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2013年6月の30件の記事

2013年6月30日 (日)

№2012 今年初の畑の収穫物

 週末は那須で過ごそうと、朝10時に自宅を出た。途中、【塩原カントリークラブ】に立ち寄り、2週間後に迫ったゴルフ合宿の組み合わせ表を渡してきた。そしてスーパーいけがみで滞在中の食料を仕入れた。目玉は、枝豆と焼き魚用のアジだ。

 【あるるのいえ】に到着したのが、午後1時過ぎだった。とりあえず、畑に行ってみた。前回那須を離れる時には赤ちゃんだったキュウリが、果たしてどうなっているのか。

P6290001  案の定、キュウリはジャンボの大きさになっていた。スーパーの袋にハサミでツルを切り、収穫した。いやいや、18個も収穫した。ジャンボキュウリも6個ほどあった。この畑で、はじめての収穫だ。とても一人で食べきれる量じゃない。

P6290003  トマトの収穫も期待して、自宅からは持ってこなかった。ところが、トマトの実はたくさんなっているのだが、まだまだ青い。収穫する時期には至っていないようだ。大きくなったピーマン2個と茄子2個を収穫した。

P6290006  収穫したキュウリは近所の知り合いに配り歩いた。はす向かいのMatsukawaのお母さんが、「ジャンボキュウリは塩揉みにでもしていただきましょうか」と、4個ほど貰っていただいた。向かいのOhnoのお父さんが滞在中だ。一人なので、3個貰っていただいた。さらに、Shinozukaさんの家に持ち込んだ。お母さんが、矢張り「ジャンボキュウリは塩揉みにすると美味しいのよ」と大き目のを4個ほど渡してきた。

P6290007  残りは7本だ。今晩は、キュウリの酢の物にしよう。

【6月29日の歩行記録】

6,739歩、4.68㎞、47分、269.4カロリー

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2013年6月29日 (土)

№2011 七夕飾り

2013_0628_105128p6280002 最近、用事があってちょくちょく神保町に行く。そして眼にするのが、靖国通り沿いの商店の前にある【七夕飾り】だ。この商店街が用意した竹の植木だろうか。

2013_0628_105904p6280007 色とりどりの短冊飾りが下がっている。よくみると、【装飾用短冊】として、自由に文字を書き、この飾りに下げてくれとお願いしているようだ。自由に書けるように、短冊も吊るしてある。

 ウ~~ム、書かれている短冊を読んで歩くだけでも楽しい。【商売繁盛】とか【家内安全】とか言う常套句は別として、虫の良い短冊も下がっていたな。

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 【ロト6で前後賞合わせて6億円当たりますように】とか、【免停が来ませんように】という願いの短冊もあったよ。

【6月28日の歩行記録】

9,688歩、6.77㎞、1時間11分、387.4カロリー

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2013年6月28日 (金)

№2010 東京駅周辺の見学会

2013_0627_091814p6270001 彩の国いきがい大学の校友会、「地域創造クラス会」のよ呼びかけで、【日本銀行本店等】の見学会に参加してきた。この日の参加者は19名だった。あれだけ頻繁に会っていた仲間とお会いするのも、4月以来だからほぼ2か月ぶりだ。

 仲間と会うのは楽しいものだ。私もこの日を楽しみにしていた。朝、8時10分に大宮駅のホームに集合し、京浜東北線で神田まで行った。別ルートできていた仲間とも合流し、目指すのは【日本銀行本店】だ。駅から歩いて10分程のところにある。

 この日の幹事Takaseさんは実に面倒見がよく、多分下見に3~4回はきていたのだろう。自分勝手で、周りに気を使わない老人連をよく掌握していた。私は日本銀行の周りは仕事でよく通ったが、中に入るのは初めてだ。

2013_0627_092403p6270005 【日銀本店】の建物は重要文化財になっているとかで、今は実際の業務はやられていないようだ。20分のビデオを観て、ガイドの指示に従って建物を見た歩いた。最初に訪れたのは地下金庫だ。金庫の扉は、厚さが90㎝もある頑丈なものだった。中は耐火れんがに覆われており、関東大震災でもピクリともしなかったらしい。残念ながら撮影禁止とのことで、写真は撮れなかった。

 金庫の中には、パレットに積まれた札束や、金塊の塊が積まれていた。「札束一個でも良いし、金塊一塊でもいただければ、わが人生の視界が開けるのに」と溜息をつく仲間がいた。一個の金塊で6300万円ほどするのだそうだ。もちろん、飾られていたのは模擬の金ではあった。ただ、ここだけの秘密の話だが、お土産に50万円ほどいただいてきた。使用済みの紙幣を細かく断裁してはいたが…。

 2階に上がると、歴代の日銀総裁の肖像画があった。戦後の日銀総裁の名前を聞き知っているのを見ると、むしろ総理大臣の名前よりも影響力があったのだろうか。

2013_0627_105042p6270007 日本銀行本店の見学を終えて、次に向かったのがその真向かいにある【貨幣博物館】だ。貨幣の歴史や、その役割等が展示されていた。なぜか知らないが、外国人の入場者も見られた。日銀の見学は事前予約が必要のようだが、ここは入場無料でいつでも入られる。ここでも1時間ほど見学をした。

2013_0627_121241p6270012 ちょうどお腹が空いたころを見計らって、矢張り幹事が予約していた昼食会場に向かった。東京駅前のOAZOという建物にあるレストラン街だ。和定食が用意されていたが、お新香とジャコはお代わり自由とのことだ。もちろん、ご飯のおかわりも自由だった。生ビールを頼んだのはもちろんのことだ。

 昼食がすんで、私はこのビルに入っている丸善を一周した。

 午後は、矢張り歩いて5分ほどのところににある【逓信総合博物館】見学だ。東京駅から歩いて10分程の一等地にあるのだが、なにか雑然としていてまとまりのない博物館だったね。相当にお金を掛けていることは分かったのだが…。

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 さて、幹事が次に連れて行ってくれたのは、新装なった【東京駅】だ。南口の天井ドームは、芸術的だね。この前で記念写真を撮った。

2013_0627_144902p6270020 「この東京駅を上空から眺める事の出来る絶好ポイントが出来たのだ」と、連れて行ってくれたのが、目の前にあるKitteビルだ。前の東京中央郵便局だ。なるほど、丸の内や八重洲まで眺められて、良い景色だった。「兄貴はどうしようもないが、弟はなかなかやるじゃないの」と、鳩山兄弟の評価が下った。

 このKitteビルマ、東京大学とのコラボによる展示館にもなっていたが、いろいろなものが雑然と並んでいたね。もう少し整理すればいいのに、とぶつぶつ独り言を言った。もちろん、東京駅の真ん前にある無料の展示館だ。

 それにしても、丸の内は新しいビルもどんどん建って様変わりした。ビジネス街だったはずの場所に、急に観光客が押し寄せているようだ。帰りは、有志でご苦労さん会の乾杯をやったのはもちろんのことだ。

【6月27日の歩行記録】

14,304歩、9.94㎞、1時間47分、572.3カロリー

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2013年6月27日 (木)

№2009 本郷会in東戸塚

 昔の業界仲間で、年2回ほどの飲み会を行っている。飲み会会場は本郷か、東戸塚がほとんどだ。なぜ東戸塚というか、中心メンバーのMurakoshiさんの過去のホームグラウンドのあった場所だ。

 東戸塚は不便な場所だが、考えを変えてみると、湘南新宿ラインで都心に一本で帰ってこられるので、意外と便利なのだ。もちろん、私の住んでいるところにも一本で帰ってこられる。まあ、1時間半ほどかかるにはかかるが…。

 この日の目的は、一つは竹ちゃんのブータン帰国報告会であり、もう一つはSawaさんの社長就任を祝う会でもあった。残念ながら、Sawaさんは急の所用があるとかで欠席してしまった。まあ、いろいろな目的はあるものの、仲間が集まってワイワイ飲むのが最大の目的だ。

2013_0626_182750p6260003 この日の参加者は17名ほどだった。前回は2月に上福岡の仲間のMatsumuraさんのお店での会だったから、ほぼ半年ぶりの再会だ。半年でメンバーの消息が替わるわけではないが、それでも皆さん元気で再開できるのは嬉しいものだ。

 【病気のデパート】Shimaちゃんも、久し振りに顔を見せていた。あれだけ不健康な生活をしている割には、彼は元気だった。私の顔を見るなり、「シンさんの後輩が7月からわが社に入社することになったよ」と報告していた。何でも、彼は6月末で定年退職し、7月からShimaちゃんの会社に入社するのだそうだ。

2013_0626_201451p6260005 それにしても、Shimaちゃんは相変わらず業界の人気アイドルだ。少々年を食ってはいるが、彼がいるところにはパット花が咲く。この日の飲み会は、ほとんど彼とのダベリで終わってしまった。彼に報告したのは、『東京シニア自然大学』の楽しさについてだ。

 久し振りにお会いしたOueさんも退職後、実家のある奈良と東京を往復しているとのことだ。「実家の近くの畝傍山は、わずか標高百数十メートルの標高だよ」と話していた。富士山の世界遺産登録の話題の時だ。そういえば、Eimeiさんもと久し振りだった。「身体の調子がすぐれず、この前は自分で救急車を呼んでしまった」という。年をとると、どこかかしか調子が悪くなるのはやむを得ない。

 会長のMurakoshiさんが、「シンさんのブログを読んでいると、あまりにも悠々とした生活を送っているので、羨ましいので、最近は読まないことにしているんだ」と話していた。そうかもしれないな、と反省した。

2013_0626_210740p6260008 最後に立って挨拶した竹ちゃんの【ブータン旅行記】も少し消化不良だったか。もう少し旅行記を聞きたかった気もしたが、人数が多すぎで、集中を欠いた感がる。まあ、いずれ彼からはゆっくり話を聞きたいものだ。聞いてみると、8月には再度ベトナムのハノイに行くのだそうだ。

 ただ、旅行から帰ってきて1ヶ月半になるので、サイドバーの『ブログの友だち』の彼のURLは終了としたい。彼のブログを楽しみにしていた大勢の仲間がいたことは確かだ。また旅行記を書くようになったら、再開したい。

【6月26日の歩行記録】

7,266歩、5.05㎞、53分、290.6カロリー

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2013年6月26日 (水)

№2008 【2013ゴルフ合宿】前哨戦

2013_0625_091846p6250003 恒例の那須合宿を2週間後に控え、合宿に参加する有志の腕試しゴルフ会を行った。会場は、このところほぼ毎月プレーしているゴルフ場、【オリムピック・カントリークラブ レイクつぶらだコース】だ。Hiromiさんが突然の体調不良で、7名の参加者になったのは残念だった。

 この日参加したいずれの人とも日ごろから深く付き合い、ツーといえばカーと響くきわめて親しい仲間だ。有難いことに、こういう仲間がいてこそ私の人生は豊かになっている、とつくづく感じている。

2013_0625_094250p6250004 それにしても、凄い人もいるものだ。Masaoさんは、今月なんと9回目のゴルフプレーだという。その合間に、奥さんと一緒に海外旅行もこなす。今年はすでに4回海外に行き、7月は北欧、8月は南アフリカ、9月はポルトガルに行って来ると話していた。なんと、ゴルフをやっているか海外旅行をしているかという退職後の人生を送っている。

 そういえば、5~6年前になるが、彼は原因不明の大病で、生きるか死ぬかの境を彷徨っていたのだ。変われば変わるものだ。人生は短い。元気なうちに好きなことが出来るのは本当に良いものだ。

2013_0625_095036p6250008 この日、私が一緒に回ったのは、ゴルフの師匠Hozumiさんと、これも毎月一緒に回っているMasazoさんの2人だ。実は一緒に回る狙いがあって、Masazoさんが最近うまくドライバーが当たらないと悩んでいたのだ。マッキィも私も有効なアドバイスが出来なかった。

 それが、師匠のHozumiさんにかかったらピッタリ直った。彼のアドヴァイスは、「ボールを身体の真ん中に置き過ぎる。もっと左つま先の前に持ってくるようにしたら、直るよ。それと、立ち位置の方向性が大事」というものだった。ゴルフボールは極めて小さい。少しの体の移動で、ゴールの行方は大きく変わるという。

 あれだけ当たらなかったドライバーが、本当に良く当たるようになった。まだまだ本調子とはいえないが、少し練習すると、もう悩まずに済みそうだ。それにしても、欠点を見つけて修正できる師匠の眼力には脱帽だ。あのドライバーならと彼にハンディキャップを36も上げたのに、この日はMasazoさんは、ぶっちぎりの優勝だった。

2013_0625_095000p6250007 師匠Hozumiさんは、スタートホールこそ絶不調だった。バンカーには二度入れるし、グリーン周りのバンカーではホームランするしで、一体どうなってしまったのか心配した。しかし、そんな心配は杞憂で、5番ホールから9番ホールまですべてパーで上がってきた。

 彼とは久し振りに回ったのだが、あらためて彼のテクニックの凄さに驚かされたホールがあった。何番ホールだったのかは忘れたが、ミドルホールで3オンだ。その3打目のアプローチを相当強く打ち出した。エッ、そんなに強く打っていいのと思ったら、ピンそばにピタッと止まった。ボールにスピンをかけたのだろうが、とても真似のできる技じゃないな。パーをとったのはモチロンのことだ。

2013_0625_125409p6250009 さて、わがライバル・マッキィはどうだったのだろうか。私が前半不調だったこともあり、2打負けて午後のスタートだ。まあ、ちょうどいいくらいのハンディじゃないの。と思っている間もなく、INで私が3番まで2オーバーだったのが、すでに6オーバーだと、大声で嘆いていた。

 シメシメ、いつものパターンだぞ。われわれは後ろから彼のプレーを見ていたのだが、師匠のHozumiさんが、「彼は長くやっている割にはマナーがなっていないな」とブツブツ言っていた。一つは、グリーンを終わっても、ぐずぐずクラブをいじっているのだ。グリーンからサッと離れるべきだ。二つ目は、たくさんにクラブを持ち歩くのは良いが、そのクラブを忘れて次のホールに行ってしまう。そういうことが二度もあった。さらに、もう一つ言えばスロープレーだ。後ろから見ていると、イライラしてくる。マッキィ、注意するように!!!

 私の今日のプレーは、それこそ絶不調だった。スタートホールから、ダボ⇒トリ⇒ダボ⇒4オーバーと初心者並みだ。4番ホールは、連続OBだった。とうとうMasazoさんにも置いていかれた。これではいけないと、お昼休みにたくさんのエネルギーを補給した。生ビールに焼酎、果ては赤ワインだ。そのお陰もあったのか、午後は本来の調子を取り戻したね。

 午前と午後で何が違ったのか考えるに、午前は張り切り過ぎて力みまくったのがいけない。午後はアルコールも入り、リラックスして力が抜けた。ゴルフに力みが大敵、と実証したような日だった。

【この日のゴルフ成績】

OUT52(15) IN43(18) TOTAL95(33)

【6月25日の歩行記録】

13,782歩、9.63㎞、1時間41分、551.5カロリー

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2013年6月25日 (火)

№2007 檸檬の実

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 私のブログに何度も登場しているが、庭には大きな檸檬の木がある。この数年、たくさんのピンクの花が咲き、春は芳しい匂いに満たされるが、なかなか実をつけない。一昨年は2個収穫できたが、昨年は結局ゼロだった。

2013_0624_150559p6240004 今年は、なんとかたくさんの実を収穫したいものと思っている。だまっていると例年と同じことになると思い、今年は花が終わるころに消毒した。その成果かどうかは知らないが、小さな実をつけ始めている。

 例年、実をつけるまでは行くのだが、これからボロボロ落果する。実が多くつきすごているのが原因ではないかと思い、せっかくなっている実ではあるが摘果した。

2013_0624_150608p6240005 そして、いま30個くらいの実を確認できる。一つ一つの実を確かめてみたら、枝にしっかり付いている。今年こそは、と期待を持たせる付き方に思える。さて、最後まで残る実は幾つになるのだろうか。

 店頭で売っている檸檬は酸っぱい。多分、まだ青い未熟な実を採っているのではなかろうか。そして、流通段階で黄色になっていくのだろう。だから酸っぱいのだと思う。

 2年前に収穫した実は完熟していた。これが檸檬かと思うくらいに甘酸っぱかった。まあ、蜜柑というわけにはいかなかったのだが。

【6月24日の歩行記録】

10,937歩、7.65㎞、1時間23分、438カロリー

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2013年6月24日 (月)

№2006 一週間遅れの【父の日】

2013_0623_115554p6230005 先週は那須に行っていたので不在と、一週間遅れのプレゼントを持って、娘夫婦と二人の孫がやってきた。女房はこの日のためと、那須でホウバをとってきた。これで、ホウバ寿司を作るのだそうだ。

 ホウの葉をさっとお湯通しし、しばらく陰干しをした。そして、この葉に寿司を詰め、3時間ほど置いた。ホウの葉は抗菌作用もあるが、その匂いが芳しい。

 そして、山のようなホウバ寿司が出来た。こんなに食べられないだろうと、女房は近所の知り合いに味見をして貰いに配っていた。

 さて、一家がやってきたのは七時過ぎだ。なんでも、孫息子のAsatoがクラブ活動で遅くなったらしい。中学に入学し、軟式テニスクラブに入部したという。やってきたら、真っ黒な顔をしていた。この日も朝7時半から5時まで練習だったらしい。

 「中学はどう」と聞いてみたら、小学校よりも楽しいと答えていた。しごきはないのか訊ねたら、「毎日楽しく練習しているよ」とのことだった。それにしても、ニョキニョキ大きくなって、お母さんやお姉さん、さらにババまで追い越している。

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 この日は、ホウバ寿司とパスタだった。一時食欲がないといっていたAsatoの食べっぷりが凄い。ホウバ寿司を立て続けに4個、パスタを4皿食べた。さらにデザートとしてメロンとサクランボを食べ、仕上げはケーキだ。これだけ食べたら、一家破産してしまうねと笑った。

 山のように作ったホウバ寿司は、あっという間に平らげられてしまった。「残りは明日の昼食に食べようと思っていたのに」と、女房は嘆いていた。その考え、甘いんじゃないの。

 さて、【父の日】のプレゼントはパジャマだった。囚人服のようなピンクの縞模様だ。女房に言わせると、「いつも安服屋で買う衣料品と違って、ブランド品だから大事に着るように」とのことだ。ハイハイ、分かりました。

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2013年6月23日 (日)

№2005 漬けた梅干はどうなったかな?

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2013_0621_171946p6210006 2週間ほど前に漬けた梅干だが、今年は塩加減を10%といつもよりも控えめにした。ただ塩が弱いと、黴が発生する恐れがある。さて、どうかな、開けてみた。どうやら、黴の心配はないようだ。白梅酢が相当上がっている。

 いろいろな人のお話を伺うと、塩加減が弱い時は、上下をかきまぜると良いらしい。白梅酢を容器に移して、漬けた梅の上下を入れ替えかき混ぜた。

2013_0623_100632p6230001_2 さて、ここまできたら、赤紫蘇を漬けこむことにしよう。近くの農協直売所に行き、赤紫蘇を買ってきた。漬けこんだ梅の10%くらいの赤紫蘇が必要とのことで、6束を買ってきた。

2013_0623_115541p6230004 紫蘇の葉を丁寧に引きはがしたら、大きな入れ物2杯分になった。計量してみたら900gほどある。これを水洗いし、水きりのためにウッドデッキにしばらく干した。以前、2日間も干したらすっかり干からびてしまい、灰汁抜きが出来ずに失敗したことがある。

 今回は灰汁を絞り出すためと、2時間くらいの天日干しだ。若干水気が残っても良いと、早めに灰汁絞りをすることにした。赤紫蘇漬けには20%の塩が必要とのこと、これも計り、若干多めに100gで漬けることにした。

2013_0623_133408p6230006_2 灰汁絞りも1度ではなく、2度絞りをした。インターネットで調べると、完全に灰汁が抜けても美味しくないとあった。灰汁抜きした紫蘇に再度白梅酢で浸し、梅酢に色が落ちるのを待った。

 そして、漬けた梅干しに梅酢と赤紫蘇を振りかけた。これで、梅干漬けの第二段は終わりだ。

 次は、梅雨明けに梅と紫蘇を三日干しにし、本格的に漬けこむことが必要がある。

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 また、しばらく台所の片隅に安置しておこう。ただ、わが奥さんの助言に従って、重石は軽めにすることにした。

【6月23日の歩行記録】

4,620歩、3.23㎞、34分、184.8カロリー

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2013年6月22日 (土)

№2004 『桟雲の会』6月定例会

 俳句の仲間『桟雲の会』の定例会が、いつもの埼玉県民活動総合センターで行われた。そういえば毎日のように通っていた県活だが、このところトンとご無沙汰している。この日は、2ヶ月ぶりくらいじゃなかろうか。

 この俳句会も3名が新規加入し、10名とずいぶん賑やかになった。それまではシ~~ンとして学究漂うような会だったが、女性二人がおしゃべりをしだすと雰囲気がずいぶん変わる。堪りかねたYamahiko先生が、「お互いのおしゃべりはやめましょうよ。質問がある時には、直接私に」と注意したほどだ。

 昨年の1月に発足した会だが、何やら俳句会らしくなってきたと思うのは私だけだろうか。先生も、この俳句会にかける思いは相当なものだ。「私は、今、俳句の全国組織【山火】の同人になっているが、ゆくゆくはこの『桟雲の会』も全国組織にしたいという夢を持っている」と話していた。

 われわれ初心者にとっては、えらい大構想でとってもついていけない感じだったが、それでも、毎月毎月参加者の上達ぶりには目を瞠るものがある。ただし、あくまでも私を除いての話ではあるが…。

2013_0621_091941p6210001  何度か話したが、私はこの会の事務局というか会報誌発行の責任者になっている。この会報もすでに16号になった。先生は心配してくれていて、「一人じゃ大変だろうから、誰かお手伝いをお願いしようか」と話していた。むしろ一人でコツコツやる方がいいと、有難い申し出ではあったが、その提案は辞退した。

2013_0622_123056p6220007  会報の表紙には、その月の【兼題】の花の写真を載せている。どうも、この写真がうまくプリントアウト出来ない。どうしたことだろうか。青っぽくなり、うまく緑が出ていないのだ。私のプリンターはCANON製だが、買って5年、今までほとんどトラブルがなかった。

 CANONのサポートセンターに電話をしてみた。「ヘッドをクリーニングしたことがありますか」と問われ、今までないなと答えた。そしたら、丁寧にそのやり方を電話サポートしてくれた。

 テスト用紙をプリントアウトしたら、黄色のインクが出ていないことが分かった。そのインクを引き抜いてみたら、PULLという用紙が付いたままだった。これが原因だったのだ。ヤレヤレ直って安心した。

2013_0621_164234p6210005  閑話休題、俳句の会は午後1時から5時までびっしり行われている。4時間を緊張状態で過ごすというのは学生以来で、これはこれで結構心地いいものだ。

 机の上には電子手帳と俳句歳時記。さらにノートを開いて、同好の人の作で良いと思ったものを書いていく。さらに、赤ペンで先生の注意点を記す。

 それにしても、植物名はよく分からない。この日も、教室で即席の【席題】を作る課題が出た。テーマは【半夏生】だと良いう。片白草だ。私には、半夏生ってどういう植物かわからない。それでも、20分で一句作る必要に迫られる。電子手帳で想像しながら、ようやく一句を作った。

 さらに、この日出た植物の名前をしるしてみよう。『額の花』、『著莪(しゃが)の花』、『擬宝珠』、『沙羅の花』、『矢車菊』、『猫の目草』、『諸葛菜』、『河骨』等だ。私は、この俳句の会でずいぶん植物の名前を知ったが、ただ、辞典を調べても『猫の目草』は出ていなかった。

 そして、作った句全部を参加者で選句する。それにしても上手な句があるものだ。他人の句なのであまり大きな声では言えないが、この日感心した一句を紹介したい。

つるばらや五分遅れの都電着く

 なんということはない句のようで、光景がよく見える。私が一票入れたら、ほかの何人かも投票していた。ある方は、「この句は良い」と最大限に褒めていた。私の句も何点か選ばれていたが、言及するほどの句ではない。

2013_0622_123226p6220008  自宅に帰り、早速次号の編集作業に着手した。次号の【兼題】は姫女苑(ひめぢよをん)だという。一体どういう花だろうか。さっそくインターネットで調べてみた。

 そして、半日かけてようやく次号の初稿が出来上がった。先生に送付して、眼を通してもらおう。

【6月22日の歩行記録】

8,543歩、5.97㎞、1時間1分、341.8カロリー

(二日間歩行記録を休んだ。雨で外に出れず、記録なしだ)

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2013年6月21日 (金)

№2003 【コンフェデレーションズ杯】観戦

 ワールドカップサッカーの前年に行われる【コンフェデレーションズカップ】が、今、ブラジルで行われている。ブラジルと日本は12時間の時差があるのか、眠い目をこすりながらテレビ観戦している。

 出場前、日本選手は口々に「コンフェデ杯での優勝」を話していた。第一次予選の組合せがブラジル、イタリア、メキシコの最強リーグだ。果たして【優勝】を口にするほど日本は強くなったのか、注目して観戦した。

 それにしても初戦のブラジル戦。大口を叩く暇もなく、あっさり敗戦してしまった。特に前後半のスタートわずか3分で点を取られた。まだ試合に集中していない時間だ。そして、どうも試合を見ていると、ブラジルとの実力差は予想以上だ。ほとんど日本の良さが出せていなかった。

 気合が空回りしたこともあったのだろうが、MF本田の一人芝居的なところが気になった試合だった。香川など、ほとんどいいところを出せていなかった。それも含めて、矢張り断然ブラジルの実力が上と、期待していたのに大いにガッカリしてしまった。

 そして、イタリアとの第二戦。ブラジルとの不甲斐ない戦いを見ていて、「これも試合にはならないだろう」という予断が、私にはあった。それが、本田のPKでの一点、さらに香川の追加点で2対0で勝っている進行を見ているうち、もしやという期待を抱かせた。

 それにしても、日本の闘いはブラジル戦とは全然違っていた。動きが断然いいし、ボールポゼッションもむしろイタリアを上回っていた。中盤でも、簡単にイタリアのボールを奪い返す。前の戦いとはまるで別チームのようだった。

 善戦したとはいえそこは老練なイタリアチーム、簡単に勝たせてはくれない。前半終わりのコーナーキック。日本が隙を見せたというか、体制が整わないのを見透かして、1点を奪った。日本選手が水を飲みに行ったわずかな隙だ。それでも、前半は日本が2対1で勝っていた。

 ただ、後半始まってわずかの間に、立て続けに2点を奪取された。ブラジル戦といい、イタリア戦といい、立ち上がりは注意しなければならないはずが、矢張り集中力が欠けていたと言わざるをえない。同じ失敗での加点を許した。

Photo  しかし、これで消沈しなかったのがこの日の日本チームだ。攻めに攻めて、岡崎の見事なシュートでゴール。同点になった。なかなか日本もやるではないか。結局はイタリアに3対4で破れてしまったが、善戦したといえる。こういう試合なら納得できる。

 次のメキシコ戦で勝ってくれると、大きな収穫になるのだが、果たしてどうだろうか。日曜日の朝4時キックオフだが、眠い目をこすりながら、また観戦しよう。

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2013年6月20日 (木)

№2002 この日の『東京シニア自然大学』授業

 毎週水曜日、喜々として『東京シニア自然大学』の授業に出かけている。有難いことに、新宿まではJR湘南新宿ラインで一本だ。さらにラッキィなのは、たまたまかも知れないが、目の前に座っていた方が下車してくれたことだ。45分くらいをほぼ座って行けた。

2013_0619_110809p6190002  この日の午前中の授業は、東大名誉教授荒牧重雄先生の『日本の火山概論』だった。荒牧先生は82歳で火山一筋に研究してきた方らしいが、矍鑠として話しに乱れはなかった。

 それにしても、この学校はどういうコネを使っているのか知らないが、超一流の先生が講師として参加してくれているのは驚きだ。半世紀にわたって研究一筋の学者の授業を聴講できるだけでも、この学校に入ってよかった。

 授業内容は、日本の火山の現況と噴火はどうして起きるのか、噴火の影響、噴火の様式など、火山にまつわるお話だった。最新のプレートテクトニクス理論などを紹介しながら、日本の火山のほぼ大半が、沈み込みにより起こるものとのお話を伺った。

2013_0619_111825p6190004  午後の授業は、あるゼネコンの安全品質環境部長のTanabeさんのお話で、『企業と生物多様性』についてのお話だった。建築業を営む一企業が、なぜ生物の多様性の保全に取り組むのか、眼を見開かされる話だった。

 この話も面白かったが、講師のTanabeさんはセミの抜け殻の研究でも第一人者だという。「私にセミの抜け殻の話をさせたら、一時間でも二時間でも話が出来ますよ」といっていた。

 ウ~~ム、生物多様性のお話も面白かったが、セミの抜け殻の話をもっと聞きたかったような気もする。ちなみに、いただいた資料を読むと、調査後のセミの抜け殻は佃煮にして食べるのだそうだ。それにしても、いろいろな人がいるものだ。

 また、この日は授業の後に初めての懇親会をやった。この学校には、事務局の方を含めて30人いるのだが、なんと23名の方が参加してくれた。会場は、近くの高層ビルの44階にある大衆飲み屋だ。

2013_0619_163040p6190005  学校が始まってもう2ヶ月になる。そろそろ、お互いに何者かを知りあういい頃合いだ。こういう宴会になると、どうしても仲が良い同士、女性同士で固まりがちだ。そうならないために、席順の番号札を用意した。公平にしたはずだったが、たまたま女性が真ん中に集中してしまった。

 乾杯の後、お互いに自己紹介をすることになった。自己紹介に三つのテーマを課した。一つは生まれた場所、二つ目は現在住んでいるところ、三つ目が趣味だ。一番最初に挨拶したMotomuraさんが「私の生まれは満州だ」と話したら、目の前に座っていたKondohさんもやはり満州だといっていた。

 お話を伺っているうちに、メンバーはいろいろなスキルを持った集団だとわかった。Yamazakiさんは、日光の自然を紹介するガイドをやっているのだそうだ。春・夏・秋と様々な日光の楽しみ方のお話をしていた。そうだ、日光に自然を訪ねる一泊の旅をしようよ、腰の軽い私が提案した。ということで、私が提案書を書くことにした。さて、何人くらい集まってくれるだろうか。

 私も宣伝したが、検索機能で私のブログに当たる方もいるようで、何人かの方が私のブログを読んでくれているようだ。「シンさんの奥さんてどういう方ですか?」という質問が飛んできた。私のブログのサイドバーを見てくれたのだろう。「すれ違い生活の夫婦です」と答えておいた。先日の記事を読んだ方も、「私も水曜日が待ち遠しくってしょうがない」と話していた。

 懇親会も、あっという間にタイムアップの2時間を経過した。最後は、女子会の会長の締めでお開きとなった。ところが愚図愚図している人もいて、その場で有志の二次会となった。女性も含め、5人が残った。皆さん、交々にこうやって、この学校での邂逅を喜んでいた。

 飲み会をやると一気に距離が縮まることを実感した晩だった。

【6月19日の歩行記録】

10,023歩、6.96㎞、1時間17分、400.9カロリー

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2013年6月19日 (水)

№2001 今まで書いてきた記事を総括する

 この2000号まで、一体どういう記事を書いてきたのだろうか。総括してみたい。それを解くカギが左サイドバーにある【カテゴリー】だ。【カテゴリー】を漫然と決めている人もいるようだが、この【カテゴリー】は大事だと私は思っている。関連記事が集約されているからである。

 ブログを始めた当初、私は面白くなってどんどん新しいカテゴリーを増やしていった。そして、収拾がつかなくなった。この増えた新規カテゴリーを少なくしようと修正するのはエラク大変な作業である。やむをえなくそのままにしているのだが、今数えられるカテゴリーは45である。

 全部チェックしてみたら、なかにはほとんどカテゴライズされていないものもいくつかある。【ゲーム】【サイクリング】【ニュース】【囲碁】【文化・芸術】【県活ブログ仲間】【趣味】【通信】【音楽】などがそのジャンルである。

 それでは何の記事が一番多かったかというに、矢張り私のブログ開設の狙いでもあった那須【「あるるのいえ」での生活】である。その記事が312件と他を圧倒している。その上に那須での【はじめての農業】117件を加えると、記事の2割以上が那須での生活・出来事の記録である。

 畑を始めてもう7年近くになるので、はじめての農業もないかもしれないが、一度決めたカテゴリーはそんなに簡単には変えられない。何年たっても「はじめての農業」なのだ。事実、最近では一年間の100日近くを那須で過ごしている。記事が多くなる由縁である。

 「お前のブログは、ゴルフと飲み会の話だけじゃないか」と友だちに揶揄されることがある。ブログを始めてからのすべてのゴルフ記録は、このブログ記事になっている。151件の記事があるというのは、一年間に30回近くゴルフをやっているということか。皆さんがいうほど、ゴルフの回数は多くないと思うのだが、どうだろうか。さらに、飲み会の記事が130件ほどある。サラリーマン時代毎日どこかで飲んでいたことに比べれば、これでもずいぶん減ってきたように思う。

 一昨年卒業した【いきがい大学】の記事も151件と多い。ただ卒業し、しかも校友会活動も無事やり終えてみると、これからはそんなに多くの記事にはならないと思う。代わって、この四月に入学した『東京シニア自然大学』の記事が多くなってくることも、自分の生活の変化だ。

 私の今の生活の基本をなす読書は、【読書日誌】に纏められている。それが98件と多い。ほぼ毎月一度は、前月読んだ本の報告をすると決めている。さらに、本にまつわる話題もこのカテゴリーに載せている。いくらでも書くことはあるのだが、読者に嫌がられるのではないかと、記事を書くことを自制している面もある。

 新たに始めたこともある。仲間と始めた【男の料理教室】も3年目に入り、31件の記事が載っている。また、2年前に始めた【俳句】の記事も27件ある。これなどは、最近の自分の趣味の広がりをあらわしているのかもしれない。

 私は、定年後、多くの国を旅行してみたいという夢を抱いていた。この間、どのくらいの旅行をしたのだろうか。国内旅行が24件、海外旅行が61件、それに【旅行・地域】というジャンルで48件の記事が読める。竹ちゃんの【ユーラシア横断通信】の18件を合わせると151件と、旅行に対する関心はまだまだ衰えていない。

 私は新しい技術というか、パソコンには強い関心を持っている。それに関連する記事も散見される。【ウェブログ・ココログ関連】が58件、【デジブック】が25件、【パソコン・インターネット】が69件、【携帯・デジカメ】が13件と、合わせてみると165件に上る。これからも、新技術に対する関心を強く持ち続けることが、脳の活性化にはつながるのではないだろうか。

 どのジャンルに入れられなくて、やむをえず【日記・コラム・つぶやき】に入れているのが133件と多い。このカテゴリーは、後に分類する時にはカテゴライズしにくい。なるべくこのカテゴリーは使わないようにしているのだが、それでもどこにも属さない記事はあるものだ。

 さて、今まで書いてきた記事の総括をしてみた。

 私が使っているブログは【ココログブログ】といって、Niftyが運営している無料ブログだ。このブログのディスク容量は2GBである。その要領のうち、今までに1618.39MB(80.92%)をすでに使ってきた。このブログがいつまで続くのだろうかということと、ディスク容量が一杯になったらどうなるのだろうか、というのが目下の心配である。

【6月18日の歩行記録】

9,014歩、6.31㎞、1時間6分、361カロリー

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2013年6月18日 (火)

№2000 2000号の記事をお届けします

 2008年1月22日にスタートしたわが《繭の里通信》が、この日2000号を迎える。私は基本的に一日一本、一テーマの記事を書くことにしているので、通信を送り続けてほぼ2000日目になる。一口に2000日というが、ずいぶん遠くに来たものだという感じもするし、あっという間だったなという気もする。

 2006年11月にサラリーマンを定年退職し、その後の人生に何か意味のある足跡を残せないものかと考え、このブログをスタートさせた。仲間に元気だとお知らせする意味もある。スタートするについて、ブログとはそもそも何なのか、私は全然知らなかった。幸い、埼玉県民活動総合センターでブログ講座開設を知り、早速申し込んだ。

 ブログ講座の開始日2008年1月22日には、まず自分のブログを立ち上げようとのことだった。無事に立ち上がったのだが、ブログ名を何にするのかは大事だ。その時には、すでに那須に廃屋の別荘を持っていた。那須の自然をお知らせできればと思い、別荘の地の名前をとって《繭の里通信》としたのだ。

 それにしても、開設時にはこんなにも長く続くとは自分でも予想しなかった。なにしろ、日記だってほとんど三日坊主で終わっていたのだ。かくも長く続けられたのは、ひとえにブログ仲間のお蔭である。特に、松ちゃんと昭jijiのブログ、もちろんブログ講座の先生Naoko先生のブログに刺激を受けた(左のサイドバーに仲間のブログが載っている)。

 ただ、刺激を受けただけでは2000日も続かない。何よりも長く続いた要因は、このブログを読みに来てくれている読者がいればこそである。他の人はどうか知らないが、私はたえずアクセス数を気にしている。朝起きての何よりの楽しみが、前日私のブログに何アクセス数があったかを見ることだ。

 私のブログは、一件当たりの記事が長文だ。大体皆さんに呆れられてしまうのだが、それでも、未だもって日々アクセス数が伸びているのは嬉しい。2000号の平均アクセス数は、このブログを書いている時点で176.72である。ただ、この30日平均で見ると、一日当たりのアクセス数が222、訪問者数が110である。つまり、最近は一日100人以上の方が、平均2件の記事を読んでいるという計算だ。

 私のブログを読んでいる読者は奥床しいというか、あまりコメントをつけてくれる方は少ないのが残念だ。ただ、久し振りにお会いする友人に必ず言われるのが、「シンさん、元気なようじゃないですか」ということだ。多分、定期的に私のブログを訪問してくれているのだろうと推測できる。なかにはこういう読者もいる。「夜中、なかなか眠れない時、スマホでシンさんのブログを読んでいるよ」というのだ。彼からは、トンデモナイ時間にメールがきていることがよくある。

 それと同時に友だちによく言われるのだが、「毎日、よくあれだけ書くことがあるものだ」と呆れられる。そりゃ、60数年も生きていると、語るべきことはそれこそ山のようにある。さらには、毎日生活をしているのだから、隅々にブログネタが転がっている。ブログが途切れない由縁である。まあ、時々苦しいことがあるにはるが…。

 ただ、迷惑をかけている人も多いかもしれないと心配している。最近でこそなるべく顔写真は出さないように心がけているが、「シンさんと話をすると、それがブログネタになるのが怖い」という人がいるのも事実である。なるべく皆さんのご迷惑にならない様に、しかも楽しい話題をお届けするようには心がけている。ただ迷惑がかかった時には、ぜひ申し出てもらいたいものだ。記事を修正することにやぶさかではない。

 今まで書いた2000件の記事を全部読む訳にはいかないが、それでもカテゴリーを見るだけでも、この5年半に及ぶ自分の生活を垣間見ることが出来る。そのことは、明日のブログに書いてみたい。

【6月17日の歩行記録】

6,791歩、4.73m、50分、272.5カロリー

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2013年6月17日 (月)

№1999 農作物の点検に那須へ

 晴れていれば晴れているで、雨降れば雨降ったで埼玉の自宅でヤキモキしている。一体、那須の畑に植えた農作物はどうなったのだろうか。何かと用事があり、最近は那須に行けていない。

 ようやく3日ほどの時間が出来たので、さっそく那須に向かった。ラジオ放送を聞いていたら、昨晩から今朝まで宇都宮は大雨だったようだ。畑の作物は雨にやられていないか、心配だった。那須に着いて、すぐに畑に向かった。3週間ぶりである。すべてが順調で、すくすく伸びていた。ヨカッタ、ヨカッタ!

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P6160006  ジャガイモは紫色の花をつけていた。ただ、イモを成長させるのに花が邪魔だ。全部摘み取った。葉の茎は雨や風の影響か倒れていたが、成長には何の問題もない。もう一ヶ月もすると、収穫できだろう。

  新ジャガが出来たら、まず第一にポテトサラダを作ろう。

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P6160002_4  茄子とキュウリ、トマトの苗にビニールの袋を被せていたのだが、その覆いを超えてどんどん成長しているのが嬉しかった。

  前回、キュウリの苗は植えかえたのだが、全部の苗が大きく成長している。これならビニールをはずし、棚を作ることが出来るな。今回の第一の仕事は、キュウリの棚作りだ。

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P6160007   トマトもどんどん大きくなり、葉がおい茂っている。前回もやったのだが、脇芽を徹底的に剪定した。すでに大きな実をつけている苗もある。第二の仕事は、トマトに屋根を掛ける仕事だ。トマトは、雨に弱いのだ。これだけ成長すると、もう水はそんなに重要じゃない。

P6170013  ついでに、茄子の覆いも取り払った。本当は、茄子も屋根を掛けてやると良いのだろうが、そんなに金を掛けるわけにはいかない。

 畑の周りは、雑草に覆われている。向かいのMatsukawaさんに草刈り機を借りて、周りをきれいにしたい。

 久し振りのニワカ百姓は、なかなか忙しい。これだけの作業でビッショリ汗をかいてしまった。

【6月16日の歩行記録】

6,884歩、4.79㎞、52分、275.7カロリー

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2013年6月16日 (日)

№1998 高校の同窓会に出席

 毎年6月の第3土曜日に、虎ノ門の霞が関ビルで開かれている高校同窓会総会『東京雄水会』に出席してきた。いつからだろうか、サラリーマン時代は一切付き合いのなかった同窓会との付き合いが、だんだん深くなっている。

 同窓会のゴルフコンペ【雄球会】の事務局長も務めているし、俳句の同好会【東雄句会】の同人にもなっている。幽霊会員ではあるが、囲碁の会のメンバーにも名前を連ねている。こんなはずじゃんかったという思いもあるが、いずれ私は付き合いが良いのだ。

2013_0615_113127p6150003  この『東京雄水会』は、わが同期のRokuちゃんが昨年から会長を務めるようになった。同期としては、どうしても彼を盛りたてる必要がある。この日も13名の同期メンバーが顔を出していた。こうやって集まってみると、これはこれで楽しいものだ。

 数えてみたら、この日の総会参加者130名弱のうち、私が知っている人は3分の一を数える。矢張り、顔を合わせるとヤーヤーという感じで、出席していても心地良い。私より7年も後輩のMasaru君は、「シンさんのおかげで、ゴルフのコンペに参加するようになった。この同窓会に参加してみると、この総会で顔見知りがたくさんでき、出席に張り合いが出来た」と喜んでいた。

 私も、何十年か前にこの同窓会に参加したことがあるのだが、知り合いがいなくて参加を取りやめてしまったという経緯もあった。大先輩から後輩まで一堂に会して、肩を組んで高校校歌を歌うのもまた良い。

2013_0615_134446p6150014  最近、同期の連中が、私のブログを熱心に読んでくれているようだ。久し振りにお会いしたEikoさんが、「先日のアホウドリの記事を読んだが、良かったね」と褒めてくれた。そうか、そうか、読んでくれたんだ。そしたら、隣にいたTakeちゃんが呆れたように、「お前は、あんなに忙しそうにしているのに、いつブログなど書く暇があるのだ」といっていた。

 Reikoさんもココログブログをやっているが、ほとんど新たな記事をアップしていない。「パソコンの画面に向かいあうと、頭がフリーズしてしまい、文章が出てこない」と嘆いていた。よくも、毎日あのような長文を書き続けられるもの、とこれも呆れ顔だ。

2013_0615_144854p6150020  2年前に、この会場で私を無理やり俳句の会に引っ張り込んだSofuさんも顔を見せていた。シックな和服姿だった。「あなたと一緒に撮ると、ブログにアップされるからいやだ」と逃げ回っていたが、どうしてもとカメラに収まった。無理やり俳句の会に連れ込んだ罰だ。

 この同窓会に出席してみると、様々なタレントとも知り合う。映画【沈まぬ太陽】の映画監督若松さんもわが同窓会の後輩だ。この日も参加していた。ジャズミュージシャンの小林陽一さんが、会場でドラム演奏をしていた。

2013_0615_142313p6150017  そして、この日知り合ったのは若いジャズシンガーだ。私よりも40歳近く若い神馬美代子さんという方だった。会場の舞台でジャズを歌っていて、あまりにも上手なので声をかけた。

 いつもは、池袋のジャズバーで歌っているのだそうだ。ぜひ、次回の公演日を教えてくれとお願いした。案内があったら、仲間を誘って応援に行きたい。

 わが高校は、いわばスポーツ校だ。たえず感心があるのは、今年甲子園に出場できるかどうかだ。校長先生がきていたので捕まえ、「昨年は甲子園に応援に行った。母校の校旗が高々と揚がるのを見て感激した。今年も甲子園に応援に行けるかな」と聞いてみた。「もちろんそのつもりだ」と答えていたが、果たしてどうなのだろうか。

 この日は、こういう面白い申し出もあった。Kamoちゃんが、今年の4月から市が運営する長寿大学に入学したのだそうだ。彼は、私のブログの愛読者でもある。「その大学で、園芸部に入部した。今年の秋に、園芸部で大根を植えることにしたんだ。大きくなった大根で沢庵を漬けるつもりだが、暖かいところはダメなので、那須で漬けさせてくれないか。指導もよろしく」というのだ。もちろん、大歓迎だ。

2013_0615_162550p6150032  総会終了後、これも恒例のことだが、近くの稲庭うどん屋に立ち寄り、盛大な二次会をした。もちろん、わが同期メンバーは全員集合していた。この店で食べたのは、秋田名物のジュンサイの酢の物と、ブリコハタハタだった。一人一匹とのことだったが、誰も手につけようとしないので、二匹目をいただいた。

【6月15日の歩行記録】

9,140歩、6.39㎞、1時間5分、365.6カロリー

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2013年6月15日 (土)

№1997 歩数計のアプリ追加

 私のスマホに歩数計のアプリをインストールしたのは、今年の2月である。それ以来、この歩数計を便りに、毎日1万歩歩行を目標にしてきた。そして、ブログの文末にも記録をするようになった。

 2月にインストールした歩数計アプリは、無料のAccupedoというアプリである。これが極めて気まぐれで、調子が悪い。歩行をカウントしたりしなかったりで、イライラしていた。例えば、昨日は5,000歩以上歩いたはずなのが、この歩数計アプリを見ると1,000歩しか刻んでいない。

 先日も、こういうことがあった。一緒にゴルフに行ったKatsuちゃんの歩数計が14,000歩くらいだったのに、私の歩数計は9,000歩ちょっとだった。この歩数計を頼りに記録をつけているのに、こんなに不正確じゃ記録にならないな。

2013_0614_174845p6140011  どうしようか考えて、そうだ別の歩行計アプリをインストールすればいいのだと気がついた。アプリを検索すると、無料でインストールできるアプリがたくさんある。ただ、使い勝手が分からない。まあ、気がついたWalkroidというアプリをインストールしてみた。もちろん、従来のアプリを消去したわけではない。

 新たにインストールしたWalkroidを、矢張り前の歩数計と同じ一歩70cmに設定した。そして、どうなのかを試してみることにした。

2013_0614_174858p61400122013_0614_174911p6140013  この日歩いた歩行数を従来のAccupedoは、10,796歩とカウントしていた。それが同じ距離なのに、新たにインストールしたWalkroidは9,903歩としかカウントしていない。

 どちらが正しいのかは分からない。ただ、今まで記録しているAccupedoを、継続性の原則で採用したい。そして、この歩行計がカウントしない場合のみ、新たにインストールしたWalkroidの数字を採用することにしよう。

【6月14日の歩行記録】

10,796歩、7.55㎞、1時間14分、432.4カロリー

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2013年6月14日 (金)

№1996 登山に関する二つの授業

 さて、今週の『東京シニア自然大学』の授業内容を紹介したい。この日は、登山に関する二つの授業が行われた。午前中は、日本山岳ガイド協会の常務理事武川俊二さんの【トレッキング時の危機管理】という授業であり、午後は明治大学山岳部OB会会長節田重節さんの【トムラウシ山の遭難とツアー登山】だった。

 何度かブログでも紹介したが、私は若いころはずいぶん山に登っていた。南アルプス、北アルプス、八ヶ岳の主な縦走路はほとんど踏破している。一緒に行った山仲間は、大学の同級生だったJojimaだ。さらに、埼玉大学夜間部の経済短期大学部にも2年通ったのだが、そこでもワンダーフォーゲル部に所属して、若い仲間と山に登った。

 山に対するたくさんの思い出はあるが、30代の後半、ゴルフをやるようになって山からは遠ざかった。公表できない身体的な事情もあった。ワンゲル部時代に次男が生まれ、名前を【岳晴】とつけたのだが、その名前がどうだったのか知らないが、次男を連れて山登りをした記憶はない。

 そういう過去の出来事を思い浮かべながらの、この日の授業は懐かしい話とともに、わが青春を思い出させるものだった。

2013_0612_115913p6120001  午前中の講師武川さんは、今でも年間120日も山に登っているのだそうだ。私よりも8歳も若い方のようだが、健康そうな顔の色艶をしていた。この日の授業は、【トレッキング時の危機管理】というテーマだ。彼は山岳ガイドをやっているようだ。

 一人で山に登る、あるいは仲間と山に登るのは、山登りはあくまでも自己責任なので、事故が起こっても何の問題もない。まあ問題がないわけではないが、社会的な広がりはそんなにない。それが、職業として山岳ガイドをするとなると事情が違ってくる。

2013_0612_115954p6120002  山岳事故はそんなに多いわけではない。それでも、いったん事故が起きると大きな社会問題になる。そうならないために、危機管理(安全管理)の徹底を図るのだそうだ。どんなに気をつけていても事故は起きるものだ。事故後に検証してみると、ほとんどはヒューマンエラーだという。

 事故を起こさないための安全管理、天気図の読み方、リスクアセスメントについて学んだ。

 武川さんは、「自分は気象予報士ではないが、【天気予想士(自称)】だ」といっていた。山での30分後、1時間後の天気はほぼ95%当たるらしい。天気図を読み、雲の動きを見ているとわかるというのだ。「天気は急激には変わらない。ただし、雷は突然やってくる」という。彼が言う【観天望気】とは良い言葉だなと思いながら、講義を聞いていた。

 一つのエピソードを紹介すると、山で熊に出会った時の話があった。「登山中、熊に襲われることは皆無、決してない。ツキノワグマは人を見ると必ず逃げる。ただ、絶対してはならないのは、子熊を見て可愛いと抱き上げたりしないことだ。必ず近くに母熊がいる。その時には襲ってくる」ようだ。

 皆さん、山に登るときにはザックにカウベルをつけている人が多いが、それも気安めだという。「むしろ、熊はあの金属音が好きなのだ、却って熊を引きつけることになる」といっていた。山に登る人は気をつけて下さいね。

 そして、午後の授業は節田重節さんの【トムラウシ山遭難とツアー登山】の講義だった。節田さんは佐渡出身で、明治大学入学と同時に山岳部に入部したそうだ。「法学部だったがほとんど授業は受けず、山登りを繰り返していた。「私は登山部出身と言っている」と話していた。彼は、1984年アラスカで亡くなった有名な冒険家、植村直己の一年後輩にあたるといっていた。

2013_0612_132306p6120003  トムラウシ山遭難て知っているだろうか。私も、そういえば、そういう遭難事故があったなという程度の認識だった。4年前の2009年7月16日に起こった遭難事故で、10名の貴重な命が散ったらしい。節田さんは、その遭難事故の【事故調査委員会】のメンバーだ。この事故について、詳しく調査したという。この日の講義は、その調査に基づくものだった。

 トムラウシ山というのは、北海道の大雪山系にある標高2141.2mの山である。この山への登山を、あるツアー会社が企画した。ガイド3人を含め、15人でのツアーが行われた。今でこそツアー登山はブームなのだが、そこに潜む大きな危険を強調していた。

 【百名山】が有名になってから、中高年を中心にした登山ブームが起きたのは1980年代。ただ、昔は街のあちこちに登山グループがあったが、今は少なくなった。勢い、山を目指す中高年は未組織登山者で、ツアー登山に参加するしかない。そして、実際はツアー登山にそんな事故が多いわけでもない。

 この事故を起こしたツアーは、4泊5日で大雪山旭岳とトムラウシ山を巡るものだった。このツアーは、1日10時間も歩かなければならない日もあるので、中・上級向けの登山ツアーだったのだろう。それでも、普段は事故が起こるなどはないコースのようだ。

 事故が起きた原因は、【気象遭難】によるものだ。朝4時半に出発する時刻に、雨が降っていた。予定を30分遅らせて、前日の宿泊地ヒサゴ沼避難小屋を出発したという。少し強行だったが、ツアー登山に参加する人は全国各地から集まっていて、スケジュールを変更するのは困難だったらしい。結果として、この30分遅らせることには意味がなかった。もし遅らせるとしたら半日遅らせたら、この事故は防げたはずだ。

 ただ、この日の目的地トムラウシ温泉は、天気が良くても10時間ほどの歩行が必要だったという。行動中は雨がやまなかったし、さらに稜線に出たら20~30メートルの強風に晒された。主任ガイドは、ここで戻る決断をしなければならなかったはずだ。渡渉した沼で全身がずぶ濡れになる人が出た。すでに、低体温症で動けない人が出た。それでもこのツアーは強行され、次々と低体温症で倒れていった。

 目的地のトムラウシ温泉にたどり着けたのは、ガイド2人を含めわずか5人のみだった。ガイドの一人は、その後PSDにかかり、事情聴取が困難だった。

 この遭難事故の調査報告書は、大部なものだった。それによると、遭難事故の原因は次のように要約される。

①リーダーの気象判断のミス(気象遭難)

②ガイドのパーテーメンバーのコンデション把握が弱かった

③ガイド3人は、このツアーで初対面であり、役割分担が明確でなかった

④パーテーは固まって行動するのが大原則だが、途中で崩壊してしまった

⑤チーフリーダーが低体温症で亡くなり、パーテーを指揮する人がいなくなった

 あらためて、この遭難事故の報告を聞くにつけても、山登りは死と表裏一体のものだと思ったね。

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2013年6月13日 (木)

№1995 待ち遠しい水曜日

 今年の四月から『東京シニア自然大学』に通い始めたことは、私のブログでも何度か報告している。その授業日が水曜日なのだが、その日が本当に待ち遠しい。火曜日の晩(というか水曜日の早朝というか)まで、テレビでワールドカップアジア予選の対イラク戦を観戦していた。寝たのが夜中の2時過ぎである。

 さて、この日の授業は眠くなるかなと覚悟して出席していたのだが、10時15分に始まった授業は、終わりの3時過ぎまで目をキラキラにして聴いていた。たいへん刺激的な授業だった。

 それにしても、この学校に通うシニアの仲間も同じ思いなのかもしれない。電車の都合で、私が学校に到着するのはいつも一番遅い10時10分ころだ。その頃には教室が一杯になっていて、後ろの席しか空いていなかった。まあ、後ろの席に座るのは苦ではない。

 そして、学校が始まって2ヶ月になり、皆さんだんだん打ち融け合うようになってきた。この日は、こういうことがあった。ある女性からの問いかけである。

 「あなたがシンさんですか?実はネットで『東京シニア自然大学』を検索していたら、ばったりあなたのブログにあたったのよ。先週は都合で高尾山行きには参加できなかったが、ブログを読んで様子がよくわかったわ。これからも、授業の様子をぜひアップして下さい。期待したいますから…」という話だった。

 同席していた女性陣からも、「エッ、どうやったらそのブログに行きあたるの」という問いかけがあった。今は検索エンジンが優れているから、《繭の里通信》で私のブログに行きつくことを知らせておいた。見てくれたのかどうかは知らないが、昨晩のある時間にアクセス数が集中していたのを見ると、誰かが読みに来てくれたのだろうか。

 最近は、私は自分のブログをあまり宣伝していない。毎日の訪問者、アクセス数で充分と満足しているからである。それでも、新たな読者を発掘できるのは嬉しいものだ。

 この日の授業の内容は次に譲るとして、受講生がだんだん打ち融けていく姿が面白い。今日はそのことを書きたい。

 【彩の国いきがい大学】の時もそうだったが、入学して教室のメンバーが打ち融けていくのには一定の時間が必要だ。そうだね、矢張り2ヶ月くらいはかかる。ただ、別格は女性だ。28名のメンバーのウチに女性が7人いる。女性連は、入学の初日に【女子会】を作ったらしい。男の間には、一体ここにいる連中は何者だという警戒感がまだまだ根強い。

 それでも、お互いようやく朝の挨拶をする程度になった。そして、もっっと仲良くなりたいと思っていると感じたのは、先週の高尾山の山行でだ。高尾山から下山して解散の挨拶をしたのだが、「ちょっと有志で生ビールでも飲んで行こうよ」と声をかけたら、25名の受講者のウチ、何と予想外に20名もの参加者があった。

 その席で、早々に懇親会をやろうという話が持ち上がった。「あなたが世話人をやってよ」と自然発生的に、私に声がかかった。まあ、こういうことには慣れているので、私で良いならと引き受けた。そして、この日の授業のあったお昼休み、「来週の授業日の後に懇親会をやりたいと思いますので、参加するかどうか教え下さい」と提案した。

 本当は、もっと時間の余裕を持って懇親会をやりたかったのだが、来週を逃したらずーっと屋外授業が待っている。この新宿に帰ってくるのは、9月の下旬だ。9月下旬だとあまりにも遅すぎる。それで、急遽、来週の懇親会を提案した。それでも、参加者は20名前後が見込まれそうだ。

 果たして、新宿の高層ビル街に飲み屋などあるものだろうか。授業が終わってから探してみることにした。2人の方が、一緒に付き合ってくれた。一人の方が、「そういえば、会社の宴会でよく使う飲み屋があるので行ってみようか」というので同行した。

Photo  新宿ではないが、私も良く使うチェーン店飲み屋だった。なんと高層ビルの44階の中だ。そこは相当だだっ広く、20人くらいの宴会など難なくこなせる店だった。肴が美味しい店だと私は知っている。よし、ここに決めよう。

 値段は、午後4時半からの宴会だと【サマータイム宴会】といって、格安に出来るのだそうだ。新宿西口の高層ビルの中で、こんな値段で宴会が出来ることに驚いた。さて、来週はどういう懇親会になることやら。

【6月12日の歩行記録】

2,587歩、1.8㎞、19分、103.6カロリー

*前日の記事であるが、この日はスマホを腰に下げているのだが、この数字を見て歩行計が働いていないことが分かった。やはりポケットでないとだめなのかしら。

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2013年6月12日 (水)

№1994 スマホの入れ物

 私がスマートフォンを買ったのは昨年の10月23日だから、かれこれ8カ月になる。さらに、スマホに【万歩計アプリ】を導入し、日々の歩行記録をつけはじめたのが2月19日である。そして、このブログに歩行記録を報告するために、スマホを必ずポケットに忍ばせている。

2013_0611_091826p6110002  ただ、このスマホは大きいのが難だ。文庫本より一回り小さい程度なのだ。ゴルフに行ったときなどは、ズボンの右ポケットにはボールやティを入れるから使えない。勢い、左ポケットにスマホやデジタルカメラ、小銭入れを入れているので、異常に膨らんでいる。

 そして、何より困るのは時々ポケットから溢れ出て、落っことしてしまうのだ。まあ気がつくからいいものの、気がつかないでそのままになっていたら大変だ。何かいい方法がないかな、とずっと考えていた。

 万歩計の使い方ガイドをあらためて読んでいたら、『このスマホをベルトに固定した時に、最良の計測結果がえられる』とあった。そうだ、ベルトに固定すればいいんだ。早速、ドコモショップに行って、適当なスマホの入れ物がないか訊ねてみた。「そういうものはないですね」とすげなく断られてしまった。

 ウ~~ム、どうしようか。そういえば、以前、女房が首から下げる【スマホ入れ】を作ってくれたな。それを首から下げるのではなく、ベルトに固定するようにリメイクしたらどうなのだろう。落ちないようにボタンもつけてくれると有難いな、とお願いした。手先の器用な女房は、すぐにリメイクしてくれた。

2013_0611_091726p6110001  早速ベルトに固定してみたのだが、なるほど具合が良い。さらに、モコモコしていたポケットもすっきりした。歩行記録も、これで正確な数値が出るようになるのじゃないかな。

【6月11日の歩行記録】

7,429歩、5.19㎞、51分、297.2カロリー

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2013年6月11日 (火)

№1993 【2013年版】梅干を漬ける

 今年も梅干を漬ける時期がやってきた。私のブログの左サイドバーに【梅干漬け】というカテゴリーがある。これまで、すでに32件の記事が投稿されている。ブログを始めて6年半になるが、この記事は毎年の行事だ。1年に一度のことだから、漬け方を忘れてしまうことが多い。まず梅干を漬ける前には、必ずこのカテゴリーを読むことになる。

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2013_0610_085546p6100002  例年、那須のスーパーで和歌山の南高梅を買っているのだが、今年は少々事情が違う。先日自宅に帰ってみたら、食卓の上に大きな梅の実が水に浸かっていた。この梅をどうしたのと聞いてみたら、友だちがご主人とともに、持ってきてくれたものらしい。その友だちに、毎年梅酒を漬けている話をしたら、自宅の庭の梅を採ってきてくれたという。

 それにしても、あまりにも見事な梅だ。店で売っているものよりも粒が大きい。こんなにもたくさんの梅酒を作るつもりなのか聞いてみたら、あまりにも多すぎるので、これで今年の梅干を漬けたらどうかと提案された。ウ~~ム、それは嬉しい提案だ。

2013_0610_085929p6100003  ただ、女房の注文は「昨年の梅干もしょっぱかった。今年はもっと塩を調整してね」というものだ。普通、梅干作りには15%くらいの塩を入れるようだし、塩を甘くしても12~3%だという。女房の要望を入れて、昨年は11%の塩漬けにした。それでもしょっぱいという。

 実は塩をあまり甘くすると、すぐに黴が生えてくる。まあ、女房の希望を入れて、今年は10%の塩で様子を見てみることにしよう。いただいた梅を計ってみたら、7.3kgあった。それじゃ塩は730gと、正確に計った。塩も食卓塩とか安い塩じゃ駄目だ。近くのスーパーで【瀬戸のほんじお】という比較的高い塩を買ってきた。

 梅を漬ける器は、庭の片隅に捨てられていた寸胴鍋を綺麗に洗い、使うことにした。例年いうことだが、器等は消毒しないと、必ず黴に侵される。梅漬けには、黴が大敵である。その消毒に使っているのが、ホワイトリカーだ。布巾にホワイトリカーを注ぎ、寸胴鍋を綺麗に拭いた。

2013_0610_090416p6100004  その上、漬ける梅もホワイトリカーの入ったボールに浸し、消毒した。そして、浸した梅を寸胴鍋に丁寧に並べた。一列ごとに塩を振って漬けたのだが、幅30cmの寸胴鍋の半分くらいだった。毎年20kgも漬けているのでこの量でいいのか心配だったが、「これでちょうどいい量だ」とわが山の神は断定していた。

 そういえば、昨年漬けた梅干が、まだ2甕も残っている。梅干大好きな孫のRukaも、最近あまり欲しいといわなくなってきた。

2013_0610_095022p6100007  漬けた梅に20kgの重石を載せて、台所の隅に安置した。梅酢の上がり具合の様子をしばらく見てみよう。7月の終わりころには3日干しもしなければならないし、近く那須に行ったら、赤紫蘇も買ってこなければならない。

 さて、今年はどういう梅干が漬かるかな。

【6月10日の歩行記録】

12,177歩、8.46㎞、1時間31分、487.4カロリー

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2013年6月10日 (月)

№1992 皇居東御苑で吟行

 高校同窓会の俳句同人【東雄句会】の催しで、皇居東御苑で吟行した後に俳句勉強会をやる、とのことで参加してきた。この日の参加者は9人だった。このところ梅雨を忘れたかのように、毎日上天気が続いている。この日も暑かった。

2013_0609_094408p6090003  午前10時に、皇居大手門前に集合した。私は、この東御苑に入るのは久し振りだ。それにしても、都心のど真ん中にこのような広大な公園があるというのは良いものだ。一般公開されたのが昭和43年というから、見学できるようになってからもう45年にもなる。面積は、21万㎡あるというから、近くの日比谷公園の16万㎡に比べても広大なものだ。

2013_0609_100017p6090004  私が俳句を作るようになって、もう2年になる。東雄句会の世話人Sofuさんに無理やり誘われたものだ。律義な(?)私は、それ以降、毎月宿題となる5句を投句している。さらに【桟雲の会】にまで入会し、俳句作りに日々研鑽を重ねる身となったのは不思議なものだ。

 ただ、相変わらずのヘタ俳句で、われながら呆れている。そうはいっても、ここの同人は10年、20年と俳句を続けている人が多い。私のように2年ばかりの俳句では、上手になりようがない。どうしても年期が必要だ。ブログにも時々紹介しているが、初心者と笑って詠んで欲しい。

 さて、大手門に集まった9人で、朝の挨拶を終えた。挨拶したら、もう解散だ。銘々に東御苑内に散って、2時間の自由時間で俳句を作ろうというのだ。作句というのは極めて個人的な営為で、大勢でワイワイやって出来るものではない。私も、すぐに仲間からはずれ、御苑内を散策した。

2013_0610_101138p6100008  俳句を作るための必需品として、【俳句ノート】、【電子手帳】、【カメラ】を持参した。樹を見ては練り、花を見ては着想を練った。こういう時に大事なのは、思いついたことをまづは手帳に書き留めてみることだ。頭で考えているだけでは、すぐに忘れてしまうからだ。さらに、花や景色をカメラに収めるなどなかなか忙しい。

2013_0609_103421p6090014  それにしても、ガイドをつれた団体客で御苑内は大賑わいだった。多分、この公園を案内するボランティアガイドがいるのだろう。団体での散策には、このガイドが本当に便利だ。ただ、この日は俳句作りのために訪問したので、なるべく団体には近ずかづ、一人静かに考えていた。

 矢張り、俳句作りに必要なのは植物や花だ。この東御苑は、実に多彩な植物の宝庫だ。入口を入ったすぐの雑木林には、郊外で見受けられる様々な木が植えられていた。その下には、これも名もない雑草が植えられている。今上天皇の提案なのだそうだ。2013_0609_102147p6090008
2013_0609_103313p60900132013_0609_105232p6090016_3  さらに、この時期の花が植えられている場所もたくさんあった。今盛んに咲いていたのが、蛍袋だ。カメラを提げて、花を撮っている大勢の方にも出会った。松の廊下を過ぎたあたりに咲いているのは、紫色の紫陽花だ。さらに、天守閣に登ってみたら、白い花が目につく。泰山木の白い花だ。

2013_0609_111617p6090020
2013_0609_112123p6090026  菖蒲田には、今を盛りと様々な種類の菖蒲が咲き誇っていた。結構、外国人の姿も目につく。さらに、菖蒲田の近くの池には河骨の小さな黄色の花が咲いている。この池には、鰓と尾鰭の大きな錦鯉が泳いでいた。説明書を読むと、インドネシアの鯉と日本の鯉を掛け合わせたものらしい。

 集合時間までの2時間余りの間、11作ほどの俳句を作った。提出作は5句だ。自宅に帰り、推敲したうえで、そのうちの良さそうな句を提出することにしたい。そして、提出した5句は以下の通りだ。

十薬やいにしへ偲ぶ石櫓

泰山木の花風に揺れ天守閣

青梅やはずかに落果梅林坂

河骨や花の合間に錦鯉

晴天の梅雨空眺め恨めしく

【6月9日の歩行記録】

17,425歩、12.11㎞、2時間5分、697.4カロリー

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2013年6月 9日 (日)

№1991 第83回ナイト倶楽部コンペ

2013_0608_084419p6080001  【第83回ナイト倶楽部コンペ】が、埼玉県毛呂山町のエーデルワイスゴルフクラブで行われ、参加してきた。毎月几帳面に行われているこのゴルフコンペに参加するのは、私にとっては3ヶ月ぶりである。

 しかし、このゴルフコンペは、よくも毎月続いているものだと驚く。毎月必ず一回は行われているので、もう7年にもなるのか。事務局長のOhnoさんがこまめに案内や組合せ表を作ってくれているお陰だ。それ以上に、連絡がメールで簡単に出来るのが大きいのかな。

2013_0608_093855p6080002  私がこのコンペに参加しているのは、そのうちせいぜい半分くらいだ。この日も6組、24名の参加があった。このコンペへの参加者は、ゴルフ大好き人間の集まりだと思う。そういう私も、皆さんと同様、ゴルフ大好き人間だ。

 恒例の朝礼が始まり、この日のルールが事細かに説明された。そして、この日一緒に回ったのが、最大のライバル・マッキィとAgemastuさん、Soumaさんの三人だ。

 それにしても、ゴルフの面白いところは、その日によって調子が一定でないというところだ。このところ、私はドライバーが絶好調で、ほとんど曲がらずまっすぐ飛んでいた。それがどうだろう、この日は右に曲がり左に曲がり、チョロにダフリと最悪だ。ほとんど芯に当たらない。悪くなればなるほど、スウィングに力みが出る。自分ではどうにもコントロールできなかった。

 このところ一緒に回る機会が多いマッキィにも、「シンさん、珍しいね。一体どうしたの」と言われる始末だ。ドライバーが当たらなくなると、その大事さが身に沁みる。確実に一打を損している。これじゃパーどころでない、ボギーも難しいよね。

 その上、パターも絶不調だ。グリーンが大きいということもあったのか、乗せただけでは2パットでおさまらない。なんと3パットを7回も打ってしまった。2~3mのパットもことごとく外れた。それでも、ある程度のスコアには纏めた。

 マッキィの悔しがることか。「なぜ、あんなドライバーで、しかも入らないパットでこのスコアで上がれるのだ」と言っていた。この日は、ドライバーが悪かった割に、アイアンの切れが良かったのかな。

2013_0608_140126p6080005  それでも、矢張り今日の握りはマッキィに負けるだろう事を覚悟した。事実、INの3番まで5打差もつけられていた。心の中では、いつもチョコをいただいているので、今日は潔くお返ししようと覚悟していた。

 そう思っていたのに、INの4番では私がバーディ、マッキィがトリプルボギーを叩いて、一挙に一打差に縮じまった。こうなったらしめたものだ。5番ホールからは私が3連続ボギーだったのに、わがライバルはダボ、9打と叩き、可哀想に一挙に5打差もついてしまった。

 結局はいつもの通り、私がチョコをいただく結果になった。彼は研究熱心だし、練習大好きだ。その上、一昨日もゴルフに行ってきたという。いずれ、私が追い抜かれる日も近いと思う。ただ、彼が言うには、「シンさんは体力があるよね。高尾山に登り、筋肉のあちこちが痛いはずなのに、最後まで乱れないのは凄い」と褒めてくれた。

2013_0608_155855p6080006  このコンペは4月にハンディ改正があった。私はネット2オーバーで回ったのだが、それでも11位だった。なんと、アンダーパーが5人もいたのには恐れ入った。

【この日のゴルフ成績】

OUT48(22) IN46(19) TOTAL94(41)

【6月8日の歩行記録】

19,228歩、13.44㎞、2時間04分、769.6カロリー

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2013年6月 8日 (土)

№1990 5月に読んだ本

 毎月の月初めには、前月読んだ本を振り返り、印象に残った本3~4冊について、若干の感想を述べている。実は、この記事が私にとってはとても大事で、毎月の読書の推進力ともなっている。

 私は、買ってきた本や図書館で借りてきた本は、ほぼ100%近く読んでいる。たとえどんなに面白くなくても、最後まで読むようにしている。一種の訓練のようなものだ。ただ、長編でダラダラ書いている本は、詠み終えるのは本当に苦痛だ。月に1~2冊、そんな本にブチ当たる。今月も2冊ほどそういう本があった。どの本とはいわないが、自分の選書眼を疑うことになる。

 ただ、今年になって、読書はコンスタントに進んでいる。この5月まで月平均14冊、5,000頁以上の読書というところだ。この5月も14冊、5,091頁を読んだ。以下、5月に読んだ本のリストだ。

『私物国家 日本の黒幕の系図』広瀬隆、光文社、1997年10月刊

『明日の風』梁石日、光文社、2010年8月刊

『薔薇密室』皆川博子、講談社、2004年9月刊

『生きいそぎ』志水辰夫、集英社、2003年2月刊

『千の命』植松三十里、講談社、2006年6月刊

『和解せず』藤田宜永、光文社、2012年4月刊

『永遠のゼロ0』百田尚樹、講談社文庫、2009年7月

『センス・オブ・ワンダー』レイチェル・カーソン、新潮社、1996年7月刊

『自然を読み解く山歩き』小泉武栄、JTBパブリッシング、2007年4月刊

『転身 瀬島龍三の「遺言」』新井喜美夫、講談社、2008年8月刊

『夜に目醒めよ』梁石日、毎日新聞社、2008年3月刊

『ブログ進化論』岡部敬史、講談社α新書、2006年4月刊

『祈る時はいつもひとり(上)(下)』白川道、幻冬舎、2010年7月刊

2013_0516_153121p5160002  5月に読んだ中で、何といっても最高に面白かったのは百田尚樹『永遠のゼロ0』という小説だった。前月同作家の『海賊とよばれた男』を読み、百田の本を続けて読んでみようと思い立った。「本屋大賞受賞」以降、俄然注目を浴びている作家である。先日、秋田に帰郷した折に、秋田の姉が「『永遠のゼロ』は良かった」としきりに褒めていた本だ。

 姉がそんなに褒めるならと、手に取った。なんと200万部も売れた文庫というではないか。一体どういう小説なのだろうか。

 まあ、簡単に言ってしまえば、零戦のパイロットであった祖父のルーツを探すために、主人公宮部健太郎が姉とともに、祖父を知っている戦争体験者を尋ね回る旅の話だった。尋ね歩くうち、戦争とは何だったのか、零戦とはどういう飛行機だったのか、祖父はどういう人柄だったのかがだんだん浮かび上がってくる、一種のミステリー仕立ての話だ。

 当初、祖父の宮部久蔵は「海軍航空隊一の憶病者」という評判だった。だんだん話を聞いているうちに、祖父は「決してこの戦争では死にたくない」と強く思っている人だったようだ。新婚だった奥さんを残して死にたくなかったようだ。そして分かってきたのは、祖父は海軍切っての名パイロットだったのだ。死にたくなかった、海軍切ってのパイロットが、なぜカミカゼ特攻を志願していったのか。この小説で、祖父のそこに至った心象がよく分かってきた。

 特に感銘を受けたのは、「カミカゼ特攻」で飛び立った学徒動員の学生の話だ。あたら、若く前途のある学徒の命を、無駄に散らせて平然としている軍の上層部を告発した書にもなっている。「自分も後を追いかける」と送りだした上層兵の無責任さに腹が立った。久々に感銘を受けた小説だった。

 この小説を200万人もの方が読んでいるなんて、まだまだ日本は捨てたものではないね。まだ読んでいない方には、ぜひお勧めしたい一冊だ。

2013_0516_153225p5160006  前にも書いたが、私が買った本、借りた本はほとんど読む主義だ。ただ、本書・新井喜美夫『転身 瀬島龍三の「遺言」』は、買って3年くらい本棚に収まったままだった。たまたま読む本がなくて手に取ったのだが、意外と面白く読めた。

 この本を買った理由は、一体、瀬島龍三という人はどういう人物か、興味を持ったからである。私のイメージでは、コチコチの右翼で、しかも戦争を引き起こした責任者の一人という感じだった。この本を読んで、当たっている面もあったが、大部分は大きく違っていた。

 瀬島は、敗戦直前に軍の命令で満州の前線にいた。それが敗戦で、シベリア抑留に合い、10数年もシベリアにいたという。著者は、口が堅かった瀬島から、断片的に戦争の話を聞いていた。

 いろいろ驚くような事実が話されたという。特に、陸軍と海軍は犬猿の仲で、お互いに情報を共有することなどなかったようだ。時の総理大臣東条英機が、ミッドウェーでの大敗戦を敗戦間近まで知らなかったというのだ。そんな馬鹿なとは思うが、どうも事実のようだ。

 戦争の裏話として、軍の大将クラスは大変な収入があったにもかかわらず一銭の税金も払わなかったとか、自分の手柄のために天皇の前でも平気で嘘を吐くとか、ある元帥が爵位を欲しいために日中戦争を拡大していったとか、よく戦争が遂行できたものだったな、といった事実が次々と明らかになっていった。思わず、収穫の多かった読書だ。

2013_0516_153326p5160010  最後に、感銘を受けた本をもう1冊紹介したい。白川道『祈る時はいつもひとり(上)(下)』だ。私は白川の小説が好きで、目につく限りよく手に取っている。彼は、一橋大学を卒業して、投資家として株の世界に身を投じ、その後作家として独立したようだが、サラリーマンというより、むしろ無頼作家という印象が強い。

 サラリーマン時代は、ほとんど会社に行かず、女の家から麻雀屋に入り浸りだったようだ。しかも、麻雀で一度賭けるお金は高額で、とてもサラリーマン麻雀とは思えない。その近辺の事情は、彼の作「病葉流れて」に詳しい。

 今回の作は、返還前後の香港を舞台にして、仕手株で名を馳せた3人組の話だ。一人尾形は不審な事故死、もう一人瀬口はやくざの巨額な投資金を持って失踪、もう一人の主人公茂木も、被害者の一人という仕立てだ。茂木は、やくざに追いたてられて、瀬口探しに没頭したいたのだが、一向にその足取りがつかめない。

 諦めていた尾形没後5年たって、事件(「風」)は動き始めた。これまで付き合いのあったやくざだけでなく、政治を陰で操る黒幕、香港返還を機に触手を伸ばそうとする中国の黒組織、そこに現れる瀬口の妹と、事件は大きく展開しはじめる。最後の結末にもギョッとした。エンターテインメント小説である。

【6月7日の歩行記録】

8,357歩、5.85㎞、56分、334.8カロリー

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2013年6月 7日 (金)

№1989 ブログ記事がアップできないよ~

 私のブログ記事の文章は長い。一つの記事を書くのに、そうだね、約1時間くらいかかっているかしら。そして、こういう事件があった。Photo 長々と書いた記事をアップしようとしらら、上記の表示が出て、それまでに延々と書いた記事がすべて消えてしまった。書いていた時間が、すべて無駄になってしまったのだ。まあ、書いてすぐのことだから、再度記事を再現してアップした。矢張り同じ表示が出て、記事が消えた。

 上記の英語を翻訳してみると、「書いた記事URIはあまりにも長すぎる。リクエストのあったURLの長さは、キャパシティがこのサーバーの限界を超えている」という表示だ。そんな馬鹿なことはない。今までこれ以上長い記事を書いていたのに、記事が限界を超えるなど考えられない。

 ただ、私がいま使っているcocologブログのディスク容量は2GBで、すでにその80%以上を消費している。果たして、ディスク容量が一杯になったのか?

 泣くに泣けない。どうしたもんだろうか?こういう時には、わがNaoko先生にSOSだ。本当に先生は親切で、わが泣き言にもすぐに返答が返ってきた。「きちんとサポートできずに申し訳ないのですが、ココログに問い合わせるのが一番早いかなと思います。よろしくお願いいたします」というものだ。先生もこういう事態は初めてだったのだろうか。

 とにもかくにもアップ時間が迫っていた。何度も書いているのだが、私のブログは毎晩夜8時に新しい記事がアップするように設定してある。その夜8時が迫ったのだ。

 緊急事態として、記事を【メモ帳】に書き、それをコピー&ペーストで貼り付けた。張りついた記事は、何度か上記の表示の後に、ようやくアップできた。№1986号の【講義録】である。結局、同じ記事をこの日は3回も書いてしまった。

 さて、どういう対策があるだろうか。まずは、緊急対策として、記事は【メモ帳】に書き、コピペで貼り付けることにした。同じ記事を何回も書かないで済むようにだ。

 そして、第一番目の対策として、ブログ仲間の掲示板に「助けて下さい」というSOS記事を載せた。こういう事態に遭った仲間はいなかったようで、残念ながら返事はいただけなかった(この記事を書いた後に、仲間の昭jiijiからご返答のコメントをいただいた)。

 私が使っているココログブログには、【サポート/ヘルプトップ】という欄がある。困った時にcocologブログを使っている仲間がサポートしてくれる機能だ。私も、今まで何回か使っている。この欄に【記事がアップできないので、どうしたらいいか】という問いかけをした。

 3件ほどの返事が返ってきた。一つは「システムエラーではないか。ココログスタッフに直接連絡してみては?」という返事とともに、そのURLを記してあった。二つ目は、「当方も最近そのエラーが発生することが度々あり、気になって色々検証していました。根本的な対処はcocologに調査依頼した方が良いと思いますが、気付いたことがあるので回答欄に記します」と、有難いことに長々と対処法を書いてくれていた。

 その対処法は省略するが、矢張りcocologに問い合わせるのが一番のようだ。メールで問い合わせをしたら、半日で返事が返ってきた。「本件につきましては長文になりますが、御一読いただけますと幸いです」という挨拶とともに、長い文章の返答が届いた。それによると、対処法は三つ考えられるという。

 ①ブラウザの標準化をお試しください。

 ②セキュリティソフトの一時停止をお試しください。

 ③ココログの再構築をお試しください。

 というものだった。ただ、心配なのはいろいろ試した結果、いまの1989本の記事がすべて消えてしまうことだ。私のような半可通がシステムをいじるのはどうしても怖い。どうしようかなと考えていた。

 そしたら、そのうちに不具合が直ったようで、問題なくアップできるようになった。どうも、スステム障害があったのではなかったのかな。ただ、記事がまた消えるのが心配で、【下書き】での【保存】をきめ細かくやるようにしている。

【6月6日の歩行記録】

10,372歩、7.26㎞、1時間12分、415.4カロリー

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2013年6月 6日 (木)

№1988 里山歩き・高尾山

 今週の『東京シニア自然大学』の授業は、自然体験活動の基礎技術を学ぶ一環として、高尾山の尾根道・沢筋道・ジグザグ道を歩き、道の変化に対応した歩き方、下り方を学ぶという課題だ。

20130605_101658  以前から、仲間に「一緒に高尾山に登らないか」と誘われていたのだが、用事があったりぐずぐずしていたりで、登る機会を失っていた。そういう意味で、待望の高尾山登山は私にとっては楽しみだった。この日の講師は、クライミングインストラクターの山口章さんだ。

 高尾山口集合は9時45分だったが、時間に余裕を見て私は9時30分には到着した。仲間の半分くらいはすでに到着していた。そして、集合時間には、この日の参加者25人全員が揃った。朝の挨拶の後、インストラクターの山口さんから、この日の行動予定のお話があった。

20130605_103143  高尾山は標高599mの山だが、いろいろな登り口があるようだ。一番安易な方法はケーブルカーやリフトを使っての登山だ。さすが、この授業で安易な方法で登ることはしない。この日は、一号路の【表参道コース】を辿って登るのだという。このコースは3.8㎞あり、タコ杉や杉並木、「高尾山の自然」をテーマにした山頂までの最もポピュラーなコースのようだ。

 私もずいぶん山に登っているのだが、どんなに低山でも登りはきつい。高尾山も599mだからといって、嘗めてかかったらえらい目にあう。事実、出発して間もなく、25度くらいの急坂が続いた。普段運動していない人には、シンドイ坂だ。私は毎日の歩行を心掛けていたおかげで、スイスイ登れた。

20130605_114429  それにしても、登山道わきには大きな杉の木がたくさん植わっていた。講師の説明によると、江戸時代から幕府による植林奨励が盛んだったという。江戸時代は大火が多く、すぐにでも焼跡に家が建てられるように、杉の木植林を奨励したようだ。山の手入れも行き届いており、300~400年にもなる杉の木がたくさん見受けられた。

 また、この高尾山は杉の苗の寄進を受けているようで、看板を見ると150万本を寄進したという例もあった。北島三郎の看板もみえたが、あの歌手だろうか?いずれ、杉や桧の立派な姿を見るだけでも、この高尾山に登った甲斐があった。

20130605_10261520130605_103724  仲間の中には植物に詳しい方もいて、花や植物、木の種類を説明してくれた。ただ、今年は花も早かったようで、今咲いている花は、ウツギのような白い花が中心だ。春先には菫、カタクリのような花が見られるというし、秋の紅葉も素晴らしいらしい。

 登山道のところどころに見晴らし台があった。眼下の八王子や東京の街並み、果ては東京湾まで眺めることが出来るというのだが、この日は霞んでいてよく見えなかったのは残念だ。霞んでいないと、富士山も良く見えるらしい。

20130605_114649  一息、二息つき、ようやく神社らしきものに行き着いた。目的地に到着かと思ったら、薬王院の社殿で、約八合目のところだ。まだまだ登りが待っている。ただ、この付近まで来ると、急坂はもうお終いのようで、続くのはダラダラ坂だった。山頂に到着したのは、もう昼も過ぎていた頃だ。お腹を空かしていたので、お昼ごはんは美味しかった。

20130605_131437  山口先生は、バーナーと薬缶を持ってきていて、お湯を沸かし始めた。紅茶でも飲むのかなと思っていたら、その薬缶にスープの素を入れて、美味しいコンソメスープを参加者に振る舞ってくれた。「山登りで疲れた時には、温かなスープが最高なのです」といっていた。皆さん、このスープで元気を取り戻した。

 さて、この日のテーマでもある高尾山の山容の研究に出発したのは、お昼ごはんを終わってからだ。高尾山の頂上を巡る5号路という道がある。この道をたどりながら、植生の変化を見て歩くのだ。説明を聞くまでもなく、たしかに南側斜面と北側斜面では様子が違う。

20130605_132424  南側斜面は明るく、杉や桧の植林が進んでいたが、北側斜面は人の手が入らず、常陽樹林や落葉樹林の宝庫だ。

 しかし、平日なのにもかかわらず、登山客は多かった。われわれのようなシニア世代だけではなく、若い人たちの姿も目についた。ちなみに、年間どのくらいの人が高尾山に登っているのか聞いてみたら、300万人の登山客だという。特に土日ともなると、ケーブルカーに乗る客の行列が何百メートルにもなるらしい。ミシュランに指定されてから、さらにその行列は伸びたらしい。

 山を下りてきたのは3時過ぎだった。この日の授業の終了の挨拶があったが、すかさず私は参加者に、「生ビールを飲んで行こうよ」と提案した。4~5人も参加するかなと思ったら、山口先生を含め何と20名もの参加があった。山登りの後の生ビールは格別美味しかった。

【6月5日の歩行記録】

24,065歩、16.74㎞、3.09時間、963.8カロリー

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2013年6月 5日 (水)

№1987 加須で名物うどんを食す

 毎月第1火曜日は、【男の料理教室】の定例会が開かれている。隔月で調理の月と、美味しいものの食べ歩きを交互に行っている。そして、今月は美味しいものの食べ歩き月である。世話人が考えてくれたテーマは、「加須でレトロな街中を散歩し、名物うどんを食する」というものだった。今月の参加者は、少々寂しく8人だった。
2013_0604_103334p6040001_2 さて、朝10時30分に加須駅集合だ。まずは、駅前に立っている看板で今日の散策コースを確認する。どうやら、名物うどん店がたくさんあるようだ。今日は、どのうどん店に連れて行ってくれるのかな。

2013_0604_104210p6040005_2 その前に、駅前にある千方神社を訪ねた。ここで見たのが【石敢当】だ。この石碑は沖縄では良くみたが、関東では珍しい。説明書を読むと、石敢当は中国の力士の名前で、主に西日本、特に九州では良くみられるらしい。私が記憶にあるのは、沖縄の個人の家の石垣の角に立っていた。関東では見かけない風習だ。この神社には、芭蕉の句碑もあった。

2013_0604_110159p6040010_2 さらに歩を進めて、レトロな小径を歩いて【円空作不動明王坐像】が収められているお宮に向かった。世話人があらかじめ下見をしたというのだが、その割にはあやふやな案内人だった。円空仏は秘仏らしく、御堂には鍵が掛けられていて、覗くことは出来なかった。

2013_0604_112715p6040016_2 次に案内してくれたのが、橋本弥喜智商店でのこいのぼり製作現場だ。加須はこいのぼりで有名な街である。このお店では、最初にこいのぼり製作のビデオを15分程拝見した。長さ100メートルのこいのぼりを空にあげるシーンは勇壮だった。

2013_0604_113703p6040017_2 ビデオ鑑賞のあとは、こいのぼり製作現場で社長の説明付で、実際にこいのぼりを作っているのを拝見した。この社長は東松山のいきがい大学で、10年ほど講師をしていたとのこと。いきがい大学については詳しかった。

2013_0604_113727p6040018_2 最近では、こいのぼりというとビニールでプリントされているものが市販されているが、この店は手作りのこいのぼりを作っていた。木綿布を裁断して下絵を書き、それに顔料で色を変え、何度も塗るものだった。こいのぼり一個を作るのに、18回も干すのだそうだ。干すことによって、色落ちを防ぐと説明していた。

 そして、毎年5月には、利根川河原で100メートルのこいのぼりをあげる行事をしているという。今第4代目の巨大こいのぼりを作っているらしい。来年は、ぜひ見物に来たいものだ。本当に、このこいのぼり屋さんの説明は親切丁寧だった。1時間半もお話を伺っただろうか、恐縮してしまった。しかし、お腹もすいた。2013_0604_125938p6040023_2 こいのぼり屋さんを出て、早速目当てのうどん屋に入った。【登治うどん】という店だった。天気が良く、汗を掻いた。うどんの前にビールを飲もう。そして、頼んだのが大盛りうどんだ。さすがうどんの本場だけに、腰の強さは抜群だ。スルスルスルと、あっという間に平らげてしまった。ウ~~ム、美味しかった。私はといえば、むしろ蕎麦よりもうどんが好きだ。うどんなら、何杯でも食べられそうだ。別のうどん屋にも入ってみようよと提案したら、仲間にはウェっという顔をされた。

2013_0604_133853p6040026 そのうどん屋から650メートルほど行ったところに總願寺というお寺さんがあった。広い境内だった。参拝がてら、満腹のお腹を癒した。そしたら、またお腹に物が入りそうだ。加須の街の名物・五家寶というお菓子をお土産に買い、別のお菓子屋さんではいがまんじゅうを食べた。満腹で帰ってきた。

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 加須という街を訪れたのは、私は初めてだった。たまには知らない街を、このようにブラブラ歩いてみるのも良いものだ。

【6月4日の歩行記録】

9,306歩、6.51㎞、1時間7分、372.7カロリー

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2013年6月 4日 (火)

№1986 講義録【絶滅危惧種アホウドリの保全と再生】

 『東京シニア自然大学』で行われた授業のほとんどをモバイルパソコンに打ちこみ、その講義録を作成している。今日は、5月29日(水)に行われた【絶滅危惧種アホウドリの保全と再生:37年間の取り組み】の講義が大変面白かったので、その講義録を採録してみたい。ご興味のある方は読んでみて下さい。講師は、東邦大学理学部教授で海鳥学者の長谷川博先生です。
Ahoudori_2 私は37年間、伊豆諸島の鳥島に通い、アホウドリの再生に取り組んできた。アホウドリは、日本列島から絶滅した鳥類といわれていた。ちなみに、全世界で鳥類は10,052種いるが、そのうち絶滅種数は1,253種、13%である。なかでもアホウドリは22種いるが、そのうち17種・82%が絶滅危惧種に指定されている。

 絶滅危惧の主な原因は3つである。漁業との相互作用、移入動物による卵や雛の捕食、そして最大の原因が人間による羽毛採取のための乱獲である。羽毛は、1900年代一羽1000円で取引され、500万羽以上のアホウドリが乱獲された。そして、ほとんどが輸出された。1万羽で1000万円というのは、当時の貨幣価値からいっては相当大きなものであった。

 そして、1949年に【絶滅】宣言が出されたが、1951年に鳥島の気象観測所の所員が7羽を保護したという。現在確認されているアホウドリの繁殖地は、伊豆諸島・鳥島、小笠原列島・婿島、尖閣諸島の三ヶ所である。

Photo_2 アホウドリは、ダイオウイカの死がい、甲殻類(エビ・カニ)などを食べている。成長するに従って色が変わる、翼開帳すると2.4メートルにもなる大きな鳥である。なぜ、アホウドリはこんなに簡単に乱獲されたかというと、海上では優美に飛びまわっているが、地上では極めて動きの鈍い鳥である。簡単に捕まってしまう。この鳥の名前の由来ともなった。ただ、われわれにとって【アホウドリ】という名前はあまりにも可哀そうなので、【オキノタユウ】という名前に変更する運動をしているが、なかなか波及しない。

 私がアホウドリに出会ったのは1973年である。イギリスの学者ランス・ティケッル博士の論文を読んでいるうち、「アホウドリの保護に関心を示さない日本は、一体何をしているのか」という指摘だった。すぐに博士に手紙を書き、鳥島での調査・研究に乗り出した。調査した1977年には12羽のアホウドリが確認された。一時は650万羽もいたアホウドリである。

 最初に保護活動に乗り出した1981年、営巣地のまわりにススキ(ハチジョウススキ)株の移植をした。営巣地が極めて急な崖にあり、泥流で巣が流れるのを防ぐためであった。さらに、従来のコロニーを保全管理するために、崖に台を作り、巣の安定を図るなど様々な作業に着手した。

Dekoi_2 ただ、この営巣地はあまりにも環境が悪い。地滑りの起こる恐れのない北西側斜面に新たなコロニーを形成する作業も同時に行った。それには、鳥の模型デコイを並べ、音声スピーカーでアホウドリの啼き声を流した。音声も工夫した結果、ようやくコロニーが形成されるようになった。その間、12年かかっている。2012年現在、この北西斜面では雛70羽が確認されるにいたった。

 繁殖地以外での保護活動も行っている。漁業との摩擦回避でテグスを引いている鳥の保護、はえ縄漁船に鳥を近づけない工夫、アメリカでは漁船にオブザーバーを乗せることが義務付けられている。また、海洋汚染も深刻で、プラスチックやビニールを胃に取り込んでいる鳥も80%にのぼる。東日本大震災での海洋浮遊物の影響も大変心配である。

 そして、今やっている作業は、小笠原の聟島に繁殖地を形成することである。鳥島は火山島で、火山爆発で絶滅の惧れがあるからだ。最初に70羽を運び込み、“刷り込み”作業をしている。絶滅を危惧される生物の再生には長時間かかる。一時650万羽もいたアホウドリをようやく2,000羽程度に再生させた。さらに3,000羽にするのに10年、5,000羽にするのには30年かかる。もちろん、その時には私は生きてはいないだろうが…。

 いま、新潟・佐渡の朱鷺が話題になっている。朱鷺は一時絶滅し、中国から移入された。あの朱鷺を再生するのに、一羽いくらかかっていると思うか。多分、約1億円くらいはかかっている。その何分の一でも良いから、このアホウドリ再生事業に回してくれたらうれしいのだがね。

【6月3日の歩行記録】

9,451歩、6.11㎞、1時間5分、351.7カロリー

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2013年6月 3日 (月)

№1985 第3回扇OB会ゴルフコンペ

 【第3回扇OB会ゴルフコンペ】が、恒例ではあるが栃木県鹿沼市の広陵カントリークラブで開かれた。このコンペは、1年半前に閉店した板橋の【スナック扇】に集まる仲間が、閉店になってもゴルフを続け、仲間の絆を深めようと催しているコンペである。

2013_0602_081511p6020004_7 この日のコンペに参加したのは、5組20名だった。皆さん、気のおけない仲間である。なかでも、かつてのママMihokoさんの元気ぶりが目についた。「私、お店をやめて毎日が忙しいのよ。社交ダンスを習い始めたし、仲間との健康麻雀にも参加している。今年になって、ゴルフも20回目なの」といっていた。なんと、私よりもゴルフの回数は多いのではないか。

2013_0602_080944p6020001_3 そのMihokoさんが、声を掛けてきた。「お兄さんが亡くなったとのこと、ご愁傷さまでした。実は、私の兄も昨年7月に亡くなったの。ブログを読んでいて、奥さんのご苦労を思うと泣けてきたわよ」といってくれた。どうしようかと思っていたのだが、矢張りブログに兄の事を書いてよかった。

 さて、朝の朝礼は、永久幹事のYokoちゃんの挨拶で始まった。この日は梅雨の晴れ間というか、風もなく暑くも寒くもなく、絶好のゴルフ日和だった。私がこの日一緒に回ったのは、ボヤキのKawanobe君、相変わらずの美人Shizukoちゃん、大先輩のYoshinoさんの3人だ。

2013_0602_111017p6020007_3 Kawanobe君は私のブログでの揶揄もあったせいか、この日はボヤキが少なかった。彼には、なかなか見どころがある。今年の3月に会社を定年退職したのだが、毎週2回はゴルフ練習場に通い、熱心に練習しているという。前々日も400球の練習をしてきたと自慢していた。

 さらに、ゴルフコンペの前には、コース攻略のためのメモを用意してきていた。「このホールは、こういうふうに攻略するのだ」とぶつぶつ独り言を言っている。私も時々彼にはアドバイスをしているのだが、最近ようやく大言壮語がなくなってきたのは、ゴルフの難しさを実感してきた証拠だ。その彼がいう、「本当にゴルフは楽しいね」という言葉に実感がこもっていた。

 何はさておき、100を切るのが目標というが、この日は残念なことに101だった。あの熱心さがあるなら、近々のウチに100は切るだろう。そう褒めた言葉も乾かないうちに、「自分は80台で回るのが目標だ」という。まあ、100を切ってから言ってもらいたかった。

2013_0602_111251p6020009_3 同伴者の一人Shizukoちゃんは、豪打でしかもステディなゴルフをする女性だ。ドライバーはほとんどフェアウェーをキープしながらも飛ぶ。スタートホールこそ、右に曲げ1ペナだったが、そのほかはほとんど真っすぐ飛んでいた。しかも、アプローチも上手でパットも上手い。前半は、何でも12パットで上がったらしい。

 「主人が元気な時は、よく主人と一緒にゴルフに行ったのよ。那須にも何度も出かけたわ。主人が亡くなって、本当に寂しくなった」といっていた。御主人も、われわれわれの仲間で、よく一緒にゴルフをやった。その当時も、奥さんの方が上手だったのではないかな。夏の那須ゴルフ合宿に一緒に行こう、とお誘いした。

2013_0602_111055p6020008_3 もう一人の同伴者Yoshinoさんにも脱帽した。彼は都心の真ん中に住んでいるとのことだが、「毎朝6時には神宮第二球場のゴルフ練習場に通い、50発を打ってくる。朝食後はジムに通い、ストレッチで汗を流しているんだ」という。私よりも6年も先輩のYoshinoさんだが、シニアライフを充分に楽しんでいるようだ。

 その練習のせいか、ゴルフも上手だった。ドライバーは、むしろ私よりも飛んだ球が何球もあった。少々のミスはあったものの、ほぼボギーペースのスコアで上がれるなら、立派なものだ。それにしても、人生を楽しんでいる姿には共感した。

 私はといえば、前回から良いゴルフになってきている。この日も、スタートホールから4連続パーだった。こんなはずではないなと半信半疑だ。その自信の無さが、次からのホールで出た。それからはいつもの自分に戻ったようなゴルフだ。「私は上手なんだ」と、自分に言い聞かせることは大事なことだな、と実感した。

2013_0602_154220p6020011_2 さて、打ち上げのパーテーになった。さっそく優勝者が発表されたが、なんとなんと同伴者のShizukoちゃんだ。うまく隠しホールがハマって、結構高いハンディキャップだった。彼女は優勝賞金とともに、人券も当たり、さらにゴルフ場からの賞品も獲得し、ほくほく顔だった。

 私はといえば、Shizukoちゃんよりもスコアが良かったにもかかわらず、隠しホールのほとんどをパーで上がり、結果はハンディキャップが高くなり、何と20人中15位だ。それでも飛び賞を獲得し、一息ついた。ただ、残念ながらライバルKatsuちゃんには3打負けてしまった。まあ、次の機会には取り返すとしよう。

 このコンペは、後日、優勝祝賀会をやっている。3日後に池袋【中華街】で、お祝いの飲み会をやろうと決まった。奇しくも、その日は優勝者Shizukoちゃんの誕生日でもあるという。大いに飲み、かつ歌おう。

【この日のゴルフ成績】

OUT44(18) IN47(19) TOTAL91(37)

【6月2日の歩行記録】

11,855歩、7.66㎞、1時間27分、440.9カロリー

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2013年6月 2日 (日)

№1984 リアバンパーの交換

2013_0601_100020p6010003 兄の葬儀で秋田に帰った時、当て逃げされてリアバンパーが大きくへっこんだことは報告した。警察を呼び、現場検証をして貰い、保険会社と補償交渉など、結構大変だった。

  それにしても傷痕は案外大きく、このまま黙っているわけにはいかない。いずれリアバンパーの交換が必要だろう。トヨタのディーラーで見積もりをして貰ったら、約94,000円かかるという。

 私の車は車両保険に入っているので、保険適用が出来る。ただ、免責額が50,000円であった。保険会社に相談したら、「保険は適用できますが、3等級ランクダウンしますよ」というのだ。元に戻るまで40,000円ほどだ。あまり保険を適用するメリットがないな。

 まあ、今回は保険を貰うということでない方法で行こう。そしてディーラーと相談して、最低限度で直してもらうことにした。「テールランプ交換は必要ないから、50,000円以内でやってよ」と交渉して、その方向で直すことにした。

 ただ、車を一日預けてもらいたいという。「私も忙しいのでそんな暇はないよ。なんとか一日でリアバンパーの交換をしてよ」とお願いした。客の頼みごとを、泣く泣く聞いてくれたようだ。そして、ディーラーに車を持ち込んだ。修理に1時間半から2時間かかるとのことだ。

2013_0601_104347p6010005 その間、私は近くの喫茶店で本を読んでいることにした。そしたら、40分後くらいに携帯に電話がきて「直りましたよ」というのだ。何だよ、そんな簡単に交換できるなら、一日預かるなどと脅かさないでよ。そしたら、「スタッフ二人で大急ぎでやりました」との報告だった。

 リアバンパーを交換して、さらにテールランプも磨いて、ほとんど傷が分からないようにしてくれた。結果は、やはり50,000円とのことだ。まあ、しようがないね。

【6月1日の歩行記録】

4,713歩、3.04㎞、33分、175.2カロリー

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2013年6月 1日 (土)

№1983 元の同僚と一献

 会社を定年退職して早6年半になるが、元の同僚と会うことも、ましてや酒を飲むことなどもほとんどない。まあ、あまりサラリーマン時代の事を思い出してもしょうがないし、会社の愚痴を聞かされても、私にとってはもう過去のことだ。

2013_0531_174014p5310001 それでも、久し振りに旧同僚のHさんと電話で話しているうちに、たまには飲もうかということになった。Aさんもお誘いすることにした。Hさんが指定した飲み屋は、私がいつも贔屓にしている【やきとり屋】だ。私には異存がない。

 そしたら、飲み会の前日にひょっこりMashikoさんから電話があった。彼とも、現役時代はよく飲んでいた。「明日、Hさん、Aさんと飲むから来ないか」とお誘いしたら、明日まで考えて置くとのことだった。

 そしたら、彼も顔を出してくれて、結局は4人の飲み会となった。【やきとり屋】に行ったら、「今日は4人でいいのですか?」と聞かれた。いつもは7~8人で飲んでいるから、この店の顔だ。今日はいつもとメンバーが違うんだと、店員に説明した。

 同僚と会うと、必ず言われるのは「シンさんは良い時期にやめたよね。現役のわれわれは本当に大変だ」と、いつもの愚痴だ。私も、なにも好き好んでやめたわけではない。定年退職で、やむを得ずリタイアしたのだ。ただ、私はハッピィ・リタイアメントというか、ブログにも日々書いているように、会社を辞めて毎日が楽しいし、充実した生活を送っている。

 酒の話題は、どうしても旧同僚の消息だ。そういえば、この日で社長が交代したということだ。どんどん人が替わって、現職の人はもう半分も知らないのではないか。それと同時に元いた会社と段々と縁遠くなるのはやむを得ない。まあ、新陳代謝が激しいのは良いことではないのかな。

 ただ、悲しい報告も聞くことになる。Sumiちゃんがこの4月末に亡くなったというし、Kさんも闘病生活でがっくり痩せていたらしい。Yさんも肺がんで、骨に転移したということだ。脳梗塞で倒れたという同年代の同僚もいた。

 この日同席したAさんは、一昨年オートバイで大事故を起こしたようだ。年賀状にもそのことを書いていたので心配していた。足に若干後遺症を残したようだが、もうピンピンしていた。ただ、彼は若いころにもオートバイですっ転び、顔に大きな傷跡がある。

 ただ、彼はけろっとして、こう言っていた。「事故で大変な目にあったが、副次的に良いこともあった。たまたま保険を二口掛けていたのだが、合わせて1400万円降りて来たよ」とのことだ。ただ、悪銭身につかずというか、400万円を博打ですってしまったとのことだ。ああ、もったいないことをしたもんだ。

 Mashikoさんも、奥さんを亡くしてもう7回忌を迎えようとしているとのことだ。彼はその直前にも息子さんを亡くし、ひところは相当落ち込んでいたようだった。そして、今になって「誰か後添えがいないかな」と探していた。彼は性格も良いし、収入もあるので、その気になったらいくらでもいるだろうね。

 まあ、わが世代はそろそろ人生の終末期の相談が必要な年頃だ。病院の話しとかお墓の話しは、いつも出る話題だ。私も、いつ死んでも悔いのない生活をしているので、ころっと死んでも良いよと宣言した。

 ヤキトリを食べ、ベーコンの厚切りを食べ、焼酎を二本も空けた。さて、出ようか。そして再度入った店が、いつもの蕎麦屋だ。時間も遅かったので客は誰もいなかった。ただ、若くてきれいなお姉さん二人が店番をしていた。「こんな若いお姉さんがいるなら、これから通ってこよう」と鼻の下をのばしていたのがHさんだ。

 別れたのは、夜10時前だった。

【5月31日の歩行記録】

6,742歩、4.35㎞、52分、250.6カロリー

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