、われながらよく出来たのではないか。女房は、この木戸に色を塗ったり、いろいろ加工したいという。どうぞ、好き勝手にやって頂戴。

【10月16日の歩行記録】7,844歩

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2013年10月16日 (水)

№2121 那須の紅葉見物

 前日、那須に帰ってきたのはYokoさんと女房の三人だ。Yokoさんはどうしても那須の紅葉を見たいという。「先日テレビを見ていたら、紅葉真っ盛りといっていたわよ」とのことだ。前日も、午前7時ころ紅葉見物に行こうとしていたが、「こんな時間に行っても、連休で車が動かないよ」と諌めた。それでは、翌日朝早く再挑戦したいということになった。

 朝4時前に【あるるのいえ】を出た。さすがに寒いし、真っ暗だ。目指すは峠の茶屋駐車場だ。午後4時20分ころに到着してみたら、駐車場はすでにいっぱいだ。かろうじて、空いているスペースに車を停めた。

 気温は3度、だが夜空は満点の星だ。駐車場は標高1,500mのところにあり、木に邪魔されずに星を眺めることが出来る。こんなに賑やかな星空を見るのは久し振りだった。朝5時ころに東の空が明るくなってきた。そしたら、さすがあの満点の星も消えていった。

074  さて、御来光を拝むために行動を起こそうか、と車を出たのが午前5時半。そしたら、ちょうど太陽が顔を出すのに出会った。いつ見ても、御来光は感激だ。

082 この日は山に登るというより、紅葉見学が主だ。昔ワンゲルに所属していたことがあるというYokoさんだが、すっかり足が弱くなり、山に登る自信がないというのだ。それなら、ともかく紅葉が見えるポイントまでは登ろうということになった。ものの30分も登ると、紅葉の絶景ポイントに着く。途中、ナナカマドが赤い実をつけていた。

080  朝日岳の斜面は紅葉が終わりにさしかかっている。数年前に登った時には、この斜面が真っ赤に染まっていた。そのことを覚えている女房には、この紅葉は少々不満らしい。「あのときは、本当に真っ赤だったよね」としきりに確認していた。

 まもなく、紅葉の絶景ポイントに立った。多くのカメラマンがその紅葉にシャッターを切っていた。まあまあ綺麗じゃないの。

081
089095_2  その紅葉の前で、記念写真を撮って帰ってきた。駐車場に到着したのは午前7時だ。

099  帰りに寄ったのは那須平成の森・駒止めの滝だ。この付近は、紅葉はまだまだのようだ。(これは10月14日の出来事だ)

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2013年10月15日 (火)

№2120 里山アート展(2)

 昨日の記事は、佐藤賢太郎さんの作品紹介が主だった。それでは、【里山アート展】では何が行われたのかを紹介したい。

034  この催しは、佐藤賢太郎さんが中心の【NPO法人 コスモ夢舞台】が主催していた。新潟県の阿賀町は老人化率41%と、新潟県でも一番高齢化が進んでいる町らしい。この町を活性化し、若者を呼び込もうと、10年前から行われている定例行事のようだ。

 この日は、第10回記念展示会とのことで、神主の祝詞から始まった。少し仰々しいセレモニーのような気もしたが、まあ、いいじゃないの。

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054  その後、巫女として登場したフランス在住の舞踊家間宮千晴さんの田圃を一杯に使った【八乙女の舞】が披露された。裸足で広い田んぼを舞う姿は、何とも気持ちのいいものだった。

 その後も、相棒のフランス人男性と一緒に、田圃の中でパーフォマンスを展開していた。解説によると、世界で初めて紹介されるダンスとのことだ。

045055062064  田圃のなかでは、その後も次々と様々な出し物が演じられていた。新潟大学の学生によるフォークソング、和太鼓、安来節、フラダンス等田圃の中で演じられる催しに、観客一同拍手喝さいだ。

049  ただ、言っちゃ悪いが、田舎の学芸会程度のものだったかな。

【10月14日の歩行記録】5,537歩

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2013年10月14日 (月)

№2119 第10回里山アート展(1)

Pa140015  春以降、向かいのOhnoのお父さんが、「この秋に行われる【里山アート展】の準備に忙しい。自分の一世一代の仕事だから、ぜひ時間を空けて見に来てもらいたい」と言っていた。Ohnoさんの一世一代の仕事なら、行かずばなるまい。

 会場は、新潟県阿賀町の豊実というところだ。那須からは、片道約160㎞ほどあった。前の晩からOhnoのお母さんも那須に来ていた。朝8時前に一緒に車で出た。豊実に着いたのが、午前10時前だ。【アート展】の開会は午前11時とのことだ。

003  その前に、この展示会の主催者佐藤賢太郎さんの作品が並べてある【フクロウ会館アートギャラリー】の展示物を見物させていただいた。ご存知ない方もいるかもしれないが、佐藤賢太郎さんは石の彫刻家だ。『石の持つ重く冷たいというイメージを、豊かな感性と独特の技法を用いて作り出す作品は、やさしさとあたたかさに溢れ、人々を魅了してやまない』という紹介があった。

007_2008_2010016  【フクロウ会館】に展示されている作品を何点か紹介してみたい。本人の了解を得ていないので、無断で紹介していいものなのかどうかはわからない。

 佐藤賢太郎さんは、一時、埼玉の高校の先生をやっていたらしい。石の彫刻家を志し、先生の仕事を投げうって名古屋の石の彫刻家に師事していたとのことだ。独立し、生まれ故郷の新潟県豊実で、作品作りに没頭しているらしい。

 この【里山アート展】も、佐藤賢太郎さんの作品を中心に田圃のあちこちに芸術作品が並べられていた。豊実の小さな村だけではなく、新潟県にとっても大変な芸術家として遇されているようだ。

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047  今回のアート展で、会場に並べられていた彼の作品を紹介したい。これは、むろん一般公開されているので、アップしても大丈夫かと思う。彼の作品の前を、ちょうど磐越西線の蒸気機関車が通りかかった。急いで撮ったので、ちょっとピンとが緩いかもしれないね。

068  会場を出て、津川という町に行った。ここでも、【狐のお嫁入り】という佐藤さんの作品が展示されていた。新潟県阿賀町は、佐藤さんの作品が一杯だった。

 そういえば、埼玉県にも佐藤さんの作品がたくさん見られる。埼玉県民活動総合センターのロビーにも、佐藤賢太郎さんの作品が飾られていることを知る人は少ないかもしれない。

【10月13日の歩行記録】3,204歩

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2013年10月13日 (日)

№2118 秋の種蒔き

 前回、那須に来たのは二週間前である。その時には、畑の空いているスペースの草を丁寧に刈り、肥料を撒いて耕しておいた。秋の種蒔きのためだ。その時、撒く種も買っておいた。

 さて、畑に出てみた。いま植わっているのは大根約100本、白菜30本、キャベツ15本ほどだ。いずれも青々として順調に育っているようだ。

Pa110001  大根は、沢庵に漬けようと思っている。友だちのKamoちゃんが、那須で中まで植えた大根を沢庵にしたいから指導を、と言ってきている。お安いごよう、と引き受けた。それにしても、自分の漬ける沢庵がうまくいかないと、指導どころではない。

 自分の畑の大根は順調に育っていた。なにしろ、【運を天に任す】農業だから、適度に雨が降ってくれないと植えた野菜は枯れてしまう。大根は、直径3cmほどに太くなっていた。これなら大丈夫だ。もう一カ月もしたら収穫できるかな。

Pa110002Pa110003  白菜もキャベツも比較的病虫害の被害がなく、順調に生育している。これなら消毒する必要もないかもしれないね。

 さて、今回の目的は、秋の種蒔きだ。用意した種は、チンゲン菜、小松菜、ホウレン草の三種類である。その前に、前回きれいに抜き取った雑草を再度整理した。2週間も経つと、また雑草がはびこっている。まあ、畑仕事は雑草との戦い、と心得ている。

Pa110005  雑草をきれいに抜き、再度畑を耕した。この日の那須の天気が、午前中雨で、午後から日が差してきた。温度は20度前後だったか。それでも畑仕事をしていると汗をかく。今回タオルを持ってきてなかったので、袖で汗をぬぐった。軽い気持ちで、畑を視察しようというので、タオルを持ってこなかった。

 秋の種蒔きには若干遅いかもしれない。埼玉の自宅でもそれを心配していた。まあ、温暖化だからどうにかなるかもしれないね。

Pa110004Pa110008Pa110010  耕した畑を三分割して、チンゲン菜、小松菜、ホウレン草と撒いた。撒く穴は、いずれも2~3㎝と浅く掘る。あまり深く掘ると、出芽しないのだ。そして、急激に寒くなると、矢張り種がダメになってしまう。ここでも【運を天に任す】しかない。

 ものの30分ほどで種を撒き終った。年末年始は豊富な野菜で、わが家の食卓もにぎわうだろう。

【10月12日の歩行記録】9,218歩

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2013年10月12日 (土)

№2117 スマホのテザリング機能

 テザリングとは、「Wi-Fi対応のパソコンやゲーム機などから、スマートフォンをアクセスポイント(Wi-Fiルーター)としてインターネット接続できる、スマートフォンの通信機能」である。私のスマホにも、当然、この機能がついている。私のスマホはドコモだが、ドコモの電波が届く場所なら、全国どこでもパソコンでインターネット接続できるのが便利だ。

 なぜこのことが話題になるとというに、先日スマホの充電機能が故障し、修理に出した。修理した時点で、私のスマホのデータはすべて初期化され、入っていたデータが消えたのだ。もちろん、必要なデータはすべて代替機には移ししておいた。

Pa120002  修理が完了したとのことで、ドコモショップに行ってスマホを受け取ってきた。代替機に移しておいたデータも、ほとんど全部移動し終えた。原因は、矢張り充電機器の不具合とのことで、新しいものに変えたようだ。ついでに、画面表示の機器にも不具合があったというので、これも変えておいたとの説明だった。買って一年未満なので、修理費は無料だ。

 その前に、近くのドコモショップでテザリングの説明を受けていた。【スタートボタン】の【接続先】をクリックして、スマホに接続とすると、テザリング機能が有効になる。そのつもりで簡単に考えていた。

 ところが那須に来て、いざテザリング機能を使ってインターネットにアクセスしようとしても、繋がらない。いろいろいじってみたのだが、素人には無理なようだ。

 急いで、那須のドコモショップに駆けつけた。閉店ぎりぎりの時間だった。それにしても、携帯電話会社はどこでもそうなのかもしれないが、ドコモの窓口の女性は皆さん美人で、しかも丁寧な応対をしてくれる。分からないときは、痒いところに手が届くほどいろいろ教えていただけるのは有難い。ただ、混んでいるのだけが球に傷なのだが。

 那須のドコモショップに、スマホとモバイルパソコンを持ち込んだ。窓口の女性の説明だと、パソコンにもある設定が必要とのことだ。そして、こちょこちょ設定をいじっていたら、インターネットが無事に繋がった。分からない事態が起きた時には、自分で悩まずに、ドコモショップに駆け込むのが早道である。

 自宅に帰り、急いでブログ記事を書き始めた。私のブログは、午後8時に新しい記事をアップするように設定してある。読者もそのことが分かっているようで、午後8時台のアクセス数がピークになる。【№2115 代官山食事会】の記事は、午後8時にはアップできずに、午後9時になってしまった。

 アクセス数を見ると、矢張り8時台に訪問してくれる方が多かった。皆さん、どうしたのだろうか心配してくれた方もいるかもしれない。いままで記事のアップが遅れたということはほとんどなかったからである。訪問いただいた方には大変ご迷惑をおかけした。以上が1時間遅れの事情を説明だ、了解をお願いしたい。

【10月11日の歩行記録】2,660歩

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2013年10月11日 (金)

№2116 ゴルフ合宿仲間でコンペ

 【ゴルフ合宿仲間】のゴルフコンペがあった。これは、7月下旬、ゴルフ合宿反省会があった時に決まったものだ。 参加者は、前日1名がよんどころない事情で欠席し、7名だった。

 私のメールアドレスには、【ゴルフ合宿仲間】のグループがあり、20名ほどが登録になっている。ゴルフ日程が決まったり、飲み会、様々なイベントの折には一斉通信でお知らせしている。皆さんの反応が良く、いろいろなイベントは即座に決まっていく。今回のコンペも、早々と8人2組が決まった。

Pa100021_2  会場は、【GJMゴルフクラブ笠間コース】であった。このゴルフ場は、今回参加のMatsumotoさんがメンバ-で、年に一二度はこのゴルフ場でプレーしている。彼は月に2~3度もこのゴルフ場でプレーしているらしく、このゴルフ場の顔である。このゴルフ場はグリーンが大きく、たとえ乗ったとしても3パット打つ恐れがある。

 この日私が一緒に回ったのは地主のMatsumotoさんのほかに、ポルトガル帰りのゴルフ自慢Masaoちゃん、それに毎月定例会で一緒のMasazoさんだ。相手にとって不足はない。

Pa100025  私は一昨日に続いてのゴルフだ。佐倉カントリー倶楽部はコウライグリーンにてこずり、散々な成績だった。その影響が、この日もあった。パターの感触が分からないのだ。お陰で、2ホール続けて3パットを打ってしまった。その潮目が変わったのが4番ホールだ。グリーンエッジからノーズロバーディを取った。それからは3連続パーが続いて本来の調子に戻った。

Pa100022Pa100023  一緒に回ったMatsumotoさんは、後期高齢者になっているにもかかわらず、その飛びは私の比ではない。ほとんどが私をオーバードライブしていた。私は、一生懸命彼についていった。それが良かったか、前半は一打勝利だ。Masaoちゃんは海外旅行帰りの疲れが残っていたせいか、前半はパッとしなかった。トリプルを3個も打っていた。これじゃゴルフにならないね。

 まあ、それでもMasaoちゃんは後半、本領発揮だ。どんどんパー、バーディを取っていく。ただ集中力を欠いていたせいか、相変わらずトリも打つ。特にショートホールでのダボ、トリはいけないね。矢張り疲れが残っていたのだろうね。

Pa100027  7月下旬のゴルフ合宿反省会で、仲間の新しいハンディキャップを決めた。その当時絶不調の私は17のハンディを申請したが却下され、14のハンディキャップに決まった。不在のまっきぃには厳しい声が飛び、18のハンディが20となった。矢張り、彼にはアマアマのハンディだったか。

Pa100030  上がってみたら、私とまっきぃはハンディを引くと同スコアだった。アンディが上の私が優勝で、まっきぃは第2位に甘んじた。彼と私には6打の差があった。これが今の実力かもしれないね。いつもチャラで握ると、必ず私が勝ってしまう。今度からはハンディを差し上げるよ。まあ、彼のこの日は2個のニアピン賞を取ってホクホクだったようだが。

 皆と別れて、私は那須に向かった。那須は雨だった。

【この日のゴルフ成績】

OUT43(14) IN44(20) TOTAL87(34)

【10月10日の歩行記録】8,002歩

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2013年10月10日 (木)

№2115 一年一度の【代官山食事会】

Pa090001_4  毎年決まって10月上旬、代官山で食事会をしている。そうだね、10年以上にもなるかしら。ブログ検索をしてみると、2008年から年中行事のように、この記事が出ている。わが友、陶芸家のAkiちゃんがかならずこの時期に展示会を【代官山無垢里】で開催している。最終日の引き上げには、どうしても私の腕が必要なようだ。

 というのも、この展示会場は横道の極めて狭い場所に立地している。展示会の荷物の引き上げには、この横丁に車を寄せて搬出が必要だ。ただ、車幅がぎりぎりで、相当な腕前がないと、バックで会場に寄せることが出来ない。そこで、私が必要とされるのだ。

Pa090004Pa090007  私は喜んで、彼女の要請に応えている。そして、一年に一回なのだが、彼女の作品を鑑賞し、ついでに仲間を大勢呼び寄せて、食事会と相成る。その前に撤収のお手伝いをするのはもちろんだ。御猪口とか小物は丁寧に新聞紙で保護するが、大きな甕などは素人の手にはあまる。

Pa090003  それにしても、いつも不思議に思うのだが、彼女のどこに力があって、こういう大物を焼くのだろうか。Akiちゃんはどちらかというと、華奢で小柄な女性だ。それが、大きな作品を作っているから不思議だ。

 さて、撤収作業も終わり、待望のお食事会だ。今回は、呼びかけに12名もの仲間が参加してくれた。初参加は、私のポン友の二人、Hozumiさんとまっきぃだ。Hozumiさんは、何でも、奥さんとちょくちょく益子に出かけては焼き物探しをしているというお話を伺い、お誘いした。

Pa090010Pa090011  会場は、これも例年と同じうどんスキの店【蟻月】だ。けしからん輩もいるもので、Akiちゃんの作品展はパスしてこの飲み会にだけ参加している。まあ、それもいいか。結構、この店で出るものは美味しい。手作り豆腐、鮪のカツなどは絶品だった。じゃんじゃん酒も飲むと、当然料金は高くなるね。生ビール、日本酒、焼酎とずいぶん飲んだね。

Pa090016  代官山の一等地でこれだけ飲んだにしては、リーズナブルだったのじゃないの。ただ、さすが年金生活者には厳しい。そしたら、Michiちゃんが「来年からはウチで飲み会をやろうよ」と有難い提案をしてくれた。彼は、昨年この近くに大邸宅を新築したのだ。有難い提案に、皆大賛成だ。

 その彼は、明日の早朝にマレーシアに旅立つというし、私もゴルフで朝早い。最後にうどんスキを食べ、解散した。それでも、午後9時は回っていたね。

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2013年10月 9日 (水)

№2114 第50回雄球会コンペ

 高校の東京の同窓生でやっている『第50回雄球会記念コンペ』が、恒例の佐倉カントリー倶楽部で開かれた。このコンペは律義に年2回、4月と10月に開かれている。もう25年になる。私は、このコンペの事務局を第40回から引き受けているので、これも5年になる。

 結構、事務局の仕事は多い。次の日程が決まったら、その2か月前に会員に案内書を送る。会員は約50人だ。その返事を待って、開催一ヶ月ほど前に、再度参加者に組合せ表と人券表をお送りする。参加表明する人で、ドタキャンがある。その調整も必要だ。

 コンペ開催当日にも、世話人と一緒にやる受付や、ゴルフ場との折衝、最後のパーティでの気配りなど並大抵ではない。今回世話人をやっていただいたMakiちゃんとOhsawaさんも、「世話人ってこんなに大変なのだ」と驚いていた。

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2013_1008_092409pa080001 この日のコンペは当初26名の参加だったが、5人のドタキャンがあり、結局は21名だった。それぞれのキャンセル者にはそれぞれの理由があり、やむを得ないものだった。それにしても、皆さん結構高齢者になり、あちこちに故障が出てきている。ただ、80歳になっても矍鑠とこのコンペに参加するOhkawaさんのような大先輩もいる。

 今回、秋田からわざわざこのコンペのために2名の参加者があった。そのうちの一人Ibukaさんは時々このコンペに顔を出してくれる。彼は秋田県のシニアチャンピオンでもある。今年の11月には、相模原カントリークラブで【全日本グランドシニアゴルフ大会】が開催され、秋田県からただ一人参加するという。

 朝礼の後、恒例の記念写真を撮り、いよいよスタートだ。私がこの日一緒に回ったのは、秋田県チャンピオンのIbukaさんと、この方もわざわざ秋田から駆けつけてくれたNaganoriさん、それに初参加の1年先輩Saitoさんだ。

2013_1008_124816pa080009_2 それにしても、チャンピオンのIbukaさんはさすが上手だったね。スウィングが軽く、どこにも力が入っていない。飛距離はまずまずだったのだが、そのショットの正確さには目を瞠るものがあった。ほとんどパーオンし、パットもピタッと寄せてくる。さらに、Saito氏もなかなか上手だった。ドライバーなど、Ibukaチャンピオンに負けないほどだ。どうも、こういう人たちと一緒に回ると、「自分も」といつもの悪い癖の力みが出るのはやむを得ない。

 最近、どこのゴルフ場もグリーンはほとんどがベントグリーンなのだが、この日はコウライグリーンを使ってのプレーだ。実は、私はこのコウライグリーンが大の苦手だ。キッチリ打たないと重いのだ。私のパットは距離を合わせるパットなので、アンジュレーションにやられたり、重さに負けたりする。

 案の定、前半3ホールがパーオンしたのに3パットを打ち、ボギーだった。チャンピオンからは、「グリップが緩んでいるよ」との注意を受けた。そうなのだ、いざ打つ段になるとグリップが緩んでしまう。その注意を受けたら、今度は強く出てしまった。返しのパットも決まらない。最近調子に乗っていたのだが、この日は散々だったね。

2013_1008_155741pa080013 コンペパーティで、わが同期でもあり、東京の同窓会会長Rokuちゃんから、母校の近況報告があった。その後、いよいよ成績発表だ。まず、ドラコン・ニアピンの発表からだ。賞品として、秋田からわざわざこの会のために送っていただいた日本酒『太平山』が、プレゼントされた。このお酒は、またこの日の参加しょうにもなった。

2013_1008_193928pa080036 驚いたことに、秋田のチャンピオンIbukaさんをグロスで上回る人がいた。チャンピオンは70台で回ったのだが、その2打も上回ったのがAkiyama君だ。彼はつとに【ゴルフ上手】で知られている。身体が小さい割にはよく飛ばすようだ。

2013_1008_164722pa080028 このコンペの会長はSuzukiさんが務めていたのだが、身体が不調とのことで、この大会から、同期のTakeちゃんにお願いすることになった。彼は、「少なくとも5年くらいはこの重責を全うしたい」と、有難い表明していた。

 その会長の音頭で校歌を歌い、お開きとなった。そして、50回の記念大会が盛会だったので、事務局としてホッとしている。

【この日のゴルフの成績】

OUT51(18) IN45(23) TOTAL96(41)

【10月8日の歩行記録】9,975歩

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2013年10月 8日 (火)

№2113 ポルトガルから届いたワイン

 先日、ポルトガル旅行をしているMasaoちゃんからメールが届いたことを報告した。「ポルトからワインを送ったよ」というメールだった。首を長く待っていたワインが、ようやく到着した。ただ、2ケース・12本送ったという話だったが、この日届いたのは1ケースのみだ。

2013_1006_155614pa060002 届いたケースは、ワインの匂いがぷんぷんしていた。案の定、開けてみたらワイン1本の瓶が割れていた。宅急便のおじさんも一緒に確認したのだが、「この分については保険で保障されます」とのことだ。

2013_1006_155642pa0600032013_1006_161004sandeman


 ワインはポルトのSANDEMAN社製の10年物のワインだ。そういえば、われわれも2006年にポルトガル旅行した時、同社のワイン工場を訪ねた思い出がある。黒いマントを着たコンシェルジェに工場を案内していただいた。幸い、その時の写真が残っていた。

 さて、Masaoちゃんは旅行から帰ってきたのだろうか。電話をしてみた。そしたら、今朝成田に着いたとのことだ。ワインが届いたことの報告と、お礼を言った。「ワインはそんに高くはなかったが、送料が相当高かかったよ」とのことだ。次回お会いした時に、代金を支払う約束をした。

 さて、ポルトのワインの特徴とは何か、ネットで検索してみたら、次のような記述があった。「ワイン用の赤い葡萄を原料として、醸造中まだフルーティーなうちにブランディを混ぜて発酵を止め、甘みの強いまま仕上げたもの。赤ワインよりもさらに濃度の高い赤をしていて、一見、黒いのかと思うほど。独特の甘みのある香りも濃厚で、アルコール度数も一般の赤ワインより高い。」

2013_1006_190029pa060005 さて、早速着いたワインだが試飲をしよう。一人じゃもったいないと、娘婿のYoichi君を呼ぶことにした。幸い、この日は自宅にいたので、娘一家が夕食がてら訪ねてきた。

 さっそくワインを開けて飲んだのだが、独特の甘さとブランディの強い香りがした。ウ~~ム、そういえばこんな香りだったなと思いだした。ただ、残念ながらものすごく美味しいというわけでもなかったかな。

【10月7日の歩行記録】8,487歩

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2013年10月 7日 (月)

№2112 今年の梅干の漬かり具合

 ブログ記事で振り返ってみると、7月20日に三日干しを終えた梅干を本格的に漬けたとある。もう3ヶ月近くになる。そろそろ漬かったことだろう。

2013_1006_092905pa060008 今年の梅干の蓋を開けてみた。漬けた梅干が、すでに半分ほどに減っている。どうしたのかと思ったら、女房が「今年の梅干は塩加減も甘く、美味しい」と集中的に食べているようだ。さらに、梅干大好きの孫Rukaにも、「今年の梅干は美味しいよ」とお裾分けをしていた。昨年の梅干がまだたくさん残っているのに、それには手をつけない。

2013_1006_093014pa060009 それにしても、今年の梅干は真っ赤に染まって仕上がっていた。別に人工着色料を使ったわけではないのにだ。漬ける時に、例年よりも多く赤紫蘇を入れたのが良かったのかもしれない。

 今年は例年よりも少なく、塩を10%に抑えた。塩加減が少ないと、どうしても黴が浮くのが心配になる。案の定、途中で調べてみると、若干黴が浮いていた。すぐに陽に晒し、焼酎で消毒したら、その後は大丈夫だった。

 今年は、梅干し用の梅は友だちから貰い受けただけで、新たに買い入れはしなかった。例年は20kgほど漬けるのだが、今年は7kgと少なかった。こんなことなら、もっと漬けるのだったな。東京シニア自然大学の女性の同級生に「梅干を期待しています」と言われているのだが、今年は期待に添えそうもないな。

2013_1006_093136pa060010 昨年漬けた梅干が、まだ甕一杯に残っている。塩が効き過ぎて、女房にはしょっぱいと評判がよくない。

 基本的に、私は梅干は漬けるのだが、あまり好んで食べることはしない。ただこれだけ残っているので、せっせと焼酎にでも入れて、飲もうかな。

【10月6日の歩行記録】8,702歩

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2013年10月 6日 (日)

№2111 『天気予報のうらばなし』

 【浦和社会生活大学】第2回目の授業が、北浦和のカルタスホールであった。私はこの大学には軽い気持ちで入学したのだが、矢張りスケジュール表に書かれていると、どうしても参加してしまう。

2013_1005_132402pa050004 この日の授業というか講演は、NHKの夕方の天気キャスターとしても有名な平井信行さんだ。そういえば、先日も【東京シニア自然大学】で元NHKの天気キャスター、田代大輔さんのお話を伺ったばかりだ。ただ、先日の講義は「ことわざから見る天気予報」だったのに対し、この日の平井さんの話は実践的な天気予報の話だった。

2013_1005_132606pa050005 最初に自己紹介がされたが、彼は熊本県の八代市生まれで、今では春日部に住んでいて埼玉県人として長いらしい。自然と埼玉に愛着がわくようになった、と話していた。さすがNHKのキャスターらしく、お話は非常にゆっくりとし、シニアの参加者にも分かり易い話しぶりだった。

 この日お話したテーマは三つで、①最近の猛暑について、②新たに出される特別警報、③竜巻の被害について詳しく聞けた。

 それにしても、今年の夏は暑かった。埼玉でみると、35度以上の猛暑日は20日間と史上3番目だったし、30度以上の真夏日は63日、25度以上の熱帯夜は11日だったという。なぜ今年の夏は暑かったのか、天気図を示しながら、具体的な解説をしてくれた。

 それは、インド洋とペルー沖の海水温が低く、海水温の高かった東南アジアの空に大量の雲が発生し、東南アジアの海水温が高かったことに原因があったとのことだ。加えて、地球温暖化も影響しているらしい。ちなみに1900年から2000年まで、この100年間で地球の温度は1度上昇したらしい。

 彼が強調していたのは、「今や、暑さは最も大きな自然災害」ということだ。台風や風水害での死者は少ないが、熱中症で亡くなる方は1718人(2010年)と圧倒的に多い、しかも65歳以上の死亡者が8割だという。相当高齢者もいるこの日の出席者に注意を促していた。

 二つ目のテーマである【特別警報】だが、今年新設された警報である。基準は、50年に一度の風水害が予想される場合に発令される。今年は早速、京都・滋賀・福井に発令された。9月16日に襲来した台風18号の影響だった。テレビには、京都・嵐山の渡月橋の大水が映し出されていた。この大雨も何が原因だったのか、天気図を示しながら、詳しく教えてくれた。

 竜巻も今年は多かったね。これも、台風が遠くで発生した時に起こる積乱雲が原因のようだ。積乱雲の上空に親雲があり、乳房雲が見られたら竜巻の兆候だという。発生するのはほとんど海岸だが、地形の関係で関東地方は竜巻被害が多いらしい。9月2日の越谷周辺の竜巻も台風が原因だったし、9月18日の台風18号では熊谷周辺が被害にあった。

 非常に分かり易い、名講義だった。ちなみに、平井さんは「小学5年生のころから、NHKのお天気キャスターになるのが夢」だったらしい。小さい頃の夢が実現することなどまずないのだろうが、彼は幸運な一人だったね。

2013_1005_170225pa050007 それにしても、この日の授業も熱気満々だった。遅れて教室に入った私は、立ち見を強いられた。幸い、途中でOnちゃんの隣の席が空き、座ることが出来たのだが。そのOnちゃんに「お土産だよ」と渡されたのが美味しそうな葡萄だ。

 彼の妹さんが栃木のブドウ園の農家に嫁いでいるらしい。今年最後のブドウとのことだったが、ものすごく美味しかった。

【10月5日の歩行記録】8,564歩

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2013年10月 5日 (土)

№2110 九月に読んだ本

 八月は不作だった読書量に少々焦りを覚え、九月は一生懸命読もうと思っていた。一年を通してみると、読書が進む月と進まない月があるように、一ヶ月を通してみても同じようなことがいえる。上旬、中旬、下旬として考えると、上旬に読書が進むと、下旬にはだれてしまう傾向にある。

 さらに、難解な本にあたるとその傾向が倍加する。9月はその傾向が如実に出た月だったね。まあ、それでも15冊・5416頁の読了数があったので、合格点はつけられる。それにしても、九月は面白い本が多かった。Aランクをつけた本は、15冊のウチ13冊だった。それでは何を読んだのかを列記し、その中の2~3点にコメントをつけたい。

宮本輝『優駿(下)』、新潮文庫、1989年11月刊

植松三十里『北の五稜星』、角川書店、2011年12月刊

乃南アサ『ニサッタ、ニサッタ』、講談社、2009年10月刊

山崎厚子『秋瑾、火焔の女』、河出書房新社、2007年12月刊

梁石日『大いなる時を求めて』、幻冬舎、2012年2月刊

梁逸『獅子頭(シーズトォ)』、朝日新聞出版、2011年10月刊

市川拓司『いま、会いにいきます』、小学館、2003年3月刊

高杉良『破戒者たち 小説・新銀行崩壊』、講談社、2012年3月刊

折原一『潜伏者』、文藝春秋、2012年12月刊

池澤夏樹『双頭の船』、新潮社、2013年2月刊

有川浩『図書館革命』、メディアワークス、2007年11月刊

野沢尚『リミット』、講談社、1998年6月刊

城山三郎『もう、きみには頼まない』、毎日新聞社、1995年1月刊

荻原浩『四度目の氷河期』、新潮社、2006年9月刊

植松三十里『唐人さんがやってくる』、中央公論新社、2013年7月刊

2013_0920_111254p9200006 最初に紹介したい本が、城山三郎の『もう、きみには頼まない』という古い本だ。神戸・淡路大震災の月に発売されている。本というのはどんなに古くっても、出会った時が新刊だと承知している。この本は、元経団連会長の石坂泰三の話だ。

 私は、若いころに城山三郎の本をたくさん読んだつもりでいた。Wikipedliaで彼の略歴を見てみると、そんなにも読んでいないことが分かった。それでも彼の代表作、『官僚たちの夏』『毎日が日曜日』『落日燃ゆ』などは読んだはずだ。残念ながら、内容は覚えていない。

Photo なぜこの本かというに、石坂泰三の話を読むうちに、果たして、自分の生涯のウチに【真に尊敬できる人物に、何人出会ったのか】を考えてしまったからである。ウ~~ム誰だろうと考えているうちに、そうだ安江良介という人物がいたな、と思いあたった。彼は、当時私が所属する会社の社長だ。

 いろいろ当時を思い出していたら、偶然なのだろうが、親友のマッキィからメールがあり、「いま、安江良介さんの本を読んでいるよ」というのだ。思わず彼と一夕をともにして、安江良介の思い出話にふけってしまった。マッキィは、安江さんの同郷・金沢の出身でもある。私にとっては未だ生々しい話しなので、ここでは詳しいことは避ける。いつか、話せるときが来るであろうか。

安江さんは、亡くなって15年になる。本当に早いものだ。

2013_0830_132513p8300010 梁石日『大いなる時を求めて』は、梁さんの一番のテーマ本だ。彼は在日朝鮮人だが、彼の両親は戦後のどさくさに紛れて済州島(チェジュトウ)から日本に逃れてきた人だ。彼の本を読むと、戦後日本のいかがわしさが照射されるから不思議だ。私の大好きな作家の一人でもある。

 主人公の実家は北朝鮮の清津だったが、朝鮮戦争のさなか、難を逃れて一家で済州島に移住したらしい。ただ、若い主人公にとっては、南朝鮮の不正は許せない。解放闘争に挺身するうちに警察に目をつけられた。捕まったら殺されると、命からがら日本に密航してきたのだ。

 大阪の馬飼野で生まれた梁石日にとって、周囲は小説の題材に満ちていたことだろう。彼の父親のことを書いた『血と骨』は、本当に迫力のある小説だった。

2013_0830_132525p8300011 山崎厚子『秋瑾、火焔の女』を読んで、中国の紹興を思った。何年前のことだろうか、仲間で上海を旅したときに、4人のグループは仲間と別れ、寧波・紹興を旅してきた。寧波(ニンポー)は、遣唐使船が着いた港町として有名だ。ただ、その港に行くには車で一昼夜かかるとのことで、諦めた記憶がある。

 紹興は素敵な街だった。街のあちこちに小川が流れ、本当にきれいだった。そして、この町は、魯迅や周恩来の生まれた町でもある。【魯迅故居】と【周恩来故居】に寄ったついでに、すぐ近くにある【秋瑾記念館】にも立ち寄った記憶が新しい。

 秋瑾は、武田泰淳『秋風秋雨、人を愁殺する 秋瑾女子伝』という小説で知っている程度だった。いま検索して見ると、武田泰淳のこの本は1968年に発売されたというから、私が学生時代のことだ。学生運動のさなか読んだものだろう。

 あらためて、懐かしさに本書を手に取った。秋瑾は、旧中国から新中国に代わる激動の時代を生きた女性だ。自宅は裕福で馬に乗って野を駆けるような家に生まれたが、没落した。両親が新興貴族を探してきて嫁になった。秋瑾は、その境遇に満足しているような人ではなかった。

 旦那の反対を押し切り、日本に留学した。そこで出会ったのは、中国の現状に飽き足らず、清国を倒して新しい中国を作ろうという若者たちであった。そして、いずれ清国を倒そうという革命の意思を持つようになった。日本から上海に帰り、革命を目指し小集団の中で活躍していたのだが、あえなく悲劇的な最後をたどる。

 再度中国を旅して見たい、と強烈に思った。紹興で買ってきた【紹興酒】も美味しかったな。

【10月4日の歩行記録】11,635歩

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2013年10月 4日 (金)

№2109 卒業旅行は小笠原に

 このブログ記事でも紹介したので、覚えている方もあるかもしれないが、【東京シニア自然大学】の仲間で、この8月に奥日光の一泊旅行をしてきた。宿泊先では大いに盛り上がり、「卒業旅行は、小笠原に行こうね」(クリックすると、その日の記事が読める)と約束をした。こういう話は、言いだしっぺな動かないと実現しない。

 そろそろ実現に向けて動き出そう。2~3の旅行会社を訪ねては、小笠原の様子を聞いて回った。来年の3月12日が卒業式なので、その次の週にあたりをつけてみた。小笠原に行く定期便は週に一度の水曜日だ。さらに、船で25時間半もかかる。驚いたことに、JTBに行ったら、目的の週の宿は一室しか空いていないという。しかもベラボーに高い。

 まあ、予算は10~12万円くらいかな。自分らで船も宿も予約していくことは充分に可能だ。ただ、小笠原に行って帰ってくるだけならだれでもできる。われわれの目的は、小笠原の世界自然遺産を見て歩くことなのだ。矢張り、経験のある旅行会社を通そう。調べて見ると、小笠原専門の旅行会社は結構あるものだ。

 旅行社に下当たりをして、『【卒業旅行】のお誘い』という案内書を作った。酒の席で、勢いのままに小笠原に行こうという話になったが、12万円もかけて、果たして参加する人がいるものだろうか。そして、授業の前に26名いた事務局の人と生徒全員に案内書を配布した。11月上旬までに返事をいただくようにお願いした。

 早速、日光に一緒に行った仲間が参加を表明してくれた。そして、この日の授業で6名の参加者があることが分かった。クラスには7名の女性がいるのだが、「ぜひ女子も参加して下さい」と呼びかけたら、どうやらそのうちの3名が参加を検討したいという。賑やかなことに越したことがない。

 さて、締め切りまでの何名の参加があるのか、見ものだ。なかにはこういう仲間がいた。「素晴らしい企画で、小笠原には行ったことがなく、行きたいのは山々ですが、うちの財務大臣の了解は得られません。夫婦平和のために断念します」。それもやむを得ないね。

【10月3日の歩行記録】8,728歩

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2013年10月 3日 (木)

№2108 さて、今日はどういう講義が聞けるかな

2013_1002_144720pa020005 【東京シニア自然大学】の授業は、先週に引き続き、2週連続で新宿の教室での授業だった。私は教室の授業には、モバイルパソコンを持ち込んで、パソコンでテークノートをしている。クラスの仲間に早いといわれるのだが、私はパソコンを打つのは決して早い方ではない。それでも充分に授業についていけるから、まあ、そんなに遅い方じゃないかもしれない。

2013_1003_094416pa030010 受けた講義録はUSBにいったん移し、再度デスクトップパソコンにインストールしている。この記事を書くにも、二画面で参照しながら書くことになる。本当に、パソコンは使いこなしてみると、便利な道具だ。

 この日の授業は、午前中は元日本農業土木総合研究所理事長中道宏先生の『今、山へ-56歳からの山歩きを愉しむ』というお話を聞き、午後の授業は前東京農業大学長進士五十八先生の『日本人の原風景』という講義だった。講義録を打っていて分かるのだが、先生の講義録を取れる授業とそうでない授業がある。論が筋道だっている授業は講義録をとれるが、漫談調にいろいろ話が飛ぶ先生の講義は、講義録にはならない。そういう意味で、この日の午前と午後の授業は対照的だった。

2013_1002_105406pa020001 中道宏先生は54歳で一線を退き、56歳から山登りを再開したのだそうだ。そして74歳の現在も、楽しく山登りを続けているという。彼は長崎で生まれ、大学ではワンダーフォーゲル部に属し、山登りの素養はあったようだ。ただ、就職したら仕事の方が面白く、全く山から離れたという。退職して、再度山登りを始めたらしい。

 海外の登った山の写真をパワーポイントで紹介していただいたのだが、その一枚一枚に思い入れがあるようで、まるで思い出すかのような口調で話していた。ちなみに、登った有名な山を紹介すると、アコンカグア(アルゼンチン)、チョー・オユー(チベット)、ピレネー(スペイン)、イリマニ(ボリビア)、グランド・ティーン(アメリカ)などだ。

2013_1002_114155pa020003 先日も、三浦雄一郎さんがエベレスト登頂を果たして有名になったが、年齢を重ねるに従って体力がなくなる。それをカバーするのには相当な努力が必要だと言っていた。彼の足には、2㎏の重りを巻いていたのには驚いた。そして、彼の山への思いには頭が下がった。けど上には上がいるもので、わがクラスには82歳の同期がいる。今でも現役で山に登っているようだ。先生は、これには驚いていたようだ。

 さらに、世間は狭いもので、先生が生まれた長崎市の稲佐山に同郷のクラスの女性がいた。ローカルな話で、ずいぶん盛り上がっていたようだね。

 残念ながら、午後の進士先生の話は漫談調で、纏まらないお話だった。

【10月2日の歩行記録】7,163歩

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2013年10月 2日 (水)

№2107 【男の料理教室】10月例会

 【男の料理教室】の10月例会が行われた。この会は、基本的に偶数月は美味しいモノの食べ歩き、奇数月は埼玉県民活動総合センターの調理室での実習だ。そして、10月は食べ歩きの月だ。会員の一人が、鴻巣の美味しいレストランを指定した。こういう時に便利なのがカーナビだ。電話番号を入力したら、30分ほどで目的の場所に着いた。

2013_1001_111405pa010001 この日の会場は、西洋料理【May Kiss】というレストランだ。鴻巣の中仙道旧街道沿いにあったが、看板が小さくて見過ごしてしまった。

 この日の趣向は、「美味しいランチを楽しむ」プランなのだそうだ。事前に世話人から、どのコースを選ぶのか指定して下さいと連絡があった。私が選んだのは、ワンプレートランチ【秋桜(コスモス)ランチ】コースだ。

2013_1001_114125pa010004 最初にスープが出て、柿とほうれん草のグラタン、りんご・柿・キノコのマリネ、薄切りポークの包み揚げだった。味は可もなく不可もなし、といったところか。

 このレストランの二階は大広間になっており、毎月100名ほどの観客を集めて、落語会をやっているとのことだ。入口の割には、奥行きの深いお店だった。

 一時間くらいのランチで、用事のある方は帰っていった。ヒマな私を含め六人が、鴻巣散策をすることにした。

2013_1001_124456pa010010 最初に向かったのが【勝願寺】という古刹だ。寺の大黒におとないを請うた。この寺は700年になるお寺さんだ。直参旗本の牧野家の当主が眠る菩提寺だという。

 牧野家のお墓のほかに、この地方の水を治めた伊奈忠次のお墓もあった。

 お寺と墓地の間には大きな樹木があったが、樫の木だそうだ。風をよける屋敷林だが、何年になるのかわからないと言っていた。

 次に向かったのが、ひな人形店だ。鴻巣は人形店のメッカというが、そのなかでも一番店の【マル武人形】に仲間が見学の案内をお願いしていた。若干遅れて行ったのだが、社長と専務が待っていてくれた。

2013_1001_135911pa010017_6 この人形店は、首相官邸に三月のひな人形と五月の武者人形を飾りつけることで有名な店だという。お店には、たくさんのひな人形が飾っていた。

2013_1001_130856pa010012_4 ひな人形を作っている作業場を見せてくれるという。3階の作業場に上がったら、女性従業員10数名が熱心に作業をしていた。写真撮影OKというので、撮らせていただいた。私が見たのは三人官女を作っている現場だ。隣の作業場では、内裏雛を作っていた。

 専務が、鴻巣の人形の歴史や、お雛様の作り方、この店の作るひな人形が他の店とどう違うのか、具体的な例を示しながら教えてくれた。説明を聞いていてよく分かった。そのうち社長が出てきて、西陣織の帯から内裏雛の衣装をどう作るのか、細かい説明をしてくれた。これを聞いているうちに、大変なものだということがよく分かった。

2013_1001_134930pa010015_2 さらに、社長はお雛様を作る生地が山積みになっている場所に案内してくれた。色とりどりで綺麗な生地がたくさんあった。そのうちに、社長が、この日の参加者へのプレゼントとして、このきれいな生地を7~80㎝も切り、皆さんに配ってくれた。参加者一同大喜びだった。

2013_1001_135649pa010016_2 そして、一心に内裏雛作りをしている女性を紹介した。「彼女は、日本でも三本指に入る優秀な人形作りの職人だよ」というのだ。この方は、クラブ員のSekineさんと友だちのようで、彼女の紹介でこのように歓待を受けたのだ。

2013_1001_154803pa010018_2 この店で、2時間もひな人形の説明を受けた。実にいい勉強になった。帰りに部長のSuzukiさんが、しみじみと「このクラブは本当に良いね」と話していた。さて、この日いただいてきた生地を、女房はどう加工するのだろうか、見ものだ。

【10月1日の歩行記録】5,905歩

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2013年10月 1日 (火)

№2106 再度、歩行記録をつけよう

 今年の7月14日までこのブログで報告していた【歩行記録】をやめてもう2ヶ月半になる。やめた理由は、一つは私がインストールした歩行計アプリが動いたり動かなかったりで、あまり信用できなかった。さらに、今年の夏はあまりに暑過ぎて、外に出る気が起きなかった。

 記録をつけないことをいいことに、最近自宅にこもりっきりで、ほとんど動いていない。昨日も、弟の墓参りに行ってきたきりで、テレビを友として午後は寝そべったきりだ。ウ~~ム、これじゃいけないな。ブログに【歩行記録】をつけていた時は、この記事で報告する必要があり、意識して歩いていた。また再開したい。

2013_0930_152031p9300014 代替機のスマホを様々いじっていたら、富士通の【スマホ歩数計】というアプリが見つかり、インストールした。富士通の制作したアプリだから信用が置けるだろう。スマホを持って、再度歩き始めることにした。

 さて、どこに行こうか。

 私のお気に入りコースは、自宅から隣駅まで歩き、電車で帰ってくるコースだ。しかも単純に帰ってくるだけではなく、電車に乗って遠回りして帰るコースを選ぶ。というのも、私にとっての最大読書空間は、電車の中である。電車で本を読んでいると集中できるのは、サラリーマン時代の癖でもある。

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 台風も去り、歩き始めると頬に当たる風が心地良い。さらに、沿道の家の庭を見て歩くのも楽しい。今や、各家は秋の様々な花に満ちている。花の名前を考えながら歩くのも、意外と楽しいものだ。

2013_0930_105436p9300012 おや、この家の庭は、さながら動物園のように賑やかだ。果たしてどういう人が住んでいるのだろうか。声を掛けたくなるような楽しい趣向だね。メイン道路ではなく裏道を歩くと、こういう発見もある。

 隣駅に着いたら8,600歩余りを記録していた。うっすらと汗をかいたので、スーパの前で売っていたタイ焼きを買い、食べながら一休みだ。そして、電車には2時間半も乗っただろうか。200頁余りの本が読めた。

 これからも歩き、記録をつけよう。

【9月30日の歩行記録】12,846歩

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